鹿
2024-06-29 23:06:47
10061文字
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新選組屯所内傷害事件裁判記録

土斎です(ネタバレ)

うぇぶぼのリクエストで書かせていただきました。ありがとうございました!

「ではこれより、新選組裁判を開廷いたします!」
 沖田総司の声と共に、新選組カルデア屯所に木槌の音がけたたましく鳴り響いた。
 日本の裁判で裁判官が木槌を鳴らすことはないのだが、沖田はせっかく裁判をやるなら絶対にあれを叩きたいと、わざわざ食堂の赤い弓兵に頼んで投影してもらったのである。
「それそんなにカンカン鳴らすもんじゃないんじゃない? ゴングじゃないんだから」
「だまらっしゃい、じゃなかった、被告人は静粛に! この美少女裁判長に氏名と役職を述べなさい!」
 簡易裁判所と言っても、このカルデア屯所はサーヴァントに与えられる個室を改造したよくある畳敷の部屋でしかない。全員車座で、ちゃぶ台の周りに集まっているという格好のつかなさだが、それでも沖田は初めての体験に不必要にテンションが上がっていた。身内しかいないのに被告人の人定質問から始める気合いの入りようである。
「はいはい、斎藤一、職業は新選組三番隊隊長でーす」
 対して被告人の斎藤は不真面目極まりない態度であった。いつものスーツ姿ではなく、若い頃の長髪姿であることも生意気な印象に拍車をかけている。
「なんかいつにも増してヘラヘラじゃありません? まあいいか。それでは山南さん、お願いします」
「はい、沖田裁判長」
 答えたのは新選組総長、山南敬助である。この裁判で検察の立場にあり、そしてこの裁判を行うことを提案した張本人でもあった。
「斎藤くん、答えたくないことがあるなら黙秘する権利もあることは覚えておいてほしい」
「そいつはどーも。心得ておきますね」
 変わらず不遜な態度を取る斎藤に、山南は一つため息をついたが、そのまま被告人への質問に移った。
「被告人、斎藤一は本日午後一時、ここ、新選組カルデア屯所内にて、部屋に入ってきた永倉新八に対し、突如背後から忍び寄りジャーマンスープレックスを仕掛け、一時的に意識を奪うに至った。この起訴内容に相違はないかな?」
「ごっざいませぇーん、すみませんでしたぁー反省してまぁーす」
「おっっっ前はよお! なんっっでそこまで腹立つ態度が取れんだコラァ!」
 あまりの舐めきった振る舞いに、ここまで患部を冷やしながら聞いていた被害者の永倉も、思わず立ち上がり掴み掛かろうとする。
「永倉くん」
 だが検察はそれを手で制した。
「あっすんませ……いやでも斎藤が……
「でもでもじゃないでしょ~新八くんは本当にお子ちゃまでちゅね~」
「オメーにだけは言われたくねえんだよこのクソガキが!!」
 平静を取り戻そうとした永倉を、斎藤が舌を出して煽り、再びあわや乱闘となったところに裁判長のBPM三〇〇越えの木槌の音が鳴り響く。
「はーい静粛にー! 被告も煽るんじゃありませーん!」
「それじゃあ、起訴内容について、何か付け加えることはあるかな……弁護人の土方くん?」
 山南の促す声に、頭に手を当て眉間に皺を寄せていた新選組副長こと土方歳三は、真一文字に結んでいた口をようやく開いた。
「特に無い。斎藤が永倉につっかかんのはいつものことだ。被告が罪を認めてんだし、長々評議する必要もねえだろ。反省文と見回りシフトの追加、酒場への出入り禁止辺りで良いんじゃねえか」
「ええ~厳しい~」
「私闘扱いで切腹じゃねえだけ感謝しろ」
「まあ私闘じゃあねえわな? 一方的な暴力だもんな? もっと悪いわボケ! 土方テメェこいつを甘やかすのも大概にしとけよ⁉︎」
 被告人と弁護人に吠えかかる被害者を、検察はひどく冷静に見つめていた。ややあって話し始めたその顔には、憐れむような笑みさえ浮かんでさえいる。
……なるほど、弁護側の意見はわかった。それでは検察側の立証に移りたいのだけど、構わないかな」
