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いまち
2024-07-06 11:11:37
8236文字
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右ぴよ
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ライク・ア・亡者の恋心
導入みたいなやつ
「気持ちは嬉しいんじゃが、すまんのぅ」
そんな一言と苦笑いで私の初恋はあっさり幕を閉じてしまった。
突然異世界に放り込まれてしまい、右も左も分からない私に親切にしてくれたリリアさん。ちょっとだけトラブルはあったけど、それから後はパパのような、ママのような優しさで私に接してくれたリリアさん。とってもキレイで、かっこよくて、強くて、それでいてお茶目なところもあるリリアさん。
そんなリリアさんと過ごしていたのだから、意識してしまうのも仕方のないことだと思う。
最初は頼りになるいいひとだなぁ、くらいに思っていた。それから色々な姿を見るうちに、なんてかっこいいひとなんだろうって知ってドキッとしたり、(お料理の腕はともかく)すごーく家庭的なひとだって知ったり
……
なんてするうちに、こういうひとと一緒になりたいなって気持ちになって、それから、初めてひとを好きになるまで時間はかからなかった。
リリアさんからはかわいがってもらってたし(今思えば私の体質のおかげなんだけど)、トレイさんやリリアさん自身からも「いいお嫁さんになれそう」なんてほめてもらってたから、もしかしたらって気持ちは大いにあった。
なのに、結果といえば苦笑いのごめんなさい。
リリアさんの態度は悲しくなるくらいあっさりしたもので、恋愛経験なんてまるでない私でも脈なんてこれっぽっちもないのだと、はっきり分かってしまった。
気付いた瞬間、恥ずかしいやらいたたまれないやら、すぐにでも元いた世界に逃げたい気持ちでいっぱいいっぱいになった。頭が真っ白になってしまったものだから、その後どうしたのだか覚えていない。気付いたら自分の部屋でお布団に包まりながらギャンギャン泣いていた
……
と、思う。はっきりとは覚えてないし、思い出したくもないからうろ覚えだけど。
その後もひどいものだった。お布団に包まりながらいじけているうちに結構な時間が経っていたらしく、ぐずぐずになった原因ことリリアさんが私の部屋へやってきて「お夕飯を食べなくていいのか」なんてわざわざ聞きにきたのだ。
私は顔を合わせるのすら気まずいのに、リリアさんときたら、何事もなかったかのようにけろっとしてたんだもん。そんな態度にもまた情けないような、負けたような気持ちになってしまった。
……
結局、さんざん泣いてお腹が空いてたものだから、お夕食のために部屋を出た。
泣き腫らした顔の私を見たリリアさんといえば「仕方ないのう」なんて笑って、小さい子にするみたいに私の頭を撫でながら食堂まで付き合ってくれた。フってくれた相手にそんなことをされたものだから、私の頭の中はぐちゃぐちゃで、ついでに泣いた後だから顔もぐちゃぐちゃ。
そして、そんなぐちゃぐちゃまみの私の手を何もなかったような顔で引いてるリリアさん。傍から見ればさぞかし奇妙な光景だったんだろうなって思う。
まるで公開処刑に晒された気分で食堂に着けば、ヤケ食いする気持ちで、そりゃあもうたっぷりお夕食を食べた。いつもの倍以上のお料理を流し込んだ。そして、そんな私をリリアさんはニコニコ笑いながら眺めていた。「いい食べっぷりじゃのう」なんて、おじいちゃんみたいなことを言いながら。
そんなリリアさんの、私の傷心なんて知らないとばかりの態度に本当に私への気持ちがないんだって分からせられちゃって、また泣いて、ヤケ食いに火が着いた。おかけでキッチンのゴーストさんからは「食べ過ぎは身体によくないよ」なんて心配されてしまった。
結局、二人分の定食とグラタンを一皿平らげたものの、お腹を壊すことも、具合が悪くなることもなかったからいいんだけど。
これが、どこまでも恥に恥が重なり続けたっていう、16歳になったばかりの私の初恋の思い出だ。
幸いなのはそれから間もなくリリアさんは学外研修に出て、私はリリアさんから引き継いだ副寮長のお仕事やらでてんてこ舞いになって、苦い、恥ずかしい思い出は早々に頭の隅に追いやられたことだ。
