shirajira
2024-07-06 21:28:28
6630文字
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ヤメロ。ゼッタイ。

2024.7.6ビマヨダワンドロにて。お題「薬」。直接表現はないけど事前事後描写があります。
※タイトルは薬物乱用防止ポスターのパロです。

「別にいいのではないか? 何をしてでも手に入れたいのなら、当然惚れ薬だの媚薬だの何だのも選択肢に入ってこよう」
 騒がしい食堂で響いたよく通る声に、ビーマはカウンターの中から目を向けた。こちらに背を向けている男は、少女たちが寄り集まっていた一角で、酷く浮いて見える。
「でも……そんな、薬の効果で得た愛は、本当の愛と呼べるんでしょうか?」
「そうです! きっと後で虚しくなるだけ……それに薬なんてなくたって、マスターは私のもの! ずーっとずーっと一緒です!」
「そう思うのであれば、お前に薬はいらんだろ。別にな、わし様は薬を使えと言っとるわけではないわ。どうしても欲しいものがあって、それを手に入れる手段があるなら使ってもいいだろうと、そう言っておる。ただ使っても欲しいものが手に入らないとか、なんか思ってたのと違うなーって結果しか得られんのであれば、考えものだとは思うが」
 男の言葉に、少女たちに小瓶――遠目にも目立ついかがわしいピンク色、ちょうどこちらに背を向けている男の瞳のような――の中身を売り付けようとしていたローマの皇帝が、渋い顔をした。
「おいおい、人聞きの悪いことを言わないで欲しいな、インドの王子よ。このカエサル印の霊薬の効き目は確かだとも! それにな、お嬢さんたち。体から落としてしまえば、あとは心も自然とついてくるというものなのだ。そうだ、何なら貴殿も試してみては?」
「わし様がかぁ? そういうお前は、試したのか?」
 小瓶を摘まんだ男に、ローマの皇帝が胸ならぬ腹を張った。
「当然、テスト済みだとも! それはもうめくるめくる甘い時を」
……カ・エ・サ・ル・様? 詳しくお聞かせいただいてもよろしくて?」
「ク、クレオパトラ! いつの間に!? いや違う、何か誤解をしている! 待て待て待て!」
 悲鳴を上げながら引きずられていくローマ皇帝を見送った少女たち――マスターに甘く切ない心を寄せる者たち――の一人が、男を見上げた。
「ドゥリーヨダナさんは、もしさっきの薬を使って大好きな人が手に入るのなら、使うんですか?」
「使うぞ。わし様の望む形で手に入るのであれば、の話だが」
 悪びれるところのない男の即答に、少女が何とも言えない表情を浮かべたのが、その横顔から察せられた。
……じゃあ、ドゥリーヨダナさんは、もし自分がさっきの薬を使われたらどう思います?」
「わし様がさっきの薬を使われたら? んー」
 今度は即答をしなかった男は、しかし少しの熟考で、結局すぐに答えを出した。少女たちが揃って居心地の悪そうな、なんだか奇妙なものを見るような顔をしたのに男は全く気づかない素振りなのをビーマは遠目に眺め、カウンターの前に人が立つまで、自分が少女たちと同じ顔をしていたことに気づかなかった。


「可愛い可愛い恋人のわし様の登場だぞ~ほーれ魔羅出せ。可愛がってやる」
「部屋に来てすぐ人の魔羅をまさぐろうとするんじゃねえ」
 流れるようにビーマの寝そべっていた寝台に上がってきたかと思えば、断りもなく下肢に触れてきた男の頭に、ビーマは拳骨を落とした。痛ぁい! と口をへの字にしたいい歳こいた男が、頬を赤くして、頭を押さえる。可愛い子ぶっているつもりなのだろうか。
 何をどう間違ったのか、召喚された先で恋人となった男は、筋骨粒々とした髭面であり、お世辞にも可愛いとは言えない。可愛げはないこともないが、単純に可愛いか可愛くないかという話をすれば、五人中五人が目を逸らす、そんな感じだ。
 まあ、可愛いと思うことがまったくないわけでもないのだけど。特に寝台の上では。ただ今はまったく可愛いとは思わなかった。突然人の性器に触れてくる男に可愛らしさを感じるのは至難の技だ。
