高梨 來
2024-06-30 20:49:42
6332文字
Public ときメモGS2/小説
 

君は綺羅星

氷上くんに瓜二つなアイドルを推しているデイジーとちょっぴり複雑な気持ちで見守る氷上くんのお話。
Twitterでフォロワーさんとアイドル氷上くんifのお話をさせていただいたことからきっかけに書きました。
作者はアイドルさんのことを詳しくないのでふんわりとした知識で書いています、ご了承ください。

・氷上くんとデイジーは大学生(二人とも成人済み)で順調な真剣交際中
・デイジーはネームレス
・時代設定は現代

 画面の中で、無数の星々が瞬くように光を放つ。ステージを彩る鮮やかな照明――だけなんかじゃない、その中心で歌い踊る人たちこそが、星の輝きそのものなのだ。
 鍛え抜かれた肉体を包み込むシャープなラインの衣装は揃いのデザインでありながら、それぞれの個性を表すように少しずつアレンジが施されている。スタイリストだけではなく、メンバーそれぞれが楽曲のイメージやダンスに合わせて自身をよりよく〝魅せる〟ことが出来るのはどんな衣装なのかをこだわり抜いているらしく、新しい衣装が披露されるたび、彼らの新たな魅力を発見させてもらえたような悦びを味わう。
 あまりに煌びやかで美しくて完璧な〝つくりもの〟の世界――そこに自分の入る余地なんてかけらもないはずだと、ほんの少し前までなら心からそう思っていた――そのはずだったのに。

