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mishiadd
2024-06-28 01:26:40
6519文字
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宮本伊織に人生をメチャメチャにされたいコレクション:ヘーラーを嘲笑う
趙雲殿をほめそやす伊織殿に感情がメチャメチャになっているセイバーの痩せ我慢ヅラを拝みにいこう(ついでに宗矩殿も見にいこう)
――
まあ、誘ったのは自分だ。
新参者の『逸れ』相手にイオリが珍しく舞い上がっていたので、傍から様子を窺っていた。どうやら、愛読書に出てくる登場人物であるようで
――
聞く限り、それはアーチャーも同様であるらしいのだが、まあそれはそれだ
――
恐らくは、子供の頃より慣れ親しんだ憧れの
英雄
ヒーロー
、という感覚に近いのだろう。彼にとっての『乗り越えるべき相手』、というよりは、もはやその手の届かぬ、手放しで称賛すべき遠い星のような存在。
まるで童のようにはしゃぐマスターが珍しく、微笑ましくなかったといえば嘘になる。いつもの辛気臭い表情が鳴りをひそめて
――
彼が仔豚に変じたときと同じように、普段は抑制されている彼の感情が溢れ出てしまっているのがわかる。珍しく饒舌で、ことあるごとに話しかけては惜しげない賛美の言葉を浴びせかけ、キラキラした目で見つめながらいちいち感嘆している。
――
まあ、少し「愛いな」と思ってしまった。
マスターが喜んでいるのはいいことだ。マスターの精神が健康で前向きであれば、それだけ儀の進行にも有利に働くし。だから、そんなにこの『チョーウン』が好きなのなら、いつものように友諠を結んで傍にいてもらえばいいと思った。普段彼がほいほいと考えなしに縁を結んでいる逸れに比べたら余程まともそうだし。マスターの機嫌がいいのはいいことだ。なんだか
――
うん、素直でほわほわしてて愛いし。いつもこうだといいな、と思ったのだ。
あれだけひっきりなしに話しかけていたくせに、いざとなったら物怖じしたのかなんなのかイオリが黙りこくってしまいそうだったので、私がチョーウンに声をかけた。「我らと一緒にこないか」と。しばしの会話ののち快諾してもらい、イオリも嬉しそうだったので、「うむうむ」と我ながらマスター思いの機転に心中で自画自賛などしていたのだ。これでイオリも機嫌がよく、ついでに追加戦力まで確保できた。
――
まあ、私がいる限り『逸れ』による追加の戦力というのは、ほとんどおまけ程度のものなのだが。
――
なのでまあ。誰かを責めるとするならば、それは私自身、ということになるのかもしれない。
◆
「やはり趙雲殿の槍捌きは闇夜を切り裂く閃光のようだ。まるで当人の人となりを顕しているようだ」
そう感嘆し、イオリが「ほう」とうっとりした溜息をつく。「そうだな」といらえを返し、鯵の干物を箸でつつく。
「そしてあの騎乗の腕前。迫りくる曹操軍の合間を単騎で駆け抜ける姿が目に浮かぶようだ。本当に、この目で拝めて光栄だ」
「ああ。
――
そうだな」
ばちん、と箸の先端が鯵の表面を滑り、皿に当たって大きな音を立てる。しまったな、と私が思うも、イオリにはそれすら聞こえていないようだった。
「趙雲殿とこうして友諠を結べて
――
共に戦えて心から光栄だ。隣に立てるなど、こんなに得難いことはない」
「そう
――
」
がちん、と今度こそ皿が真っ二つに割れそうな勢いで、箸の先が皿を叩く。
――
私の口の端が、震えながら歪む。
「イオリ。あまりこういうことは言いたくはないのだが、そもそもきみはこの儀が始まって以来ずっと『ヤマ
――
」
「これもすべて、おまえのおかげだ、セイバー。よくあのとき声をかけてくれた」
「
……
あ、ああ」
――
トタケル』の隣に立っているのだが。
そんな、恥も外聞も、己のなけなしの矜持すらもすっかり失したような言葉を思わず飲み込んだ。そもそも彼に私の真名を告げていないのは私だ。とはいえ、イオリは聡いし博識だ。実際、かつて日ノ本にいたという剣聖の名もつらつらとそらんじていたし、こうしてチョーウンやアーチャーの逸話にも精通している。それに、なにやらウブメとかいう怪異のことも知っていたし。つまり、何が言いたいかというと
――
イオリは、とっくに私の真名にアタリをつけている。私に宝具解放を許可したときの言の葉がいい証拠だ。
――
にもかかわらず、
コレ
、か?