+++++
「
……
っちゅーことがあったなぁと思い出してのう」
「それ、わざわざ言いに来る必要あります?」
「やー、なんか懐かしくなってしもうて」
――
あまりにも情けない失恋から4年。元いた世界に帰ることもなく、学園を卒業してしまった私はマレウスさんたちに誘われて、茨の谷でお店を持つことになった。自分で調合した魔法の道具やお薬、ちょっとしたお料理なんかを扱う魔法のお店だ。茨の谷は元いた世界と雰囲気が似ていることもあって、生活はすこぶる順調、問題なく過ごせていた。
そんな中で、いつもの通りにお店を開いているとリリアさんがやってきた。うちに来るなんて珍しいなと思いつつ、お買い物に来たのかと尋ねたらの答えがこれ。
ようはヒマだから世間話に来たってだけなんだろうけど、わざわざ人の恥ずかしい過去を掘り返さなくてもいいんじゃないかなって気がしちゃう。
ずい分前に終わったことだから、今さら気にするものではないかもではある。けど、むずむずするような気恥ずかしさがちらついてしまうのだから、なんとも迷惑なお話だ。
それとなくイヤだなーって顔をしてみても、リリアさんは気にする素振りもなくケタケタ笑うだけ。
こんなあまりにも軽い感じで話されるあたり、私の一世一代の失恋はリリアさんの中ではなんてことない思い出でしかないんだろう。実感させられて、またフられた気分になっちゃう。
「もう
……
」
「ちゅーわけで、見合い話を持ってきてやったぞい!」
それとこれと何の関係があるって言うんだろ? どこに持っていたのか、リリアさんは黒地に金ぴかの飾りがされた、やたらと豪勢な二つ折りの厚紙を取り出した。中身は
……
見るまでもない。
「どういうわけですか。
……
どうせシルバーさんでしょう?」
「思うてか?」
「じゃあセベクくんですか?」
「残念、あやつの兄よ!」
そう言って開いて見せつけてきたのは見慣れたお見合いの釣書だ。明らかに盗み撮りの写真と、どう考えてもいらない情報まで詰め込まれたプロフィールがぎっちりと書かれている。
なにが楽しいのか、リリアさんはたまに私のお店に来ては、買い物もしないで見知った人たちとの結婚話を持ち込んでくる。ほとんどはシルバーさんで、たまにセベクくん、ごくごく稀にそれ以外の人。どうやら今日はごくごく稀の気分だったらしい。
いつもの通り持ち込まれて、私もいつもの通りにかぶりを振った。初めの頃は断るのにも抵抗はあったのに、何度も持ち込まれるうちにすっかり慣れてしまった。イヤな慣れだ。
「結構です」
「うぅん、残念じゃのう」
リリアさんは言葉のわりに全然残念そうな顔もせずに釣書を仕舞うと、いつもの通りニコニコ笑ってカウンターに腰掛けた。お行儀が悪いとは思うけど、今は他にお客さんもいないし、まぁいっかと好きにさせる。どうせ止めたところで聞くひとじゃないんだもん。
「なら、シルバーはどうじゃ?」
「だから、結構です」
いつもは一回お断りすればお見合い話は終わるけど、今日のリリアさんはしつこくしたい気分のようだった。まるでお茶を勧めるような顔でシルバーさんの名前を上げた。
とはいえ、食い下がられたところで私の返事が変わるわけじゃない。こっちもいつもの通りに断ると、リリアさんは大げさに口に手を当てて驚いたような顔をした。わざとらしいにもほどがある。そういうところは嫌いじゃないけど。
「なんと! あんな心優しく甲斐性もある美丈夫をフるとな!?」
「もー、いつも言ってるじゃないですか。勝手なことをしたらシルバーさんたちだって困りますよ」
過ぎたこととは思いつつも、私は今でもリリアさんに惹かれているらしい。私も大概しつこいなって、我ながら呆れちゃう。けど、向いてしまっている気持ちはどうしようもない。だから、私も食い下がる。
「それに
……
旦那さんならリリアさんがいいです」
シルバーさんもセベクくんも真面目で素敵な人だし、強くてカッコイイし、しっかりしてるから旦那さんとしては申し分ないと思う。けども、それならリリアさんの方がいいなって気持ちになってしまう。
……
比べるようで二人には悪いとは思うんだけど。
「ううん?」
けど、リリアさんはとぼけたような顔をしながら首を傾げた。
「考えてもくれないんですか?」
