compound_dashi
2022-06-06 23:30:35
3302文字
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長幼の行方

典ソハ 兄の日なので兄と弟を決める名目でロールプレイに興じる回

「兄弟、そろそろ白黒はっきりさせようじゃねえか」
「何をだ」
 雨が弱く降り続く非番の昼。二人でだらだら過ごしていると兄弟が何か言ってきた。とてもきらきらした可愛らしい顔で話しかけてくれるのは大変ありがたいのだが、白黒はっきりさせる内容にはてんで覚えがない。
「そりゃ決まってんだろ、どっちが兄でどっちが弟かだよ」
「ああ……
「なんだよ兄弟あんまり興味ねえ?」
 きらきらが隠れて少し拗ねたような声音に変わる。もう少し聞いていたくなってしまうが、折角の非番だし機嫌は早めに直してもらうのが吉だろう。
「興味というか……気にしたことがなかったからな」
 正直兄弟であると保証されているだけで嬉しいと思えてしまう質なので今に至っても長幼などどうでもいいというか。まあでも、暇潰しにはいい話題だ。
「兄弟が満足するなら付き合ってやろう」
「よおし」
 答えてやるととても満足げな笑みを浮かべた。可愛過ぎて胸のあたりが辛くなる。兄弟の全てを可愛いと思えてしまうのはもしかして不具合なのではなかろうか。怖い。
「じゃあ……どうやって決めるかねぇ」
「考えてなかったのか……
「どっちがどっちかなんてどうやって決めればって感じだしなぁ」
「人なら生まれ順で簡単に決まるからな」
 二人して考え込み、数分。
「やっぱりどっちが様になるかやってみるしかないか。じゃんけん勝った方が先に兄な」
「途中で恥ずかしいとか言うんじゃないぞ」
「分かってるって」
 揃ってにや、と笑う。なんてことない勝負事でも変に力を入れがちなのはやはり性か。
 じゃんけんの結果、先に兄弟、後に俺が兄をやることとなった。

……兄さん」
……は」
 告げた途端に兄弟の顔がさあっと赤く染まっていく。頭の中で呼称をこねくり回した甲斐があったか。最終的に『兄貴』と『兄さん』の二択になったがこちらでよかったかもしれない。大人しめな弟を演じるのは正解だったようだ。
「もう降参か?」
「照れたら負けとかじゃねえだろこれ!」
「そうだったか」
 からかえばすぐにいい手応えが返ってくるのが兄弟のいい所だ。ぷすっとむくれた顔を戻すと兄弟は『兄』として振る舞い始める。
「で、どうしたよ。悩みがあるならおにーちゃんに言ってみな」
 とんとん、と兄だ……兄さんは床を軽く叩く。素直に従って側に寄れば肩を抱かれて引き寄せられた。
「困りごとではないが……いや、困りごとと言えばそうかもしれないな」
「お?」
……兄さんが、格好よくて困る」
……へえ。光世がそういうこと言ってくれるとはなぁ」
 嬉しい、と呟いた声も、『光世』という呼び名も。俺の全てを包み込むような優しい笑みも全部、直球で心臓を貫いた。大変だ。兄とはこんなにも恐ろしい存在なのか。甘えたら戻れない。どうすればいい。
 すうと息を吸ってなんとか言葉を継いだ。
「しっかり者で、誰にでも明るく接するのに思慮深い。それでいていらぬ物怖じもしない。他にも言い尽くせないくらい沢山ある。ふふ、好きじゃない所を探す方が難しいな」
「褒め殺しか~?」
 わしゃわしゃと頭を撫でられた。普段よりもどこか手つきが優しいような気がする。
「こんなにべったべたに褒めてくれるなんてなぁ、いい弟を持ったもんだ。どこに出しても恥ずかしくない」
「言い過ぎじゃないか、……ああそれと、一番大事なことが残っていたな」
「ん?」
 首を傾げて待ちの姿勢。はあ成程、要は強化されるのは包容力ということか。もう致命傷だが、ぎりぎりで踏み留まる。そっちがその気ならこっちだって最大限に甘えてやる。
「他に見せない顔を俺に見せてくれるのも、それだけ俺を好いてくれているのも嬉しい」
 抱き締めて耳元に顔を寄せれば、火照った肌の熱がじわりと伝わる。
「あ、え」
「──大好きだ、兄さん」