「山南先生ってば真面目ですねえ。立証することなんかないですよ? 馬鹿パチの顔が不意に気に食わなくなってジャーマンスープレックスしただけですし」
「表出ろや斎藤ゴラァ!!」
「永倉くん、君の怒りはもっともだけど、一旦落ち着こうか……斎藤くん、気になっているのは、そのジャーマンスープレックスについてなんだけどね」
 検察の意外な発言に、簡易裁判所内の空気が変わる。全員の注意が自分に向いたことを確認し、山南は穏やかに語り始めた。
「ジャーマンスープレックスとは言うまでもなく、相手の背後から腕を回して腰をホールドし、そのまま背後に反り投げる技だ。つまりこの技をかける際、お互い顔は見えない訳だね」
「そりゃあまあ、気に食わない顔なんざまじまじ見てやる必要ありませんし」
「てめコラッ……
「いいや、斎藤くん。私が気にしているのは『お互い』顔が見えない、というところだよ」
 また乱闘になりかけた雰囲気を察し、山南は発言に被せるように声を張る。思ってもみない方向の指摘に、永倉は思わず検察の方に向き直った。
「私が被害者から得た証言はこうだ。『突然レイシフトの予定がなくなって、屯所で休むことにしようと扉を開けた――直後、部屋の奥から大きな物音が聞こえた。急いで様子を確認しようと奥に向かったところ、急に視界がひっくり返った。腰へのホールドと投げられ方からかろうじてジャーマンスープレックスをかけられているということだけ認識しながら、そのまま意識を失った』……つまり永倉くん、君は自分に技をかけた人間の姿を見てはいないんだね?」
 怒りも忘れて聞いていたところに不意に名前を呼ばれ、永倉の身体はびくりと跳ねる。そして混乱しながらも口を開いた。
……や、山南先生よぉ、まさか、犯人は別にいるなんて言うつもりじゃ……?」
 確かに思い返してみれば、永倉は犯人の姿を見てはいなかった。なぜ山南がわざわざ裁判などをしようと言い出したか。それは明らかにせねばならない事実があるということであろう。しかし――
「でも俺にこんなことすんの、斎藤以外にいなくねえか⁉︎それに俺見たんだよ……
「あーあー! 頭を強く打ったら一周して良くなるかと思ったのに、ぜーんぜん馬鹿っ八のままでやんの!」
「斎藤お前本当いい加減にしろよ!?」
 とうとう永倉がちゃぶ台から身を乗り出して斎藤に掴み掛かろうとしたが、すんでのところで山南が二人の腕をとらえた。
「裁判長! 二人に許可のない発言を慎ませてください!」
 巨大ゴーストだろうが海魔だろうが謎の関節音を立てながら押さえ込む新選組総長の体術を知る隊長たちは、それ以上動くことはかなわなくなる。簡易裁判所に木槌の音が高く鳴り響いた。
「検察の主張を認めます! 次から無許可の発言、席を立とうとする動きがあれば、即三段突きの刑ですので!」
 検察の武力と裁判長の暴力により、裁判所内には一応の秩序がもたらされた。山南は一呼吸の後、ゆったりと永倉に語りかける。
「永倉くん、私は犯人は斎藤くんで間違いないと考えている。けれどね、君が姿を見えない犯人を斎藤くんだと思った理由……それは事件の真相に大いに関係しているはずなんだ。話してくれるかな、部屋に入った直後のことを」
 山南の口調は優しげでありながらも、確かな圧があった。発言の許されない被告人はもとより、この騒ぎに頭を抱え続けている弁護人も、隙あらば木槌を鳴らそうとする裁判長まで押し黙ってしまう。雰囲気に少し怯みつつ、永倉は口を開いた。
「真相つっても大したことは……ほら屯所の奥の方って、休憩スペースだろ? んで、今は端に寄せてあるけど、いつもはここ、衝立あるだろ? それに大体は遮られてたけど、部屋の奥に、斎藤のネクタイと、あと多分スーツの上着かな? 放ってあんのが端から見えてよ。だから俺、ああ斎藤もいるんだな、寝てんのかなって思って……その途端に物音がして、あとはさっき山南先生が言った通りだよ」
……なるほど、ありがとう」
 永倉の証言の間、山南の表情は変わらず温和だったが、答える声は一段重く響いた。
