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千代里
2024-06-24 12:55:23
10165文字
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リーブラ13話
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リーブラの針は問う・13話・その19
「かくして、めでたくボクらはダイアマイトの巣から逃げ出せたってわけさ」
仰々しく身振り手振りを交えながら語られた物語も終わりを迎え、聞き手である子供たちに、ヤルマルは座りながらも一礼して見せる。
プリシラが連れてきたーーもとい、勝手についてきたコーディは、ヤルマルとしては先だってのノエの妹たちと比較すると随分と話しやすい相手だった。
聞き手としても優秀な少年は、ヤルマルが欲しいと思うタイミングで質問やら催促やら相槌やらをしてくれる上に、冒険譚に素直に心躍らせ、前のめりになって傾聴の姿勢を見せていた。
久しぶりに素直な聴衆に出会えて、ヤルマルはすっかり気をよくしていた。
「ヤルマルの話は、俺の知らないところばっかりだけど、イシュガルドに来たのは初めてじゃないって言ってたよな。イシュガルドじゃ、冒険はしなかったのか?」
「しなかったわけじゃないんだけど、竜を倒す騎士の英雄譚がいっぱいあるこの国の物語と比較すると、さして面白くないと思うよ。村のそばで繁殖を始めた魔獣を狩ってほしいとか、凶暴化したチョコボを宥めてほしいとかね」
「えっ、チョコボって凶暴になることもあるの!? その話、俺、聞いてみたい! な、グレンもいいだろ?」
口が聞けないという理由もあって、すっかり相槌係に収まっていたグレンは、これまた小さく頷き返した。
彼はコーディがちゃっかり注文したケーキを渡されてからは、延々とそれを食している。ものを食べていなかったら人形と思えてしまうくらい、グレンの動きは静かだった。
「グレンさん、あの
……
何か足りないものとかありますか」
あまりに少年が静かなので、オデットがおずおずと問いかけてみる。しかし、グレンはオデットをチラと見やったものの、特に伝えないこともないのか、沈黙と静寂を維持している。
どうしたものかとオデットが慌てふためいている間にも、グレンの視線はヤルマルに戻り、彼女の語り口に静かに耳を澄ませていた。
「え、と
……
」
「やめとけ、お嬢ちゃん。坊やが必要ないって言うなら、無理に話しかけても仕方ないだろ」
ルーシャンに嗜められ、オデットは口を噤む。ルーシャンに、オデットが少年を構おうとした理由を見抜かれてしまったこともあり、オデットはなんとも言えない気まずさに包まれてしまっていた。
グレンが口をきけないのは、異端者として竜と変わり果てた母の死を目の当たりにしたからだとは、プリシラがそれとなくノエとオデット以外の四人にも伝えていた。
口がきけないために物静かな印象が強いが、グレンは迂闊な発言した年下の子供にくってかかろうとしたほどに感情的な衝動で動く一面も持つ子供だ。もし、彼の逆鱗にうっかり触れるような発言した場合、迷惑をかけてしまうとプリシラは危ぶんだらしい。
だが、むしろそのような境遇を知ってるからこそ、オデットはグレンに何かしてやるべきではと思ってしまう。ルーシャンは、それは余計なおせっかいだとやんわりと制止した形だ。
「それに、今のオデットはあっちの方が気になってそう。違う?」
サルヒは、目線だけで自分たちから少し離れた机で話をしているノエたちを見やる。
机一つ分を挟んでいる上に、同じ机にいるヤルマルがわざと少し大きな声で話をしているために、ノエたちの会話はほとんど聞こえない。それでも、オデットは少しは聞き取れたらとついつい彼らに近い方に椅子を動かし、ことあるごとにノエやプリシラの言葉に耳を傾けていた。
「それは
……
そうですけれども。だって、仕方ないじゃないですか。兄さんが昔どんなふうに過ごしていたのか、気になってしまうんですから」
「母親が雲霧街育ちってのは、さっき聞こえてきたな。とはいえ、それもよくある話だろ」
ルーシャンは、オデットの言い訳めいた発言に何気ない返答をする。
己の気まずさから逃げるために、オデットはその話題に乗ることにした。
「あの、ルーシャンさん。雲霧街というのは、この前滞在していた皇都の中にあるんですよね。どんな街なのか知ってますか?」
皇都には数日滞在していたものの、ノエは決してオデットを下層にある雲霧街に連れて行こうとはしなかった。下層の中でも騎士団の本部や商人が使う安宿の周辺までは足を向けていたが、それも騎士の目が届く範囲ーー要は比較的治安がいい区域に留められていた。
