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桐子
2024-06-24 23:09:54
2316文字
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最愛⑦(父水)
「本当によいのか」
ゲゲ郎は真剣な表情で水木を見つめた。
「もう二度と人間には戻れんのじゃぞ」
「わかってる」
迷いはなかった。水木は涙を拭い、力強くうなずいてみせる。
「俺はこいつを産んでやりたい」
死んでいった家族や戦友たち、哭倉村で出会った人々の顔が浮かんだ。いつか彼らと同じところへいくつもりだった。だが、この子は生きている。まだ生まれてすらいない無垢な命を奪うことはどうしてもできなかった。それにこの子は、愛した男の子どもなのだ。どうしてもこの手に抱きたい。たとえこれまでの自分の生き方をねじ曲げてでも。
「
……
わかった」
ゲゲ郎は水木の覚悟を感じ取ったようだった。ふっと表情を和らげると、起き上がって水木の前に座った。同じように体を起こして座る。
ゲゲ郎は自らの手首を牙で傷つけた。赤い血が白い肌の上をつうっと流れ、ぽた、と布団の上にこぼれた。その血を舌で舐め取ったゲゲ郎は、水木の肩を掴んだ。
赤い目がじっとこちらを見つめている。水木は目を閉じ、薄く唇を開いた。すぐに唇が重なって、生暖かい液体が流れ込んでくる。幽霊族の血が、力が、体の中に入ってくる。どくん、と心臓が大きく跳ね、全身に熱いものが駆け巡った。喉を通る熱さとともに、体が変わってゆく感覚がある。
「く、ぅっ
……
」
体が熱くてたまらない。爪先から頭のてっぺんに至るまで、内側から燃えているようだ。ゲゲ郎は水木の手を取り、「しっかりしろ」と声をかけてきた。
「あ、ああ
……
」
荒い息を繰り返しながら、なんとか返事をする。頭がぼうっとして、うまく思考がまとまらない。ただゲゲ郎に手を握られていると安心できた。
「もう少しじゃ。耐えろ」
「うん
……
」
どれくらいそうしていただろう。やがて体の火照りはおさまっていき、それと同時に意識もはっきりしてきた。
「終わったぞ」
安堵したようなゲゲ郎の声を聞きながら、ゆっくりと目を開く。手のひらも、足も、少し前までとは明らかに違う。見た目は変わらなくても、なにか異質なものに変容してしまったのだという実感があった。
「気分はどうじゃ」
「
……
よく分からないが、今までとは何か違う気がする」
「そうか」
ゲゲ郎は満足げに微笑むと、水木を抱き寄せて額に口づけた。
「これでお主はわしらと同じ、幽霊族じゃ」
「ああ
……
」
水木は嘆息した。もうこれで二度と元には戻れないのだという悲しみ、これから途方もない時間を生きなくてはならないという不安がないまぜになったため息だった。
だがゲゲ郎は、そんな水木の感傷などおかまいなしに、今度は後ろから抱きしめてきた。
「今からお主の首を噛む。それでわしらは番になる。これはどちらかが死ぬまで続く契りじゃ。ここを噛めば、お主は一生わしから離れられなくなるが
……
それでもよいか?」
「もちろんだ」
水木は即答し、ゲゲ郎の方を振り向いた。目を細めて笑いかけると、彼も嬉しそうに目を細めた。
ゲゲ郎は水木を抱きしめたまま、首筋に顔を埋めた。吐息がかかってくすぐったい。
「あっ
……
!」
鋭い歯が皮膚を破り、肉に食い込む。痛みはそれほどでもない。むしろ甘美な陶酔を水木にもたらした。
「ん、ん
……
ぁ
……
」
牙が食い込む度、びくんと体が震えてしまう。快感が電流のように背骨を這い上がり、脳髄を痺れさせた。ゲゲ郎は牙を引き抜くと、自分の噛んだ跡を癒やそうとするように、傷を舐め始めた。
「あ
……
はぁ
……
ッ」
敏感になった皮膚は、男の舌のざらついた感触に反応してしまう。ぴちゃぴちゃという淫靡な音に耳を犯され、舌の這う箇所から、快楽の波紋が広がっていく。ようやく解放されたときには、水木はぐったりして、布団の上に横たわっていた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ
……
」
ゲゲ郎の問いかけに、水木はこくりと小さくうなずいてみせた。まだ体が熱い。熱を帯びた体が、男を欲しがっている。
「ゲゲ郎
……
」
名前を呼ぶと、彼は心得た様子で水木の上に覆い被さってきた。そして再び唇を重ねる。互いの唾液を交換し合いながら、二人はもつれるように布団の上で絡み合った。
「ん、んんっ
……
」
こんな大きな腹を抱えて欲情している自分が信じられなかったが、一度火のついた欲望は止められない。激しく口付けを交わしながら、水木は膝を擦り合わせた。
「ゲゲ郎、ゲゲ郎
……
ッ」
何度も名前を呼んで、愛しい男の背中にしがみつく。ゲゲ郎が欲しくてたまらない。番になったばかりのこの男が、たまらなく恋しかった。
「欲しいのか?」
ゲゲ郎は水木の下腹部に手を伸ばし、服の上からも分かるほど膨らんでいる陰茎に触れた。それだけで達してしまいそうなほどの快感が走る。だが、そこだけでは物足りない。中に欲しくてたまらないのだ。ゲゲ郎のもので、奥を可愛がってほしかった。
「ん、
……
」
自分はなんてはしたないのだろう。腹には子どもがいるのにと思ったが、体の火照りは増すばかりだった。水木は恥ずかしさに顔を赤くし、唇を噛みながらも、こくんと小さくうなずいた。ゲゲ郎は優しく笑ったあと、大きな腹をよしよしと撫でながら言った。
「なら、腹の子に障らんように、ゆっくりしよう。それでよいな?」
「うん
……
」
ああ、抱いてもらえるのだと、水木は歓喜に打ち震えた。寝間着をはだけられ、今はもう同じ体温になってしまった男の手が肌の上を這う。
ふと、腹の子を何より大切だと思ったはずなのにこんなことをしてもいいのかという理性がともりかけたが、それもすぐに本能に飲み込まれてしまう。
朝の穏やかな日差しが差し込む部屋は、やがてあえかな喘ぎと濡れた水音に満たされていった。
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