「ここで一つ、考えてみてほしいのだけどね。ネクタイも外してくつろいでいる状態で、不意に誰かを害したくなったとしてだ。音もなく背後に回り込んで技をかけるような面倒なことをしたいと思うかい?」
……いやンなことしたいわけねえよ! こいつの考えてること、昔っからわかんねえ!」
 口の動きだけでばーかばーかと言っている斎藤に気づき、中指を立てながら永倉は答える。一方問いかけた山南は極めて平静に、検証を次の段階に進めようとしていた。
「そう。普通はそんなことはしたくはないはずだ。ならば被告には、そうせざるを得ない、姿を見せられない理由があった。そう考えるのが筋じゃないかな――どうだろう? さっきからずっと黙っている弁護人、兼、第一発見者の土方くん?」
 柔らかな検察の声には、首筋に添えられた刃物のような冷たさがあった。しかし刀を向けられた弁護人の顔に恐怖の感情は見受けられない。
……衝動的な犯行に、そこまで意味を求めたってしょうがねえだろ」
 その表情が示すのはただ、煩わしさとわずかな怒りである。
「衝動的な犯行だからこそ、わざわざ手間のかかる行動をとったことに意味がある。そう考えることもできるんじゃないかな」
 しかし検察も追及を緩めはしない。そしてここまで成り行きを見物していた裁判長に視線を向けた。
「裁判長! 第一発見者に、事件発見時の証言を求めたいのですが、よろしいですか?」
「許可しまーす! さあ土方さん、キリキリ証言お願いしますよ!」
 喧しい木槌の音が鳴り止むのを待って、土方は低い声で話し始めた。
……確かに俺は第一発見者だがな、特に言えることなんざねえよ。気ぃ失ってる永倉を、斎藤が屯所から運び出そうとしてたのを偶然見かけてな。何してんだって聞いたら、どっかその辺で目を覚ましたら夢だったと思うかもしれない、こいつ馬鹿だからとかなんとかのたまってよ。で、話してる最中に永倉が目ぇ覚まして、そのまま大喧嘩に発展して、そうこうしてるうちにお前らも駆けつけて、てめえは埒が開かないっつってとうとう裁判なんか始めやがった」
「ああ、そして付け加えるなら、私と沖田くんがこの部屋に駆けつけたのは、おおよそ午後三時過ぎのことだ」
 うんざりした顔と声で語る土方に、山南はさらに問いを重ねる。
「永倉くんが部屋にやってきて、ジャーマンスープレックスで意識を刈り取られてから、実に二時間も経過している。なぜ被告人は、永倉くんを運び出すまでにそんなに時間を置いたんだろうね?」
「さあな。被害者によれば昼寝の最中だったらしいし、二度寝でもしたんじゃねえか? 被告はうだうだ細けえこと気にするわりに、時々妙に神経が太えからな」
 そう言って土方は斎藤の顔を片手で掴む。両側から頬を押されて不細工な表情にされても、発言を許されていない被告人は憮然とした表情のまま口を尖らせているしかできない。
……弁護人兼証人の見解はわかった。だけど検察は別の可能性を考えている」
 斎藤の方に顔を向けたまま、土方はその発言を聞いていた。表情に変わりはなかったが、手にわずかに力が入ったことが、ますます歪む斎藤の顔から見てとれた。
「普通なら真っ先に考えるはずの犯行の隠蔽行為を、なぜ二時間も経過してから始めたのか? ――なぜなら被告には、それよりもまず、優先させなければならないことがあったんだ」
「手前の言い方、さっきから自分の結論ありきって調子で気に食わねえな。自分で裁判やるっつったんだから、証拠の提示でもしたらどうだ?」
 苛ついたように斎藤の顔から手を離した土方は、山南に向き直る。隊内からも鬼と恐れられた副長の顔に、しかし総長はまるで怯むことはない。
「それはそうだ、申し訳ない。では土方くん――立ち上がってもらえるかな?」
 裁判長も被害者も、検察の意図がわからず弁護人と交互に顔を見比べた。そのことに気づいた検察は、さらに言葉を続ける。
「君が座っている弁護人席のすぐ後ろ、そこはまさに被告がいた休憩スペースだ……そこをどいて、見せてもらいたい」
……何もありゃしねえぞ」
