桐子
2024-06-30 22:13:47
2826文字
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地獄の底で待っている③(父水♀)


夜になって再び神社に戻ってきた水木は、ゲゲ郎と二度目の再会を喜びあった。
「水木さん!」
鬼太郎は水木の記憶とほとんど変わらない子供の姿をして、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「鬼太郎!元気だったか?」
抱き締めると、鬼太郎は少し恥ずかしそうにしながら頷いた。今は水木よりもずっと年上だろうが、我が子は我が子である。元気そうな鬼太郎の顔を見て、ああ、よかったと涙が滲む。
「また会えて嬉しいです」
……俺もだよ」
そんなやり取りを、ゲゲ郎はにこにこしながら見ていた。
2人と離れがたかった水木は、「近くの墓場で酒盛りをしておるそうじゃ。水木も行こう」という誘いに一も二もなく頷いた。



妖怪たちは水木のことを歓迎してくれた。知らない顔もあったが、ねずみ男に子泣き爺、砂かけ婆など馴染みも多い。
「それにしても水木さんが女性になっているとは盲点でしたね」
鬼太郎はしみじみと呟いた。
「道理で探しても見つからないわけだ」
「探してくれてたのか?」
ゲゲ郎と同じことを言われて、水木は驚きつつも嬉しくなった。
「そりゃあ熱心だったわよ。特に親父さんはね」
酒を飲みながらくすくす笑うねこ娘の言葉を皮切りに、ゲゲ郎たちがいかに必死に水木を探していたか、暴露大会が始まった。
「そうじゃの。顔が広いからと方々の妖怪たちに声をかけてなぁ」
「わしも何べん遠くまで行かされたか、数えきれんばい」
「飲むといつも水木さんの話ばっかりして、耳にたこができるかと思うたぞ」
わいわいと言い合う妖怪たちを、水木は呆気に取られながら見つめていた。信じられない、という思いでゲゲ郎の顔を見る。いつも泰然自若としている男は、恥ずかしそうに顔を赤くして目をそらした。
「お前、そんなに必死に俺を探してたのか?」
その問いにゲゲ郎は答えなかった。だが代わりにねずみ男が答えてくれた。
「そうそう、あんたがいなくなった後も、親父さんはずーっとあんたのこと探し回ってたんだって。『必ず見つけ出してみせる』って言って聞かなくてよぉ」
……そうか」
会いたいと思っていたのは自分ばかりではなかったのだ。そのことがたまらなく嬉しかった。
「ありがとな」
照れ隠しにぐっと酒をあおる。今まで飲んできた中で一番うまい酒だと思った。



夜も随分更けてから、水木は宴をあとにした。妖怪たちの酒盛りはこれからが長いのだが、さすがに夜明けまで付き合う元気はない。水木が「そろそろ失礼します」と声をかけると、ゲゲ郎が「それなら送っていこう」と言い出した。一人で帰れると断ろうとした水木だったが、ゲゲ郎は強引に水木の手を引いて歩き出す。
「おい、いいよ」
「まあまあ、遠慮するな。それに今のお主は女じゃろう。一人でうろうろすると危ないぞ」
「そうですよ」
鬼太郎も口を挟んできて、結局押し切られる形で水木はゲゲ郎と一緒に帰ることになった。
月明かりの下、2人は無言のまま歩いた。いい気分だった。酒はうまいし、鬼太郎は昔と空わず水木を慕ってくれていた。昔なじみたちは水木を歓迎してくれ、ゲゲ郎と並んで歩いている。
「水木や」
「んー?」
道の真ん中で立ち止まったゲゲ郎に名前を呼ばれて、水木も足を止めた。
「お主に話があるんじゃ」
改まった口調に首を傾げる。
「なんだ?」
見上げたゲゲ郎の顔は強ばっていた。なにやら緊張しているらしい。ゲゲ郎がこんなに硬い表情をしているのを初めて見た。どう反応すればいいか分からず、ぼうっと見上げていると、意を決した表情でゲゲ郎が言った。
「わしはな……お主がいなくなって、ようやく気付いたんじゃ。水木や、わしはお主に惚れておる」
「えっ」
「お主が女だからこんなことを言っておるわけではない。男じゃとしても、もう一度会えたら言うつもりじゃった」
ゲゲ郎は水木の手を取った。ひやりとした冷たい手だ。婚約者の温かい手とは全く違うぬくもりに戸惑っていると、ゲゲ郎が真剣な目で水木の目を見つめながら言った。

「どうかわしの連れ合いになってくれんか」

予想外の言葉に、水木の頭は真っ白になった。頭のどこか冷静な部分が「そうか、だから家まで送っていこうなんて言い出したのか」と納得していた。
「奥さんのことは……
反射的に飛び出した言葉に、ゲゲ郎は苦笑した。
「妻のことは愛しておるよ。これまでもこれからも……彼女はわしにとって特別なのじゃ。だが、水木や。お主もわしにとって特別な、大事な人じゃよ」
水木は呆然とゲゲ郎の顔を見た。嘘やおためごかしを嫌う男だ。彼の言葉は全て本音なのだろう。
「お主にそばにいてほしい。人間としての短い生でも、妖怪として長い生を共に生きてくれるのでも、どちらでもよい。鬼太郎もそれでよいと言ってくれている」
いつの間にか両手で手を握られていた。ひんやりした手が震えている。頬を紅潮させ、緊張して手が震えて、それでも必死に水木のことを思っているのだと伝えようとしてくれている。
「水木、頼む。わしとともに生きてはくれんか」
胸が詰まって何も言えなかった。ただ、じわじわと喜びが湧き上がってくる。前世では、そう言ってもらえるのを夢に見ていた。しかし、ゲゲ郎には死してなお愛する妻がいる。彼らの愛は永遠だと憧憬を抱きながら、自分の思いを諦めていた。
もし、もしも再会があと数ヶ月早ければ――――水木はきっと、ゲゲ郎の申し出を受けていただろう。
……ありがとう、ゲゲ郎。お前の気持ちは嬉しいよ」
ゲゲ郎の顔がばっと輝いた。その笑顔を見て、水木は切なさを覚える。
「でも俺には、もう将来を約束した相手がいるんだ」
……!」
ゲゲ郎は絶句して水木を見つめた。迷子の子どものような途方に暮れた顔をされて、水木の胸も痛む。
しかし、婚約者のことを裏切れない。彼はこんな、飾り気がなく女らしくもない水木を選び、「綺麗だ」と言ってくれた。半年後に彼と結婚することを、水木の今の両親も義両親も楽しみにしてくれている。彼らのことを思うと、頷くことはできなかった。
……そうか」
ゲゲ郎は悲しげに目を伏せた。
「悪い」
「謝らんでいい。お主の決めたことじゃ」
ゲゲ郎は大きく息を吐いてから顔を上げた。
「わしはいつも、間が悪いのう」
自嘲気味に呟く男の顔を見上げ、水木は首を横に振った。
「そんなことはない。今度ばかりは俺のせいだ。……すまない」
「水木や、気に病まんでくれ」
「ああ。……でも、嬉しかったよ」
……そうか」
ゲゲ郎は小さく微笑んでから、水木の手を離した。
「家まで送るよ。嫁入り前の娘になんぞあっては一大事じゃ」
カラン、コロンと下駄を鳴らしながら、ゲゲ郎は歩き出した。柔らかな月が白い髪を照らし、長い影を伸ばす。寂しげな背中を見つめながら、水木は何もかも振り捨て、その背中に抱きついて「行かないでくれ」と言いたい衝動をぐっと堪えた。