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沁月
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ウ教×ハ♀ 両片想い 読み切り
そういうところ
MHRウ教×ハ♀。両片想い。
突然「自分にいいところはあるか?」と愛弟子に尋ねるウ教。
晴天のカムラの里の茶屋近く、
春陽
しゅんよう
を浴びた花びらが星の様に煌めき舞い散る、桜木の下。
赤い
毛氈
もうせん
が鮮やかな縁台に腰掛け、ゆるりと景色を眺める娘は、今だけは英雄『猛き炎』の重荷を解き放っていた、のだが、静かな休息時間など
泡沫
うたかた
。
「ねえ、愛弟子! ねえねえねえ!」
全ての音を上塗りする、賑やかな声量。
疾風のように現れて娘の隣に腰掛けたのは、彼女の師であり、彼女が密かに、長年想いを寄せ続ける里の教官ウツシ。
娘が「ウツシ教官?」と声をかけた刹那、彼はどこか焦っているような、何かを待ちきれないような様子で、ずい、と隣の娘に顔を突きつけた。
その時に彼女の心臓が、とくん、と甘く震えた音は、彼には聞こえていないだろう。
「ねえ愛弟子、ち、ちょっとだけ聞いてもいい!?」
「な、何ですか、
藪
やぶ
から
棒
ぼう
に
……
」
どうか、顔が赤くなっていませんように。そう願いながら、娘は困った笑顔で眉を下げる。
ウツシは姿勢を直さず、金色の眼差しで真っ直ぐ彼女を射抜いたままで。
「ねえ! 俺にはさ、良いところってあるかな!?」
「
……
はい?」
目を丸くして
頓狂声
とんきょうごえ
を上げた娘に「実は
……
」と、普段は穏やかな曲線を描いているウツシの金色の双眸が、悩ましげに伏せられた。
「里のみんなが『英雄』になったキミをたくさん褒めるようになって、俺も嬉しくて、誇らしいなと思っていたんだけど
……
ふと思ったんだ
……
」
彼曰く、英雄『猛き炎』の功績やその人間性が褒め称えられていることは、師匠として誇らしいが、ふと。
そんな彼女の師匠である自分には、褒められるようなところがあるのかどうか、気になってしまった。
一度気になり始めてしまったが最後、思い出されるのは『ウツシ教官は動くと残念、喋ると残念』等の話ばかり。
「師匠がそんな有様じゃ、せっかくの愛弟子の評判にも影響が出そうで
……
ちょっと不安になっちゃって」
ウツシは自嘲気味に笑って、小さく息を吐き出した。
「それでね、つい
……
キミに聞きたくなっちゃって。キミなら、その
……
俺と長い時間一緒に過ごしているし、教えてくれるかなぁ、と思って
……
!」
ここへ来た時の勢いは、何処へやら。
人差し指で頬をかきながら、恥ずかしそうに目を泳がせ始めたウツシに、娘は様々な意味で驚き、心臓の脈動がますます激しく熱を帯び始めていることを自覚する。
(教官、本気で聞いてる
……
!? そんな、こと
……
)
密かに募らせ続けている想いを、悟られてしまうかもしれない。
答えられるはずがない。
胸の内で呟きながら、娘は思わず顔を背ける。
顔が赤くなっているような気がして隠すためだったのだが、この仕草がウツシをますます不安にさせたようだ。
「や、やっぱり、俺には
……
良いところなんて、無い、かなぁ
……
?」
細声で尋ねたウツシの様子は、さながら背を丸め、耳を下げ、尻尾をくたりと地面に垂らした大型犬。
娘は撃たれたように「そうじゃなくて!」と彼に顔の向きを戻して、それだけは慌ててしっかりと否定した。
だが、その後の言葉はどうしたものかと迷いあぐね、必死に脳裏の言葉の引き出しを開ける。
「き、教官、は?」
「え? 俺が、何?」
「い、いいところ、ありますか? なんて、も、もし私に聞かれたら
……
