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吾妻
2024-07-07 07:30:08
5575文字
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アークナイツ
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この手に触れるもの
葬博♀。できてる。
Xで募集した性癖四大奇書、④「ラッキースケベ」です。
リクエストありがとうございました!
じっと、手を見る。
からっぽの掌を。
ゆるく握り、解く。
かすかに残る感触を、確かめるように。
「どうした、フェデリコ? お前らしくもないな。物思いに耽るなんて」
リケーレ・コロンボは、先程から右手を握ったり開いたりしている馴染みの執行人に声をかける。経験則から言って、普段と異なる様子のフェデリコ・ジアロに関わると大体痛い目に遭うのだが、好奇心には勝てなかった。
作戦中こそ、いつもと変わらぬ〝問題解決マシーン〟としての集中力を見せていたものの、休憩中や待機中はずっと何やら考え込んでいる様子だった。
リケーレはもちろん、彼が機械ではないことを知っている。かなり個性的で、いささか誤解されやすくはあるものの、感情を持ち、思考をする、れっきとした人間だ。
特に聖徒となってからは、以前よりも多くの物事に目を向けるようになってきている。そんな彼の変化が、リケーレには興味深く映るのだ。
(どう考えても、〝彼女〟の影響がデカいだろうしな)
ロドス・アイランド。鉱石病の治療と、感染者にまつわる様々な問題の解決を掲げる製薬会社。
リケーレとフェデリコが所属するラテラーノ公証人役場は、かの企業と協定を結んでいる。主にサンクタに関わる諸問題の解決に、相互協力を行うためだ。本日の作戦もその一環であり、これから二人はロドス本艦へ帰投する予定になっていた。
そして、時にマシーンにも例えられ、公証人役場随一の恋愛フラグブレイカーとしても名を馳せているフェデリコ・ジアロは、なんとそのロドス・アイランドの戦術指揮官であるドクターと、恋仲なのだという。
何事も理性的かつフラットに考えるフェデリコにしては、やたらとロドスに肩入れしているとは思っていたが、まさかそんなことになっていたとは。初めは冗談の類かと思っていたが、実際に現地に赴き、ドクターの人となりを知り、さらに彼女と接するフェデリコの態度を見ていたら、信じないわけにもいかなくなった。
どこからどう見ても、〝特別〟な相手への接し方であり、そんな態度を取るフェデリコを、リケーレはこれまで見たことがなかった。
初めは、同僚の遅れてきた思春期をからかってやるつもりだったのに、とてもそんなことができる雰囲気ではない。あれはどう見ても〝マジモン〟で〝ガチ〟だ。下手に触ろうものなら火傷では済まない確信がある。
だというのに、まるで火に群がる虫のようについつい構いに行ってしまうのは、それなりにこの同僚に愛着があり、かつドクターにも興味があるということか。
声を掛けられたフェデリコは、右の掌から顔を上げてリケーレを見た。
「その手、どうかしたのか? 怪我でもしたとか?」
「いいえ、問題ありません」
「それならいいんだが。まるで女の胸でも揉んでるみたいな手つきだと思ってよ」
「はい」
「
…………
はい?」
フェデリコが相変わらず表情ひとつ動かさないので、ちょっとからかってやろうと思ったのだが、見事に返り討ちに遭ってしまった。まさか肯定が返ってくるなんて、夢にも思わなかった。
フェデリコはこういう類の冗談を言うタイプではない。少なくとも、リケーレはそういった場面に出くわしたことがない。だからこそ、余計に動揺した。
しかしフェデリコは、同僚の混乱などどこ吹く風で、
「女性の肉体の脆弱性について、考えていました」
と、続けた。
「
……
あー、そう」
リケーレは、幼少期から培った、優れた危機察知能力を有している。危険に出くわすと、〝これ以上はヤバい〟と、生存本能が警鐘を鳴らしてくるのだ。このセンサーはかなり優秀で、幾度命を救われたかわからない。
そして今、リケーレの頭の中では、大音量でアラートが鳴り響いている。これ以上話題を掘り下げるのはやめたほうが良さそうだ。
どうせ十中八九、ドクター絡みのことなのだろうし。
そうなると、無自覚な惚気や、返答に困る質疑応答に付き合わされる羽目になる。
(
……
ったく、ちゃんとうまくやれてんのか?)
