夜明 奈央
2024-06-27 20:14:59
1939文字
Public 中太SS
 

中太 レーシングドライバー中也とその作戦指示(?)してる太のパロ

中也が作戦無視して大怪我したことで大喧嘩になる話(?)全てがふわふわした知識でできている。

 目を開けると、真っ白な天井が視界に入った。病院のベッドの上だとは、すぐにわかった。
 どうしてこうなったのだったか。回想して、記憶が上手く繋がらないことに気づいた。レースに出ようとしていたことは覚えている。しかし、レースに出たのか、その前に何かあったのか、記憶がない。起き上がろうとしたところで、激痛が走ってやめた。
 こういう時にどうするのが正解かわからなくて、ひとまず近くにあったナースコールを押した。

 医師の説明によると、レース中に事故に遭い、3日間眠り続けていたらしい。簡単な診察を終えた後から、ちらほらと見舞客が現れるようになった。連絡がいったのだろう。けれどその中に、普段なら真っ先に顔を見せる太宰の姿がない。
「太宰は、今どこに?」
 にこにこと花瓶の花を替えていた森が、ぴたりと動きを止めた。それから困ったように眉を下げる。
「連絡を受けた時、一緒にいたんだけどね。一緒に行こうって誘ったら断られちゃって」
 照れてるのかな、と茶化してみせるのは、森の優しさだろう。
 事故の記憶はすっぱりと失ってしまったが、見舞客たちから漏れ聞いた話を総合すれば、何が怒ったのかの想像は容易だった。俺は太宰の静止を振り切ってスピードを上げた。そしてカーブを曲がりきれずにクラッシュ。無様な結果だ。
 俺だって別に死にたいわけではない。だから勝てる目算があってのことだろうが、太宰の指示が正しかったということだ。今までにも何度か似たようなことはあった。今までは太宰が止めるのに従って、結果的に何度も優勝を逃した。俺はもっといける、心のどこかでそう思っていた。その想いが積もりに積もった結果がこのザマだ。

 結局、俺が退院するまでの間に、太宰は1度も姿を見せなかった。

 退院してから、俺は真っ先に太宰の仕事場に向かった。そこは俺の仕事場でもあるので、皆口々に退院祝いの言葉を投げ掛けてくれる。
 しかし、どこを探しても太宰は見当たらない。
「なあ、太宰は?」
 太宰の同僚である国木田に尋ねると、不思議そうな顔をされた。
「今日は有給だが、お前の退院の付き添いじゃなかったのか?」
「いや、違うが」
「まさかまた喧嘩しているのか?」
 その言葉には、返事ができなかった。太宰としょっちゅう喧嘩しているのは周知の事実ではあったが、今回のこれは喧嘩ではないだろう。太宰が一方的に腹を立てているだけだ。けれど自分の所為だという自覚はあるから、強く主張することもできない。
 俺の顔を見て何かしらを察したのだろう国木田に小さく肩を叩かれて、俺はその場を後にすることにした。

 こういう時の太宰がどこに行くかなど、俺は知らない。太宰が本気で姿を隠そうとすればどれだけ探したところで見つからないし、気が済めばひょっこり現れるのが常だ。持久戦になるだろうことを覚悟して太宰の家に向かうと、部屋の灯りが点いていた。
 チャイムを鳴らすが応答はない。鍵が掛かっていて、小さく舌打ちが漏れる。貰っている合鍵を差し込もうとして、明らかに鍵穴の形が合わないことに気づいた。何度か見比べた後、駄目元で鍵を合わせてみるが当たり前に鍵穴に入れることはできなかった。
「おい! いくらなんでも鍵まで替えるのはやりすぎだろ!?」
 チャイムを連打し、扉をバンバンと叩く。数秒続けたところで隣人が通りがかって不審そうな顔を向けられたが、それでやめるつもりなどない。続けているうちに手が痛くなってきて叩くのをやめると、見計らっていたかのように扉が開いた。
「病み上がりなんだから無理しない方がいいよ」
「だったら手前がさっさと開ければいいだろうが」
 なかなか出てこなかった割には、閉め出そうとする気配はない。俺を置いて奥へ向かう背中を追う。
「具合はどうなの」
「まだ万全とは言えねぇけど、日常生活には支障ねぇって。ちょっとずつリハビリしてる」
「あ、そ」
 会話が途切れた。太宰との間に無言の時間は珍しくないが、この沈黙はやや気まずい。かといって、何と切り出すべきかもわからず言い淀む。太宰は俺のことなど少しも気にしていないかのようにソファに座り込んで、ぽつりと呟いた。
「私が『スピードの出しすぎだ』って言ったの、覚えてないんでしょ」
 太宰のことだ。俺が事故前後の記憶を失っていることは、既に耳に入っているだろう。潔く肯定する。
「次無視したら、引退してもらうから」
 ソファで蹲っている所為で、顔は見えない。けれどその沈痛な声は、俺に太宰の胸中を思い知らせるには十分だった。
「約束する」
 俺にはこれ以外に言える言葉などない。絶対だよ、という小さな声は、静かな部屋の空気に溶けて消えた。


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