あたしはワガママだ。程度はあるけど、自分の思い通りにいかないと気が済まない。欲しいものは欲しい、嫌なものは嫌、好きなものはとことん大好き。なんで他の人も好きじゃないの? もったいない! そんなやつ。
あたしは、三人も生まれた子どもたちに囲まれたパパとママの元に、あたしも愛してって飛び込んで行った末っ子だ。
パパはそこそこ有名なIT企業の、そこそこ偉いポジションにいて、割と有能な人材として働いている。ママは専業主婦だったが、子どもがある程度大きくなると薬剤師としてバリバリ働いていた。
あたしよりなんと十三も早く生まれた長男は、六年くらいは両親からの愛情を独り占めしていた。ママ、ママって言って、キスしてもらって、抱きしめてもらってた。なんでも好きなものをもらって、どこにだって連れてってもらえた。正直羨ましい。でも弟が生まれてからは、お兄ちゃんなんだからしっかりしようと気を引き締めて、何かと家のお手伝いをするようになった。ママに引っ付いて回っていたくせに、今度はパパに引っ付いて回った。
次男は兄の甲斐甲斐しい世話を無碍にしていき、かなり自由奔放に育った。おっとりしてるし、泣き虫だ。何かあるとすぐに泣いて、お兄ちゃんのせいにしてやり過ごすことが多かった。まぁ、すぐ怒られていたけど。
そんな弟が二番目の兄になったのは四歳の時で、パパは初めての女の子にメロメロだった。かなり甘やかされたらしい。可愛い洋服に靴、髪留め、おもちゃ……可愛らしいものが家に溢れ出して、兄二人は身を縮こませていた。なんだよ、女の子だからってと言いながらも一緒に本を読んだりしてくれていた。我が家の男どもは女に優しい。そういう血筋なのだ。
そしてそれから四年くらい、初めての女の子の称号を得てチヤホヤされていた長女も覚悟を決める時が来た。生を受けてから三年後。お待ちかね、ようやくあたしの登場である。
ぶっちゃけママは「もう子どもとかいらな〜い」とか言ってたらしいが、出来てしまったものは仕方ない。なんなら今までの子どもたちよりお腹の中でのあたしが元気すぎて、逆にどんなやんちゃ坊主が来るんだと思っていたらしい。兄も姉もみんな「ママのお腹を蹴破ったらダメだぞ」「お腹の中で何と戦ってるんだ」「おむつ取り替えるの大変そう」と口々に話しかけていた。失礼なヤツらである。そもそもあたしは女なので坊主と呼ばれる筋合いはない。
というわけで、両親もびっくりの四人目の我が子が生まれた。しかもその日はなんと、その年では母の日だった。五月十日。お母さんいつもありがとうの日。ゴールデンウィークという日本最大級の連休が終わって、世のお母さんたちが労われるべき日だ。ママは当然その日、色んな人から労われまくった。「アンタはママを労うために産まれてきたんだろうけど、あたしそれどころじゃなかったわ!」とカラカラ笑いながら毎年の誕生日には思い出話をしてくれる。悠里はそういう子なんだな、ってみんなに言われて、頭を撫でられる。
そう、そうやって、誰かのために何かをしようとすると、気持ちは伝わるがやり方とタイミングが微妙、みたいなことが多いのだ。生まれた日って割と重要だ。そんなことを小学生の時に感じた。友達の誕生日プレゼントを持って行ったら、友達が片想いしてる男子が別の子を好きだって話を、よもやその友達に相談してるところを聞いちゃったとか。
隣の席の男子が、クラスで一番テストの点が良かったことを聞いて教えに行ったら、新しく通う中学校の先輩にカツアゲされて怪我してたとか。
それにキレて、守ろうとして、先輩を殴り飛ばして川に落としたこととか。救急車って案外すぐ来るんだな。
「じんせーってさぁ、上手くいかないんだねぇ」
「アンタは後先考えなさすぎ〜」
「ママもっと優しくしてくんない? 今あたし、とーっても虚しいんだけど」
「そんなこと言ったってねぇ。頭下げて謝るのママとパパなんだけど……」
「大人の事情とか、しーらなーい!」
「だよね〜! ママも昔そんな感じだったわ……はぁ、黒歴史…………」
よくわかんない複雑な顔をしながら頭を抱えたママだったが、当時のあたしはよくわからなかった。今ならわかる。ママ、元ヤンだからだ。昔の自分にめちゃくちゃ似てる子が、まさか四番目の末っ子に色濃く受け継がれてるなんて思いもしなかったんだろう。多分それまではパパパワー、略してパワーでなんとか抑え込まれていたんだと思う。もう子ども出来ないでしょ、と油断していた二人が悪い。あたしは知らん。