「雲霧街ねえ。どんな街かと言われれば
……
まあ、そうだな。簡単に言うなら。あそこは皇都の裏側ってことになるのか」
「貧しい人が住む場所、とは教えてもらいました。貴族ではない人が暮らす場所でもある、というのはわかってます」
「それもあるが、単に貧民が暮らしてる街というだけじゃない。あそこは、あの都で行き場がないものが最終的に行き着くところじゃないかって、俺は思う」
首を傾げるオデットに、ルーシャンは何かを思い出すように目を伏せて言う。
彼がかつて雲霧街にいた人間だと知ってるのは、ここではノエとサルヒだけだ。そして、今この場にいるサルヒは、余計な口を挟まないように瞑目している。
「ろくな収入もない連中が寄り集まって、どうにか今を生きている。何か変わるかもしれないと思いながらも、結局自分にはそんな力もないんだって諦めて、それでもどうにか自分というものだけを無くさずにいられたやつが、明日へと命を繋いでいける。
……
そんな感じの場所だ」
ルーシャンの言葉は、あまりに抽象的でオデットにはピンと来なかった。それでも、彼の言葉の裏に潜む仄暗い雰囲気はオデットにも伝わった。
ただ生きるだけでも歯を食いしばり、前を向かなくてはいけない場所なのだ、と。
「だったら、そのような人たちが、少しだけでも過ごしやすい場所にできたら
……
そうなったらいいと、わたしは思うんです。絵空事だって分かってますけれど、でも」
自分の発言が夢物語だとは、いくら幼くても理解している。
旅人だからこその無責任な発言だ。そう分かっていたとしても、ついオデットは言ってしまう。己の理想を口にしたところで、今を生きてるものの反感を買うだけだろうと分かっていても、それでもなお。
「わたしは、仕方ないという形で、悲しいことを諦めて受け入れたくはない。そう思うんです」
「
……
たとえ絵空事でも、オデットがそう思ったことが、いつか何かを変えてくれるかも」
生真面目であるが故に、自身の言葉に思い詰めてしまったオデットに、サルヒがそれとなく励ましの言葉をかける。
「それもそうだな。すぐじゃなくても、いつかは、オデットが言うような場所に変えられたらいいな」
サルヒに追従して、ルーシャンも同様の発言をする。もっとも、こちらはどことなく上辺だけのものだと分かる嘘くささがあった。
オデットを励ましたいと思う気持ちは、本物なのだろう。だが、それが簡単に叶うことではないとわかっている。故に、ルーシャンの言葉は上滑りしたものに聞こえてしまうのだ。
(たとえ、どんな理由があったとしても、わたしは、兄さんのご両親のことは好きにはなれないと思います。兄さんは、お父さんの話を聞いて、色々と思うところはあったみたいですけれど
……
でも、やっぱり兄さんを傷つけた人たちですから)
オデットにとっては、ノエが傷つくか傷つかないかが最大の論点だ。その意味では、ノエの両親はオデットにとって許し難い存在である。
ちょうど、折よくプリシラの会話がノエの父と母の出会いに移っていた。平民であり社会の最下層を生きていた女性にとって、貴族の男からの施しは己の誇りを蔑むようなものにしか思えなかったのだろうと、話は進んでいく。
身分も住むところも違っていても寄り添えた二人の末路は、結局は悲劇に繋がってしまった。その犠牲者とも言えるノエは、それでも幸せだった頃の両親の姿を知り、己の胸の内にできた傷を肯定すべきか否か、再び悩んでしまうだろう。
(お二人にもお二人の事情があって、どうしようもない行き違いもあったのだとは、兄さんの話を聞いてて伝わってきました。ですから、今のわたしが願えるのは、今の兄さんのように悲しい気持ちになる人が減ったらいいということだけです)
具体的に何をしたら、オデットの願うような世界につながるかは分からない。記憶すら曖昧なところがある上に、仲間の中でも最も幼い自分の考えなど、結局は絵の中に描いた夢の世界と大して変わらない。
それでも、願いたいとは思う。ルーシャンやサルヒが励ましてくれたように。
諦めてしまっては、それはノエのような人が生まれる世界を認めることになる。そんな諦めを、オデットは受け入れたくなかった。
ノエの両親を許せないと思うなら、彼らのような人たちを生み出す世界も許せないと思うべきだ。それこそが、誰かを許さないということの責任なのだから。
オデットが静かにそのように決意した頃、
「そういえば、君たちは今はこの街に住んでるようだけど、生まれもここなのかい?」
ちょうど、話の切れ目だったのだろう。今度はヤルマルが語り手ではなく質問者へと転じて、目の前の子供たちに話題を振る。
ヤルマルから投げかけられた問いかけに、コーディとグレンは顔を見合わせて、
「俺もこいつも、元々は違う街だよ。グレンは、ここからもうちょっと離れた街だよな?」