どう答えてくれますか?」
言い終えてから娘は、何ということを聞いてしまったのかと、血の気が引きそうなほど大いに悔いた。
必死に脳裏で言葉の引き出しを開けたのに、どうして口から飛び出た言葉が、こんな相手を試すような、墓穴を掘るような言葉なのかと。
自分で自分を叱責したくなった娘だが、彼女のそんな葛藤には気付かぬ様子で、ウツシは嬉しそうに「そうだなぁ!」と瞳を輝かせていた。
先ほどまで憂いていた彼の曇天の表情は、娘の一言で
瞬
またた
く間に晴れ渡っている。
「キミの良いところかあ。たくさんあるから、何から伝えようか迷っちゃうなぁ! まずキミはとても優しくて頑張り屋さんだし、それに
……
」
美味しそうにご飯を食べるし、人や物に感謝する気持ちもあるし、自分以外の周囲の人をとても大切にしているし、武器を持つことへの責任感も強くて、等。
次々と溢れ出し、止まることを知らないウツシの思う娘の『いいところ』。
先ほどとは違う形で、彼女は後悔していた。
とくとくとく、と、また心臓が甘やかな、熱を帯びた
早鐘
はやがね
を
打
う
つ。
密かに
育
はぐくみ
み続けている彼への想いが、ますます深く根を張って、まだ花開く気配はないのに、蕾ばかりが膨らんで。
(自業自得だけど、これ
……
一種の拷問
……
!)
まだまだ止まらない、ウツシの娘への褒め言葉。
彼の嬉しげで
溌剌
はつらつ
とした声音に、彼女はとうとう頬を赤く染めて、また顔を背けた。
想いの蕾が、破裂しそうだ。
娘にとってウツシは、昔からずっと、いつも優しく、雨の日も風の日も、雪の日も、何も関係なく、自分を見守ってくれる最愛の人。
陽射しよりも温かく、月よりも優しい眼差しで見つめられながら『よく頑張ったね』と一言伝えてもらえるだけで、昇天しそうなほど幸せなのに、今は。
「
……
ッ、ウツシ、教官」
「あともちろん、キミはハンターとしても本当に優秀で、一日ずつしっかりと
……
!」
「ウツシ教官!」
「──えっ、あっ!? ごめん、気付いたらずっと喋っちゃってた! つい興奮しちゃって
……
ごめんね」
我に返ったように、ようやく言葉を止めたウツシは「質問しに来たはずだったのにね」と付け足し、照れたように顔を赤らめて笑った。
「それで、えと、お、教えてもらえるのかな? あ、む、無理はしなくても良くて! も、もし、あったらだけど
……
」
不安そうな、照れたような感情が混じり合い、目元と口元だけは笑っているが、複雑な様子のウツシに、娘は小さく小さく、彼に見つからないよう息を吐いた。
(私のことは、あんなにたくさん言ってくるくせに。私以外の人のいいところも
……
たくさん見て、自然に褒めてるくせに)
娘は、ウツシが見守ってくれているのと同等に、彼の姿を見続けてきた。
彼は自分の周囲にいる人々の長所に気付き、更には会話の中に自然とそれを交えて、相手に伝えることができる。
あれほど気付きの力があるのに、自分のことにはあまりにも鈍感過ぎるとばかりに、娘はまた、ため息を重ねた。
たちまちウツシの表情から、形ばかりの笑顔さえ消え、不安が色濃く表れ始める。
「あ、あれえ
……
? えっと
……
愛、弟子
……
? やっぱり、俺には
……
いいところ、とかは
……
なかったり
……
?」
様子を窺いつつ、ぽつぽつと尋ねてくるウツシの視線を浴びる娘が、きゅっと唇を結んで顔を下に向けた。
今の彼の、捨てられた子犬のような眼差しが愛らしくて、愛おしくてたまらなくて。
このままでは、顔が湯気の立ち昇りそうなほど赤く上気して、密かに募らせ続けている想いが、彼に悟られそうなほど溢れ出そうだったから。
一呼吸置いても、下を向いて沈黙を続ける娘にウツシが「愛弟子
……
?」と、また呼びかける。