 土方は頭をかきながら、ゆっくりと立ち上がる。押し入れと床の間の前のその一角は、山南の言う通り休憩スペースとして使用される空間である。
 しかし、特別目立つものはない。季節によっては床の間の花瓶に花などを生けることもあるが、時期はずれの今はそれもなく、ただの和室の端でしかない。
「何もねえっつったろ」
 覗き込む沖田と永倉は首を傾げていたが、山南は至極落ち着いていた。
「そうだね。本来ならあるべきものさえない」
 山南は頷き、一歩歩み出る。そして――押入れの襖に手をかけ、開いた。
「布団だよ。ほら、中にしまってあるわけでもない」
「あれ? 本当だ。どこに行っちゃったんでしょう。今日の朝は普通にそこに畳んでありましたよね?」
 土方は後頭部をかきまわしながら、渋い顔で不思議がる沖田と永倉を眺めている。常から仏頂面が多い男であるので、そこから何かを読み取ることは難しい。
――それともう一つ。君の陰になっていてよく見えなかったが、ここの壁、少し凹んでいるだろう?」
 だが昔馴染みの男は、何かを確信した風に検分を続けた。
「永倉くん、君が気を失う前に、何か大きな物音がしたんだったね」
「ああ、何かにぶつけたみてえな……あっ⁉︎ひょっとしてその時の⁉︎」
「いつできた凹みかなんて、これだけじゃわかんねえだろ」
 永倉の言葉に被せるような土方の発言に対して、山南は待ち構えていたかのように返す。
「確かに、この凹みだけではね。でも、この壁にぶつかったものを調べれば、わかるかもしれないよ」
 検察は、弁護人の方向に向き直った。
――それで、土方くん。さっきから妙に頭を押さえているけど、どうしたんだい? ひょっとして、痛むのかな?」
 壁の凹みに注意を向けていた永倉と沖田が土方の方向に振り返った。土方の眉間に刻まれた皺はいつにも増して深く、後頭部に添えられた手は、何かを庇っているようにも見えた。
……隊士がこんな阿呆な騒ぎ起こしてるんじゃ、頭も痛くなるだろ」
「いいや、ちゃんと医務室に行った方が良い。カルデアの医療班は優秀だ。どうしてそんなに痛むのか、どこにぶつけたのかもきっと解明してくれるに違いない」
 土方は首を横に振った。その動きは山南の発言への抗議にも、頭の痛みを誤魔化そうとしているようにも見えた。
「証拠を出せって話なのに、決めつけしか言わねえなお前は」
「君の方こそさっきからろくな反論が無いじゃないか。それに君、被害者を運び出そうとする被告人を目撃する前は、いったいどこで何をしていたんだい?」
「俺が非番に何してようが勝手だろうが」
「そうかい。実は今日、たまたま紫式部さんにお会いしてね。君が探していた本が見つかったから、会ったら伝えてほしいと言伝を頼まれたんだ」
 土方が小さく舌打ちをした。その態度に、山南は自分の仮説に対する確信を得る。
「それで自分の用のついでに君のことを探してみたが、シミュレーションルームや食堂など、君がよく居る場所にはどこにも見つけられなかった。それなら屯所にいるんだろうと思っていたよ。なにせこの新選組カルデア屯所は――本来、君の自室なんだから」
 滔々と語る山南に圧倒されながらも、永倉はようやく状況を認識した。
「へ? 屯所にって、いやでも俺がここに来た時には……あ゛? 衝立の向こうにいたのか⁉︎」
「ええっと、その時の休憩スペースには犯人の斎藤さんもいて、犯行の直前の物音は土方さんが休憩スペースの壁に頭をぶつけた音で――つまり土方さん、犯行時に斎藤さんと一緒に……?」
「検察はそう考えています、裁判長。弁護人からの反論があるなら聞こうと思っていたのですが――どうやら、それもないようだ」
 土方は深く息を吐き、ちらりと斎藤に視線を向けた。しかし発言の許されない斎藤はただ俯くばかりである。普段より長い髪に隠れて、表情は窺えない。
 土方はそれ以上斎藤に何を言おうともしなかった。代わって山南が下を向く斎藤に語りかける。
「そもそも、私がこの部屋に来て話を聞こうとした時も、この裁判が始まった時も、君の態度はおかしいと思っていたんだ、斎藤くん。妙に浮ついて横柄で、わざわざ心証を悪くしているみたいだった」
