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koto
8153文字
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れめしし😈🦁
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Missing side🦁
Missingのししさんサイドのお話です
オカケニナッタ デンワバンゴウ ハ
ゲンザイ ツカワレテオリマセン
バンゴウヲ オタシカメニナッテ
……
ああ、そっか。
受話口からの無機質な音声を耳にして、そんな言葉がすぐに頭をよぎった。
動揺するよりも一瞬でも速く納得してみせたのは、たぶん今までに身につけた処世術みたいなもんだろう。
いつか、こんなこともあるんじゃないかと。こんなのは意外でもなんでもなくて、だから問題ないと言い聞かせるみたいに予防線を張った。まあ、そう分析できてる時点で失敗してんだけどな。
繋がらなくなった叶の連絡先に、再度電話をかけることはなかった。生憎そんな被虐趣味は持ち合わせていないし、センチメンタルな気分に浸る余裕も今はない。
オレたちが各々の事情や思惑を抱えた上でギャンブルに興じていたあの場所は、呆気ないほどにあっさりと目の前から消えて失せた。そもそもが合法ではない場所だ。どれだけ力を持った人間の息がかかっていようとも、いくつかの悪意や悪手が重なれば無くなるのは不思議でもなんでもない。どちらかといえば、ああして当たり前の顔で成り立っていたことのほうが異常なんだから。
幸か不幸か、賭場はその存在が明るみに出ることがないままで抹消されたように見えた。見えた、というのはあくまで推測でしかないからだ。銀行側からは、これこれこういう理由で今後運営が難しくなりました、なんてアフターケアは当たり前だがあるはずもなかった。
賭博口座に残していた金が手元に戻ってくることは無いだろうが、生活に困るわけでもない。おそらくあそこに所属していた大半のギャンブラーはそうだろう。
どちらかと言えば問題なのは銀行の力によってなんらかの特権を得たり、融通を効かせてもらっていた面々のアレコレが露見する可能性のほうだ。一般的に後ろ暗いものを抱えている人間ほど後始末に忙しくしてるはずだった。だから暫くはこちら側からアイツへの連絡は控えていた。ただ、そうは言っても状況が気にならないかどうかは別で。我ながら何をしてるんだかと思いながらも、配信の更新チェックをしてみた。結果は空振りでこうなってくるといよいよ気になってしまう。一言二言会話を交わすくらいなら問題ないだろうし、忙しけりゃそもそも出ないしなと言い聞かせて、ようやく電話をかけた結果がアレだった。空回りもいいところだ。
こんな状況下だ。叶が安全策をとって今まで使っていた電話番号を捨てたことは理解できた。そうして新しい連絡先が告げられることが無かったのは、慌ててたからなのか、必要がないとこれを機に整理されたからなのか。
そんなもの今のオレに答えなんて分かるはずもない。それっぽい理由をこじつける事はできるけど、それもどれもオレの希望でしかないから。どれだけ考えても正解を知りようのないことに悶々と思い悩むだけ無駄だろう。
確かなことと言えば、オレの手の中にあるのは繋がる先を見失った携帯端末。以上。それ以上でも以下でもない。
こうなってくると、こっちもぼんやりしている暇は無いのかもしれない。アイツらほどの後暗さは無いにしても、念には念を入れて身辺整理に手をつけるべきなんだろう。
改めて部屋の中をぐるりと見渡す。掃除が行き届いた室内では、当たり前のような顔をして定位置を獲得したゲーム機の類が目に入った。あまりに馴染みすぎたそれは、多分もう無いほうが違和感を覚えてしまう。冷蔵庫で冷やされてる誰も飲まない飲料缶も、洗面所の引き出しに眠ってる予備のカラーコンタクトも、クローゼットの中にしまわれたバカでかいルームウェアも。全部オレの中で場所を取りすぎてた。
例えば、ここからそれらだけが無くなってしまえば、その不在は嫌でも幅を利かせる。あらゆる場所であらゆる瞬間に、無くなった存在がチラチラと視界の端で主張してくるのは分かりきってる。だからといって、全部後生大事にそのままにしておくのも不健全だろう。持ち主の居なくなったものたちにいつまでもしがみついてるなんて。
じゃあ、あった場所そのものが無くなったら?
