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compound_dashi
2022-09-21 12:07:16
4200文字
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噂のあの子
「#極光異聞_ANOMALY」参加 つよつよ一般大学生の典と怪異ソの典ソハ 怖くないです ※ソが色んな人間(男女問わず)と関係を持ってる匂わせあり
噂は伝播する。
噂は歪曲する。
侵食し、支配し、しかしやがて忘れられ。
それでも深く刻まれたならば、いずれ戻ってくる。
「先週から先輩見ないのってさ、もしかして
……
」
「あー、あれ? 本気にしてんのかよ」
「でも飲み会から二人で帰ってったのが最後って」
「
……
マジで?」
その真偽を追究する者は少ない。
《「抱いたら死ぬって噂の子見つけた~!」って同期がツイートしてから更新ないし連絡も取れん》
《返信先:@○○○○さん 普通にサボりじゃね?》
《返信先:@△△△△さん でももう一か月なんだが》
では、その真偽とは証明されるものか。或いは創り出されるものか。
「でさ~、夜道で誘惑されたらもう抵抗できないんだって! 男女関係なくやられるらしいよ」
「え~
……
詰みじゃん。てかそいつ自体は男? 女?」
「なんかどっちも聞いたことある~
……
」
「なお詰んだじゃん
……
」
『ああ、怖い怖い』
行きはよいよい、帰りは怖い。
その源が浅慮であれ、深慮であれ。
真なる『それ』に行き会ってしまったのならば。
折れぬ心があるか、相当な幸運に恵まれるか、或いは呆れるような例外になるか。
そのどれもがないのであれば、喰われる他ないのだ。
夜闇に紛れるようにして、大典太光世は一人歩く。図書館の閉館時間ギリギリまでレポートと戦い帰宅がすっかり遅くなってしまったのだ。なんとか無事に夏を乗り越えられそうな所まで進められたことに安堵しつつ歩いていると、置き去りにしていた空腹が不意に顔を出す。
(食材は多分切らしてるしスーパーも閉まってるだろうし、ファミレス
……
はもっと帰りが遅くなるな。ハンバーガーか何か買って帰って
……
ああ、ついでにスタバの新作も。もう売り切れてるなんてことはないだろうが、ここいらは客も多いし
……
どうなんだか)
普段口に出す文量の数倍に及ぶ文字数で思考を巡らせれば自然と歩みは早くなる。光世は食事を楽しむタイプの人間だ。手料理も外食も甘味も酒も等しく好きな、ある意味損のない味覚の持ち主である。いよいよ本気を出し始めた暑さと共に売り出された期間限定バーガーやフラペチーノを楽しみにしながら角を曲がった、
その時だった。
「なぁ、あんた」
さっぱりと気持ちのいい、男の声だ。その呼びかけが向けられそうな相手は光世の他に誰もいない。
光世はゆっくりと自分の右側を見る。
恐ろしく容姿の整った青年が、人好きのする笑みを浮かべてそこにいた。
「
……
俺はあんたの知り合いではない、と思うが
……
」
街灯に照らされて煌めく長めの金髪に、洗練された衣服。目鼻立ちのはっきりした顔。そして何より視線が吸い寄せられたのは綺麗な紅い瞳。どこか底の見えないその色は輝く宝石のようにも澱んだ血のようにも見えた。
「今知り合った! あんたと仲良くしたかったんだ。見た所腹も減ってそうだし、これから飯でも行かねえ?」
不自然だ。こんな男は本当に知らない。大学でも全く見かけていない。視界の隅にも入った覚えがないのだ。違和感を嫌という程感じ取っているのに、心臓は高鳴るばかり。まるで──恋をしたみたいに。
「なぁ
……
いいだろ?
……
飯だけで終わんなくてもいいからさ」
囁く声は蕩けるように甘い。その先を求めてしまいたいと体の内が熱を帯びる。
魅力的な青年に導かれるように、光世は手を伸ばす。
一切の遠慮なく右手で頭を鷲掴んで。
え、と戸惑う青年に構わずみしみしと音が鳴る程に力を込める。
そして、ばちんと弾ける音を皮切りに溢れ出した雷のような霊力が青年の全身を瞬く間に包み込んだ。
「ああああああああああああああああ⁉」
「まさかそっちから寄ってくるとは
……
男の趣味が悪くないか?」
青年の能力であろう魅了は確かにかかった。が、光世にとっては大した問題ではなかった。心は少しばかり動かされたが、相手が怪異だと思えば打ち消すのも容易だ。
これは身に宿る膨大な霊力のせいでもあるが、一番の原因は怪異に慣れ過ぎたことだ。幼少期から怪異に絡まれ続け、やがて光世は大体のことに動じ(られ)ない鋼の精神を手に入れてしまった。あまり嬉しくない、と光世本人はじめじめと語るだろうが。
「い゛っっってえ
……
‼ てめえ、知ってたのかよ
……
!」
「噂が立てばすぐ耳に入る」
光世が淡々と語る間も青年を罰する霊力は衰えない。
「いや痛えって馬鹿‼ 死ぬ‼ 無理‼」
「意外としぶといな。こうしてやれば大概の怪異は死ぬが」
平坦な感心を伝える光世を青年がきっ、と睨む。苦痛に顔を歪めながらも美しさは損なわれない。
「何人喰ったと思ってんだ
……
こんな所で死んでたまるか」
「お前に喰われた人たちが聞いたらどう思うかな。
……
お前の選択肢は死ぬか改心するかだぞ」
霊力を強めれば青年はさらに苦し気な悲鳴を上げた。
「ぐ、ぁ゛あ