何がって? 異性交友にまつわる何もかもに決まっている。
フェデリコ・ジアロは間違いなく優秀な執行人だが、だからといって人付き合いが上手いわけではない。むしろ難があると言ったほうがいい。そんな彼が恋人とうまくやっているのかどうかを心配するようになるなんて、過去の自分に話したところで絶対に信じやしないだろう。
横目で見やったフェデリコは、再び右手と見つめあっている。何かあったに違いないが、探りを入れるのは憚られる。
しかし、そんなリケーレの逡巡を知るはずもないフェデリコは、己の手と向き合ったまま、
「女性は、あのような柔らかな器官を有していて、危険ではないのでしょうか」
などと言い出した。
誰の胸の話をしているんだ。一人しか思い当たらないが。
「
……
そういうのは、所有者に聞いたほうが早いだろ」
うまく迂回して話題を誘導すると、フェデリコは冴え冴えとした目でしばらくリケーレを見つめたあと、「なるほど」と頷いた。
体よく問題をドクターに丸投げする形になった気もするが、元はと言えば恋人同士の問題だ。下手に首を突っ込んで馬に蹴られるよりは、ご本人同士で解決してもらったほうが円満というものだ。
(それにしても、なんで急に胸の話なんか
……
)
きっかけが気にはなるものの、面倒事を嫌うリケーレは、それ以上の追求を諦めた。
それが長生きの秘訣と信じて。
*
実際のきっかけは、至極単純なものだ。
足をもつれさせて転びそうになったドクターを、後ろから腕を回して支えた。その際に、手が思いっきり胸に触れてしまった。たったそれだけのこと。
もちろん不可抗力ではあるし、疚しい気持ちなど欠片もなかった。あの時取った行動に間違いはなかったと自負してもいる。
それでも何故か、柔らかな感触が掌に残って、いつまでも消えてくれない。一体どうしてしまったのだろう?
フェデリコとドクターは、世間一般で言うところの恋人同士だ。
数ヶ月前から正式にお付き合いをするようになった。
仕事を離れて二人きりで過ごす時間も増え、その触れ合いが互いに良い影響を及ぼしていると思う。
しかし、恋人同士ではあるものの、未だ踏み込んでいない領域がある。それが、ハグ以上のスキンシップだった。
一般的に、恋人同士は体を許すものであるらしい。
それらの行為は本来、動物が有する生殖本能の発露ではあるが、現代においては想い合う者同士の愛情確認として行われる場合も多いという。
なるほど。と、フェデリコは思う。世間一般の『普通』がどういうものかはよくわからないが、〝そういうもの〟だということはわかる。それらの行為が、快楽や安心感、愛されているという自己肯定感に繋がるというのも、頭では理解できる。
しかしそれが、自分たちの間に必要なものなのか。ドクターは、自分は、それを必要としているのか。
互いの関係に〝恋人〟という名を与えてから今まで、幾度となく自問自答を繰り返してきたが、残念ながら明確な答えは得られていない。
それでも、彼女の体から伝わってきた感触は、決して不快なものではなかった。
柔らかく、温かく、えもいわれぬ安心感を味わった。
だが、同時にフェデリコは、どうしようもなく心配になったのだ。
ドクターは女性だ。
身体能力も、体のつくりも、自分とは大きく異なる。
それについても、十二分に理解していた
――
はずだった。
けれど、実際に触れたそれは、想像以上に脆く、か弱く感じられた。力を込めれば容易く握りつぶしてしまえそうだった。
柔らかな肉も、そしてその内側にあるはずの心臓までも。
「フェデリコ」
静かな声に呼ばれ、我に返った。
声の方へ顔を向けると、本日の業務を終えたドクターが、フェイスマスクを外すところだった。
「はい」
オペレーターとしてではなく、恋人としてドクターの私室を訪れたフェデリコは、彼女の呼び掛けにいつものように返事をした。
「何か悩み事でも?」
部屋に備え付けのデスクにマスクを置き、ドクターはフェデリコに向き直る。
何故彼女がそう考えたのか、問い掛けようとして、やめた。結局のところ、下手なごまかしにしかならない気がしたからだ。
「はい」
頭を悩ませているのは紛れもない事実だ。その懊悩が、先日の出来事に端を発しているのだと理解もしている。
ただし、何が引っかかっているのか、フェデリコにはわからなかった。
「やっぱり。ここ数日、何かを考え込んでいるようだったから、心配していたんだ」
「申し訳ありません」
「謝る必要なんてないよ。私で良ければ話を聞こうか」
「
……
」
「話しにくいことなら、無理にとは言わないけど」
「いいえ。言語化が困難なだけです」