……君はほんとうに彼らの虜だな」
「あぁ、うん」
 ゼミ仲間からの電話に応対するために、と席をはずしていた格くんからかけられる言葉に、思わずさぁっと頬が赤くなる。
 ご両親が揃って旅行に行っている間の、格くんのおうちでのふたりきりのお泊まり会(もちろん我が家と格くんのご両親には了承を得ているし、これが初めて、という機会ではない)――貴重なふたりきりの夜を過ごす中、テレビ画面の中のアイドルに夢中だなんて事態は決して褒められたものではないのだろう。
 とはいえ、こうなったのも偏に、新聞のテレビ欄で彼らの名前を見つけた格くんが自ら「君の好きなアイドルが出るようだ、一緒に見よう」と誘ってくれたことがきっかけだ。勿論録画だってしてあるのに(当然、高画質モードで)、わたしの彼氏は全くもって人間としての徳が高すぎる。
「ごめんね、つい夢中になっちゃって……格くんもいるのに」
「いいよ、そんなの」
 涼やかに笑いかけながら、部屋着姿で髪をおろした格くんはぴったりと寄り添うようにソファの隣へと腰を下ろす。
「君が夢中になっている姿を見られるのはすごく嬉しいことだからね。それに、彼らは僕から見てもとても刺激的な存在だよ」
 やわらかに綻んだ笑顔を横目に眺めながら、思わずぼうっと頬が熱くなる。すっかり見慣れてしまったはずなのに――すこしくだけたようすの格くんのやわらかな笑顔と口ぶりに出会う度、私の心臓は無様なまでに早鐘を打つことをやめてはくれない。
「ほら、次の曲だよ……ああ、これはたしか」
 セットの転換と衣装替えのため、ほんの短い時間だけ暗転していたステージにぱぁっと明かりが灯ると、次に披露される楽曲のタイトルが浮かび上がる。ふたりで一緒に見に行った映画の主題歌として流れた、ドライブ中の車内でも繰り返し流しているミドルテンポのラブソングだ。
 それぞれのイメージカラーをアクセントにしていたストリートカジュアル風の衣装とは打って変わって、モノトーンを基調としたスーツ姿に装いを変えたメンバーひとりひとりにスポットライトが当たる、その中でも、ひときわ輝いて見える〝彼〟の姿を私の瞳は見逃しはしない――この楽曲でメインボーカルを担当する彼だ。
「やっぱり似てると思うんだよなぁ、すごく」
「そうかい?」
 首を傾げながらそう答える格くんと画面の中の〝彼〟の顔をまじまじと見比べながら、私は思わず感嘆のため息を吐く。
 すらりと長い手足、どんなに激しいダンスを踊っても一糸乱れることのないオールバックに撫でつけられた髪(格くんとは違って、すっきりと刈り上げられたツーブロックのうなじがどこかセクシーだな、なんてことは何度も思ったけれど、もちろん格くんには言うはずもない)、綺麗なアーモンド型で切れ長の猫みたいなキラキラした瞳、笑うと口角がきゅっとあがる薄い唇、澄み切ったハイトーンでありながら、微かにふわりと匂い立つようなあまやかな色香を潜ませたよく通る美しい声、シャープなシルエットのシルバーのアンダーリムの眼鏡をかけた姿――見ればみるほどに格くんとの共通点を見いださずに居られない彼に、私がたちまちに虜になってしまったのは無理もないことだと思う。(はるひにも「言われてみたらそんな感じあるかもせえへんわぁ」と証言をもらっているので、こればっかりは私のひいき目ばかりではない、ということは断固として主張させてもらいたい)
「だって私、初めてみた時には格くんの親戚の人かなって思ったんだよ。氷室先生以外にもいとこさんが居るのかなあって思って」
 厳しいオーディションを勝ち抜いた精鋭により結成された日韓合同アイドルユニット、LuminescenceのKohくん、それが〝彼〟の名前だ。
 21歳の日本人、前職はダンススタジオのアルバイトスタッフ――本名や出身地、家族構成などの詳しい経歴は一切明かされていない(四つ下の妹さんがいること、「おかしな誤解をされたくないから」と仲睦まじい様子の2ショット写真と動画がSNSで公開されて話題を呼んだことは記憶に新しい)彼はもしかすれば〝氷上〟もしくは〝氷室〟の苗字の持ち主ではないのかと疑ったのは無理もない話だと思うのだけれど
「親族の集まりでも目にしたことはないしな……そんな噂だって特には。もしかして何らかの事情で縁を切っただとか? 芸能界は難しい世界だからな。いや、そんなことはするはずない。氷室のお祖父様は確かに厳しい人だが、情には非常に熱い人だ」
「まぁほら、世の中には自分に似ている人が三人はいるっていうし……
 顎に手を当てて思い詰めた表情を見せる格くんをちらちらと横目に眺めながら、画面の中で歌い踊るKohくんの姿をしげしげと眺める。
