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4108文字
Public まほやく
 

You Make Me a Fool (For Love)(フォ学オーカイ)

付き合ってる二人の未読スルーをめぐる攻防。

 明日はデートなのに、待ち合わせ場所が決まらない。オーエンからの返信が無いからだ。音楽仲間とファミレスで夕食をとり、ドリンクバーで粘っているあいだにも、返信は無かった。帰宅してシャワーを浴び、髪を乾かし終えても、返信は無い。そもそも既読すら付いていない。
 カインはアプリの画面を見つめながら考える。送ったメッセージの文面がよくなかっただろうか――『明日のデート、何時にどこ集合?』。「僕に丸投げするな」と怒られそうだ。それともデートという言い回しがよくなかっただろうか。二人で出かけるときに行き先の希望を出すのは大抵カインで、それも大抵SNSで話題になりつつあるデートスポットなので、オーエンにしてみれば「苦痛だけど、ぼっちのインフルエンサー様なんて哀れすぎるから、つきあってやってる」らしい。
 つらつら考えてはみるけれど、答えが見つかるとは思っていない。それなりの時間を一緒に過ごしてきたから、舌のよく回るオーエンの語る理由というのが実は屁理屈で、結局は気分次第であることを知っている。その気分というのも、できれば尊重してやりたいとは思う。
 けれど、そろそろ眠りたい。くあ、とあくびをする。昨晩、曲のミキシングがなかなか終えられなくて夜更かしをしてしまった。いい加減、待ち合わせの場所と時間を決めなければ、アラームをセットできない。いつものように朝五時に起きたっていいけれど、睡眠不足の状態で恋人に会うのも、もったいない。
 仕方がない、と頷く。こういうときのための奥の手がある。あまり頻繁に使っては効果が薄れるから、極力やりたくなかったけれど。
 カインは、クローゼットの中身をひっくり返し始めた。



 スマートフォンのバイブレーションが短く机を揺らして、オーエンはラップトップから視線を移した。バックライトに浮かび上がるのは、カインからのメッセージ通知だ。メッセージは開かずに、内容だけ確認する。『おーい』『結局、明日どうするんだ?』――そろそろ返信してもいい頃合だろうか。いや、カインがベッドに入る時間までは、まだあるはず。もう少し待たせても――思いあぐねて、無意識に爪の先で通知ダイアログをひっかく。体温を検知せず、やがてロック画面は暗くなる。
 計算、プライド、悪戯心、ひそかな反撃。あるいは、そのすべて? オーエンには自分の行動の理由がわからない。いつも、そうだ。
 また、ブブ、と短い振動。『明日、これ付けてこうかな?』――直後に通知に表示されたのは、「一件の写真」という文字列だ。オーエンは反射的にダイアログをタップしてしまう。アプリが立ち上がるまでの一瞬で我に返り、大きな舌打ちをした。

『お、既読ついた』

 ブ、とスマートフォンが震えて、カインのバルーンが表示される。それにもきっとすぐに既読のマークが付いたことだろう。カインの嬉しそうな顔が目に浮かんで、悔しい。
 送られてきた自撮り写真の中では、カインが動物の耳のついたカチューシャをつけてポーズを取っていた。垂れた長めの耳は、ウサギだろうか。それにしては色がおかしい。大方、コラボイベントがあるとかで明日一緒に行く予定の、テーマパークのキャラクターだろう。片手を軽く丸めて前に出したポーズは、猫が手招きしているようだった。

『十時に駅前で』

 素っ気なくそれだけ返信して、放り出すようにスマートフォンを置く。画面が消えるまで、目はどうしようもなく写真を見つめてしまう。少し上目遣いに写る、計算され尽くした角度。そのくせ、やや恥じらうように染まった頬。甘く整ってはいるけれど、決して中性的なところはない、凛々しい容貌のすぐ上に獣の耳が生えているギャップ。似合っている、と思うと腹が立ってきた。またスマートフォンが震えて、オーエンも一緒に小さく震える。

『カチューシャにコメントくれよ』

 文末に涙をこぼす顔の絵文字がついている。オーエンは口角をあげた。扱い慣れた楽器を奏でるように、白い指先でディスプレイをタップする。

『ウサギ? 猫?』
『犬だよ! かなり人気あるキャラだけど、知らないのか?』
『知らない。ウマかシカのキャラクターはいないの?』
『見たことないな。おまえ、馬とか好きだっけ?』

 ほんの少しの間のあと、意図に気づいたらしい『おい』という一言が追加で送られてきた。オーエンは笑ってスマートフォンを置いた。そろそろ自分も寝支度をしようと立ち上がろうとしたとき、ふたたびバイブレーションが耳に届いた。「一件の写真」。



 会心の一枚に満足して、アラームをセットし、布団をかぶろうとする。すると、滅多に聞かない着信音が流れてきた。通話の着信音だ。何か緊急の用かと、すぐそばのスマートフォンに手を伸ばして確かめればいいだけなのに、思わず飛び起きる。画面にはオーエンのアイコンが表示されている――オーエンのアイコンといってもアプリのデフォルトアイコンなのだが、カインの友人に、ほかにデフォルトアイコンのままにしている人物はいないので、カインの中ではオーエンのアイコンとして認識されている。少しだけ緊張の度合いを緩めて、受話ボタンを押した。