「でもほれ、わし、みんなのアイドルじゃからな~。誰かのものになるわけにはいかぬのよ~」
きゃっ、と、ほっぺに手を当てて、わざとらしくかわいこぶりっこするリリアさんに、いつもの通り話を躱されたのだと分かって気が沈んだ。
分かってる。リリアさんがこんなふざけた態度で話を逸らそうとしてるのは、私を傷つけないためなんだろうって。けど、私だってもう二十歳。フられてメソメソするような歳じゃない。だから、もう少しだけ踏み込んでみようとリリアさんをまっすぐ見つめた。
「
……
なんで私じゃダメなんですか?」
「さっきも言うたろう?」
「そろそろほんとのことを聞かせてください。私、もう子供じゃないんですよ? ふざけられても諦められません」
「む?
……
あぁ、そうか。お主もとうに成人しとるんじゃったな」
「はい」
リリアさんは「しょうがないのぅ」なんて薄く笑いながら頭を掻くと、カウンターから飛び降りて私に向き直った。さっきまでのふざけた態度はなりを潜めて、真面目な顔で、でもどことなく温かい目で私を見つめていた。
+++++
「
……
。えぅー」
「ちゅーわけよ、分かってくれたかのう?」
「よーく分かりました
……
」
「うむうむ、聞き分けの良い子で助かるよ」
リリアさんの懇切丁寧な説明により、私の心はすっかりしおれてしまった。
曰く、私では子供すぎてそんな目で見られない。曰く、自分の人生の中で私の一生を行きずりにしたくない。曰く、私には釣り合う相手と幸せな家庭を築いてほしい
……
。
リリアさんは心の底から私の幸せを願ってくれているらしい。それこそ、シルバーさんたちに思うのと同じくらい。だったらリリアさんにとって行きずりになろうが、この気持ちの責任をとってほしいと思ったし伝えた。それでも、リリアさんの答えはノーだった。
なんでも、リリアさんにはもう何百年も思っている相手がいる、らしい。
もういないひとだけど、確かに心のいちばん深いところにいて、ずうっと忘れられないでいる、らしい。
だから、私を一番に思うことはどうしてもできない、と、聞いたことがないほど柔らかな声で告げられた。
話す間のリリアさんは見たことがないほど穏やかで、そんな態度を見れば、どれほどその人を大事に思っていたのかイヤでも分かってしまった。そして、どうあがいても私ではリリアさんの一番にはなれないんだとも。
「本当にすまぬ。じゃがの、お主の気持ちは嬉しかったぞ?」
「
……
」
すっかり負けた気分で落ち込んでいると、リリアさんは優しい手付きで頭を撫でてくれた。それがまた子供扱いされてるようでいよいよ敵わないなって気にさせられる。
それから、なんてことないお喋りをして、リリアさんが帰って、いつも通りにお店を開いているうちに店じまいの時間になった。
すっかり打ちのめされた私は、あの頃のように泣き腫らしたり、ヤケ食いをしたりする気力すらなかった。どうにかなるかもって希望があるから、ああやって気持ちを爆発させることができるんだな。って、知りたくもないのに知ってしまった。
+++++
なんとなくのモヤモヤを引きずるうち、マレウスさんに呼び出されてお城へ行くことになった。呼び出しと言っても大それたものではなく、ちょっとお話したいとかそんなものだ。
私もリリアさんのことでもやもやしてるし、お話ししたらすっきりするかも。なんて考えながら黒鱗城へ向かった。
顔見知りの門番さんに通してもらって、私の案内を任されているらしい侍女の妖精さんに案内されたのは謁見用の広間
……
ではなく、マレウスさんの管理するバラ園だった。
「あぁ、ティナ。よく来たな」
「こんにちは、マレウスさん。今日はどういったご用でしたか?」
こっちに呼ぶくらいだから、大した用事じゃないのは想像がついた。そして、想像した通り、マレウスさんは雑談のために私を呼んだらしい。
だから、いつものようになんてことないお喋りをした。話すうち、リリアさんのことが頭を過った。リリアさんと付き合いの長いマレウスさんなら、リリアさんが思っているひとのことを知ってるかも。
探るようでよくないし、いない人のことだから知ったところでどうしようもないとは思いつつも、なにげない風を装いながらマレウスさんに聞いてみた。
「
――
って話を聞いて、どんな人なのかなーって気になっちゃって。ご存知ないですか?」
「あいつの?