「やばいな。死ぬかと思った」
「俺もだ」
 揃って自室の畳に転がっている。顔が熱い。兄弟も首筋まで赤く染めている。心臓がばくばく早鐘を打ってなかなか落ち着く様子がない。
「弟の言うことじゃねえだろ、何? なんだよあれ」
「お前こそ……あの距離感で普段会話しないだろう人間の兄弟も」
 互いに悪ノリが過ぎた感はある。しかしそうでもしないと相手の魅力に押し潰されそうだったのも事実だ。何が正解なんだ。兄とは。弟とは。
…………まだやるのか」
「当たり前だろ……逆もきっちりやらないと決着つかねえからな」
 趣旨がずれてきている気もしなくはないが、兄弟は最後までやらないと納得しないだろう。とはいえ今は互いに使い物にならないので落ち着いてから続きをやることにした。

「にーちゃんっ」
「どうしたソハヤ、機嫌がいいな」
 言うや否や、ぼふっと腕に飛び込んでくる。直前の会話は綺麗さっぱり忘れたようだ。先程のやりとりで免疫が付いたのか性質そのものが異なるのか、この最初も最初の段階で身悶えすることはなくなった。……いや、そんなことはなかった。後からじわじわ効いてくる。兄ちゃん。自分が呼ばれるとこんなにも愛しさが沸くものなのか。
 腕の中に閉じ込めて背中を軽く叩けば満足げな笑い声がくぐもって聞こえてくる。
「いや~、なんか無性に嬉しくなっちまってな。甘えていい奴が近くにいるのがさ」
「俺なんかより向いてる奴がいるんじゃないのか?」
「まあそりゃな、昔からの知り合いの前なら気も抜けるけど……兄ちゃんといる時はちょっと違うんだよな」
 ……それは普通に初耳なんだが。
「そういうものか?」
「そういうものだ」
……他に見せない姿など、恋人としての顔ぐらいしか思い浮かばないが。違うのか」
「それもあるけどな……それだけじゃねえよ」
 肩を掴まれ引き剝がされる。思わず顔を上げると、さっきまでとは打って変わって真剣そのものの紅い眼に捉えられた。貫かれたように微塵も動けなくなる。
「無様な姿を見せるのは、兄ちゃんの前だけって決めてるんだ」
……な」
 目が細められる。
「恋人はやめられるかもしれねえけど。兄弟の縁は絶対に切れない。いくら切りたくなっても、絶対だ」
 それに、と心臓の直上に人差し指を立てられる。
「何があっても俺を嫌えないの、知ってるんだからな」
 ──ああ、その通りだ。殴られようが辱められようが殺されようが、俺は本当にソハヤを嫌うことなどできないのだろう。
……分かっているなら、もっと頼ったらどうだ」
「頼ってるつもりではあるんだがな。不慣れな分は兄ちゃんが促してくれると助かる」
 そこまで言うと、眩しい笑顔が戻ってきた。
……兄ちゃんなら、してくれるよな?」
「勿論だ」
「じゃあ……今滅茶苦茶甘やかせっ」
 腕を引かれたと思ったら、次の瞬間二人して畳に倒れ込んでいた。してやったり、とばかりに笑みに悪戯な気配が混じる。
「うわ、……急だな」
「男に二言は?」
「ない……
「ならやってくれるよな?」
「そうだな……えらいえらい」
 頭を雑に撫でれば不服そうな声が飛んできた。
「おい! 手抜きすんなよ」
「急拵えに期待する方が悪い」
「こら責任なすり付けんな、……ったく、はは、あははっ……
……ふふ」
 ソハヤにつられて俺も笑ってしまう。穏やかな可笑しさが収まるまでそうして二人で笑っていた。

 笑いが落ち着いた頃、兄弟がぽつりと呟いた。
……やっぱさ、どっちがどっちかって決めない方がいい気がするな」
……そうだな」
 長幼が曖昧だからこそ対等な部分がどこかにあったのかもしれない。そこが崩れると……どちらの場合であれ、気持ちはずっと休まらないだろう。主にどきどきし過ぎるせいで。
「いつもの距離感が健康にはいいということだな……
「そういうこったな。……夜たまにやるぐらいなら面白そうだけどな」
 深く頷いておく。心の安寧も波乱も大事だ。それに。
……兄弟、と呼ぶのが一番収まりがいい」
「奇遇だな。俺もそう思ってたぜ兄弟」

 結局、自分達にはこの関係が一番似合うのだ。