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明るいうちに
魔法舎の日だまりでレモネードを飲むネロブラ。
エチュード直後くらい、ブ視点。
ネロについて。この場所で再会するまで、知らなかったことがある。
たとえば、他人の前でも気安く、あるいは不用心に居眠りをすること。
たとえば、子供が好むような生き物なんかを前にだらしない顔をすること。
たとえば、あたたかな陽射しの下で柔らかに笑うのが似合うということ。
目の前に再び現れたその男は、昔から変わっていないように見えるのに、どうにも昔の記憶とずれたようなところも多い。
だから思う。「東の飯屋」なんて、今の俺にとって知らないやつだと。
突き付けられている。昔の通りではないのだと。
「
……
寝てんの?」
日除け代わりに被っていたフードをくい、と引っ張られて思わずため息を吐く。寝ているかもしれない北の大盗賊の服に遠慮もなく触れるやつなんて、気配を確認するまでも、声を聞くまでもなくひとりしかいない。
「どうしたよ、ネロ」
「いや、あんたが他人のいるところでそういう風にしてるの珍しいから」
見上げると、ややばつが悪そうな顔で目を逸らされた。足元の草ばかり見て続けられないネロの言葉をつまり、を頭の中で補完する。
「体調はいたって良好だぜ」
「そう」
飲む?とグラスを差し出され、酒かと問うと「レモネードだよ」とあきれたように返された。前は昼間からでも飲んでただろうが、と言おうとして飲み込む。
「お子様かよ」
「いらねえなら、いい」
「いらねえとは言ってないだろうが」
グラスを受け取ると、そのままネロも隣に座ってきたものだから、気付かれないようにそっと息を詰めた。ちらりと見やった当の本人は完全に寛いだ顔になっていて。どうしたもんかな、と思う。
昼間に仲良く並んでジュースを飲むなんて、やろうと思ったことすらない。
再会して最初によぎったのは、安堵だった。そのことに自分でも衝撃を受けた。俺が捕まっても助けに来なかった、牢屋に入れられた後も一度だって来なかった。制裁すべきだった。
エヴァだったら、迷わず石にしていただろうか。あの輝くような北の魔女なら。
頭だけが空回る。今の賢者の魔法使いの面子が敵に回れば刑期がどうこうという話ではなく、きっとネロを石にしたあとで俺が石になるだろう、だから何も策がない内は。そもそも「来なかった」のではなく「来れなかった」のであれば制裁の必要はないのでは。だから。だから。ネロを石にせずに済む理由を探してしまった。そういうものごと、氷の下に埋めてしまえたなら良かったのに、ここはぬるい日だまりと緑ばかりが広がっている。そんな場所では埋め方がわからない。
ひた、と少し低い温度が頬に触れた。少し困ったような顔をして、ネロが首をかしげる。
「やっぱちょっと違う?」
「違うってなんだよ、違うって」
「なんだろ
……
ブラッドだけどブラッドじゃないみたいな」
振り払う気にもならずにそのままにしていると、しまいには両頬を挟まれてしまったので流石に眉根が寄った。知られたくないと言う割に、どうも触れ合う距離だけは昔のままだ。
「なんだそりゃ。強いて言うならそうだな
……
せっかくてめえと並んで飲んでるってのに、お子様向けの飲み物ってのは変だろ」
空になったグラスを投げると危なげなく受け取られる。怒られるか、と頭の隅を過ったものの、発言を取り消すこともできずに口を閉じた。
「変じゃねえよ」
やけに落ち着いた声で返されて、思わずネロの顔をまじまじと見る。
「
……
あんたさ。わざわざ頭下げに来ただろ」
ぽつぽつと、雨粒のように零される音を聞き逃したくない、取りこぼしたくない。そう思った。
「何も変わっちゃいねえって思ってた。だけど、そうじゃないんだよな」
うれしかったよ。ほとんど囁くように告げられたそれに息が止まる。
そんなことで、と思った。だが、ネロにとってはそんなことではなかったのか、と思う。
これまでに行ってきたすべてが正しいだなんて言えたもんじゃないが、これまでに行ってきたすべてが間違いだなんてことは言えるわけもない。それで良かったし、これからもそうだ。
知らない男が、過去の姿と重なった。
かつて掴み損ねた流星が、今また目の前にいる。
しばらくそのまま見つめ合って、ガサ、と揺れる木の音でお互い我に返った。ぱ、と離れた手の温度を少しだけ惜しく思ったことに舌打ちしそうになる。
かなり気まずい空気の中、間を割るようにもぐりこんできた猫がにゃあ、とネロにすり寄ってきて、こいつが音の正体か、と力を抜いた。
「あ、こないだ先生が言ってたやつだ」
「呪い屋が?なんて?」
「ずっと遠くからこっち見てたらしいんだけど、最近は近寄ってくれるようになったって。
……
うわ、結構重いなこいつ」
さっきまでのことは白昼夢だったかのように、当たり前にいつもの調子に戻ったネロがこちらに猫を差し出してくる。
「ちょっとあんたに似てる」
「そんな毛むくじゃらと俺様を一緒にすんじゃねえよ。あと近付けんな」
くしゃみが出たら困るとしっしと手で払えば、妙に神妙な顔になって「大変だよなあ、それ」と言うもんだから、堪えきれずに吹き出した。
「なあ、ネロ」
手を伸ばす。肩を掴むと確かに骨と肉と温度がそこにある。
「次は昼間っから飲もうぜ」
「そんなに飲みたかったのかよ」
「とっておきのやつ出してやるからよ」
とっておき、の言葉にネロが考えるようなそぶりを見せるものだから、一気に気分が良くなる。
決まりだ、と掴んだ肩を強く押して、ネロの返事は聞かないまま背を向けた。
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