「っし!」
やるなら徹底的に、か。思い立ったが吉日なんて言葉を浮かべながらパソコンを起動させる。調べなきゃいけないこと、手配しなきゃいけないことは山ほどある。忙しいのは望むところだった。暇がなけりゃ余計なことを考えなくて済む。
悔しいから、もう寂しがってなんてやるものか。
負け惜しみみたいな強がりを発揮して、わざとらしく腕まくりをするとノックの音が飛び込んできた。返事をすると開いたドアから顔をのぞかせたのは園田だった。
「どうした?」
「この封筒が郵便受けに入っていたんですけど」
郵便受けに封筒が入っているのは別におかしいことでもなんでもない。園田の「ですけど」の続きを確認するように手の中の封書を受け取る。
封筒には切手と消印どころか宛先もなく、真っ白な何の変哲もない封筒は逆にそれを怪しくも思わせた。軽く振ってみるが硬い金属の類は入っていなさそうだ。こんなものはそのまま捨ててしまえば良いんだろうが、このタイミングで投じられたものに興味が湧かないと言えば嘘になる。
結局、そうっと慎重に封を開ければ、中には予想外のものが入っていた。手紙や送り主が分かるようなものは一切なく、その代わりに入っていたのは予約済みの航空券の情報と、とあるリゾート施設のフライヤーだった。
§
出来心というよりは、ヤケクソに近かったんだと思う。あの封筒を開封してから十日後。怪しさしかない無言の誘いに応じ、オレは自分の名前で予約されていた飛行機に搭乗していた。問い合わせた宿泊施設でも同様に既に支払い済みの宿泊予約がオレの名義でされているというのだから用意周到なことだ。
一瞬、銀行関係のいざこざが頭を過ぎったけど、オレごときにこんな不確実でよく分からないことを仕掛けるメリットはない。もしそうならば、もっと出向かざるを得ないような脅し文句なり甘い誘いなりを同封してくるはずだった。
目的地へ到着すると迎え入れられた解放的なロビーでウェルカムドリンクが提供される。ビーチリゾートのイメージからもっと暑苦しいかと思ったが、ときおり吹き抜けていく風が心地良かった。チェックインを済ませ案内されたのはひとりで使うには広すぎる一棟貸しのヴィラだ。当たり前だがそこには誰も居なかった。
荷物をのんびりと片付けながら観光やアクティビティを楽しみに出かけるわけでもなしに部屋から離れずに居たのは、少しだけ期待があったからだ。これを送り付けてきた誰かが、ここに現れるんじゃないかって。
でも、そんな来客は現れないまま時間だけが過ぎていき、いよいよ手持無沙汰になった末にやったことはヴィラへの入口すぐ脇に備え付けられていたプールへと身体を沈めることだった。おそらくは水遊びを楽しむ程度の用途を見込んでいるそこで、ジムよろしく何往復もトレーニングみたいに泳ぐ姿はちょっと異様だったかもしれない。無心に体を動かして、それもとっぷりと日が暮れて外が真っ暗になってきた頃にはだいぶ諦めがついた。
封筒の送り主が銀行関係じゃないとして、こんなことをしそうな心当たりはそう多くない。オレの中ではせいぜい二人といったところだろうか。どちらもイタズラや悪ふざけが好きで、オレの驚く顔をキャッキャと喜びそうな奴らだ。そのどちらなのか、両方か、全く違う誰かなのか。答え合わせはできないままで夜は更けていった。
ぶるりと身震いをして、肌寒さで目が覚めたのはまだ夜が明けきってない時間帯だった。久しぶりに水中で体を動かしたせいか特有の倦怠感が体中のいたるところに纏わりついて離れなくて、思わずシャワーから上がった足で、そのままベッドに突っ伏してしまっていた。少しだけ、が少しで終わらないのを分かっていながらも、このまま眠りに落ちる心地良さにどうにも抗えなくて意識を手放した。
