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ナガレ
2024-05-04 21:06:09
1455文字
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ぶぜまつワンライ「藤」
2024/5/4第7回ぶぜまつワンドロライ「藤・独占欲・ロマンチック」で書いたもの。インスピレーション元は藤娘と枕草子の一文(色あひふかく花房ながく咲きたる藤の花の松にかかりたる)です。
「こんな立派な藤棚があるなんて知らなかった」
刀剣男士として顕現してから三年以上経つが、本丸の一角にこのような場所があることを松井は知らなかった。そもそも敷地が広すぎるのだ。もしかしたら、百万石のお殿様の屋敷より広いかもしれない。この本丸という場所自体、時間や空間の理屈が通用しないと聞いているから、果ては無いのかもしれないけれど。
長い花房で咲き誇る藤の花。藤色の花、若紫の花、白色の花。一口に藤の花と言っても、こんなに色の種類があるとは意外だった。
この一角に松井を連れてきてくれたのは豊前だ。気乗りしない畑仕事(当番が回ってきてしまったからので仕方ない)を終えた後、今から少し時間をくれないかと誘われた。着替えてからでよければと返したところ外には行かないからそのままでいいと言われ、畑仕事を終えた時の格好のままここまで連れてこられた。馬当番の豊前も似たような格好だった。明らかに違うのは、上着と帽子の有無くらいか。
松井が日焼け防止と熱中症予防のために被らされている黒い帽子。顕現最初の当番の時は桑名の物を借りた(というか押しつけられた)が、数日もしないうちにこれを被っておけと桑名に借りた帽子よりもつばの広いものを豊前から渡された。借りた帽子では首の後ろに当たる日差しを防げず、肌が赤くなってしまったからありがたかった。松井は豊前に代金を払うと言ったが流されて受け取ってもらえず、今も未精算分として帳簿に残っている。
「だろ?松井はあんまし外に出ねーからな。屋敷の周りも広いけど、外はもっと広い。海も見えるし」
「あぁ、そうだね」
松井が何の気なしに藤棚に向かって手を伸ばすと、垂れていた藤の花が一房落ちてきた。数日は保ちそうだ。せっかくだし、このまま持ち帰って床の間に置いてみようか。花器は誰かに借りればいい。松井が手の中の藤をくるくる回していると、松井を見ていた豊前と目が合った。
「
……
何?」
「いーや、何にも」
これで相手が豊前でなければしまりのない顔をするなと言えるけれど、如何せん相手は豊前だ。松井は豊前に勝てない。こちらがむず痒くなるくらいの甘い顔に腹を立てても無駄である。その顔を余所で見せてこなければ、それでいい。松井は視線を遠くに向けた。
「随分と日が傾いてきた。そろそろ戻ろうか」
霞の掛かった向こうの空は夕焼け色に染まりつつある。山に向かって飛んで行く雁の群れ。あの山もこの本丸の敷地内なのだろうか。山も雁も幻という可能性もある。ここは現世でも幽世でもない世界。そうでなければ時を渡る事なんてできるものか。ここで新たな器に入れられるまでは、前にしか進まぬ時間をじっと過ごしてきた。数百年も。
松井が雁の群れをじっと目で追っていると、「松井」と豊前が松井を呼んだ。松井の意識がその一声に手繰られて戻って来る。またどっか行ってたと、苦笑した豊前が松井の眉間を軽く指で弾いた。
「俺らも塒に戻るんだろ。今日の夕飯は何だろーな」
「
……
間違ってはいないと思うけれど、本丸をねぐら扱いするのはどうかと」
ほら、と横から豊前から手を差し出してきた。松井はその手を取る前に帽子の位置を直した。
……
随分とこの帽子もこの身に馴染んできたと思う。でも、何で豊前はこれを渡してきたのだろうか。訳を聞きたいけれども、聞いてはいけない気がして、変わってしまう気がして、終わってしまう気がして。
松井はこの胸騒ぎに見合う言葉を持っていない。だから今日もその理由は聞けずじまいのままだ。
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