「何だお前、その態度は! ええい、いいから魔羅出せ! わし様今日は滅茶苦茶にされたい気分なのだ! 別にお前は寝ててもいいぞ、用があるのはお前の魔羅だけだし」
 何という言い草だろう。思いながらビーマはヘッドボードに上半身を預け、先程まで閲覧していたタブレットに手を伸ばした。真面目に相手するだけ疲れるだけだ、無視すればそのうち飽きるだろう。
「今日は気分じゃねえんだよ、閉店だ閉店」
「はあ~? 嘘こけ、お前じゃ話にならん、魔羅を出せ! 魔羅に確認させろ!」
 クレーマーもかくやの勢いで顔を赤くして騒ぐドゥリーヨダナに、ビーマは面倒になってタブレットを見たまま、片手で雑に下衣をくつろげた。
 ボロンとまろびでたものに、ドゥリーヨダナが「うーん、このセクシーダイナマイトなわし様を前にしてピクリともしないとは……お前の魔羅……死んだか……?」となかなか失礼なコメントをしてくる。だいたいお前を前にする度に勃っていたらその方がおかしいだろうとビーマは思う。面倒なので口にはしないが。
「仕方ない、わし様が応援してやろう。ビーマの魔羅の! ちょっといいとこ見てみたい! ほれ勃起! 勃起勃起! ぼっ痛ぁい!? 何をするのだ!?」
「下品なことを大声で騒ぐんじゃねえよ。手拍子もやめろ。何なんだお前」
「何って、お前の可愛い恋人だが? あまりにも光栄なことすぎて恐れ多くて記憶が飛んだか? 仕方ない、わし様が手づから思い出させてやろう」
 くい、と顎を持ち上げられる。キスくらいならまあいいか。思って、ふと鼻をついた甘い匂いに、近づいてきた顔を手で鷲掴むようにして遮った。
「わっぷ!? 何なんだお前!? まさか今更照れておるのか? いい歳した男だろ、キスの一つや二つおとなしく受け取って――
「おい、お前、何を仕込んでいる?」
 自分で思っていたよりずっと、低い声が出る。まさかこの期に及んで毒か何かを盛ろうというのか。
 昼間に耳に飛び込んできた会話が脳裏をよぎる。どうしても欲しいものがあって、それを手に入れる手段があるなら使ってもいい。
 ドゥリーヨダナが未だビーマの命なり体の自由なりを狙っていても、何もおかしくはない。恋人になったとは言え、相変わらずトンチキな言動を繰り返している男だ。
 ビーマにいつも組み敷かれているくせに、ビーマより優位に立とうと躍起になって引き起こした数々の出来事は、その時の頭痛と共に今もビーマの記憶にしっかりある。
「答えろ、ドゥリーヨダナ」
 名を呼んで、それからビーマはふと手のひらに当たる息が妙に熱いことに気づいた。ドゥリーヨダナの体が小刻みに揺れている。観ればゆるゆると腰を振っていた。
「おい……?」
 ゆっくりと手をドゥリーヨダナの顔から離せば、蕩けた瞳が現れる。頬を赤くし、悩ましげに眉を寄せ、うう、とドゥリーヨダナが呻いた。
 そう言えば、部屋に入ってきた時からこいつはずっと顔を赤くしていた。ビーマがまじまじと赤く染まった頬や潤んだ瞳を見ていると、ぷいっと顔を逸らされる。
……もういい。お前にその気がないのなら、他に頼む! 一応義理立てしようと思ったわし様が馬鹿だった!」
「おいこら、待て。自己完結すんな、ちゃんと説明しろ」
 よろよろと寝台から降りようとした体を引き寄せる。簡単に倒れこんできた体は、熱を持って震えていた。
「どうした? ちゃんと言え。そうしたら、俺にできることはしてやる。何か盛られたのか?」
 宥めるように肩を撫でてやると、ドゥリーヨダナが目を伏せた。
……霊薬、を」
「霊薬?」
 霊薬と一口に言っても色々ある。ビーマの持つヴァースキの霊薬のような、肉体を壮健にするものもあれば、昼間にカエサルが少女たちに売り付けようとしていたような、所謂媚薬のようなものもある。
「カエサルから、商売の邪魔をしたのだから、詫びに愛の霊薬とかいうやつの口コミをしろと、それで……
「まさかお前、自分で飲んだのか? 説明書きくらいちゃんと読めよ。らしくねえな」