と言いたいのをぐっと堪えて、めりめりと表情筋を軋ませるようにして無理やりに笑顔を浮かべた。
「確かに、チョーウンは強い。それに、ヤギュウやイブキよりは余程信が置けるしな」
「ああ。身のこなしも見事だ。あのような武芸の達人は、なかなか類を見ないだろう」
また、カツン、と箸が皿に当たる。ちりちりと、胸のあたりに不快な感覚を覚える。腹の底に、何やら重いものが落ち込んでくるような。
――
これ以上聞いていたくない、と反射的に思う。
「趙雲殿は」
「イオリ」
思わず遮る。「ん?」とイオリが私を見た。特に言うべき言葉が見つからず、ただ縋るようにイオリの顔を見返す。
一切なんの見当もついていないような顔で、イオリがきょとんとしてこちらを見ている。
その、一切悪気も自覚も感じられない顔に、私ばかりが焦燥を募らせている自覚をする。それは
――
私としては、目を逸らしたい
恥ずべき
事実だった。
己のなけなしの矜持を守るため、ぐ、とあらゆる言葉と感情を飲み込んで、私は努めて笑顔で言った。
「
――
その、よかった。きみがそれ程までに喜ぶのならば。
……
もっとたくさん、私に感謝してくれてもいいのだぞ?」
「ああ、しているよ。かたじけない、セイバー」
にっこりと無垢な童のような笑みを浮かべて、膳越しに頭を下げる。
――
きみのそんな顔、私は初めて見たんじゃないか?
じりじりと胸の不快感が増す。いてもたってもいられなかったが、そう当人に告げるわけにもいかない。もっとも、何を告げるべきかもわからない。この男に
理解
できると思えない。
であるならば、やはり私は感情のすべてを飲み込んで、ただコメを掻き込むしかできないのだ。
◆
朝餉を終え、イオリが鍛錬のために長屋の外に出ていく。心なしか意味もなく機嫌がいいのがなんとなく癪に障る。
――
「マスターの機嫌がいいのはいいことだ」などと思って、この状況を作り出した筈なのに。いざなってみれば、イオリの機嫌と引き換えに私の機嫌がひどく悪い。
ふーう、と畳の上に仰向けになって寝転がる。天井の梁をなんとはなしに眺めていると、ひとり分の気配が長屋の中に急に立ち顕れるのを感じた。またぞろ不快になる予感がしたが捨て置く。のそり、と上から顔を覗き込まれた。
「
……
ヤギュウ」
「これはこれは、いつも天真爛漫な愛らしい獣がご機嫌斜めのよう。珍しいこともあったもの」
ゆったりと柔らかな口調で言い、ヤギュウが身を起こす。畳の縁に腰かけた。
「イオリなら外だぞ。
――
きみが私に用なんてないだろう」
「おやおや。常ならば私と伊織殿をふたりきりになど決してしない貴殿がかようなことを。これはいよいよ何かあったかな?」
どうせ霊体化でもしてそこで見ていたくせに。その上でわざわざ
――
普段なら見向きもしない
――
私に声をかけてくるのだから、これはもう、あれだ。
面白がっているに決まっている
。
「
……
きみに話すことなどない」
そう早口で告げて、ぷい、と畳の上で首を背けると、視界の外でふふと穏やかな笑い声がした。はーあ、と長い笑い声の余韻がたなびく。
「いっそのこと正直に言ってしまう、というのは?」
一足飛びでそのようなことを言う。やはり見ていたな。それに
――
傍から見ていて私の焦燥はそれ程までにわかりやすかったかと、思い知らされる。
かああ、と頬が熱くなるのを自覚しながら、歯噛みするように口許が歪んだ。よりによってヤギュウに
――
という思いと同時に、「
ヤギュウならば
、」という思いが芽生える。
身を起こして、ヤギュウに問いかけた。
「きみは、平気なのか」
「
――
とは?」
「イオリが
――
イオリが、あんなふうに」
うん、と柔和な笑みを浮かべたヤギュウが先を促す。ぐっと一瞬言葉に詰まったが、観念して言の葉にした。
「私もきみもいっぱしの英霊だ。私は
――
きみには言えないが、この日ノ本でも名のある英霊である自負がある。きみだって
――
イオリの話によれば、随分名のある英霊のようじゃないか。特に剣士であるイオリにとっては」