理路整然とした説明は難しく思えた。悩み事の核も、解決案も浮かんでいない状況で、ドクターの貴重な時間を浪費させるのも気が引けた。
フェデリコの生真面目な返答に、ドクターは苦笑する。そして、入口付近に立つ恋人を手招く。
招かれるまま、フェデリコはドクターに歩み寄った。手を伸ばせば触れられる距離まで近づけば、彼女を見下ろす形になった。
普段接しているときから理解しているはずなのに、間近から見下ろしたことで改めて身長差を意識した。そっと自分の手に触れてくる、ドクターの指の細さ。マスクを取り払って露わになった首の細さ。肩の薄さ。
それを意識すればするほど、また、あの上手く言語化できない感覚が、胸のうちにわだかまる。
「なら、一緒に問題の分析をしようか」
フェデリコの手を取って、ドクターが言う。
「一人で問題と向き合うのも大事だけど、袋小路に入り込んでしまった場合は、他者の視点から物事を見てみるのもいいものだよ。一人では見えなかったものが見えてくるかもしれない」
「承知しました」
ドクターは物好きな人だとフェデリコは思う。フェデリコの独特な思考に、自然と寄り添って、最後まで急かすでもなく付き合ってくれる。その距離感が、フェデリコにはひどく心地よく感じられる。
「ではまず、発端が何かはわかるのかな」
「はい。先日、ドクターの胸部に触れてしまったことが発端と考えられます」
「あれかー
……
。別にあれは事故というか、君は私を助けてくれたんだし、私は全く気にしていないんだけど、君は何が引っかかっているのかな? 罪悪感とか、それとも不快感?」
「いえ。あの行動は正しかったと認識しています。ドクターの危険を看過するなどあり得ません。また、あの接触によって不快感を抱いたわけでもありません。ただ
――
」
「うん」
「強い、危機感を覚えました」
言語化したことで、未知の感覚を覆い隠していた靄が少し晴れた気がした。
そうだ。自分は
――
危機感を覚えたのだ。
それは、今、目の前に立っている人が、些細なきっかけで失われてしまうのではないかという危機感だった。
「ドクター、私はあなたを失いたくありません」
繋いだままの手に、自然と力が籠もる。そうすれば余計に、自身の手と相手の手の大きさの違いを意識する羽目になる。
フェデリコは、ドクターが何の力もない、か弱い人間ではないことを知っている。身体能力こそ平均値を下回っていても、それを補って余りある知謀と度胸を有していることも。
だから、自分が抱いた危機感が、ただのエゴであることは、十分理解している。
――
している、のだが。
やけに深刻そうな表情をしているフェデリコを見上げ、ドクターは口元に慈愛のこもった笑みを浮かべた。
「私を守りたいと思ってくれたのかな」
「そのようです」
自身の感情を断定できないのは、いささか据わりが悪い。だが、いくら実感が追いついていないとしても、ドクターの言が正しいのだと、状況証拠が物語っている。
ドクターに触れ、その柔らかさと脆さを直に感じて。
彼女を守りたいと、強く、思ったのだ。
「嬉しいよ。それに、安心した」
よほど渋い顔をしていたのか、ドクターは繋いでいない方の手を持ち上げて、フェデリコの眉間を軽く撫でた。どうやら皺が寄っているらしい。
「安心、ですか」
「胸を触って幻滅されたのかと心配したよ」
「幻滅? 何故でしょうか?」
そんなこと、天地がひっくり返ってもあり得ない。そもそも、身体への接触と幻滅とが結びつかず、フェデリコは困惑した。
真正面から問い掛けを受けたドクターは、少々気まずそうに視線を泳がせ、
「
……
色々あるだろう。質量の問題とかが」
と、モゴモゴと不明瞭な呟きをこぼす。
「質量」
「それなりの質量がないと、触って楽しくないという風説もある」
「胸囲のサイズということでしたら、私は気にしませんが」
「そうなの? だったらいいんだけど
……
。というか君は、そういうスキンシップがしたいほう?」
恋人同士が行う、愛情確認のための身体接触。
キスや抱擁を超えた、その先。
自分たちの間にそれが必要なのか、フェデリコはここ最近ずっと、真剣に考え続けてきた。
思考のたびに、それらの行為の必要性やリスクを検討してはきたものの、根本的に触れたいか触れたくないかと聞かれれば
――
「はい。許可がいただけるのであれば」
答えは単純で、明らかだ。
ドクターの瞳をまっすぐに見つめてそう告げれば、恋人は僅かに目を瞠った後にはにかむように笑って、「じゃあまずはキスをしよう」とフェデリコの腕を引いた。
【終わり】
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