部屋の中は煌々と電気がついたままで、今更ながらそれを消してバルコニーへと出てみる。バスローブ一枚だったが別に誰が見るわけでもない。そのまま柵の向こうに見えるプライベートビーチへと視線を向ける。遠くの方に二人連れで歩く人影が小さく見て取れて、そういえばハネムーンでも人気の場所だったことを思い出した。送り主は何を考えてこんなところに誘き出したのやら。
寝起きの頭でぼんやりと眺めていた水平線が光ったかと思うと、そこから夜の名残を全部塗り替えるみたいに一気に世界が色付いた。キラキラと光る海面と南国特有の植物が濃い緑を風に揺らしてる。
なるほど、これはわざわざ景色を楽しみにビーチまで行くな、なんて他人事のように考えてはみたものの、そんなことでは気が逸らせるはずもなかった。
胸に広がる苦く鈍い痛みを引き連れて、不意に浮かんだのはアイツのことだった。
あんな名前じゃなければ、今この瞬間にうっかり思い浮かべることもなかったかもしれないのに、と半ば言い掛かりみたいな文句が浮かぶ。
海岸を歩くカップルのように一緒にこうして日の出を見たこともなければ、そもそも二人きりでわざわざ出掛けたこともない。当たり前だ。オレとアイツは身体の関係こそあれ、恋人同士でもなんでもなかったから。
だからといって雑に扱われている感覚もなかった。それはセックスをするためだけの替えのきく関係ではなく、セックスもするかけがえのない友人だったから。少なくともオレはそう思っていた。
でも
……
。
暴力的なくらいに圧倒する景色に、心のどこかを締めていたネジが思わず緩んでしまったのかもしれない。今、気付いてしまった。
ああ好きだったんだなと。
知らぬ間に抱えていた孵化寸前の時限爆弾みたいな恋心は、今この瞬間に殻を破って嘴を覗かせてしまった。あれからずっとアイツのことを考えてしまったり、考えないようにと躍起になっていたのは、爪痕みたいに残された喪失感のせいなんかじゃなくて、もっとシンプルなものだった。
寂しいんじゃなくて、これは、恋しいってやつだったのか。
なんだか、しっくりときてスルリと飲み込めた。そうして分かってしまった。
じゃあ、どっちにしろアイツと結んだ関係の賞味期限はここまでだったんだなって。
叶と唇も肌も重ね、熱を交わし合いながらも笑って過ごせていたのは、お互いに恋心なんて皆無な友人関係だったからだ。だから、今自覚した気持ちが、アイツと一緒に居る時にもしも生まれてしまっていたら終わってたはずだ。
オレたちは、そういうんじゃないから。
いつからカウントダウンは始まってたんだろう。オレ自身は全くの無自覚だったけど、もしかしたらアイツはどこかでオレの中の芽生えを感じ取ってたのかもしれない。
だから、いい機会だからこのゴタゴタに乗じたのかも? だとしたら、これもアイツの優しさだったのかなって思うのはいくらなんでも買い被りすぎか。
人は思い出を美化する生き物だ。眼前に広がるこの景色も、髪の毛も心もぐしゃぐしゃのまま、少しだけ掠れて傷む喉を咳払いで誤魔化しながら見ていることは、きっと抜け落ちてしまう。今、この時の思い出はポストカードみたいにキレイな部分だけが残るんだろう。
アイツとのことも、まだ思い出にもなれてないけど、こんな風にキレイな部分だけ残して、そうして閉じ込めてしまおう。それを時折、思い出したように取り出して眺めるくらいはいいだろう? 気付いた瞬間に文字通り失恋していた、混じりけなしの恋心も一緒に密閉して。
そんなものを後生大事に眺めている姿を見られたら「そんなものよりオレを見ろ」なんて臍を曲げそうだけど、居なくなったのはオマエだからよ。
オマエのこと、見たくても見れねぇから、こうやって思い出を眺めるくらいは許して欲しい。
§
正体不明の人物が手配した旅行から数年。あれがきっかけで、長期旅行を繰り返す旅暮らしが多くなった。年を追うごとに国外に滞在する期間が増えていった。前までは自分の居場所をしっかりと確保するために住んでた家の他にもいたずらに不動産を所有していたが、銀行の破綻をきっかけにそれらも全部売っぱらった。