「なんであたし、怒られたの? 悪いこと先にしたのあっちじゃん……なんで? 弱いものイジメはだめだって、みんな言ってるのに」
あたしはそれまでもクラスでイジメがあったら告発して、口喧嘩をして、たまに取っ組み合いの喧嘩をしていたタイプだ。あたし自身も陰湿なイジメにもあったが、かすり傷にもならない。何故ならあたしは末っ子。たくさんの人から可愛がられてきた。一番ちっちゃいから、一番下だから、お兄ちゃんお姉ちゃんなんだから。そんなのが色々折り重なって、 あたしは自己肯定感レベルが子どもながらに五百くらいあったと思う。だから、何を言われても「は? お前の目は節穴か? あたし、こんなに可愛くて頑張り屋で明るいサイコーの子なんですけど?」って言い返せる。我ながらすごいと思う。
だから、あたしはあたしがやってることを間違いだと思えなかった。だって学校でも家でも、大人たちに言われることがある。「弱いものイジメは卑怯者の証」「嘘つきは泥棒の始まり」「悪いことをしたと思ったらすぐに謝る」「泣いてる人には優しくする」……他にもなんかあった気がするが忘れた。まぁそんな感じだ。だから、その決まりは全部守ってきたし、ちゃんとしてればみんなが褒めてくれる。つまりあたしは正しい。
なんで今回はだめだったんだろう。幼いながらにあたしはそう思っていた。だって、弱いものイジメは卑怯者の証だ。泣いてる人には優しくしなきゃいけない。どっかの王様も言ってた。目には目を歯には歯を。
それに、口で言っても聞かないなら実力行使しかない。大人は子供の世界に詳しくないから、ちゃんと罰を与えられない時もある。法に守られているからって調子に乗るやつがごまんといる。
あとは、まぁ、条件反射というか。身体が勝手に動いてたというか。場所も悪かったと思う。
そうやって、グチグチとあたしが悪くないことを主張していたらママはそうだねぇ、と相槌を打ってくれた。ママもパパも、あたしたちの主張はちゃんと最後まで否定せずに聞いてくれる。そういうとこ好き。
「ママもね、昔はそう思ってたよ。だけどさぁ、実際に悪かった人が悪いことしたって、みーんながわかってくれるワケじゃないんだよ。悲しいけどね」
「知ろうとしないだけじゃん!」
「そうとも言う」
でもね、とママはゆっくり頭を撫でてからあたしに抱きついた。抱きしめてくれたというより、ガバッと守るようにしていた。
「悠里が優しくて、真っ直ぐなことはよく知ってる。ママとパパの自慢の子だよ。でも、悠里が誰かを怪我させたら、それで悠里が悪い子だって警察にも学校にも、みんなにも言われたら……ママは耐えらんないや。嫌だよ、そんなの」
ママはいつも怒ったり笑ったり、あたしと同じくらい表情が変わるけど、決して泣いてるとこは見たことなかった。疲れて嘘泣きしてるのは見たことあったけど、でも。
こんな風にあたしを心配して泣いてくれてるママは初めて見た。
それで、あたしは決めた。
あたしを好きでいてくれる人たちを悲しませないようにしようって決めた。
あたしは末っ子だ。末っ子は末っ子らしく、甘えて頼って笑顔を振りまいて、好きなものを見て見てってして、我儘を言いまくる。
その分、あたしはそのわがままを受け入れてくれた人たちを裏切らないようにする。
その人たちを悲しませるやつらは絶対に許さない。
あたしを貶めるということは、あたしを好きでいてくれる人たちを貶めるのも同等だ。
そういう、自分のルールを決めていたらいつの間にか中学校ではヤンキーとなっていたが、別に悪いことはしてない。ちょっと喧嘩が強くなったくらいだ。
あたしは末っ子だ。末っ子は末っ子らしく、みんなに甘えて頼って笑顔を振りまいて、好きなものを見て見てってして、我儘を言いまくる。愛される。毎日楽しく、何事もなく、ハッピーに生きる。
そうしてあたしは、ワガママで可愛くて、強いやつになった。
こんないい子、あたし以外にいないでしょ?
こんないい子に育ててくれたのは、家族と友達と、それからあたしの周りのいろんな人。
すごいでしょ? 胸張っていいぜ。あたしだって自信持って言えるよ。
みんなのおかげであたしは強くなれてるってさ。
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