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すずかけあおい
2024-07-07 20:13:32
2122文字
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モブは主役になれますか? 全年齢版
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モブは主役になれますか?七夕小話
潤理×椎、ふたりの七夕。いちゃいちゃ小話より前です。
濃紺の空はすっきりと晴れている。七夕の今日は、いい夜になりそうだ。
潤理の部屋のから空を見あげていたら、背後から包むように抱きしめられて身体が固まる。
「どうした、椎」
「不意打ちはいけません」
もうつき合って一か月も経つというのに、抱きしめられると緊張するし、キスをされそうになると逃げてしまう。今まで縁のなかった行為が椎を混乱させる。
潤理はいつも笑っているが、時々不安になる。こんなになんの経験もなく、見た目もぱっとしない椎などつまらないのではないか。この世にはもっと素敵な「主役」がたくさんいる。そういう人とつき合ったほうが、潤理も心から楽しめるのでは、などと考えてしまう。
「椎、こっち向け」
「嫌です」
「なんで」
「その声は、キスをしようとしているときですから」
単語を発するだけで頬が熱くなる。キスなんて椎にはとんでもないことだ。
「ほんと、椎はおもしろいな」
くつくつと喉の奥で笑う潤理は大人だ。椎の反抗など簡単に受け止めてしまう。だから余計に椎は情けなくなる。もっと潤理に似合う大人になりたい。自宅への乗り換え駅にあった七夕飾りの短冊にも「大人になりたい」と書いた。ついでに小さく「潤理さんにもっと好きになってもらいたい」と、とんでもないことまで書いてしまった。思い出すだけでも頬が火照って仕方がない。
「なあ、椎」
「はい。離してください」
「離さない」
背後から抱きしめる姿勢のまま、潤理が耳もとで話す。吐息がかすめてくすぐったいし、どきどきする。
「椎は俺と一年に一度しか会えなかったらどうする?」
「異動ですか?」
「たとえだよ」
頬を軽くつままれて、ふにふにと動かされる。
潤理と一年に一度しか会えなかったら
――
考えてみたら、自分がモブだとかそういうことは関係なく涙が零れた。
「椎?」
指に触れた雫で気がついたのか、潤理が椎の顔を覗き込む。隠すこともできない涙が自然と頬を伝い落ちていく。
「椎、どうした?」
「い、異動なら仕方ないので、俺はついていきます」
想像してみた。会社でも自宅でもひとりで、会えるのは年に一度。ビデオ通話やメッセージのやり取りはあっても、抱きしめてもらえない
――
それはひどく心細かった。実際に抱きしめられると緊張するのに、それをしてもらえないのはつらい。考えてみるだけでも心が引き裂かれるような痛みを伴うのだから、実際にその状況になったら、きっと耐えられない。
「ついていくって、本気か? 仕事は?」
「仕事より潤理さんが大事です」
この答えは潤理には意外だったようだが、椎には他の選択肢などない。潤理に向き直り顔を見あげると、困惑した表情で椎を見ている。
「俺は潤理さんがそばにいないと嫌です」
椎より高い位置にある肩に額をつけて、甘えるように頬をすり寄せた。
困っているだろう。それがわかっても、椎はその状況になったら絶対に引かない。仕事なんて選ばなければいくらでもあるのだから、かけがえのない唯一の存在を優先するに決まっている。
「まいったな」
深く嘆息する潤理の瞳は揺れている。潤理は椎の背に腕をまわしてきつく抱き寄せると、もう一度重く息をついた。
「そんなに好きでいてくれてるなんて、嬉しすぎる」
「残念ですが、俺はしつこいようです」
「全然残念じゃない」
破顔して、潤理は椎の髪を撫でた。顔が近づいてくるので、背を逸らせてよける。
「ここでよけるな」
それでも潤理は嬉しそうに瞳を細めている。優しい表情に心が温かくなった。
「潤理さんがいないなんて、考えられません」
もう一度潤理の肩に額をのせて、そっと囁いた。椎の精いっぱいを潤理は喜んで受け止めてくれるとわかっているから、こんなことが言える。椎の人生を変えたのだ。そう簡単に逃げられると思われては困る。椎は食らいついて離れない。
「椎がいれば、他になにもいらないな」
温かい手が何度も椎の髪を撫でた。
「で、異動なんですか?」
「たとえだって言っただろ」
「俺の涙を返してください」
まだぐずぐずするまま睨みつける。たとえで泣いてしまうような椎が悪いのはたしかだが、そんなたとえを出すほうはもっと悪い。潤理の頬に触れて、思い切りつねった。
「もっとつねっていい」
「マゾですか」
「椎がそれだけショックを受けたってことだからな。俺が受け止めないで誰が受け止める?」
こういうところが本当に敵わない。椎のすべてをすっぽりと包んでしまう大きさは、ほっとするけれど悔しい。
頬をつねるのをやめて潤理の手を取った。
「潤理さんの言葉がどれだけ俺にとって重いかを、もっと知って自覚してください。本気で明日退職届出そうかと思いました」
「へえ。そんなになんだ?」
「悪いですか」
「悪くない。最高だ」
力いっぱい椎を抱きしめた潤理は頬がわずかに紅潮していて、言葉以上に嬉しいのだとわかる。そんな表情をされたら、椎だって頑張らないわけにはいかない。
「潤理さんが好きです」
戯れるように潤理の手のひらを指で撫でる。柔らかく目を細めた彼は、椎をまた腕の中に閉じ込めた。
(終)
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