娘は顔を下に向けたままだが、彼の不安げな呼び声に対しての言葉は返そうと、懸命に熱い頭を巡らせていた。
「
……
ッ! そ
………
!」
「えっ?『そ』?」
「そ
……
そういう、ところです!」
林檎のように熟した顔を上げた娘は、ウツシを見ながら、彼への想いに震えて声を張り上げる。
明澄な湖面に一雫が零れ落ちたように、瞳には恋の光が揺れていた。
そんな彼女の様子に、ウツシは驚いたように、どんぐり
眼
まなこ
をぱちぱちと瞬かせるままで。
娘はあまりのもどかしさと、声を張ってしまったことへの恥じらいも含め、先ほどよりは理性的に声量を意識した。
「ですから、そういうところですっ
……
! 教官の、いいところ
……
!」
「そ
……
そういう
……
? え
……
? そ、そういうところって
……
?」
何が何だか分からない様子の裏声で復唱しながら、ますますウツシが不思議そうに目を瞬かせる。
娘は「もう!」と顔も赤いまま、恥じらいを振り切るように勢い良く、風を起こして立ち上がった。
「そういうところですってば! 昔からずっと変わらず、人の良いところをたくさん見ることができて、素直に伝えてくれて、自分より周りを心配して、優しくて、明るくて、そんなあなただからッ
……
」
はっ、と娘は小さく目を見開き、不意に言葉を止めて
俯
うつむ
いた。
息継ぎも忘れ、
捲
まく
し立てるように告げていたのが嘘のように沈黙したので、ウツシは「うん?」と不思議そうに彼女の顔を覗き込む。
「愛弟子? どうしたの? せっかく嬉しいことたくさん言ってくれてたのに」
「あー、もう! そういうところ
……
! ああもう! か、帰ります!」
「ええっ!? ご、ごめん、何か気に障った!?」
驚声
きょうせい
を張るウツシへ律儀に「違います!」とだけ返した娘は、勢い良く歩き出した。
景色には目もくれず、住み暮らす水車小屋の方へ早足で去っていく。
後ろからはウツシの「待ってよぉ! 愛弟子ー!」という情けない声が聞こえてきたが、彼女の歩みは止まらなかった。
(危なかった
……
危なかった。危な、かった
……
!)
つかつかと威勢良く歩き続ける娘の顔は、これまでで最も赤く、瞳の中には、ウツシへの想いが止まらずに溢れかえっていた。
『──そんな、あなただから』
(
……
好き、って
……
言いそうになった
……
!)
歩きながら、娘が片手で口元を覆う。
胸の奥、誰にも聞こえないはずの呟きでも『好き』の単語に反応し、彼女の心臓は、どくん、と一度大きく脈打った。
溢れる
慕情
ぼじょう
は熱い雫へ姿を変えて、景色がぼやけるほど潤んだ双眸から、ぽろぽろと零れ落ちてしまいそうで。
(あなたのいいところなんて、わたしなんかより、ずっとずっと
……
たくさんっ
……
!)
辿り着いた水車小屋の引戸をぴしゃりと閉めた娘は、その戸に背を預け、深く息を吐く。
もっと素直に、言葉にできたなら。
この想いを言の葉にして届けながら、感謝と共に微笑めたなら。
「
……
ウツシ教官
……
!」
ぽつりと名を呼んだ時、娘の双眸から零れ落ちた一雫が、土間に小さく、丸い染みを作った。
一時、英雄ではなく、近くて遠い愛しい人への恋心に締めつけられる乙女となった彼女は、小屋に駆け寄ってくる最愛の人の気配に気付かなかった。
娘がしゃくり上げた時、突然開いた引戸。
そのまま伸びてきた炎のように情熱的で温かな両腕は、彼女を後ろから優しく包み込む。
「──泣かないで
……
」
柔らかな声と、腕の力の優しさの中に秘められた熱は、彼女の想いの雫と、同じ熱を帯びていた。
「キミの、そういうところも
……
大好きだよ、愛弟子」
@acadine
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