知らない土地で知らない人々に紛れて馴染みのないものを食べて生活をする。どこか非現実なそれは、大きな目的も無くただのんびりと過ごしているだけなのに、そこそこ刺激的だった。その場にいる誰ともなんの関係性も持ってないstrangerという配役でそこにいる無責任さは案外悪くなかった。
すっかりそっちの感覚に慣れたからか、たまに東京都心に戻ると身体のスイッチが切り替わらず圧倒的な情報量に身動きが取りにくい感じを受ける。スクランブル交差点なんてその最たるものだろう。車の中ならいざ知らず、こんな人混みをすいすいと一人で歩くにはリハビリが必要なんじゃないかとすら思えてくる。こんなにたくさんの人間がいるのに誰も彼もが数センチ横をすれ違う人間には無関心で、改めて不思議な光景だ。まだ変わらない信号と交互にそんな人波を眺めていた矢先だった。
バンッと上がった音とともにフロントガラスの視界の一部に侵入したソレはあまりに突然にそして強引にオレの意識を引っ掴んだ。
前触れ云々どころじゃない。なんで、どうして、なんて考える間もなく助手席側のドアがガチャガチャと乱暴に揺さぶられる。こんないくらでも防犯カメラがありそうなところで何してんだとか、いろいろツッコミたいところはあったが一先ずはドアのロックを解除する。こんな行動、通行人がそろそろカメラを向けてもおかしくない。
開いたドアからするりと滑り込むように入ってきたかと思えば、その長い脚を少し窮屈そうにスペースに収めてる。ドアが勢いよく閉められたのを確認して、人の流れが切れたのをいいことに車を発進させた。
「おっまえ、相変わらずだな!?」
やろうと思ったことを行動へ移す躊躇のなさは、もしかしたら昔以上かもしれない。
正直、この遭遇を全く飲み込めてはいない。だって、いくらなんでも唐突すぎるだろ。分からないことが山積みの中で、まず間違いないことは、今、オレの隣に叶が居るということだ。いくら数年ぶりとはいえ、さすがに見間違うはずもない。思い出の中のとおりかどうかは、あまりに一瞬のことすぎてマジマジとは確認できていない。それでも、稲光みたいに一瞬で強烈にその存在を灼きつけてくるのだから堪ったもんじゃない。
久々に感じる存在感は懐かしく馴染みがあるものの、どこかソワソワと落ち着かない気分にさせる。会ってない間に変わったところはあるのかと少し気になっていると、隣の男はとんでもない行動に出た。助手席からぬっと近付いてきたのが視界の端で分かった次の瞬間だ。
「ちょっ!? おい! 危ねぇーよ! 何やってんだ、急によ!!」
「危ないのは敬一君だろ? ちゃんと前見てなくちゃ」
近付いてきた叶は、何をするかと思えばその鼻先をオレの首筋に埋めスンスンと匂いを嗅ぎ始めた。
しんじらんねぇ。犬の挨拶かよ。
一方的に体臭を嗅がれるなんて、なんの罰ゲームだと思っていると人が運転中で手が離せないのをいいことに叶の奇行はエスカレートする。
「っっ!! 叶! ほんと何してぇんだよ!?」
首筋に触れていたのが乾いた鼻先から唇にかわり、すぐにぬるりと湿り気を帯びた粘膜と一緒に押し付けられる。数秒後小さなリップ音と共にチリリと小さな痛みとも呼べない刺激が走った。それはなかなか離れずに皮膚の薄い部分を吸い上げてる。
わけがわからない。少なくとも偶然数年ぶりに会った相手にすることじゃねーだろう。
気が済んだのかようやく唇が離れたと思えば、油断した瞬間、離れ際にチロリとあの舌先が肌を掠める。その感触が一気にあの頃を思い起こさせて、全身骨の髄まで総毛立つような感覚が走った。触覚というのはえらく憶えがいいらしい。いや、嗅覚もか、と離れ際にふわりと漂った叶の匂いに思う。何百人の人間が垂れ流す情報量を一纏めにしたものなんかが比べ物にならないくらいに、とめどなくバカみたいに叶を構成する些細な欠片が、その存在を嫌というほどに濁流みたいに流し込んでくる。
