蜘蛛の糸でも

聖杯戦争が中断して言峰が捕まり、魔術協会で珍しいサンプルとして色々実験されてるのを槍が助けに来る?というか連れ戻しに来る話。槍言。
一応R-12くらいかもしれないです

聖杯戦争は、無期限に中断された。
聖杯が汚染されていることに魔術協会が気が付き、やがて聖堂教会にも伝わることとなった。

聖杯は直ぐ様破壊されるかと思われた。しかし、魔術協会の調査のため、協会の厳重な管理の下で、その期間は維持されることになった。サーヴァントも、雪の城の少女もそのまま冬木に止まり待機となる。

調査の上で、言峰の暗躍は間もなく露呈した。
言峰の処遇は2つの"きょう会"に委ねられることになる。

凛はそれには異議を唱えた。
彼を嫌いで、彼の罪は許されるべきではなく(個人的にも許せず)、裁かれるべきと考えていたが、凛は公正さを良しとした。どんな悪行を為していたとしても、本人の意見など聞きもしない、そんなやり方は好まなかった。
しかし彼女の健気な努力も空しく、決定は下された。

連行されるその時、教会で膝をつき祈りを捧げていた言峰は、一切抵抗しなかった。まだ契約状態であるはずのサーヴァントを両"きょう会"は警戒していたが、その側にも周囲にも影すらなかった。
滞りなく事は進んでいった。

魔術協会に場所を移され、形だけの取り調べや裁判にも、言峰は言い訳するでもなく正直に全て答えた。
それに意味を見い出さなかったからだ。

その結果、言峰は聖堂教会を完全追放され、魔術協会の籍も剥奪、身柄は協会に引き渡された。
型通りの数々の手続きの後、言峰は、罰として、聖杯の「調査」に協力をすることとなる。


その日午後の「調査」を終えて、言峰は微睡んでいた。
腕を頭上で鎖──魔術封じがこめられている──に拘束され、眠気を感じても横になることは叶わない。
足元には言峰の知らない術の魔法陣、血痕やそれ以外の何かをほんの気持ちだけ清掃された石の床がある。
どうせまた汚れる。最低限片付けるのは、最初から汚れる事は望まないという、ただそれだけの理由である。
心配する必要がないのに、自害防止の為に猿轡を嵌められて、それが喉を遮り浅い息しかできない。
俯けていた顔を少しあげると、目線の先の石壁に、きらりと部屋に射し込む僅かな光を反射するものがある。言峰がいつも首に下げていた十字架だった。
十字架はおろか、言峰は拘束する鎖以外に何も着衣していない。
「調査」の邪魔であり、その後の後始末にも妨げになるためである。
受けた生傷も何もかもを晒した状態で、この一室に監禁されている。
言峰に人権などなかった。

この後、死なない程度の栄養補給を受け、夜を迎え、そして朝になり、その日の午前の「調査」が始まる。
この無意味な繰り返しはいつ終わるだろうか、位には考えたが、それに深い感慨などあるはずもなかった。
どんな目的があっても、悪行を行った己は、罰を受けるのは当然である。
それに、「普通」に生きていても苦行であった言峰にとって、それは日常の延長線といっても過言ではなかった。

ただ、その日は何か違っていた。
「これ」を知っている。
ざわめきが聞こえる。
何か物が倒れたり、破壊されるような音が響いて、
それが徐々に大きくなっていく。
──来る。


鋼鉄の扉がけたたましい破壊音を立てて吹っ飛び、言峰の背後の壁にぶつかって落下した。
砂ぼこりが巻き上がる中、扉があった場所に見覚えのあるシルエットが浮かび上がる。


「言峰。てめえ、オレを舐めるのも大概にしろよ」


ざらついた声が狭い調査室に木霊する。
砂煙が鎮まり、青い筋肉質な男がはっきりと姿を現した。僅かに獣臭のような野性的な匂いが漂う。
言峰は、目線だけを上げてその姿を視認した。

「オレとてめぇ勝手に契約させておいて、オレを従えたまんま、こんな情けねぇ形でくたばる気ってか?」

青い筋肉質の男こと"ランサー"クー・フーリンは、肩の後方で持った朱槍を自身の背中に苛立ちを表すように当てながら佇む。目が合うようで合わないことにフンと鼻を鳴らし、言峰の前方に大股で歩み出てきた。
一度止まり、言峰の状態を上から下まで睨め付け、さらに眉間のしわを深くする。
そして再度歩みを進め、魔法陣を踏むだけで消し去り、鎖を槍ひと回しで断ち切って、崩れ落ちる言峰を片腕で受け止める。猿轡を指で引きちぎると、主人の顔の汚れを軽く拭った。

「ったく、令呪奪われた訳でもねぇくせに、てめぇはなんでオレを呼ばねーんですかね?」
腕にある令呪は奪われなかった。
言峰に抵抗の意志がなかったことや、教会にも協会にも言峰ほどの技術を持つものはそういなかったこと、言峰の生命を維持し、調査にも役に立つだろうと判断されたためである。
その代わり、拘束は幾重にも施されていた。

