朝日に無理やりこじ開けられた目を擦りながら、でかい欠伸をひとつ。あと20時間くらい寝ていたい。が、そうもいかない現実が朝の光に溶け込んでいた。
「起きるか」
ベッドから降りて、飯を食い、身支度を整えて家を出る。俺のモーニングルーティン。つーか日本人の大半がやってるルーティンをこなし、登校した。
教室へ足を踏み入れると、いつになくキャッキャとした声が溢れていた。不思議に思って声のするほうを見るより先に、クラスメイトが近づいてきた。
「はい! これ、豊前くんもどーぞ!」
クラスメイトに差し出されたのは、折り紙を半分に切って作った短冊だった。
「おー! サンキュー」
にっこり笑って受け取ると、完成した短冊は誰かが家から持ってきたという小さな笹に括り付けるように言われた。
なるほど。確かにもうすぐ七夕だ。俺は赤い色をした短冊を眺める。
短冊に願いを書けば叶うという言い伝えに、ガキの頃は胸を躍らせたものだ。ひとつ年上の幼馴染と一緒に星を眺めて、互いの夢絵空事を語り合った夜もあったな。そんな思い出にククッと笑いがこぼれる。
と同時に、少しばかりのやるせなさが沁みだした。
今の俺の願い。心の奥底にある望みは、ぼんやりと温かく光り続けて存在感を主張し続けていた。
「願い事……ねぇ」
胸に詰まる感情を吐き出すように小さく漏らした言葉。近くのクラスメイトが気がつき、こちらへ声をかける。
「今年は志望校合格! って短冊ばっかりだけどな」
「だろうな」
「まったく夢がねーよなぁ」
クラスメイトと苦笑いを交わす。
人生における大一番、大学受験を控えた高校3年生。否が応でも一番の願いは受験関連になってしまう。
「あ、でも違うのもあるぜ」
指さした先にあったのは、クラスでも有名な仲良しカップルが連名で書いた短冊。
『いつまでも一緒にいられますように♡』
これを書いたふたりは、受験期なのに、と冷やかされていた。彼氏の方が、志望校を同じくするのだからこれはこれで立派な受験関連の願いだと反論すると、さらに冷やかされる。
「アイツら、仲良いなぁ」
「そうだな。で、豊前は? 何書くんだ?」
「ああ、どうしっかなぁ」
「志望校どこだっけ?」
クラスメイトの言葉に、あの日の言葉が蘇る。
『僕ね、東京の大学に行くんだ』
その言葉の向こうには、アイツの夢が滲んでいた。幼いころに語り合った夢絵空事が。そんなアイツを引き留めることも出来ず、いいんじゃねーの? と返すのが精一杯だった。
あの時、俺は表情を引き攣らせず言えたんだろうか。夢に向かって歩き出すアイツの背を押せたんだろうか。その答えは出せぬまま、俺はアイツが隣にいなくなった今日を過ごしている。
「志望校なぁ……」
脳裏で反芻する記憶に引っ張られ苦い表情を浮かべた俺に、クラスメイトが気まずそうに話しかけてきた。
「ダメっぽい感じなのか?」
ダメっぽい感じか。そう訊かれたらその答えは……。俺は頷くしかなかった。
「D判定……」
「うわ、キツ……」
「親も先生もやめろって言ってくる」
「だろうな。そこまでして行きたいのか? 勉強嫌いだろ?」
そうクラスメイトに言われ、グッと言葉に詰まる。そこまでして行きたいんだよ。その気持ちに嘘はない。ただ理由は……。
脳裏に浮かぶ優しい笑顔。言えない恋。それらが言葉を阻害する。
「……東京、行きてえじゃん?」
詳細を隠して絞り出した返事に、わかるわー、と返ってくれば、あとは当たり障りのない会話が続いた。そのことにほっと胸を撫で下ろす。周りと調子を合わせるのは得意だ。俺は適当に返事をしながら、雑談を続けた。
暫く会話した後、俺は席に着いて筆箱からペンを取り出す。そして小さく息を吐き、短冊に願いを綴った。
それを持って笹の前に立つ。
『いつまでも一緒にいられますように』
あのカップルが書いた願いの隣に、俺は『志望校合格』という味気のない、でも恋だの愛だの甘酸っぱい感情を詰め込んだ短冊を飾った。
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