アイランド・フォーの動乱を収めたアーキバスと協力会社合同の祝賀会に急遽参加することになった青年は会場にいるお偉いさんの補佐としてそばに立たされていた。お偉いさんがド忘れした客の情報を伝えるカンペ役なのだが、言われていた業務をやることもなく、蠅のように今日の上司にたかるアーキバスの”中の上”層部たちが渡してくる空のグラスを持ったり渡したりする程度で暇だった。
祝賀会も中盤に差し掛かり、動乱の功労者のスピーチが始まってしばらくして、敵対企業、ベイラムの専属AC部隊、レッドガンのAC乗り達が侵入してきた。
青年は素行の悪さ、しつけの行き届いていない、深緑の詰襟の礼服に詰め込まれた獣達に驚いた。
この動物園の襲来を手引きしたであろう、この状態に動じない私の隣のお偉いさんは、スピーチを中断されたV.Ⅰの代理、V.Ⅱスネイルが呼んだ警備員を止め、ミシガンと談笑を始めた。何かあったら背の高い自分を壁にするつもりだったのだろうかと考えがよぎる。
「スパークリングワインでもいかがかな?」
「ああ、もらおう」
青年の隣に来た給仕ロボットからグラスをとり、子供のころにニュースなどで見かけていたG1ミシガンと上司に渡す。
(G1の後ろにいる若いやつを調べろ)指示連絡用に装着したインカムに指示が飛ぶ。
「そちらのお若い人もいかがかな?」
ミシガンの後ろで硬い顔をしている青年にも杯を向ける。
「レッド、ここのものは味がいい、少し試してみるか」
「は、はいっ総長」
ほほを真っ赤に染めたグラスの中のような金色の髪のレッドが答える。私と同じくらいの年齢だ。
警備犬のようににらみをきかせていると思ったら少年のような顔をして面白い。
「息子さんですかな?」
「む、むす」「G6 レッドだ。うちの隊の新しいAC乗りだ。いずれお宅と一戦交えることもあるだろう」
「これは失礼、まだ若くてこれからの成長が楽しみだ……アイランド・フォーの平定に乾杯」
「平和に乾杯」
「カンパイ」
ぎこちなくレッドは杯を掲げた。
こんな時は無言で杯を上げればいいのだが、戦闘ばかりでこのような場所に慣れていないのだろうと私は察した。
「平和な世の中だからこそよい経験を積ませたいとは考えているが、御社はどうですかな」
「ああ、うちの強化人間であれば、この、内勤の細長い成人でも手術をすれば明日から一流のAC乗りとして活躍しますよ」
細長い?失礼極まりない年寄りだ。今は表には出さないでおくが、機会があったら不快な思いをさせられたと強請ってやろう。
「最新は第9世代でね、コーラルを使った欠陥持ちの骨董品の人形でさえも焼き付きを中和して人間らしく生きて術前と遜色ない戦いを見せてくれる」
「コーラルの焼き付きを中和するのか……」
レッドガンに営業をかける上司様を放置する。耄碌してもアーキバスの上級職、問題はない。暇つぶしにミシガンの後ろに控えるレッドを観察する。
レッドは飲みきれなかったグラスの中身をどうしようか考えているようだ。私たちの手元を見て、自分のグラスの残りを見る。勢いが弱くなっていくグラスの泡に焦っている。
歩く地獄のそばにいるレッドを肴に一口あおり、本社の情報部から届いたG6レッドの情報を閲覧する。
『ベイラム経済圏の貧困家庭出身、親なし、兄と妹がいる。重要事項、なし。』
G6就任のインタビュー記事をざっと読んでみたが、本人の人柄がそぎ落とされ、新たな英雄の候補として仕立てるための記事だった。
泡が底から立ち上る景色を見るように掲げ、口元を隠して支給されたカフス型マイクに今の情報を要約して上司に流す。違和感がないよう、グラスに口をつけて数口流し込むとレッドも真似をして飲んだ。
「さて、血の気の多いやつのスピーチが終わる」
上司がグラスをあおる。
「外まで送ろう」
「レッド、帰るぞ」
「はっ!お酒、ごちそうさまでした。――レッドガン!集合!」
私の手の中のグラスが割れんばかりのよく通る号令だった。
「つまらなすぎて寝るかと思った」
「あー、きちぃ」
「肩がこるぜ、たくよぉ」
「アーキバスらしいスピーチでした」
ミシガンを取り囲むように散らばっていたレッドガンが集まり、レッドを先頭に会場を出て行くのであった。
上司のかばん持ちで来ていてなおかつ敵陣営に囲まれている状態を放置したとあっては今後の昇進や人脈に影響が出かねない。私は急いで彼らの後を追った。
ホールの外の廊下は赤いじゅうたんが敷かれ、赤みが買った黄色い光が照らしている。緑色の獣達の向こうに上司とG1ミシガン、その先にG6レッドの背中があった。強い光の下で訓練をしたために日焼けした赤い首筋が詰襟とうなじの間から少しだけ見える。来た道を間違えないレッドの先導はあっという間に終わってしまった。気が付けば会場の外の庭園に設けられた離発着場に所属ロゴのないヘリコプターが待っていた。安全のため、私達は玄関先でレッドに止められ、見送ることとなった。
ミシガンに続いてG3からG5,続いてG7が搭乗する。
「お邪魔いたしました!!」
最後にG6レッドが太くて茶色い眉毛に力を入れ、全身に神経を張り巡らせたきれいな敬礼をした。迷子のようにグラスを持っていたとは思えない立派な姿だった。
「機会があればまたお会いしましょう」手を差し出す。
「はい!」
手袋の下にある固い皮とタコの固さを感じる。私は軍服をまとわない彼のことをもっと知りたくなった。
会場の大きな庭園の真ん中に設けられた離発着場から飛び立つレッドガンのヘリを見送りながら私は心に決めた。
「転属したいんですけど」
「唐突だなあ」
アーキバス上層部に属している今日限定の上司があきれた。
「今からAC戦闘部隊への転属は可能ですか?」
「……レッドガン入りたいの?」
「今の部署にはうんざりですし、何より会いたい人がいるんです」
「入隊テスト頑張ってね」
「はい!」
この日送り出した青年が最新の強化人間手術を受け、強化人間部隊ヴェスパーの末席、V.Ⅷペイターになったと風の便りで知ったのはもう少し後のお話。
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