「拙者は『もしも』の存在ではあるから、そのものというわけではないがね」
「だとしてもきっと大筋は変わらない。
……
だというのに、なんなのだ、イオリのやつ」
ああもうだめだ。よりにもよってこの感情を吐露する相手がヤギュウだとは。
そう思いつつも、一度口に出してしまったらもう止められなかった。
「まるで『あんな英霊には初めて出逢った』とでも言うようじゃないか。あんなに
強い
、あんなに
立派な
、あのように
仰ぎ見るべき
英霊には。
――
私は、ずっとイオリの隣にいるのだぞ。そもそも、私の剣のことだってちょいちょい褒めていたくせに。まるでそんなことはすべて忘れてしまったかのようじゃないか」
「ほう」
「あんなに私の剣技を美しいと言ったのに。私がイオリの身のこなしを褒めたら、『お褒めに預かり光栄だ』と喜んだのに。
――
私にはあんな顔をして、あんなに興奮して私の話をしてくれたことはないのに」
もったいぶって真名を告げていない
てい
になっているのだ、イオリが面と向かって私に私の逸話の話などできるわけがない。
私だって、生前の私の生き方に誇りを抱けているのかと問われれば決して頷けない。きっと、イオリにあのように語られたところで苦い思いをするだけだ。イオリには
――
彼には、血にまみれた私の名ではなく、彼に出逢って新しく得た『セイバー』という名を呼んでほしい。
だから、これはすべて理不尽な私の我儘だ。
――
だったとしても。だったとしてもだ。
「
……
なんでチョーウンばっかり」
はっはっは、とヤギュウが鷹揚な笑い声をあげた。
「なんと素直で愛らしい言の葉であることか。伊織殿にそのまま告げてみればよい、と拙者などは思うがね」
「言えるかこんなこと。
――
みっともないし、恥ずかしいではないか」
「『みっともなくて恥ずかしい』ことは『愛らしい』。
――
と、いう見方もできようぞ」
とはいえ、とヤギュウが笑う。
「無論、無理強いはすまい。貴殿は、伊織殿の前で愛らしくいたいわけではなかろうから」
「
……
かっこつけていると言いたいのか」
「頼もしくいたいのだと思っていたが、違ったかな」
――
本性が人として狂っているくせに、まるでまともな
人
のような口振りで話すのだ、この英霊は。
ぎりぎりと奥歯を噛みしめながら、「そうだ」と意趣返しのつもりで問うた。
「まだ答えてもらっていない。きみは、平気なのか」
「ああ」
特に焦った様子もなく、ゆったりと首を回す。鷹揚に、あっさりと言った。
「それもまた、よい」
「
――
は?」
「この、胸に焦がれる想い、ちくちくとした焦燥。
――
あの『鬼』に感情を揺さぶられるのもまた、一興というもの」
「はああ
……
?」
呆れ返って聞き返す。
「きみ、イオリの
剣
が好きなのだと思っていたが」
「さよう。
――
が、かの者の人となりもよい。あのような『
鞘
』にあのような『
刀
』が納まっているさまがまたよい。
拙者が『よい』と思ったものに心身を振り回されるは、実に愉快」
「はあ
……
」
「それに」
ふ、となにか重大な秘密を開示するかのような意味ありげな顔で、ヤギュウが微笑んだ。
「拙者とかの者は
死合った
。かの者がそれを望んだ。
――
であれば、それに比すれば
このようなもの
、取るに足らぬ児戯に過ぎぬよ。
――
情事に例えれば、そうさな、ほんの
余興
すぱいす
に過ぎぬ」
「
――
……
」
「だから」
ヤギュウが、色気のある目尻で目配せをする。
「貴殿
も
、なにを案ずるようなことではないのだよ」
――
その真意を汲み取れぬまま、私はただ首を傾げる。
◆
夕餉の膳を囲みながら、イオリがまたぞろ口を開いては『チョーウン』の名を連呼する。
――
ヤギュウに触発されたというわけでは、決してないのだが。
「
――
イオリ。
……
イオリは、チョーウンの武芸が一番好きなのか?」
「どうした? 藪から棒に」
藪から棒、であるものかよ。