 メンバー曰く「至って真面目な努力家で思い詰めるタイプ」らしい(そんなところもよく似ている)Kohくんは歌いながら歌詞に合わせて表情豊かにくるくると顔つきを変えて見せたり、カメラ目線でとびっきりの笑顔を振りまくほかのメンバーとは打って変わってパフォーマンスの最中は真剣そのもので、そんな彼を「表情管理がなっていない」と非難するファンも結成当初には多数いたらしい。とはいえ、いまとなっては、そんな彼のどこかしら不器用な実直さすらも立派な個性として受け入れられてはいるようだけれど。
「高音が本当にのびやかで綺麗だよね。言葉にのせて感情を込めるのがすごくうまいなぁって思うの、気持ちが自然とあふれ出す瞬間が見えるっていうか……あと、言葉のひとつひとつの発声がクリアなんだよね。すごく聞き取りやすくて、輪郭がくっきり際立って聞こえてくるみたいで」
「君の明晰な表現力にはつくづく感心するな」
……そんなことないけど」
 気持ちが暴走しすぎないように、となけなしのブレーキを踏みながらプレゼンを繰り広げる私を、格くんはどこかしらあきれたように、それでいてうんと優しく見守るように言葉をかけてくれるから、ふつふつと沸き立つような喜びが胸の中を駆けめぐるのを私は感じる。
 いま言葉にしたことだってみいんな、格くんと普段接する中で度々感じていることだと伝えれば格くんはどんな顔をしてくれるんだろうか。どこか言いしれようのないもどかしさを抱えたまま見つめる画面の中では、パフォーマンスを終えた彼らがふかぶかとお辞儀をして見せる姿が映し出される。
 観覧に集まったファンに笑顔を振りまくメンバー、子どものようにはしゃぎ合いながらカメラに向かって決めポーズを決めるコンビ――それぞれの個性が光る中で、緊張から解放された彼はふっと無防備な幼い笑顔を見せる――そのやわらかでまばゆい表情はやっぱり、格くんが度々見せてくれるそれにとてもよく似ているように見える。
「私ね、最近ちょっとだけ考えるようになっちゃった。もし格くんがアイドルだったらって」
……ありえない話だ。そもそも僕は不特定多数に愛されるような人間じゃないし、運動だってからっきしだぞ」
「だからね、もしもの話だよ?」
 くすくす笑いながら、たわむれに、とスエットの袖をすこしだけ引いて見せれば、照れくさそうな綻んだ笑顔が返される。
「きっとすっごく夢中で応援しちゃうだろうなぁ。格くんは真面目な頑張り屋さんだし、歌もすごくじょうずで普段から声も綺麗だし、優しいし……きっとすぐに人気ものになっちゃうはずだよ。立ち姿だってすごく綺麗だし、言葉遣いとか話し方も上品だから〝王子様〟なんて言われちゃうの。私はそんな格くんに少しでも振り向いてほしくて、全身格くん好みだって聞いたお洋服にメンバーカラーのコーディネートで、格くんに見えるようにってがんばってうちわを振るの。おなじようなファンの子がたくさんいる中でもステージの格くんはそんな私たちにちゃんと気づいてくれて、ひとりひとりに視線を送ってはずかしがりながらウインクや投げキッスで答えてくれて、私たちはその都度、キャーキャーおおはしゃぎするの」
 うっとりと話す架空の夢物語を前に、当の格くん本人は、と言えば、どこかしら複雑そうな笑顔を浮かべてみせる。
「格くんってどんな女の子が好きなんだろうって、私は必死にインタビューを読みあさったりして、ライブの日には美容院でうんとかわいくしてもらって格くんに会いにいくの。大勢の中のひとりに過ぎないだなんてこと、痛いくらいにわかっててもね? 格くんの放つ些細な言葉にも一喜一憂して、もしかしたら……だなんてことだって何度も考えて。楽しいことばっかりじゃないかもしれない、すごく悲しくて苦しいこともあるかもしれない。それでも、格くんの幸せや成功が私の夢でもあるからって、格くんを遠くにいるお星様みたいにずうっと見守ってるの」
「それは、まるで……
 すこし考え込んだように言葉をそっとのみ、おぼろげなようすで〝現実〟の格くんは答える。
「片思いだな。それも、叶わないことが決まりきっているような」
 やわらかに滲んだ言葉尻には、微かな痛みがよぎる。
……ああ、きっとそんなところはあるかもね。叶わなくて、それでも希望はとびっきりある、安全で優しい片思い。それはそれで幸せなんじゃないかなあ? 日々の潤いになるっていうか」
 そこまで熱烈な想いを寄せられる誰かに出会ったことは、私にはまだないけれど――愛情の対象がたくさんあることは、きっとうんと素敵なはずに違いない。
「そういうものなのか?」