「え? 斎藤こいついつもこんなもんじゃねえか?」
「いやいや、そこまで態度酷いのは永倉さん相手だけですよ。斎藤さん、わりと猫被りですもん」
「おいコラ斎藤テメェコラ」
 やいのやいのと騒ぐ周囲から心を閉ざしたかのように、斎藤は押し黙ったままだった。
「だから思ったんだよ、君は一刻も早く処分されたかったんじゃないか? 君には、傷害の罪以上に、掘り起こされたくない事実がある――
「フン、つまり手前は、罰を与えるためでなく、人の秘密をほじくり返すためにこんな真似してんのか。親切者らしくもねえ」
 土方の嫌味に、山南は僅かに目を伏せた。
「そっとしておけるものなら、しておいてあげたかったよ。私もね――――裁判長!」
 水を向けられた裁判長は、背筋を伸ばして聞く体勢を取る。一方被害者は困惑しきってキョロキョロと視線をさまよわせた。弁護人は腕を組んでそっぽを向き、被告は相変わらず微動だにしない。
 そして、検察最後の陳述が始まった。
 
「検察の考える事件の経緯はこうです。被告人は休憩スペースで弁護人と一緒にいました。そこに今日は一日レイシフトで外出しているはずの永倉くんが突然戻ってきた。しかしその時の二人は『のっぴきならない状態』にあり――そのため被告人は咄嗟に弁護人を突き飛ばしてでも、迅速に、そして姿を見られることなく永倉くんの意識を奪おうとした。これがわざわざ難易度の高いジャーマンスープレックスを選択した理由です」
……のっぴきならない、とは?」
「決して永倉くんに見られるわけにはいかないこと、そして――犯行そのものの隠蔽よりもまず、布団の処分を優先させなければならないことです」
 その返答に、沖田の凛々しい眉が大きく歪んだ。
……はああ~~~~……
「えっと……つまり……なんだ?」
 突然大きなため息をついた沖田に永倉は困惑するが、沖田は呆れたような視線を被告と弁護人に送るばかりで何も言わない。
 そんな永倉の反応に、力強く論じていた検察は少し困った表情になり、一つ咳払いをした。先ほどとは打って変わって、補習を受ける生徒に根気よく付き合う教師のような声で語りかける。
……そういえば永倉くんは、『ネクタイと上着が放ってあるのが見えた』とも言っていたね?」
「? ああ、確かに見たぜ?」
 山南の出した助け舟に、しかし永倉は乗り方を理解できていなかった。
「では今の斎藤くんの姿を見てみようか。髪の長かった頃の姿だろう? この髪型の時、ネクタイはしているかな?」
……そういやしてねえな? 和装だし。なんで再臨変わってんだ?」
「永倉くん、君は疲れたりすると、歳をとった時の姿になるよね?」
 永倉は頷くが、山南の乗せようとしている舟がどこに行き着くのか、さっぱりわからないままでいる。
「第一臨、カルデアに召喚された最初の姿は、最も現界にかかる負担が少ない姿だと言われている。もっとも、普段は気にするほどの差ではないけどね。とっさの時は君のように姿に現れてしまうこともあるだろう」
「はあ……
「そして逆に言えば、多くの素材を消費してようやく取れるようになるはずの第三臨の姿にうっかりなってしまう状況があるとすれば、その時彼は多くの力を得ている状態だということだね?」
「そう……だな……?」
「そしてサーヴァントにとっての力とは、魔力のことだ。平時のカルデア電力由来のもの以外に、何か魔力の供給があった……そういうことなんだよ」
…………悪ぃ、先生、どういうことだ?」
 その時、首を捻り続ける永倉の目を覚まさせるような、甲高い木の音が鳴り響いた。
「あーもうじれったい! 粘膜接触ですよ!」
 業を煮やした裁判長は、立場も忘れて幾度も木槌を叩き声を張り上げる。
「つまり! 土方さんと斎藤さんは! 服ほっぽって布団を汚すような組んず解れつしてたんですよ!! 清純派美少女に何説明させるんですか!!」
