Momosei808
2024-06-29 23:56:43
3699文字
Public SD(リョ花)
 

恋の成就する条件は

ワンライ:リョ花 × 喫茶店 × 筆談

恋人が欲しい。

それは、ごくごく健全な男子高校生・宮城リョータの中にあるささやかな願望の一つだ。
願わくはその人は、明るくキレイでスタイルも良くて目もきりりとしてグラマラスな……
言うなれば、彩子であるのが望ましかった。
リョータが高校に入学してから半ば一目惚れのように惹かれていき、彼女を忘れようと別の女生徒にアタックしてもなお、忘れることが出来なかった、彼女。
凛とした強さと美しさを誇る『アヤちゃん』は、リョータの中の理想の完成形とも言える存在だ。

そして今日、土曜日の部活の後、リョータは常より急いで歩みを進めていた。
彼が向かっている先は、湘北高校から徒歩8分の距離にある喫茶店だ。
窓から見える湘南の海の景色が美しいその店は、ここ最近、湘北高校の学生間で、一つの噂の舞台となっていた。

噂──すなわち、この喫茶店で過ごした二人は、両思いのカップルになれるという噂である。
その噂が湘北の学生に広まりだしてから、一組、また一組とカップルが成就していき、気づけばその喫茶店の席は争奪戦の様相を呈していた。

ただし、その願いの成就には、幾つかの条件がある。
一つ、海がよく見える、窓辺の席に座ること。
一つ、入店してからは言葉を発することなく、相手と筆談すること。
一つ、相手と見つめ合って、夕日が水平線にかかってから沈むまでの時間を過ごすこと。

この三つの条件を遵守する必要があるらしかった。

そして今、リョータはくだんの喫茶店へと急いでいた。
先ほどバスケ部の土曜の部活が終了し、リョータはすかさず意中の彩子に、『この喫茶店に来て欲しい』と告げたのだ。
彩子は、リョータの申し出に訳知り顔で同意した後、少し片づけとかあるから遅れるかも、と告げた。
──俺、待ってるから、アヤちゃん!
リョータは高らかに宣言し、急いで制服への着替えを終え、勇んで部室を飛び出した。
噂が広まり出してから、問題の喫茶店の窓辺の席は奪い合いの状態なのだ。
バスケ部の部活は大抵の場合、夜遅くまでかかることが多く、条件の三つ目である日没までの時間帯に喫茶店で過ごすことが、平日だと難しいのだ。
また、喫茶店は日曜日と月曜日が定休日であり、必然的にバスケ部所属であるリョータが噂の条件を満たすには、土曜の部活の後しかなくなるのだ。

──チリンチリン。
リョータが喫茶店のドアを開けるなり、ドアに着けられたベルが鳴った。
中は、一般的な古めかしい喫茶店だった。
リョータ自身、通学路の途中に見かけていたこの店に入るのは初めてだった。
周りを見ると、テーブル席のそれぞれには、十二星座のイラストの描かれたルーレット式おみくじ機が置いてある。
奥の席には、インベーダーゲームも出来るらしいゲーム席までもあった。
「ん……と」
リョータは入店するなり、辺りを見回した。
何と、海がよく見える窓辺の席は、既に満席状態だった。
その中で、よく見知った人影を発見する。
周囲の席よりも頭一つ分高い真っ赤な頭と、白いシャツを羽織った逞しいガタイ。
リョータはその席に近づいた。
窓辺のテーブル席の一角にずかずかと歩み寄り、着席済みの人物の真正面にどさりと腰を下ろす。
すると、目の前のその人物──桜木花道が、俄かに目を見開いた。

花道は、何かを言おうと口を開きかけて──すぐに思い直したように、口を閉ざした。
そして、テーブルの上に広げていたノートの上に、文字を書きなぐり始めた。

『ナニしてんだよ』

花道の書いたその内容に、リョータもまた鞄の中から真新しい大学ノートと、ペンを取り出した。
そのまま花道の目の前で、ノートにペンを走らせる。

『てめーこそ』

書くと、花道は再び黙ったまま、ペンを手に取った。

『オレは、ハルコさんをこのキッサ店に誘った』

その内容に、リョータは眉を歪め、書き文字で応答した。

『オレも、アヤちゃんを誘った』

花道は、リョータの書いた内容に眉を顰めると、更に文字を書き殴った。

『オレが先にこの席にきたんだから、リョーちんは帰れよ』
『やなこった。てめーこそ、先輩に席を譲れよ』
『オーボーだぞ!!バカリョーちんこ!!』
『バカって言う方がバカなんです~~~』

このようなやり取りを、二人は無言のまま、自分のノートに書いては目の前の相手に見せあっていた。
徐々に二人の視線は剣呑な雰囲気を帯びていく。
喧嘩に慣れ親しんだ者特有の物騒な目線で互いを睨みながら、静かな攻防はなおも続く。