 あれはどう考えても己で飲むものではなく、誰かに飲ませるものだろう。ビーマの言葉に、ドゥリーヨダナが口をへの字にする。
「う、うるさい! 対象に飲ませるものだということくらい、知っとるわ! あんな小娘どもに売り付けようとしているものだぞ、精々プラシーボ効果があるくらいの、体がポカポカするとかその程度だと思ったのだ! だいたい、他人に飲ませると言ったって、お前にはどうせ効かんし……!」
 効くなら俺に使うつもりだったのか。思ったが、尋ねはしなかった。代わりに手を伸ばし、タブレットをサイドデスクに向かって放り投げた。そこそこ大きな音がしたが、まあ大丈夫だろう。駄目だったら謝る、それだけだ。
 体勢をくるりと変えて押し倒すようにすると、「ようやくその気になったか! は、早くおっ勃てろ!」と品のない催促が飛んできた。
「も、ほんとに、うずいて、さむくって……つらい……っ」
「最初からそう言えよ……ちっと待ってな」
 やれやれとため息をついて、場繋ぎ程度のキスをする。いつものように舌を割入れ、ドゥリーヨダナの口の中に残る味に、眉を顰める。ビーマに効き目のない霊薬の味はただ甘ったるいばかりで、良薬が口に苦いものなら、これは少しも効果のない薬なのだろうなとそんなことを思った。


「で、どうだったんだよ、薬を使われた時の気分は」
 腕の中でくたりとしている男に尋ねると、まだ余韻が抜けないのか、どこかぼんやりした瞳がこちらを向いて、何度か瞬きをした。
「んん~? そう、だなあ。何だか無性に寂しくなって、寒くって、穴が空いたみたいで、誰でもいいからすがりついて暖めて埋めてほしくなる、そんな感じだったな」
 平素より乱れていた男は、まだ残る熱もあるからだろう、随分と素直に答えて、「これはあの小娘どもが欲しがるようなものじゃないな」とぼやいた。
「あの小娘どもが欲しがるのはどちらかと言えば惚れ薬の類いだったろうが……これは違うな。しかも相手がマスターを想定しているとあらば、ますますわし様の推薦文は書けんなあ。ぜーったい後で大目玉食らうし。君子危うきに近寄らず、だ」
 カエサルのやつには代わりに何か買うからそれで手打ちにしろと言うしかないな。損な取り引きをさせられそうだ。こんなことなら面白そうだと顔を突っ込むんじゃなかったな。
 ぶつぶつと呟いているドゥリーヨダナの髪を手ですきながら、ビーマは昼間聞こえてきた会話を思い出していた。愛を騙る霊薬とよく似た色の瞳を覗き込む。
「それで、あんまり面白くない想いをした今でも、薬を盛られてもいいって気分なのかよ、お前は」
 ビーマの言葉にドゥリーヨダナはきょとんとした顔をし、けれどすぐに思い当たったのだろう、顔を顰めた。
「何だ、お前、わし様たちの会話に聞き耳立てとったのか? やらしいやつだな」
「お前の声が馬鹿でかいから、聞きたくなくても聞こえてくるんだよ」
 相手にもよるし、そんなもん使うより先に口で言えばよかろうとは思うが、そうだなあ、それだけなりふり構わず求められたら、嬉しいかもしれんなあ。
 もし、薬を使われたらどう思うか。そう尋ねられて、ドゥリーヨダナは相手によるが嬉しいかもしれない、とそう答えた。
 随分とまあ、呑気な答えだ。仮にも王族の答えとは思えない。おまけに危機感もない。更には声の調子と裏腹に、どこか寂しい響きもあったものだから、少女たちが微妙な顔をしたのもおかしなことではなかった。
 ドゥリーヨダナの言葉は、自分がそのような欲を向けられるとはまるで思っていない上に、どこか他人事のようだった。自分が他人になりふり構わず求められることなどありはしないと、諦めているようですらあった。
 強欲な男は、己が求めることばかりに自覚的で、求められることに自覚がない。誰かに手を取られても、きっと自分の持つ何かが欲しいのだなと、そう納得してしまう。そうして、叶えてやるからこっちの願いも聞いてくれと、そう笑うのだ。
 寂しがりやのくせに、寂しい男だ。思いながら広い背を撫でると、気持ちよさげに目を細めながら、ドゥリーヨダナが言った。