内心不貞腐れながら繰り返す。
「きみはずっと、チョーウンの話ばかりしている。
――
それ程までに、感銘を受けたのかと」
「感銘
……
」
くるりと目線を巡らせる表情がひどく幼く見えた。童心にかえっているのか、なんだかこのところのイオリは、ひどく幼く見える。
「イオリは
――
チョーウンと一番、手合わせをしてみたいのかと」
「
――
は?」
「チョーウンとさえできれば、他は要らないのかと」
思って。
――
などと嘯きながら、我知らず唇を尖らせる。わかっている。自覚はある。これはもう
――
私はもう、明確に『拗ねて』いる。
ああもう、認めてやろうではないか。そうだ、私は拗ねている。イオリがまるで、私との出逢いは特別ではなかったかのように扱うから。
彼にとっての初めての英霊は私なのに。私の『力』には怒ったり窘めたり禁じたりするばかりで、ちっとも誉めそやしたりなどしてくれなかったくせに。
この名を振りかざしたことなどついぞないし、いまだにこの真名を思えば哀しみと自責で目の前が真っ暗になり胸が圧し潰されそうになる。それでも。それでもだ。そんなにも手放しではしゃぐきみを見て、思わずにはいられない。
――
私は、『ヤマトタケル』だぞ!
ぶちぶちと零しながら目を逸らす。そこに、イオリがもう一度、「は?」と繰り返したようだった。
――
なんだか予想していなかった声音に、思わず視線を彼に戻す。
ついさっきまで『幼い』と思っていた顔から、ほわほわとした柔らかい雰囲気が消えていた。
「
――
『他は要らない』、というのは?」
「え? いや」
「無論、趙雲殿ともいずれ死合えればそれは嬉しい。
――
だが、『他は要らない』、というのは?」
目許に長い前髪の陰が深く落ち、わずかに覗いた月夜の色の瞳が爛々とぎらついている。
――
まるで剥き出しの、抜き身の刀のような。
冴え冴えと冷え切った剣呑な声音に、認めたくないことだが
――
この私が、わずかにでもぎくりとする。
「なんだ、セイバー。その言い方は。
――
俺が頼みさえすれば、まるで
おまえが俺と死合ってくれる
気でもあったかのようじゃないか?」
「
……
え」
「思ってもいないことを言ってはいけない、セイバー。そういう思わせぶりなことをいたずらに口にして、相手の感情を惑わすのは」
苛立ちと怒りを露わにしたイオリがそう静かに言い放ち、私から目を逸らす。まるでここ連日の私のように、カツカツと音を立てながらヒラメの干物を箸でつつく。
彼の
――
もっとも根本的な、その本性がもっとも渇望し、狂おしい程に求め、それでも与えられないとわかっている故の苛立ち。
――
それを目の前でちらつかされたことに対する、波立ち広がる彼の感情の波紋。
きっと、彼の『欲望』の前には
――
この『名』すらもが、なんの意味も為していない。
――
意味など、ないのだ。
ただ、ただここにいる、
この私
セイバー
のみを、見ている。見つめている。
欲して
いる。
――
その目で。
その上で
、
我慢してくれているのだ
。
「
――
悪かった」
心から、そう告げた。きっとこれは、私が悪い。
――
全面的に。
気付かなかった私が悪い。汲み取ってやれなかった私が悪い。その上で、
くだらぬ
ものを欲した私が、一番悪い。
――
この
『
目
』
より
、
望めるものなどきっとない
。
ないのだ。
「悪かった。もう言わない」
「そうしてくれ。気分が悪い」
「悪かったよ」
彼の欲するものは与えてやれない。それは彼にとっても私にとっても破滅を意味する。
――
それに、私は彼のその衝動には共鳴できない。やはり私は、彼とは違うのだ。ヤギュウのようにはしてやれない。
それでも
――
ヤギュウの言葉の真意くらいは、理解できたつもりだ。
ヒラメの干物を丁寧に箸先でほぐし、口に運ぶ。
――
滋味のある、実に味わい深い味だった。
了
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