つーか、ほんとなんなんだよ。
こんな仕打ちを受けながらも運転を続ける自分を褒めてやりたいと半ば現実逃避をする。この先、なにをされるのか分かったもんじゃなく、一旦車を停められそうな商業ビルの駐車場へと進入する。そういえば、コイツをどこに送っていくかもなにも聞いちゃいなかったことに今更気付いた。どうにか無事に車を停めてシートベルトを外すと、自由になった身体ごと横にいる男へ顔を向ける。
「っとに、おめぇは
……
。街のど真ん中であんなことする奴あるかよ」
そう言いながらも、普通という物差しで測れる奴なんかじゃねぇもんな、という諦めにも似た納得も浮かんでくる。改めて真正面から見据えると、相変わらずではあるが、それでも会っていなかった年月がもたらした小さな変化みたいなのも見て取れた。あの頃みたいに今でも不健康な生活を送っているんだろうか。記憶の中の叶よりも、その目の下のクマが少しだけ濃くなったようにも思えた。単に最近寝不足なだけかもしれないけど。
まさか、またこうして実物に会えるなんて思いもよらなかったせいか、まだ、どうにも現実感が薄い。
「ま、なんにせよ久々だな。まさかあんなとこで会うと思わねぇからビックリしたわ」
本当に、なにかの冗談みたいな事態のありえなさに、なんだか一周回って可笑しくなってきて笑ってしまう。対する叶は、何が気に入らないのか仏頂面を浮かべている。もう顔を合わせるのも嫌だったのか? と過ぎるものの、さっきの挙動を思い返せばそんなこともないはずだ。
不機嫌そうな表情の真意を探ろうとその顔を見つめると、こちらへと伸びてきた指先が首筋をくすぐった。舌先がなぞった感覚がまだ新しくて、思わず身体が跳ねる。それでも、コイツが何を伝えたいのか取り零さないようにじっと見つめ続ける。
「なあ、敬一君」
そうしてようやく、叶から声が発せられる。身体情報から読み取れるものは限界があって、オレはその言葉や声色に集中して耳を傾ける。
「なんだよ」
次に何を言われるのか。小さく息を飲んで構える。こんな感覚はずいぶんと久しぶりだった。
「敬一君には、めっっっちゃくちゃ文句があるんだけどさ。とりあえず
……
」
文句? そんなもの言いたいのはこっちのほうだ。こっちが言われる筋合いは全く見当がつかない。
「もう、オレ絶対に敬一君を手放す気ないから。だから諦めてオレの恋人になろうよ」
「こ
…
ぇ、はぁっ?」
こんな唐突に告げられた突拍子もない言葉に動揺するなという方が無理だろう。なにがどうしてそうなったのか。久々に会う友人へのふざけきった冗談とも取れるが、その眼がそう断じるのを許さなかった。
真空パックみたいに密閉保存してたはずの恋心が、信じられない叶の言葉にうっかり開きかけてしまいそうで。まだだ。コイツの真意が分からないのに、そんなものを持ち出すわけにはいかない。そう思っていたのに。
そんなオレをよそに、叶の指先がオレの手を這い、握り込む。そうして、不意に浮かんだ叶の表情に思わず息を飲んだ。まるで知らない奴みたいで、オレが知らない数年の間にコイツになにがあったんだろう。
叶の表情と、握り込むその手の切実さに絆されそうになる。
居なくなったのはオマエなのに、なんでオマエが迷子みたいな顔してんだよ。
本当につくづく自分勝手だ。もう振り回される予感しかないのに、この手を振り払うことも、笑い飛ばすこともできないオレも大概なんだろう。
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マシュマロ
読後の一言などいただけたら大喜びです
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