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ナスカ
2024-07-01 12:05:37
3669文字
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千寿菊に誓う①
弊ラル百年前近衛師弟♀が年の差を超えて結ばれるまでの話。今回に限り、昨年発行した冊子に収録した『一万と数千年後の話』の一部を使用しています。
「アルバート、お前、いつになったら嫁を取るんだ?」
同期からそう何度訊ねられたことだろう。最初に聞かれたのは近衛としての配属が決まってからだった。その時私は「今はそんな時じゃない」と質問を躱し、場を逃れた。
そこからは誕生日を迎える度に、祝われる度に、相手は異なれど言われていた気がする。
「顔がいいのにもったいないな」
「お前くらいの色男なら女の子なんて選び放題だろ?」
正直私はうんざりだった。私は結婚する気など更々無い。どうせ平民上がりの、貴さなど無い血を残すことに意味があろうか。ならば私は気高き女神ハイリアと、それに連なる王家を守るために存在するまで。色恋に現を抜かし、愚かにも堕落の道を辿るくらいならば我が血がこの代で途絶えようともどうでもいい。
近衛に任ぜられてから二十年余り、私は事故に遭った。何とか命は助かったものの、騎士として前線に立つのは難しい身となってしまった。何を理由に生きればいいと、私は病院のベッドでぼんやりする日が続いた。
ある日そんな私の元を、一人の高貴な御方が訪れた。私がお仕えしてきた、我が王国の国王陛下であった。
「ダギアニス殿、そなたは長年我らや民のためによう働いてくれた。どうかね? その経験を活かし、騎士学校で教鞭を執るというのは?」
陛下のお言葉に私は視界が開けた思いだった。むしろ、それが私の本懐のように感じられた。
「陛下のお心遣い、痛み入ります。謹んでお受けいたします」
退院後、一ヶ月ほどの休養期間を経て、私は騎士学校の教官となった。配属されたのは騎士学校の中でも近衛となるための特別科。二十年以上近衛の任にあった者は、数いる教官たちの中でも少なかった。私は近衛の候補生たちに法規や宮廷での作法、貴人の側に居る者として如何に振る舞うべきかを教えた。無論剣の扱い方や戦闘方法も教育課程のひとつだったが、特別科に所属している生徒たちは既に通常科でそれを学んでいる。私が生徒たちに教えるのは、より応用的な部分が多かった。
驚くほど私は教職に向いており、陛下の慧眼に私は感謝し、そのようにお導きくださった女神様へ深く祈りを捧げた。学校の礼拝堂に佇む女神像を毎朝磨き、何故かその時間に懐かしさを覚えた。
人生の目的を再発見して、私は暫くの間幸せだった。次代の騎士たちを育てることで、私がいなくなろうとも女神様と王家の栄華は続く。私の意識は結婚からますます遠のいた。血ではなく教えを残し伝えることにこそ意味がある。私はひとつの答えにたどり着いていた。
だが平和な御代というものは、尊ぶべきものであると同時に怠惰を招く。名誉ある職務であるはずの近衛というものを、自らの経歴を飾るものとしか思っていない貴族の子弟の多いものだ。
「別に信仰とかさ、どうでも良くないっすか?」
「なんで近衛の道を選んだか? そりゃあ教官、近衛になったらモテるからですよ」
この馬鹿者共! と私は怒鳴りつけた。一体どんな考えで近衛になろうと思っているのだろうか。女神様を愚弄し、卒業と同時に与えられる役職をアクセサリーのようにしか思っていないなど、軽薄もいいところ。私は腹立たしかった。
それを同僚に零せば、私の意見に同意しながらも「仕方ないところもあるさ」と慰めてくれた。確かに、仕方ないことではある。
通常科は王国軍の構成員を養成する、言わば国家の事業の一つ。そのため通常科は入学金も授業料もかからない。タダだ。
しかし特別科となれば別になる。通常科よりも高度な学びを得られることを代償に、大金がかかるのである。実家に貯えのある金持ちがその道を選ぶことができるので、特別科はそういった者たちの道楽となりつつあった。
だが飛び抜けて優秀な場合は学費の免除を受けることができる。庶民にとってはそれがほぼ唯一と言っていい近衛の道を選べる手段だった。
私もかつて、努力の末に特別科へ進むことができた。だから、私は悔しい。私はこんな舐めた態度の馬鹿共の相手をするために教官になったわけではない。高い志を持ち、女神様を尊び王家に尽くす覚悟を持った者はいないのか。私はそれを夢にまで見るようになってしまった。
