同じ刀工から生まれたから、同じ刀派だからといって仲良くしなければいけないという決まりはこの本丸にはない。が、やはり近しい者ということもあって家族のような情を育むこともまた多い。
中でも、郷義弘という一人の刀工に生み出された江の者たちは距離感が微妙に狂っているような気がする、と大典太はぼんやり思ったりしていた。それを不快に感じることは全くないが、見ているとやけに胸がそわそわするというか、近すぎるのではないかといらない心配が芽生えてくる。気分は少女漫画を読む人間だ。
まず豊前の膝だの両手だのが物凄く気軽に他の江に貸し出されているのに驚くし、普段の生活でもそれぞれのパーソナルスペースというものがないように見える。"れっすん"の休憩をしている時も篭手切が誰かの隣にすっぽり収まって("ふぁんさ"なるものの指導を凄い熱量でして)いたりする。畑弄りを終えた桑名が景趣交換の規格から外れたと思しき洋梨をしれっと松井の口に突っ込んでいる所(力加減に遠慮がなかった)を見たことがあるし、五月雨と村雲が季語探しと称して一日中本丸を回っていた所にも出くわしたことがある。この前の冬は江の者がみちみちに詰まったこたつ一台を通りがかりに目にしたりもした。もう一台用意してもよかったんじゃないのか。
そんな風に何故か所々で江の仲睦まじさを見せつけられながらも特に何事もなく日々を過ごしていた大典太だが、最近明確な心配事が増えてしまった。
自分の兄弟であるソハヤがいつの間にか混じっていることがあるのだ。その仲睦まじい江の中に。
縁側でだらけながら野菜スティックを齧る桑名篭手切村雲、に何故かソハヤも並んでスティックをぱりぽりやっていたし、豊前五月雨と疾さ比べをすることになったから兄弟計測よろしくとストップウォッチを渡されたこともあるし、松井に連れられて本丸の執務室に入っていき丸一日後に死んだ目で帰ってきたことだってあるし、新しく顕現した稲葉の歓迎会にソハヤ伝いに呼ばれたこともある。自分の刀派が何だったか一度言ってみてほしい。
(……俺は、兄弟として見られているんだろうか)
刀工を同じくする仲良したちの中に自分の兄弟が入っていくのを見てこんなに不安になるとは思ってもみなかった。じゃあ自分は。この兄弟関係も同じ三池と周りに言われているからというだけであって本当は兄弟と思われていないのでは、自分を兄弟と呼ぶのだってそう思い込みたいからではないか、なんてネガティブな方向へ思考は転がっていく。……よくよく考えれば、自分の出自に関して思う所のあるソハヤがよりによってそこで社交辞令じみた触れ合い方を選択するはずがないのだが、この時の大典太は完全にそれを失念していた。
「なあ兄弟……俺は、お前を兄弟と呼び続けていいのか」
「どうしたんだよ藪から棒に」
ある夜のこと。縁側でソハヤに凭れかかりながら杯を傾ける中で大典太はとうとうそう呟いた。これはどうも変に不安になっているらしい、ソハヤは悟って肩を優しく抱いた。
「何か言われたか? 相談乗るぜ」
「そういうことではない、んだが……。……その、お前は俺よりも……江、の方が……」
稀に見る深酒のせいで涙腺は面白いくらいに緩くなっている。みるみる涙声になる大典太をあやすように頭をぽんぽんと撫でた。
「あー……それ心配してたのか! 確かにあいつらとは気が合うけどな、それで兄弟のこと蔑ろにしたいとは思わない。兄弟は兄弟で、あいつらはあいつらだ」
「で、でも」
なおも言い淀む大典太の目尻に浮かびかけた涙をソハヤはそっと拭う。
「大典太光世とは兄弟だ。それは絶対、誰に何言われたって変わらねえ。本当の所どうだったかももう気にしてやらねえ。俺はあんたと兄弟でいたいんだ」
それは大典太の中の霧を晴らす、陽の光に似た力強い言葉だった。
「兄弟姉妹と友達じゃ色々気持ちも違ってくるだろ。だから心配しなくていい、どうあっても兄弟のことは大事に想ってるからさ」
あまりにも眩しくて大典太は途端に恥ずかしくなる。そうだ、妬くことはなかったのだ。江の者ほどの距離感の近さはないとはいえ、自分達も特別な絆で繋がっているのだから。
「……ああ、そうだな……。すまんな、勝手にもやもやとして……」
「いいって! ……にしてもそんなに長く離れてたっけか? まあいいか、もう少し一緒にいる時間増やそうな」
「!」
見るからに嬉しそうになる大典太にソハヤの笑みも深くなる。大典太の杯には水を、自分の杯には少し弱い酒を注ぎ、ソハヤはこの夜を長く楽しむことにした。
さて、縁側で呑む二振りの背後の廊下を通りかかった者が一振り。この本丸に来たばかりの稲葉だ。まだ重ねた時間も少なく本人の性格もあって他の江との距離もそう近い訳ではない、が仲が悪いということもないこの刀はある意味一番冷静に状況を見ることができた。
(近い……)
大典太はあんな距離が近い中に自分の兄弟まで入ってとうじうじしていたが、稲葉から見れば三池だって普通に距離は近いのだ。ソハヤはよく大典太を座椅子にするし、大典太はソハヤの頭に顎を乗せ肩を腕置きにして人の話を聞きがちだし、隙あらば互いの隣を確保して、互いに対してだけ遠慮が一切ない。その関係性で何故そこまで悩むのか。
「……贅沢者が」
一人呟いて、稲葉は去っていく。今しがた見たやりとりを江の者たちに告げるべきか考え込みながら。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.