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溶けかけ。
2024-07-06 00:17:58
1789文字
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ほぼ日刊
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うたかた
摩耗したヌヴィレットがフリーナの生まれ変わりを手放す話。
「キミは僕を介して違う人を見ている
……
僕
――
僕はキミの想い人の代替品じゃない!」
普段は気丈に振る舞う彼女が濃淡の違う双眸に涙をいっぱい溜めて叫んだ。次いでバタバタと走り去る音に我に返る。張られた頬へとそっと手を添えればそこはじんじんと熱を帯びていた。
代替品。
その言葉にヌヴィレットは自身が彼女をフリーナと重ねていたことを理解する。確かに、彼女の水の気は自身の与えたものと同一のものであり、姿形だって彼女そのものだ。だからといって、重ねたことなど一度もないと思っていた
――
今のいままでは。
「摩耗か
……
」
長命種である以上、必ず訪れると言われている現象。
発狂し、大切なものも、遥か昔の約束も全て書き換えられ、あるいは歪んでしまうという病のようなもの。
ヌヴィレットは永く生きた。
このテイワットでヌヴィレットが知る者はとうの昔に遠い日々の中に消えていってしまうくらいには。
故に、フリーナの生まれ変わりである彼女を手離したくないと壊してしまいたいと相反する思いがヌヴィレットの中でせめぎ合い、傷つけ合う。
まるで、尾を噛み合い円を作る蛇のように
――
ヌヴィレットは壊れかけた頭でそれでも思考する。彼女がより幸せになれる道を、と。
「んん
……
ヌヴィレット
……
?」
ひんやりとした手が額を覆う。風邪のときには労り、悪夢を見たには安心させてくれる大好きな手だ。
「起こしてしまったか
……
」
ヌヴィレットの声はどこか無機質で、温かみの一欠片さえ含まれていなかった。
「なにか用?」
「別れの挨拶をしに来た」
「
……
なんだって?」
指の隙間から垣間見えたヌヴィレットの表情は小さな子どものわがままを宥める大人のようだった。
「これからキミの記憶の中にある私の記憶を抽出する」
きっぱりと言い切ったヌヴィレット。
「お願いだ
……
やめてくれ」
僕の懇願にヌヴィレットは「それはできない」と呟くと何かを唱え始めた。アビスの詠唱にもよく似たそれは、徐々に僕の思考を、記憶を奪っていくのが分かった。
「どうか
……
幸せに」
優しい声に涙が出てくる。幸せに?キミが隣にいないのに?
彼に手を伸ばす。
その手は空を切る。いつもなら握り返してくれていたのに。
「さようなら、
――――
」
僕の名前が呼ばれると同時に意識が遠くなる。
待って、まだ僕はキミに謝れていないこと、伝えられていないことがたくさんあるのに
――
「すみません、うちの子がご迷惑をおかけして」
夫と二人で男性に頭を下げた。彼は困ったように眉を僅かに下げたあと「ご子息に怪我がなくてなにより」と言った。
その声にどこか懐かしさを感じて思わず顔を上げる。
「あの
……
」
「なにか?」
「いえ、なんでもありません」
伸ばした手を引っ込めて愛想笑いを浮かべる
男性は「それでは、私はこれで失礼する」というと足早にこの場を立ち去った。
「泣いているの?」
男性が去った後、夫に言われるまで自身が泣いていたと気付かなかった。拭っても拭っても溢れる涙に夫と子どもが狼狽する。
ああ
……
なんでこんなにも胸が痛むのだろう。
女性と別れたヌヴィレットはその足で海へと潜る。下へ下へと泳ぎ続け、やがて底へと至るとその場で仰向けになった。
太陽の光も届かないほど深くで自身の爪で傷ついた手を額に添える。
眼前に見える手の傷はヌヴィレットにとって、狂った衝動を彼女に向けなかったという勲章であった。
「終りが見えない
……
すごく寂しい
…
か
……
」
孤独を耐え忍び、踊りきった彼女をヌヴィレットは称賛する。それは例え、魂が何度輪廻へ還ろうと変わったことはない。
「私は君のようにはなれない
……
」
寂しい気持ちを押し隠すことも赤い靴を履いて自身の意思で踊ることも、ヌヴィレットには到底真似できない。
泡がヌヴィレットを包み込む。シュワシュワと耳元で炭酸が弾けるような音が酷く心地よかった。
「どうか
……
君に幸あれ」
記憶も存在も全てが泡に変わるなか、ヌヴィレットは最期に彼女の幸せを願った。
日の光も差さない海の底で一際大きな泡がぱちんと弾けて消えた。
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