ナガレ
2023-12-19 20:59:06
2489文字
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豊前と松井と夜食のおにぎり(ぶぜまつ)

2023/12/17のDozen Rose Fes.2023「Be With Me!!」で、サークルスペースにご来訪いただいた方にお渡ししていたペーパー小話。松井が卵焼きとおにぎりを作る回。この話(https://privatter.net/p/9021201)とこの話(https://privatter.net/p/9587649)から続いていますが、単品でも読めます。 ※web横書き用に改行等調整しています。

 もう、刀派〝事務方〟を名乗ってもいいのでは。そんなくだらない事をぼんやり考えながら、松井江は厨で遅い夕飯を食べていた。保温状態の炊飯器、一人前だけ取り分けられていたおかず。インスタントの味噌汁に湯を注ぐと、松井は無言で手を合わせて黙々と食べた。特に思う事はない。事務仕事が立て込むといつもこうだから。
 食べ終えると再び無言で手を合わせ、食器その他を流し台で洗う。洗い物を終えて厨から自室に戻る途中、松井は掲示板の前で足を止めた。今日の遠征部隊の面々と帰還予定時刻が貼り出されている掲示板だ。支給されている電子端末でも本丸全振りの予定は確認できるが、目に付くところにもあった方がいいという事で、遠征の予定だけはこうやって毎朝近侍によって貼り出されていた。
 
…………

 何となく、その名前を探してしまう。彼の――豊前江の名前は第三部隊の右から二つ目にあった。第三部隊の遠征先と帰還予定時刻をちらと見やる。松井は来た道を引き返した。

 厨の共用冷凍庫には、夜中に小腹が空いた物達のために冷凍食品が取りそろえられている。凍り豆腐でもあるまいし、食べ物を凍らせるとはこれ如何に。松井も顕現当初は理解できなかったが、利便性には勝てなかった。炊いた白米一合分を耐熱容器に入れて解凍三分。ほかほかご飯の出来上がりだ。
 このままでは熱いので、少し冷ます事にする。次に冷蔵庫から卵を取り出すと、松井はさっき洗ったお椀に割り入れて溶きほぐした。溶き卵の味付けは醤油少々砂糖少々。醤油と砂糖と溶き卵をよく混ぜ合わせると、松井は四角いフライパンを拝借した。
 大丈夫、ひとりでもできる。そう気合いを入れると、松井はフライパンを焜炉に置いて加熱と書かれたボタンを押した。事故を防ぐために食事の準備以外では火気厳禁となっている。理屈はわからないが、この焜炉は火を起こさずに加熱する事ができるらしい。これは焦げ付かない不思議な揚焼鍋だから油もいらない。松井はフライパンが十分に熱せられたのを確認すると、いざ尋常にと言わんばかりの顔で溶き卵をフライパンに流し込んだ。
 そう。松井は今から卵焼きを作るのだ。卵がある程度固まってきたら手早く巻いて、溶き卵を追加する。追加の卵が固まったらそれをまた巻いて、再び溶き卵を加える。厨当番の時に教えてもらった通りにやればいい。松井はフライパンの溶き卵をにらみつけた。
 ――教わった通りにやったはずだった。溶き卵の混ぜ方が甘かったのか、油を少量でもいいから敷くべきだったのか、温度管理に問題があったのか。卵を巻こうとしたら十分に火が通っていなかったのか失敗した。火が通るよう少し長めに待ったら、今度はこんがりきつね色を通り越した焦げ目ができてしまった。結局最後まで挽回できずに卵焼きは完成した。松井は出来上がった卵焼きを切って皿に載せた。
 気落ちしている暇は無い。次は冷ましていたご飯の出番だ。握り飯なら遠征部隊の弁当用に作るから僕ひとりでもできる。作る握り飯は二つ。一つは日向正宗作の梅干しを具にしたもの、もう一つは定番のおかかにしよう。松井は小皿に削り節を出すと、醤油を垂らして白ごまを振りかけた。軽く混ぜ合わせれば立派なおかか醤油になる。ラップの上におにぎり一つ分のご飯を置いた。真ん中を軽く凹ませると、そこに梅干しを置いた。
 このままやさしく握って海苔を巻けば梅干しおにぎりが完成し、同じ要領でおかかおにぎりも完成――するはずだった。
 僕ってこんなにも不器用だったのかと、さすがに松井も気落ちした。綺麗な三角形とまではいかなくても、それなりの物が出来上がるはずだった。頭の中では出来上がっていたのだ。しかし現実はどうだ。少々と称するには無理のある歪なかたちの握り飯が二つ出来上がっていた。厨当番の時はうまくいくのに、何故。
 勿体ないから、これはさっきの卵焼きと一緒に明日の朝ご飯にでもしよう。食べられないわけではないし。適当な容器に握り飯と卵焼きを詰め、出した調理器具を洗って片づけると、松井はどことなく重たい足取りで厨をあとにした。

「松井? こんな時間に何してんだ?」
……豊前。おかえり」

 部屋に戻る途中の廊下で、遠征帰りの豊前に遭遇した。そういえば、遠征部隊の帰還予定時間だった。松井は手にしていた折詰を自分の体で隠した。しかしその小さな動きに気づくのが豊前である。
「何だそれ」
……相変わらず目敏いね」

 見つかってしまったかと、松井は折詰を「明日の僕の朝ご飯」と言って豊前に見せた。豊前そうかと返しただけで、それ以上追求してこなかった。松井は安堵した。腹を空かせて帰ってくるであろう豊前のために夜食を作ろうとして失敗したなんて、とてもじゃないけど言えやしない。
 じゃあ、僕はこれで。豊前もゆっくり体を休めるんだよ。松井がそう言って豊前と別れようとするよりも先に、豊前が「その弁当」と切り出した。
 
「食えるもんなんだろ」
「弁当じゃなくて、僕の朝ご飯。まぁ、厨にあったもので作ったから、普通に食べれるけど……
「腹減ってんだよなぁ」

 あぁ、もう。全部お見通しだったというわけか。少し前、松井は豊前と小さな約束をした。いつか松井が何か作ったら、まずは自分に食べさせてくれと。何を出されても絶対に食べるからと。
 
「わかったよ。味の保証はしないから」

 松井は渋々ながらも承知した。それを見た豊前は満足そうに頷いた。松井のこの態度はポーズだとわかっているから。
 
「着替えたら松井の部屋に行く」
「お茶も用意しておこう」
「さんきゅー。……あ、忘れてた」

 ただいま。そう言って、掠めるように触れたもの。松井があっけにとられているうちに、豊前の姿は曲がり角の向こう側に消えていた。
 
……こういうこと、一体どこで覚えてくるんだろうね」

 松井は己の手で頬に触れた。そこにはまだ、彼の感触が残っていた。

【終】

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次回、豊前と松井と三時のおやつ編(予定は未定……


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