桐子
2024-07-04 22:08:01
2041文字
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地獄の底で待っている⑦(父水♀)


体が重い。それにあちこちが痛む。朦朧とする意識の中、ひどく喉が渇いていることに気が付いた。
「みず……
唇を動かすと、そっと抱きかかえられて唇にひんやりとした吸い口をあてられた。
「ゆっくり飲んでください」
優しい声とともに、冷たい水が喉を通り抜けていく。水木は夢中でそれを飲み干した。喉の渇きが癒やされ、少しだけ意識がはっきりとしてきた。水木はまた落ちそうになる意識を必死につなぎ止め、目を開けた。
……鬼太郎」
義理の息子は、水木の顔を見てかすかに微笑んだ。
「もう大丈夫ですから、水木さんはゆっくり休んでください」
……あ」
その言葉に、気を失う直前のことを思い出した。そうだ、自分はゲゲ郎に――――水木は飛び起きようとしたが、体のあちこちが痛み、思うように動けなかった。
「無理しないでください」
鬼太郎は優しく囁き、水木を布団の上に押し戻した。
「熱が出てるんですよ。今、ねこ娘が薬を作ってくれてますから」
意識を失う前のことはおぼろげに覚えている。無体を働かれている所に鬼太郎が戻ってきて、水木を庇ってくれたのだ。
こんなことをしてはいけない、水木が可哀想だと、必死に訴えてくれた。しかし、ゲゲ郎は鬼太郎の話を聞こうとはしなかった。それどころか、鬼太郎の前で水木を犯し始めたのだ。

『父さん!』
『邪魔をせんでくれ鬼太郎。わしらはちゃんと愛し合っておる』

そう言ってゲゲ郎は笑っていた。そのあたりで水木の記憶は途切れている。
水木はぼんやりと天井を見つめた。
「ゲゲ郎は……?」
「少し離れた所に閉じ込めています。結界を張ったから、誰も近寄れないはずですよ」
「そうか」
そう相づちをうつと、鬼太郎は申し訳なさそうに言った。
「すみません、僕がもっと早く帰ってきていれば」
「お前のせいじゃないよ」
水木は首を振って答えた。むしろ謝らなければならないのはこちらのほうだ。
「ごめんな、迷惑かけて」
「そんなこと言わないで下さい」
……ゲゲ郎は、どうしちまったんだろうなぁ」
こんな強引なことをするような男ではなかったはずだ。少なくとも、水木と一緒に暮らしていた頃は。そう言うと、鬼太郎は複雑そうな顔をして黙り込んでしまった。
「鬼太郎、話しましょう」
戸口から入ってきたのはねこ娘だった。彼女は伏せっている水木の横に座ると、沈痛な表情で頭を下げてきた。
「水木さん、ごめんなさい……私たちみんなのせいで、あなたを苦しめてしまった。もっと早く、話していればよかった」
水木がゲゲ郎に何をされたのか知っているのだろう。彼女は気遣わしげな眼差しを水木に向けてきた。それにしても、どうしてねこ娘や鬼太郎が謝ることがあるのだろう。不思議に思っていると、鬼太郎が重い口を開いた。

……水木さんが墓場に来てくれた日、みんなが『父さんが水木さんを必死に探していた』と言っていたでしょう」

確かにそう言っていた。それを聞いて、恥ずかしくも嬉しく思ったのだ。

「父さんは、本当に必死に水木さんを探していたんです。半狂乱になって、食事もとらず眠りもせず、ただひたすら水木さんを探していました」
「私たちの目から見ても、親父さんはおかしかった。気が触れてるんじゃないかと思うくらいに」

ゲゲ郎は、水木が老衰で亡くなった後から、少しずつおかしくなっていったのだという。
「父さんは、あなたを失った悲しみに耐えられなかったんだと思います」
必ず転生しているはずだと言って、ゲゲ郎は日本中をくまなく探し回ったらしい。妖怪たちに呼びかけ、烏たちに見張らせ、あちこちを尋ね歩いた。それでも水木は現れなかった。やがてゲゲ郎は、日に日に荒れていったという。地獄へ出向いて、水木の転生先を教えるよう、閻魔大王や獄卒たちを相手に、大立ち回りをしたこともあったそうだ。小妖怪たちはゲゲ郎に怯えて姿を見せなくなり、昔なじみたちでさえ、腫れ物を扱うような接し方をするようになった。
「水木さんが見つかって、親父さんがやっと正気に戻ったって、みんな喜んでたの」
皆が水木を歓迎してくれた意味がようやく分かった。彼らは水木との再会を喜んでいたのももちろんだが、これでやっとゲゲ郎が落ち着いてくれると思って安堵したのだ。
「父さんがやっと元通りになったと、油断していました。まさか水木さんにこんな……ひどいことをするなんて」
二人の話を聞いていた水木は、青ざめた顔をして震えていた。
あんなに優しかった男が、水木の死をきっかけに変わってしまったなど、信じたくはなかった。しかし、鬼太郎たちが嘘をつく理由はない。ねこ娘は黙り込んでしまった水木に、持ってきた薬湯を手渡した。
「ここは私のうちよ。体が戻るまで、ゆっくりしてくれていいから」
「僕も、水木さんが嫌でなければ一緒にいますから」
「ありがとう……
水木は小さく礼を言うと、ねこ娘が作ってくれた薬湯を口に含んだ。やけに苦く舌を刺す味だった。