コーディに問いかけられ、グレンは首を縦に振る。ほんのわずかに首を上下させただけだったが、それでも首肯は首肯だ。
「コーディは、グレンとは違う街の出身なのかい」
「うん。街っていうか、こんな立派な城壁とかなくて、本当に小さな村だったよ。だから、ドラゴン族が襲ってきた時、対応が間に合わなかったらしくてさ。ま、よくあることなんだけど」
村を竜によって滅ぼされたはずなのに、言葉の内容とは裏腹に、コーディはからりとした笑顔を見せてみせた。無理をしているというより、本当に気にしてないという感じだ。
「でも、元はといえば、俺の親父もお袋もそれより前に亡くなってて、小さい俺の面倒は親戚が見てくれてたんだ。とはいえ、流石に逃げてきた先で、よその子供の面倒なんて見てられなかったんだろうなあ。で、孤児院の前に俺を置いて行ったってわけ」
「えっ、一度引き取ったのに置いて行ったんですか」
思わず、オデットは驚きの声を上げる。
だが、この中で驚いていたのはオデットだけで、他の面々は笑いこそしていなかったものの、そんなこともあるだろうと受け止めていた。
親戚の子供を一度引き取ったものの、十全に安心して育てられず、手放さなければならない環境。それもまた、ノエの境遇とは異なる形であるものの、この国が抱える暗い側面の一つだ。
コーディもそれを知ってか知らずか、けろりとした表情で続ける。
「お姉ちゃん、そんなに驚くことじゃないよ。口減らしに雪原に放り出されるよりかは、かなりマシな選択だっただろうって俺も思っているし」
「ですが
……
それは、何だか寂しいことではありませんか」
「そうかなあ。孤児院には、飯もあるし同い年くらいの奴らもいるし、俺は別に悪いところじゃないと思うんだけど」
コーディは、心底から不思議そうな顔をしている。
結果的に自分は捨てられたのだと理解はしていても、そこに寂しさを見出していない。彼が幼いから『捨てられる』という行為の意味がわかっていない、というわけでもなさそうだった。
(それが、この国では『普通』なのでしょう。よそ者のわたしが可哀想って思うのはお門違いだって分かっていますけど
……
でも
……
)
住む環境が違えば、考えも違う。その理屈は理解できてる。
だったら、それなら自分の面倒を見てくれる大人から突き放されても、寂しさや悔しさを感じない環境は正しいと言えるのか。オデットは、少なくとも自分は首を縦に振りたくないと感じていた。
「それで、元々いた孤児院も手狭になったからって、こっちの街の孤児院に移されたってわけ。それが二年前かそこらの話だったかな。それから、そんなに経たない内にグレンがきたんだよ。な?」
コーディの説明に、グレンはまた小さく頷いた。口がきけない上に、感情表現が希薄なグレンではあったが、コーディのことは友人と思っているのだろう。彼は、コーディの発言は聞き漏らさないようにしているようで、問い掛ければヤルマルたちが問いかけるよりも早く返事していた。
「グレンは、来たときはもっと素直だったんだけどさ。アラン先生と一緒にいると、機嫌が悪くなるんだよな。プリシラさんは、反抗期が来てるだけだからって言ってたけどさ」
「
…………
」
コーディは、グレンの母が異端審問官時代のアランによって殺害されたとは知らないようだ。グレンがアランが赴任した瞬間に態度を変えたのは、アランに対して素直に従いたくないという感情があるからだと、オデットにはすぐに分かった。
だが、それらの感情を一朝一夕にどうにかしろと言うのは無理な話だ。アランは好感の持てる司祭ではあったが、グレンだって譲れない気持ちがあるのだろう。
そもそも、オデットたちは旅人である。長居するわけでもないのに、孤児院内の対人関係に口を出せる立場でもない。
「アラン司祭は話しやすい人だよね。ボクらが泊まっている宿にも、度々顔を見せてくれているんだ。何度か話してみたけれど、旅人のボクらにも親切に応対してくれたよ」
「だろ? あの人さ、俺たちが何が必要かってのをちゃーんと分かってるんだよ。前にいた爺さん司祭は、その辺がてんでダメでさあ」
コーディが滔々と前任の司祭の愚痴を並べ始めたので、今度は苦笑と共にヤルマルはそれに耳を傾けていた。
コーディ曰く、前任の司祭は孤児院の子供たちは、勉強だけしていれば良いという考えだったらしい。勉学の時間ばかり作ろうとした上に、世話はプリシラたちのような手伝いに来ている者に丸投げしていたようだ。
責任者が顔を見せてくれないので、寄付された衣服や食べ物をどうするかを勝手に決めて良いのか分からず、手伝いの者は大層苦労したようだ。
「あれ、それじゃあ前任の人は今はどうしてるんだい?」
「あの爺さんは、今は隠居ってことになって、普段は説法のときだけ来てるよ。で、あの爺さん以外に、俺たちの面倒を見てくれる監督役の司祭が新しく必要って話になって、監査に来たミラベルって司祭がアランさんを呼んでくれたんだよ」