「まぁほら、人には寄るんじゃないかな? クラスの子にもいたよ、好きだったアイドルが結婚しちゃったのがショックで寝込んじゃったって子。届くはずなんてないってわかってても割り切れなかったんだろうね、きっと。そんなに誰かを好きになれるのってすごいことだと思うの。どんなにその時は悲しくたって、時間が経てばすごく大事な思い出になるんだろうしね」
 同じような経験がなくとも、わからなくもない気持ちだった。もっとうんと幼い子どもの頃に夢中で見ていた大好きなアニメシリーズのキャラクターが非業の死を遂げた際には、晩ご飯をろくに食べられなくなって両親を心配させた過去が私にもあったから。
「確かに、あまねくすべての出会いは人を成長させるものだからな」
 こくこく、と頷きながら噛みしめるように答える横顔があんまり綺麗で、私は思わずぼうっと見惚れてしまう。
「私と格くんみたいに?」
 そっと首を傾げ、じいっと視線を送るようにしながらまっすぐに告げる言葉を前に、格くんのまなざしの奥に宿る光はぼうっと熱くなる。
「ああ、それは……そうだな、うん」
「そっかぁ」
 ひどく恥ずかしそうに、それでもきっぱりと答えてくれる嘘にない言葉はいつだって綺麗な水や空気みたいに心の隅々までやわらかく染み渡るから、得意げな気持ちで胸がいっぱいになってしまう。
 こてんと、もたれかかるように格くんの肩へと頭を寄せ、ささやくような口ぶりで私は答える。
「でもよかったなぁ、格くんはアイドルじゃなくって。Kohくんはとっても素敵だけど、格くんとはやっぱり別人だもん。当たり前だけどね? きっと格くんに出会ってなくても好きになってた気はするけど……Kohくんと違って、格くんは私だけの格くんになってくれるもんね」
 不特定多数に向けて、時にとびっきりの嘘をつきながら平等な〝愛〟を振りまく偶像としてのアイドル――ひどく誠実で真摯な格くんにはとても勤まることが出来るはずもない職務をこなして見せる彼が、格くんの〝もう一つの可能性〟に見えたのは確かだから。
「なんかちょっと得した気分だなって、パラレルワールドの格くんのこと見てるみたいで」
……なんだか複雑な気分だよ」
 ちいさく息を吐いたのち、どこか頼りなげな口ぶりで告げられる言葉に、心はさぁっと波音を立てる。
「格くん、もしかして嫉妬してる?」
「きっ、君は……ほんとうに」
 照れくさそうに口ごもる姿を前にこらえようのない愛おしさが募るのを感じて、思わずぎゅっと抱きつく。
「いいから、安心して? 私の一番はいつだって格くんだよ?」
「あぁ……ありがとう」
 大きくて優しい掌は、すっかり手慣れたようすで私の髪を優しくなぞる。
「ごめんね、意地悪したいわけじゃないんだよ? 格くんって本当にかっこいいからアイドルにも負けてないんだよって、そう言いたかっただけ」
「贔屓目だろう、それは。君は僕を過大評価しすぎるところがあるから……
「そんなことないもん、信じてよ?」
 わざとらしくいじけた口ぶりで返せば、すこし困った様子のうんと優しくて甘い笑顔が返される。
「あのね、格くん……格くんのこと、大好き。ほんとうに大好き。ほかの誰とも比べものになんて出来ないくらいにだよ。ね、信じてくれる?」
「それはその、勿論だ――僕だって、すごく」
 じいっと見つめ合いながら、ここまで積み重ねてきた時間に想いを馳せる。
「ごめんね、困らせるつもりなかったんだよ?」
「わかってるよ、そんなの。君のそういう天真爛漫なところだって僕はその、すごく――好きだ、愛している」
 まっすぐに告げられる言葉は、いつだって心の真ん中にすとんと綺麗に届く。
「ねえ、格くん」
 すこしだけ首を傾げながらぱちり、と控えめな瞬きをこぼせば、ささやかなその合図に答えるように、サイドテーブルに置かれたリモコンを長くてしなやかな格くんの腕が引き寄せる。
 ぱちん、とテレビの電源を落としてしまえば、たちまちにリビングには静寂が訪れる――夜はまだまだこれから、ふたりきりで過ごすひそやかな時間には、お互いに伝えあう言葉と息遣い以外のBGMなんて必要ないから。

 光り輝く星々よ、美しい夢幻で私たちを魅了してくれていつもありがとう、あなたたちの放つ煌めきでしか満たせない喜びがあることくらいは知っているけれど――私たちには、〝こちら〟の時間も何よりも大切だから。
 ちいさなまばたきを合図に、私たちはほんのしばしの間だけの暗闇へ――ふたりだけで見られる夢の世界ヘ降りる。ここから繰り広げられていく物語の顛末は――あいにく、見せ物ではないからお披露目するつもりはかけらもないけれど。


(ありがとう。私をその腕に閉じこめてくれる、私だけの美しく優しい綺羅星よ)





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Kohくんは「格」という字の音読みです。