 サーヴァントには、聖杯戦争をつつがなく進行させるため、聖杯から知識が与えられる。沖田の口にした非常時における魔力供給手段となる粘膜接触――平たく言えば性行為セックスについての情報も、細大漏らさず、永倉の頭に直接流し込まれた。
……は? お、おま、おまえら、そ、そういう……? え、いつから……?」
 永倉の顔はみるみるうちに赤くなった。
斎藤こいつが召喚されて半年くらいだな」
「いや! 詳しい時期を知りてえとかじゃねえよ!」
 永倉の思考は混迷を極めていた。昔馴染み同士がそんな仲になっていたというだけでも飲み込み難いというのに、自分以外は叱りはしても、信じられないという顔はしていないのだ。
「はーやだやだ真っ昼間から屯所で組んず解れつとか。これが新選組副長と三番隊隊長だなんて、情けなくて涙が出てきます」
「ここは俺の部屋でもあんだぞ、非番の日に情人と組んず解れつして何が悪ぃんだよ」
「君たちが節度を持ったお付き合いをしているなら、私だって何も言うつもりはなかったのに……コソコソとやましい行為に耽るばかりか、永倉くんに危害を加えるなんて……
「うるせぇぞ山南ィ! テメェさては最初っから俺への説教が目的だな⁉︎俺だって斎藤こいつに突き飛ばされて気絶してなきゃ止めてたんだよ!」
 ひょっとして、自分以外は薄々勘付いていたとでも言うのだろうか? 永倉は孤独感から、いっそ助けを求めるような気持ちで、黙りこくる斎藤に目を向ける。
 斎藤の身体は小刻みに震え出し、長い髪からわずかに覗く耳は、真っ赤になっていた。
「第一、俺にゃやましいことなんか一つもねぇんだ! それこそ山南テメェが召喚されたあたりで話してもいいんじゃねえのかっつったのに、こいつときたら聞かれてもないのに言うなんて浮かれてるみたいで恥ずかしいだのなんだのうだうだと」
「昼間から布団ぐちゃぐちゃにするような粘膜接触しといてよく言いますね⁉︎ていうか、するんならするで斎藤さんの部屋でやってれば良かったでしょう!」
「それは私も気になっていた。隊士は全員出入りできる君の自室よりよほど都合が良いだろうに」
「いやこいつ『普段みんながいるところでこんなことをしている』ってシチュエーションに燃える質で……
「あ゛あ゛あああぁっっっっっっ――――――――――!!」
 とうとう斎藤の羞恥は限界に達し、濁った叫びをあげながら腕を振り上げ土方に突進した。突き出さした腕を土方の首に叩きつけると、身長のわりに細身の土方の身体はその勢いに抵抗できずに浮き上がる。
「う゛お゛あう゛ぁっっっっ!!」
 最早人間の言語を話せなくなった斎藤は、突進の推進力のまま土方の首にかけた腕を振り下ろす。咄嗟のとこで受け身も取れずに畳に叩きつけられることになった土方は、そのまま本日2回目の気絶をした。
 しかし、狂を発した被告の乱暴に、法廷の秩序暴力は容赦をしなかった。
「即三段突きの刑だって言ったでしょうが!!」
 そう言うよりも速く一歩を踏み込み、その一歩の間に三度の突きを放つ、沖田総司必殺の魔剣が斎藤を襲う。握っているのは刀ではなく木槌であったが、それでも狂乱した被告一人吹き飛ばすには十分に過ぎた。
 そして吹き飛ばされた先にいたのは……神妙な表情の、検察であった。
……斎藤くん、残念だよ」
 吹き飛んできた七十七キロの身体を勢いを殺しながら捉え、素早く首に腕を回してホールドする。いわゆる裸締め、チョークスリーパーの体勢である。
……!」
 頸動脈を押さえられた斎藤は、そのまま締め上げられ意識を失った。
 そうして、簡易裁判所屯所に、静寂が訪れる。
 
 被告と弁護人は倒れ、検察は二人の死体(気絶)に向かって手を合わせ、被害者は事態に全くついていけない心的負担から、老人の姿に成り果てて呆然としていた。
 そんな事件の顛末を見渡して、裁判長は高らかに声を上げた。
……えー、というわけで、今回の新選組裁判は、検察側のKO勝ちとなりました! これにて閉廷です!!」
 沖田は宣言とともに手にした木槌を幾度も振り下ろす。裁判のKO勝ちとは一体なんなのか、被害者の発した当然の疑問は、けたたましい木槌ゴングの音に紛れて霞んでいった。