……
あぁ、それなら恐らく僕の両親だな」
マレウスさんはきょとんとした顔をしたものの、あっさり教えてくれた。さすが、長い付き合いなだけある。
……
ちょっとだけ妬けちゃうけど。でも、やきもちよりもお話だ。もっと詳しく聞いてみたい。
「マレウスさんのご両親、ですか?」
「あぁ。あいつは僕の両親とは幼い頃からの馴染みだそうでな。よく三人で連れ立って遊び回っていたらしい」
「幼馴染
……
」
なら、思ってるっていうのはお友達としての「好き」ってことなのかも。そういう意味なら私にもまだチャンスはあるんじゃないかって気がしてきた。
にわかに晴れ始めた気持ちに口元が緩みそうになるのを堪えていると、マレウスさんは「それに」と面白そうに続けた。
「あいつは僕のお母さまにプロポーズをしたこともあったそうだ」
「へぁ?」
ほっとしたのもつかの間、マレウスさんはうっすら笑いながらとんでもないことを言ってきた。いけるかも、って期待した気持ちは一瞬で粉微塵にされてしまった。
というか、なんでそんなことを知ってるのかと思ったけど、マレウスさん曰く、お城では有名な事件(?)らしく、長く勤めている人なら誰でも知っていることなのだそうだ。
……
もちろん、私は初耳だ。
そんな具合で、楽しそうにリリアさんの昔話をしていたマレウスさんだけど、徐に口を噤んで、考えるような顔をした。
「
……
そういえば、一つ妙なことがあるな」
「妙なこと、ですか?」
「あぁ。リリア
……
あいつには家族がいた痕跡がある」
「? シルバーさんじゃないんですか?」
「いや。あの位置は姻族
――
伴侶だな」
「奥さん、ってことですか?」
「あぁ。まぁ、あいつのことだ、夫の可能性もなくはない」
マレウスさんは冗談なのか本気なのかわからないばくだんみたいなことを言うと、小さくかぶりを振って難しそうに眉を寄せた。なんでも、昔マレウスさんはリリアさんの家族を調べようとして国の資料を見たことがあったらしい。けど、リリアさんの家族の欄には強い力で修正された跡があり、誰かしらがいた痕跡があった、そうだ。
それで不思議に思ったマレウスさんがリリアさんに聞いたところ、自分は孤児の身だから元より家族はいない、と否定されたらしい。その時のリリアさんの態度はウソをついている感じはまるでなくて、当時のマレウスさんはそれはそれは不思議に思っていたのだそうだ。
「うーん、でも、それなら誰かしら知ってるんじゃないですか? リリアさん、昔は右大将さんだったんですよね?」
「もちろん、僕もそう思ったさ。だが、探ってみても誰も知らない。帳簿を作っている者にも、おばあさまにも聞いてみたが分からなかった」
「なら、書き間違いを直したとか?」
「それなら相応の修正が入っているはずだ。あれはそんな物とは違う。おばあさまが直々に手を加えているらしく、僕では解けなくてな、よほどまずいものでも隠しているのか
……
そんな雰囲気だな、あれは」
「
……
」
「抹消するでもなく、見えぬよう手を加えているとなると、存命の可能性はあるが調べようがないな」
なんだか深刻な話になった気がする。というか、マレウスさんが勝手に調べたことといい、私が聞いていい話なのかな?