「ていうかよォ、連れて行かれる時も、オレのこと遠ざけやがったよな金ピカにまで手を借りやがって」
ふざけんなよと詰りつつ、言峰の目の前に垂れる前髪を掻き分けてやる。そしてどこから出したのか、フードのついた長いケープのような紺色の衣服を言峰に羽織らせた。

「ま。んなひでぇ仕打ちを受けたのにも関わらず。
 てめぇとのか細い、風に吹かれても切れそうな繋がりを頼りに、来てやったぜ。」
楽な姿勢に直してやり、言峰の顔を両手で覆いニッと笑顔を見せてやる。言峰は表情を変えず、目線を反らした。
想定内の反応で逆に安心する。言峰の頭はやられてないようだった。
応急処置として癒しのルーンをかける。

「ここに来るまでに、ちょっと嬢ちゃんや坊主なんかにも協力してもらってんだぜ。感謝しろよ。あとオレの人望にもな!」
「必要、な
尚も拒否を続ける主人にランサーは盛大にため息を吐いた。

まぁ、金ピカ野郎にも『余計なことをするな』とは言われたが。
 オレはアイツと違って、てめえの意思を何でもかんでも尊重する気はねぇよ。
 オレに関係してることなら特にな。」
言峰は下を向き、黙っていた。


協会の者達が近づいてきたのを察知し、言峰を両腕で支えながら立ち上がる。
「おい、自分で立てるか?無理だよな流石に。」
あの威圧感のある長身の男が嘘のように、頼りなげな足元を静かに見つめた。
ランサーは言峰に負担をかけないよう、緩やかな動作で横抱きにした。
抗議のためにランサーの腕を抓ったが、力も続かずランサーに堪えた様子はない。

「ほんっとにてめーは人に頼るのが下手くそだよなぁ。」
ランサーは壁にかかっていた十字架を苦々しげに引っ掴むと、言峰を抱えたまま部屋を飛び出し、廊下を駆け出した。
「頼れねぇってことはよ、周囲の厚意や善意に甘えるってことだぜ。分かってんのか?」
尖った言葉の割に、言峰を抱く腕は力強くも気遣わしげで、優しい。言峰は力の入らない拳を握った。
「だ、から、必要ないと
「ヘイヘイ。分かりましたよっと。」
2、3人の魔術師が術をかけてきたが、それをものともせず文字通り蹴散らしていった。

「ラン、サー」
言峰が掠れた声をあげるが、喧騒もあるためか届かない。
やがてバルコニーに出ると、尖塔の屋根に軽々と飛び上がる。そして先端に立つと、周囲をぐるりと見渡した。
「ランサー」
言峰は顔を上げ、ランサーと正面から向き合った。
ランサーが視線に気がつき、目線を合わせる。
「なぜだ、このような、こと
問いかけると、ランサーが目を細める。
またマスターを失う屈辱を味合わせられるのはゴメンだ」
口を開く前の一瞬、言峰が対面したことのない種類の、強い「光」がランサーの目に宿ってフと消えた。
──今のは。
言葉より、それを計りかねていると、ランサーが唸って牙を剥く。
「わかってんのかオイ」
いつもの調子のランサーに、言峰はきちんと返してやる気持ちになった。
お前のような英霊に、更なるトラウマを、植え付けられるとなれば、私にも存在価値があったということになる」
「あーあー言ってろ!こんちくしょ〜!」
更なるって言ったか?自覚あるかやっぱりな?!などと、ランサーはぎゃあぎゃあうるさい。

追手が来たのと行く方向が定まったので、いくつか屋根をひょいひょい飛び移って、城壁のような大層な塀の上に飛び乗った。

「あ」
ランサーが思い出したように足を止めたので、何か忘れたのかと思いきや、
「ちょっとでいい、こっち向け」
顔を上げれば、近づく赤い双眼が目の前にあった。
言峰の顎を軽く掴み、ランサーが唇を吸う。
しばらくの後、ランサーが唇を離すと、こんな状況でこんな場所でこんな男がこんな男に、と、少し血色を帯びながら信じられないという表情で言峰が見上げていた。
照れを押し隠すように斜め上を見、少し口を尖らせる。
「てめえのせいで消えるところだったし、報酬」
「頼んでも、いないことで
飼い主の、義務!の!餌やり!!」
喰らいつくランサーに、呆気に取られた後、言峰は思わず吹き出した。
「そうだな。不肖な飼い主で悪かった、私のランサー」
撫でようとすらするのを頭を振って避けた。楽しげな言峰を見て、自分で言い出したくせにぐちぐちと文句を言いながら、塀を降り深い森の中へとランサーは疾走する。

ランサーの腕の中で、連行された時から初めて、言峰は大きく息を吐いた。