「どうした?」

 聞こえてきた声は、地を這うように低かった。

「今すぐ消せ」
「え、さっきの写真か?」

 そうだよ、とオーエンが食い気味に認める。別に写真を褒めてくれると期待していたわけじゃないけれど、カインは混乱する――期待していたわけじゃないけれど、ほんの少しだけ心が沈む。

「なんで? 最初のよりかわいいだろ、こないだリケから教えてもらったポーズを参考に――
「だからだよ。僕にこんな写真を送ってくるなんて、誰かに知られたら疑われるだろ」

 お、今かわいいって認めたな? 浮き立つ思考は頭の片隅に追いやる。オーエンはどうやら心配してくれているらしく、そんなときに話を聞かなかったら大変なことになる。

「こんな写真って言っても、別に変な写真じゃないだろ?」

 一枚目の写真に対する反応がかんばしくなかったので、対抗心が出てしまった。セルフタイマーをセットして両手が空くようにし、少しでも犬らしく見えるように膝立ちになって、顎の下に丸めた両手を添え――ダンス動画の振りでそう決まっているならともかく、静止画でかわいいポーズを取るなんてめったにやらないから、恥ずかしくはあったけれど。あくまで普通の写真の範疇のはずだ。
 オーエンは、すぐに答えなかった。ややあって、「……本気で言ってるの?」と尋ねられた。苛立ちに、わずかな呆れのまぶされた声音だった。

「露出とかもないし、それで言ったら前に海で撮った写真のほうが……
「その写真も僕は消せって言った」

 言ったというか、連投していた。それをきっかけにコメント常連とのレスバが勃発していたので覚えている。
 オーエンは、そうじゃなくて、とカインの意識を引き戻した。

「おまえは寝間着姿をSNSにあげるの? あげないだろ?」

 ただの友だちのはずの僕に、友だちには見せないような姿を送っているのが問題。そういうことだよ、と言う。でも、とカインは言い募る。不貞腐れたような声になった。

……別に、おまえしか見ないんだからいいだろ」
「アカウントを乗っ取られることもある」
「考えすぎじゃないか?」
「考えすぎじゃない。そうやって何人もの人生を破滅させてきた」
「させてきた?」
「破滅するのを見てきた」

 被せるように言い直した。いつも淀みなく話すのに、言い間違えなんて珍しいなと思う。オーエンは、沈黙を埋めるような早口で続ける。

「おまえは125万人フォロワーがいるインフルエンサーなんだよ。残念ながら、その自覚がないみたいだけど。おまえみたいなのを広告塔にしているクライアントがかわいそう。プロ意識のかけらも――

 長くなりそうだった。スマートフォンを耳から離し、スピーカーにしないまま、送信したメッセージを削除する。念には念を入れて、元の写真も、端末と、端末と同期しているクラウドストレージから削除しておいた。渋々、という気持ちだった。ここまでする必要はあるんだろうか? ――ただの友だちじゃないと、バレたらいけない?
 スマートフォンを耳に戻すと、ちょうどオーエンが小言を終えたところだった。「消したよ」と言うと、オーエンは「そう」と応えて、鼻を鳴らした。たぶん、満足げに片方の口角を上げていることだろう。

「別に俺はバレてもいいんだけどな、俺たちの関係」

 正直に伝えてみる。ちょっとだけ声が小さくなってしまったのが嫌だった。短い沈黙のあと、「は、」と笑ったらしい吐息だけが耳に届いた。それがどんな笑いなのかは、わからなかった。嘲笑かもしれない。カインは首を振って、わざと明るい声で言った。

「心配してくれて、ありがとな!」
「おまえのメディアリテラシーの低さにはびっくりだよ」
「いや、さすがにこんなことめったにしないけど……

 嫌なら早く返信してくれよ、という言葉は飲み込む。返信せずにはいられないような写真を送るというのは、未読スルーをされたときの奥の手だ。まだ切り札は取っておきたい。

「あの写真、うまく撮れてたから、ちょっともったいないけどな。パジャマ姿じゃなきゃ、いろんな人に見せられたのに」

 そう言うと、オーエンは「ふふ」と笑い出した。

「寝間着も問題だけどね……ほんとうにわかってないんだ。あの写真のおまえ、僕にしか見せないような表情してたよ」

 言葉の内容よりも、声の温度にどきりとした。あたたかい、いとおしむような声だった。犬や猫を撫でているときに油断したオーエンが見せる、やわらかい表情が脳裏に浮かんだ。

「僕は、あんな写真なんてなくたっていい。明日、直接見ればいいんだから」

 無意識に熱くなった頬を撫でる。その言葉の意味を考えて、今夜は眠れなさそうだった。明日は二人とも寝不足だろうか。そうならいい。