……
っ!」
青年はなおも耐えようとするが、次第に目の焦点が合わなくなり、手足から力が抜けていく。痛み、痺れ、何よりも世界から消えてなくなる恐怖が青年の精神を手折っていく。溢したくもなかった本音が勝手に口から出ていった。
「
……
嫌だ、死にたくない、いたい、名前もないのに、しにたくない
……
」
「
……
」
光世は黙して先を促す。その紅い瞳には何も映っていなかった。
「
……
すま、なかっ、た
……
」
ぽた、と見開かれた目から涙が落ちる。それを見てようやく光世はその手を緩めた。自分で立つ力も失った青年はそのまま地面に崩れ落ちる。
「
……
この場はこれでやめるが、次人を喰おうとしたら問答無用で消す」
「
……
分かっ、た」
こくりと頷けば、光世の表情が幾分か柔らかくなる。
「
……
今は罰するために使ったが、俺の霊力を吸えば魂の代わりにはなるはずだ。生きていたいなら家に来い」
「え
……
」
そんなまさか、そんな都合のいい展開が? 青年は一瞬訝しんだが、実際やろうと思えばできそうな力だと今身をもって体感したばかりだ。どの道弱った自分に選択の自由はない。諦めて青年は光世に着いていった。
「
……
なんであんた、俺のこと殺さなかったんだ」
数十分後。二人で黙々と歩き、途中で光世の目当ての食事を手に入れ再び歩き出したあたりで青年は問いかけた。甘い雰囲気も妖艶さも投げ捨てた完全に素の声音だった。
何人も魅了してベッドに誘って、散々楽しんでから魂を喰らい尽くした。怪異退治を生業にする者であれば即座に殺しても不自然ではなかった。それなのにこの男は生かした上で家に来いと言う。
「
……
これから悪さをしないのであれば、別に生きていたっていいだろう」
「甘くねえか?」
「何、二度はないというだけだ。
……
それに、怪異だからと言って即敵になる訳でもない。仲良くできるなら、その方がいい」
何でもない事のように、どこか寂しげに光世は答えた。その様が、青年にはとても美しく見えた。
「
……
本当に甘え奴。寝首掻かれても知らねえぞ」
青年は光世の甘さを嗤う。しかしもう光世を喰う気は失せていた。横顔を見上げていると鼓動がどくどくと速まって、頭の中がぽうっと蕩けていく。
ああこれが恋なのか、と青年はぼんやりと思った。人間から奪い続けてきた感情が、今になって自分に宿るなんて。殺されかかった相手に惚れる理屈など分からない。それでもこの感情は本物なのだと本能が告げていた。
マンションのエントランスを通り二人でエレベーターに乗り込む。六階に降り立ち、廊下の隅にある階段の踊り場に寄ると不意に光世が口を開いた。
「
……
名前はどうする?」
「え?」
それはもしかして、付けてもらえるという解釈でいいのだろうか。青年は突然投げ込まれた話題に動揺しながらも気分を高揚させた。
固有の名前を持たぬ噂の怪異は、いくら人を喰っても噂自体が完全に忘れられればいずれ消えてしまう。それ故、青年は名前を酷く欲しがっていた。誘った人間に適当に呼ばせるような間に合わせの名前ではない、真に自分を示す名前が欲しかった。
「
……
名前は、欲しい
……
けど、どんなのがいいかいまいちよく分かんねえな。何がいいと思う?」
青年の問いに光世は暫し考え込む。青年もいくつか候補を並べてはみたが、気に入るものは一向に思いつかない。
何分そうして悩んだだろうか。やがて光世は顔を上げ、おずおずと言葉を紡いだ。
「
……
ソハヤ」
ソハヤ。青年には聞き覚えがない言葉だった。口の中で繰り返すと、じんわり全身が暖かくなるような心地がした。
「
……
これって、どういう意味なんだ?」
「現代に正確な意味は伝わっていない。今日文献を漁っていて見つけた。
……
俺も意味を読み取れなかったが、きっといい言葉だと思う」
「
……
そうか。ありがとな」
ソハヤ。呼ばれた言葉が刻み込まれていく。
「これ、好きだ」
伝えると光世はほっとしたように微笑む。その笑顔も、その背後に広がる街の明かりも、夜に浮かぶ月も、美しい。
そんな景色の中で、青年はソハヤになった。
六〇六号室の鍵を回し、光世は扉を開ける。期待に胸を躍らせながらソハヤは光世の後ろに立つ。
「
……
ただいま。ソハヤも入れ」
ぼそりと吐かれた光世の声と同時にソハヤは違和感を覚えた。
奥の部屋の電気が点いている。
(
………………
ん?)
「お帰りなさい、大典太さん!」
「随分遅かったな
……
待てなんだそいつは。鬼ではなさそうだが」
家の奥から誰かが来る。マントを羽織った子供に、角と眼帯が特徴的な男。嫌でも分かってしまう。種の違いこそあれ、ソハヤと同様に怪異に分類される者たちだと。
「
…………
誰?」
「
……
共に住む怪異がお前一人とは言っていないが」
「そうだったな
……………………
」
落胆がソハヤを包んだ。そう簡単に攻略させてはくれないらしい。
……
だが、落ち込んでばかりのソハヤでもない。壁が高いなら、それだけ超えた時の嬉しさも大きくなる。
(
……
同じ家には住めたことだし。ちょっとずつ距離詰めていくしかねえか)
気持ちを切り替え、ソハヤはさっさと家に上がった。
恋を喰い荒らす怪異の初めての恋。
その行方はまだ、誰にも語られない。
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