その一方で、夕日は着実に水平線の彼方に沈もうとしていた。

『リョーちんがそこにいるとジャマなんだよ!』
『オレもてめーがそこにいるとジャマ』
『ハルコさんが座れねーから、どけよ』
『てめーこそどけ。アヤちゃん座れねーだろうが』
『やんのかコラ』
『おお?表出ろや』

どんどん二人の筆談内容が物騒になっていく一方で、静寂は保たれたままだ。
そうして、愈々沈みゆく夕日の光を横顔に浴びながら、二人は互いを鋭い目でにらみ合っていた。

其処へ──、

「ごめーん、リョータ! 遅くなって」
「桜木君、ゴメンね? 誘ってくれたのに遅れちゃった」

遂に、二人のそれぞれの想い人である、彩子と晴子が現れた。

リョータと花道は、彼女達の姿を見とめてパァァ、と顔を輝かせた。

が、同時に。

「あ、ちょーど夕日沈んじゃったわね」

彩子の言葉に、窓辺のテーブル席に向かい合って座っていた男達は、一斉に窓の外を見た。
夕日は水平線の向こうに沈み切り、夜の帳が下りようとしていて。

男達は、自分の願望が叶わなかったことを知って脱力し、共にテーブルに突っ伏した。

「ちょっ!? リョータ???」
「桜木くんっ!?」

机に突っ伏した男達は、愛しい女性の声を聞きながら、さめざめと涙を流していた。


*******


「リョーちんが悪い」
「はぁ? てめーのせいだろ」

あれから彩子と晴子も交えて暫くテーブル席でお茶を飲んだ後、四人は帰宅の途に着いた。
彩子と晴子の帰る方向と、リョータと花道の帰る方向は喫茶店を挟んで真逆に当たる。
彼女達と別れた後、とっぷり夜も更けた道を、二人の男はとぼとぼと歩いていた。

何度目かもしれない言い合いをした後に、リョータははぁ、と深い溜息を吐いた。

「まぁ、もーいいわ。どーせお前が居なくても、アヤちゃんはギリ間に合ってねーし。そもそもアヤちゃん、店ん中入って速攻で喋ってたし」
リョータの言葉が指すように、噂を達成するための条件を、彩子とは結局何一つ達成することが出来なかったのだ。
よくよく考えて見ると、そもそもこの噂の出どころだって、怪しいものがある。
元々、お互いを憎からず思っていたカップル未満の二人が居て、その二人がある時意を決して相手を喫茶店に誘って。
その時、内気な二人はろくに会話を出来ず、筆談に頼るしかなくて。
その時丁度たまたま、ロマンティックに夕日が沈んだ。

シチュエーションがたまたま、重なっただけ。
その可能性が充分にあることに、リョータは今更のように気が付いた。
「はぁ……、馬鹿らしー」
脱力したように呟き、リョータは部活用のエナメルバッグを肩に掛け直した。
ふと、横を見る。
気づけば横を歩いていた筈の花道が居らず、リョータは後ろを振り返った。

花道は、何故だか俯いて、その場に立ち尽くしていた。
既に夜も更けた時間帯なので、花道の表情までは見えない。
……花道?」
怪訝そうにリョータが呼びかけると、花道は俄かに顔を上げた。

図体のデカい後輩は、暫しの間逡巡した後、言いづらそうに口を開いた。


「あのよ……、リョーちん」
「あ? ンだよ」
眉を歪めて反応すると、花道の身体がわなわなと震え出した。

「オレと、リョーちんで……。噂の条件、全部クリアしちまってねーか……???」

震えながら搾り出された花道の言葉に、リョータの目が点になる。


『一つ、海がよく見える、窓辺の席に座ること。』
──オレと花道で、窓辺の席に向かい合って座って。

『一つ、入店してからは言葉を発することなく、相手と筆談すること。』
──意地張り合って、言いたいこと全部紙に書いて。

『一つ、相手と見つめ合って、夕日が水平線にかかってから沈むまでの時間を過ごすこと。』
──最後らへん、お互いガンの飛ばし合いしてたか……?? してたな……??????


その事実に、リョータも気づいた途端。

「うわぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?!?!?」

リョータは、叫んだ。
そのまま、脱兎の如く走り出す。
「あ゛?? 待てよ、リョーちん!!!」
「オレ、アヤちゃんとじゃなくて花道と……、こんな、こんなぁ~~~~~~!!!!」
「オレだってハルコさんとじゃなくて、泣きそうだっつーの!!!!!!」

出会って早々に失恋同盟を結んだ二人の男は、ただただ己の身の不遇をかこちながら、夜の街を駆けるのだった。

<終>