ある日、私は通常科から特別科への進学を賭けた試験の答案用紙を採点していた。その中に、一際目を引く解答を綴った生徒がいた。その生徒はなんと、私が考えた問題文を修正した上で自分の答えを書いてきたのだ。それはつい最近改定されたばかりの法規に関する問題。完敗だとばかりに私は特別に加点した。
勤勉な生徒はまだいる。小さな希望を見出し嬉しくなっていると、歩いている廊下の突き当りで複数名の声がした。若々しさからして生徒たちの声だ。この時間
……
消灯時間を過ぎても出歩くのは規則違反。急いで注意するため、足早になる。
「こら! 君たち、今何時だと思っているのですか!」
「げっ、教官!」
数名の生徒の顔を一人ひとり確認していく。男子生徒四人が、一人の女子生徒を囲んでいた。男子たちの事はよく知っている。仮にも近衛の候補生でありながら怠惰な授業態度が目立つ貴族の子弟どもだ。
一方、女子生徒は唇を頑なに閉ざし、誰とも目線を合わせようとしない。『何か』されたらしく、顔を真っ赤にして眉を寄せて泣くのを堪えているように見えた。
『何か』とは何なのか、すぐに察せられる。女子生徒を背中に庇い、男子生徒たちに怒号を上げた。
「君たち! 一体何のつもりかね!?」
「こ、この女が生意気なんですよ教官! 女の分際で近衛なんて
……
」
「そんな事は今話題にしていない! 君たちは、彼女の尊厳を傷つけたのですよ!」
彼らは家で可愛がられすぎた、甘ったれの子ども。だが騎士学校に所属するからには、好き放題されては困る。ここは集団生活の場であり、道徳を守る騎士になるならば尚更だ。しっかり叱っておかねばならない。
「他の者に口出しなど偉そうに
……
君たちの成績も、授業中の様子も、よく存じています。まずはそこを改めることですね」
ジロリと睨めば、男子生徒たちはヒッと悲鳴を上げて暗い廊下を駆けて逃げていった。怒りを鎮めるためにふぅと一つ溜息を吐き、女子生徒の方を向く。
「怪我はありませんか」
「教官。危ないところを助けていただき、誠に有難う御座いました」
女子生徒は先程までの怯えを感じさせない、堂々とした様子で敬礼をこちらに向けた。彼女が『こう在りたい』と願う姿なのだろう。
「礼には及びません。教師として当たり前のことをしたまでです。部屋はどちらですか? 送っていきますよ」
「お手数をおかけしますが、そうしていただけると有り難いです」
私は女子生徒の案内に従い、彼女を部屋まで送りに行った。その間、二人に会話のような会話はない。教官とはいえ、自分は男。警戒されても仕方ない。黙るだけだ。
やがて女子生徒は一つの扉の前で止まった。そして深々と頭を下げる。
「ここです。御手を煩わせ、申し訳ありませんでした」
「君が無事に戻れて何よりです。それに煩ったのは手ではなく、主に足ですよ」
冗談のつもりで言った言葉に女子生徒はハッとした。「こういう時は御足労
……
ですよね
……
」と恥ずかしそうに言い直す。生真面目な子だと思わず笑ってしまった。
「いえいえ、そんなに気にしないでください。そういえば君の名前は
……
」
扉の隣に描かれた表札へ目を向ける。リンクと刻まれたそれが壁に掛けられており、今しがた採点した答案用紙を思い出す。
「! 君が、リンクさんでしたか!」
「私をご存知で?」
「えぇ。本日の試験、思わず舌を巻きました。問題文を訂正して、しかもそれに合わせた答えをお書きになって。実に素晴らしい」
「
……
生意気、でしたか?」
「とんでもない! 実に素晴らしい行いでしたよ。こちらも勉強になりました」
リンクさんは顔を赤らめる。それは数分前までの辱めによるものではなく、褒められた誇らしさから来るものであった。
「あの不届きな生徒たちは、再度厳しく指導しておきます。怖い思いをさせましたね」
「喧嘩なら負けないんです、教官! 流石に四人をいっぺんには、無理ですけど
……
」
強気で芯もしっかりしている。真面目かつ勤勉。これほど騎士に向いた人間はそうそういるわけではない。リンクさんが女性であることは気にならなかったが、世の中はまだまだそういった風当たりが強い。この子に実力がある事は間違いないが、誰かが彼女を擁立させてやらねばならないだろう。
「リンクさん、また何かあったら私を頼りなさい。権威に縋る阿呆は、自分より強い権威には弱いのです」
「
……
ありがとう、ございます」
微笑みかけると、リンクは礼を言いながらも目を泳がせていた。どうしたのかと思ったが、遅い時間であることを思い出して追求は避けることにする。
「それではおやすみなさい」
「はい。教官も、おやすみなさいませ」
リンクさんは丁寧にもう一度敬礼をしてから自室へと帰っていった。
続く
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