「そー、なんですね
……
」
「まったく腹立たしい話だ」
言葉とは裏腹にマレウスさんは薄く笑っていてなんだか楽しんでいるよう。私はその隠し事とやらが聞いちゃいけないものな気がして気が気じゃないけど。
それから他愛もないお話をいくつかして、日が暮れた頃に満足そうな顔をしたマレウスさんに家に帰してもらった。
「はぁ
……
」
マレウスさんとのお話は楽しかったけど、リリアさんの好きな人や結婚してる? した? 相手がいるらしいの話が気になって、あまり集中できなかった気がする。
リリアさんの言う思い人ってその奥さんなのかな? それとも、マレウスさんのお母さんなのかな?
二人の言葉を信じるならマレウスさんのお母さんなのかなって気はする。リリアさんははっきり言わなかったけど、言葉の感じでは亡くなったひとのことを言ってるみたいだったもん。でも、そうしたら奥さんがいたことについての説明がつかない。
誰も知らないリリアさんの奥さん。いなくなったわけじゃないのに存在を隠されているとなると、とってもきな臭く感じる。隠さなきゃいけないひとってどんな人なんだろ。
……
もしかして、リリアさんはマレウスさんのお母さんと結婚してた時期があったとか? それでとってもマズいことがあって、厳重に隠されてるとか?
そうだとしたら、マレウスさんのお母さんなんて、なにをどうあがいても勝てる気がしない。ずいぶん昔に亡くなっているとは聞いてたけど、マレウスさんを見れば、どれほど素敵なひとなのかって想像がついちゃうもの。それでなくても、お姫様と私じゃあどうあがいても勝負にはならない。
「はーぁ
……
」
マレウスさんのお母さん=リリアさんの元奥さん、なんて、あったかどうかも分からない、根拠なんてまるでない私の想像でしかない。けど、考えているうちにそうだったんじゃないかって気がしてきた。
今でもリリアさんに思われてるマレウスさんのお母さんが羨ましいとか、亡くなった後もずっと思い続けていられるリリアさんの一途さが眩しいとか、それでも
……
って思っちゃう私の情けなさとかが頭のなかをぐるぐる駆けめぐる。
けど、こうしていてもしょうがない。店じまいまでまだ時間がある。生活のため、さっさとお店に戻って補充のための商品を調合しないとだ。無理やり気持ちを切り替えて、通い慣れた道を早足で抜けた。
「ぐーるぐーるこんこーん」
いつもよりちょっとばかり少ないやる気で、釜に材料を放って、いつものように調合をする。どうしたらリリアさんが振り向くかなー、とか気分はすっかり上の空だ。
それでも難しい調合じゃないから、いつも通りの品質でいつも通りの品物が出来上がる。いわゆる慣れというやつだ。
「
……
あっつ」
それにしても、今日はいつもよりあったかいからか釜の側にいると汗が出てくる。この調合が終わったら一旦休憩にしようかな? あとちょっとがんばろうと、手袋でおデコの汗を拭って、まだ仕上がらないかと釜を覗き込んだ。
「
……
あれ?」
釜の中には入れた覚えのない茶色い糸
……
ではなく私の髪の毛が落ちていた。
「わっ!」
このままじゃ釜の中ののバランスが崩れて大失敗しちゃう。急いで杓子を浮かせて髪の毛を掬おうとした。けど、それより早く髪の毛が釜の底へ潜っていってしまった。
「あわわ!」
どうしよう。爆発に備えて魔法障壁を張る? 間に合うかもで髪の毛を取り出す? さすがに手を入れるわけにはいかない。というか怪しい煙が上がってきた。魔法障壁が先だ。急いで壁に立てかけている杖を手に取った。
――
杖を掴んだのと、釜の中身が大爆発を起こしたのはほぼ同時だった。
「ぴゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
熱い、痛い、眩しい、マズいかも、いや、マズいどころじゃない。どんな感覚だかも分からない衝撃を全身で受けて、なんだかよく分からないまま、真っ白な波に呑まれた気がした。
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