「聞いていたならわかるだろ。わし様の考えは変わらん。相手による。その辺の一般弱々ピーポーだの何だのがこの玉体を好きにしようと薬を使うなら、それは当然万死に値するし? ま、わし様は当然薬なんかには屈しないわけだが? でもまあ、シャイな美女がわし様にどうしても思いの丈を伝えられなくて……とかなら、許しちゃうかもいだだだだ!? にゃんにゃのだほおをつにぇるにゃ!」
「堂々と浮気宣言すんな」
 ふにゃふにゃと抗議の声を上げる頬を離してやると、仮定の話だろうが! と怒り声が飛んでくる。
「仮定と言いつつお前、結構マジだろ。……誰が聞いてるかわからねえ食堂で、滅多なことは言うな。あとその、欲しがられたら見栄張って何でもくれてやろうとするのも、控えろ」
「はあ~? 何でお前にそこまで言われなきゃならんのだ? だいたい、今回別にわし様お前に薬盛ったりしとらんだろ。なのに何をそんな、不機嫌な顔しとるんだ」
……仮にも恋人が、薬盛られたら嬉しいだの何だの他にも人がいるようなところでほざいてて、平常心でいられるかよ」
 周囲の目を気にしてばかりなくせに、周囲からの反応に無頓着な男だ。変な虫がついたらどうするんだ。いやこの男自体が変な虫みたいなもんだが。
 本人が知ったら怒りそうなことを考えながら、ビーマがそう言うと、いまいち飲み込めていなそうな顔が返ってきた。
「はあ……? つまりお前は、わし様がどこぞの誰かに薬を盛られるんじゃないかと、そう思っとるのか? どこの誰が最強最優サーヴァントのわし様にそんな薬を盛るのだ、このカルデアで」
 そんなもん差し出された時点で粉砕するしマスターとダ・ヴィンチに即チクるぞ。いや美女に差し出されたら少し考えるが。
 あまりに危機感のない言葉に、ビーマはいい加減イライラしてきた。
 考えるな。全てノーと言え。薬物ダメ絶対。何で自分の身で味わった上で懲りないんだこいつ。
 どうしてこんな、我が儘で強欲で自分一番みたいなやつに、もっと自分を大事にしろなんて思わなきゃいけないんだよ。
 薬なんかに頼るやつの愛を信じるな。他にいるだろ、もっと真っ当なやつがお前の周りには。……俺だって、そうだろ。そりゃあお前の望むものとは違うかもしれないが、それなりに大事にしてやってるだろ。
 薬なんかなくたって。恋人になれたんだぞ、俺とお前は。恋人なんだぞ俺は。お前の。
 好意があるなら薬を盛られてもいいかもだなんて。俺がいるのにそんなこと考えるなよ。
「カエサルのことは別にしておくとしてだ、このわし様にあんな薬を飲めと、真っ向から言ってくる者なんぞ、そうはおらんだろうし」
「じゃあお前、俺があの薬を用意して、お前に飲めって言ったらどうすんだよ」
「えっ」
 驚愕に見開かれた目に、更に告げる。
「さすがのお前も、俺相手じゃ抵抗するのに手こずるだろ。それで無理矢理飲まされたりしたら、どうすんだ」
 ここまで言えばわかるだろう。そう思ってビーマがドゥリーヨダナの顔を見ると、眩しいくらいに輝いた瞳が、こちらをじっと見ていた。興奮ゆえだろう、熱が引きつつあったはずの頬が、また赤くなっている。
「そ、それは、そこまでしてお前がわし様の体を求めると、そういう……?」
 ウキウキした声が返ってきて、ビーマは己の負けを悟った。余計なことを言った。こいつこのままだと、そのうち薬をカエサルから買ってきてこっちに渡してくる。好きな時に使えとか言って。期待に満ちた顔で。
 たった一時の現界で、偽りの愛に溺れている暇なんてないのに。目先の欲優先の男の視線の先をどうすれば変えられるか、ビーマにはまだわからない。
 わかるのは、薬だのなんだの楽な道に逃げたくはないと思っている、自分の欲だけだ。
……次にお前があの類いの薬を飲んだら、その時は抱かずにヴァースキの霊薬に一晩浸けるからな」
 せめて最低限の釘は刺そうとそう告げると、「何故だ!?」と不満げな声が返ってきたので、ビーマはうるさい口を黙らせるついでに、ドゥリーヨダナの口の中に残る甘ったるさを全て舐め取ってしまおうと、再び口づけをした。