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かに
Public
ダンキバ
愛しい人の話、感謝の花束
2024/06/30
dnkbワンライ1
「こんにちは。花束をもらえるかい?」
注文が入ったのは夕方というにはまだ少し早い昼下がり。作業していた手を止めて入り口を振り返ると、そこにはテレビに疎い私でもわかる一等級の有名人がいた。
「
……
! は、はい!」
名前を叫びそうになって慌てて頷く。作りかけのブーケをそっと置き、初めて接客した日と同じように身体をガチガチに強張らせながら男の前へと移動した。
物色しているのか店内をきょろきょろと見渡す男に来店の目的を訊ねる。
「どんな花束にしましょうか?」
花束を作るといっても用途や目的によって様々だ。一概には言えない。誰かに贈るのだろうか。それとも、どこかに飾るのだろうか。私は画面越しですら彼のことをあまり知らない。花束を買うような人だったのかと驚きさえしている。失礼な話だ。
「そうだな。オレは花のことは詳しくないからスペシャリストであるキミに任せたいんだが」
「では、ご要望はありますか? こんな感じにしてほしい、とか」
「元気な感じにしてほしい」
「元気な、感じ」
えらく抽象的な要望だ。子供にでも贈るのだろうか。彼を討ち倒した若きチャンピオンのことを思い出す。
……
あまり顔を思い出せない。溌剌とした印象の花束を作ればいいのだろうか。明るめの花を選ぼうか。
「ご自宅用ですか?」
「いや、贈り物だ。友人に贈ろうと思ってね。日ごろの感謝を込めて」
「なるほど。素敵ですね」
やはりプレゼントなのか、と勝手に納得する。それなら、贈る相手のイメージを訊ねたほうが作りやすいかもしれない。
「お相手はどんな方ですか?」
「どんな
……
。明るくて人を楽しませるのが上手い人、かな。だが、バトルになるととても情熱的になるんだ。それでいて頭の回転が速い。だから少しでも隙を見せるとすぐに足を掬われる」
へえ、すごい。あの子供はガラルで一番強かったこの男にそこまで言わしめるトレーナーなのか。まだあんなに若いのに。バトルという単語が飛び出たことを理由に、楽しげに話す男が思い浮かべているであろう相手をほぼ確実なものと決めつけ、今度二人の試合を観てみようかな、などと考える。
予算を聞いて、感謝・友情・親愛などの意味を持つ花を選んでいき、鮮やかな配色の花束を作っていく。花の持つ意味を掻い摘んで説明しながら他に入れたい花はないかと訊ねると、彼は少し悩んだ素振りを見せた後、赤いバラの花を指差した。
「これを入れたい」
「バラですか?」
バラはどちらかと言うと愛を伝える際に用いる花だ。だが、色によっては親愛の意味もある。
「ああ。これが入っていれば印象的じゃないか?」
「ご友人というよりは恋人に贈られるのがメジャーな花ですが」
「うん、知っているぜ。純粋に、オレが彼に贈りたいんだ」
彼。
……
彼?
どうやら花束を贈る相手は新しくチャンピオンになった少女ではないらしい。とんだ勘違いだったようだ。
わかっていて入れたいと言うのであれば、断る理由はない。
「承知しました。ぜひ入れましょう。何本入れますか?」
「
……
何本だと愛情が伝わると思う?」
「花束を贈られる時点でお相手の方は何本でも嬉しいと思いますよ」
「そうか。うーん。本数にも意味はあるのか?」
「ええ、ありますよ。バラは特に有名なので伝わりやすいかもしれません。たとえば
……
一本だと〝ひとめぼれ〟や〝あなたしかいない〟という意味があります」
「なら一本にしよう」
あまりの即答ぶりに笑ってしまう。他の意味は聞かなくてもいいのだろうか。彼は、あまり悩まないタイプなのかもしれない。
バラを一本取り、花束に加えて丁寧にラッピングをしていく。
「ふふ。情熱的ですね。愛しい人へ贈るみたい」
思わずくすりと笑いながら完成した花束を手渡す。顔を上げると、なぜか目の前の瞳が僅かに見開かれていた。失言だったかと内心焦りつつ、窺うように相手を覗き込む。男は静かに花束を受け取り、たんぽぽ色の視線を花束へと落とす。
実はそうなんだ。動いた口元が抱えられた花束の先に隠れていく。
愛しい気持ちが抑えきれないと言わんばかりの幸福を浮かべた両の目が、悪戯を仕掛けるときのように細まってこちらを見据える。
「内緒だぜ」
ほんのりと恥じらいの色が滲むその微笑みは、画面越しでも見たことのない甘さを含んでいた。
店を後にした男を笑顔で見送る。角を曲がった背中が見えなくなったところで正常だった心臓が思い出したように脈を打ち出す。
「な、なにあれ
……
!」
とんだ〝ばつぐん〟をくらってしまった。客がいないのをいいことに、スマホロトムを呼び出して店を去ったばかりの客の名前で検索をかける。
そのままの勢いで、私は次の試合のチケットを取った。
夕方、ポケスタに流れてきたナックルシティのジムリーダーが投稿した写真に見覚えのある花束が写っているのを確認して驚いたのはまた別の話である。
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