コーディが何気なくそう言った瞬間、オデットは「えっ」と声を漏らしてしまった。何気なく傾けていたティーカップが中途で止まり、危うく中身をこぼしそうになる。
けれども、それを無視してしまいたくなるほどに、齎された情報はオデットにとって衝撃だった。
「ミラベルさんという方が、この街に来ていたのですか!?」
「う、うん。銀色の髪の、女みたいな名前してた変わったやつだったから、間違いないと思う。あの人が、どうかしたのか?」
ミラベル司祭は、オデットの記憶の手がかりを持っているかもしれない人物だ。
記憶を失う前のオデットと直接の知り合いではなかったとしても、オデットが関わらされていた事業を糾弾するのに一役買っていた立場だったらしい。ならば、彼はオデットが封じてしまっている記憶の鍵の手がかりにはなるかもしれない。
ノエはティエリーを経由して、彼にすでに手紙を送っている。こちらの事情の一部を明かし、オデットのことを知らないかと尋ねる内容の文面だったが、残念ながら出立までに返事は届かなかった。
ミラベルという名の司祭が手がかりになることは、ヤルマルたちにもすでに教えてある。ヤルマルも、オデットが反応した理由をすかさず理解し、
「実は、ボクたちの旅の目的の一つが、彼に会うことなんだ。さっきの口ぶりだと、彼がここに訪れたのは結構前のことなのかい?」
「えっと
……
アラン司祭の赴任の前に一度来たのと、最近もう一回来てたよ。ここに、暫く滞在してたんだ」
「そうか。つまり、入れ違いだったというわけか」
オランローの呟きを聞くまでもなく、オデットは思わず肩を落としてしまった。
同時に、自分が無意識に思い出せずにいる記憶の鍵を握っている人物に会わずに済んで、どこかでほっとしている自分がいることにも気がついていた。教会の事業の話を聞いている限り、心温まる記憶ではないと予想はついていたからだ。それなら忘れたままでいた方がいいのではないかと、逃げ腰になってしまったのである。
「その人は、次にどこに行くか話していなかった?」
「えー? そう言われてもなあ。俺も、そんなにたくさん話してたわけじゃないし」
サルヒに質問されて困った様子のコーディを見かねたのか、グレンが無言で手を挙げる。だぶついた上着の袖から、少年の小さな指が突き出ていた。
「グレン。君は知っているのかい?」
ヤルマルに問いかけられて、グレンは無言で頷く。続けて、彼はヤルマルの手を取ると、その手のひらの上で指を動かした。筆記用具もないので、手のひらの上に文字を書いて伝えようとしているのだ。
「ええっと
……
ここから西にある、別の領主様が治めてる土地
……
? それって、ニヴェールの領地のこと?」
ヤルマルの質問に、グレンは頷きを返した。そして、用は済んだとばかりに椅子に座り直し、再び置物のように沈黙を保っている。
「確かに、その司祭様は、元々はニヴェール家が管理している遺産を調査しているという話だったね。だったら、仕事のために戻ったと考えるのが妥当か」
ヤルマルがまとめてくれたように、例の司祭は教会の仕事と並行して、現在は別の任務に割り当てられている。それは、先だってニヴェール家からやってきたディアヌの依頼を受けた際に、彼女から教えられたことだ。
ニヴェール家の関係者であったディアヌ、そしてかの家の長子のティエリー、そして家の召使であるユーガンの説明によると、ミラベル司祭なる人物は、屋敷のご隠居が管理している『遺産』なるものを調査しているという話だった。ティエリーによると、元々ニヴェールが交流を持っていた家が取り潰しにあった際に、管理者不在となるところだったものを引き取ったという話だった。その調査に、ミラベル司祭が手を貸しているのだそうだ。
まるで研究者が引き受けるような仕事内容ではあるが、司祭の職につくには相応に学問を修める必要もある。それに、イシュガルド皇国を牛耳っているイシュガルド正教に対して、怪しいものを調べているわけではないと申し開きするためにも、司祭が調査に立ち会う必要があったのだろう。
「そういうことなら、俺たちもニヴェール領に行かないか? 手がかりになる人物がどこにいるか分かっているなら、先にそっちを優先した方がいいだろ」
「ボクもルーシャンの意見に賛成だね。どちらにせよ、占星台には行かなくてはならないが、占星台は急がなくても逃げるわけじゃない。一方で、司祭はまた別の用事ができて、違うところに行ってしまうかもしれない」
ヤルマルとルーシャンは、早速次の目的地への旅路を考え始めた。
一方、オデットがコーディへと視線を向けて、
「あの
……
コーディさん。そのミラベル司祭という方は、どんな人なのでしょうか」
「あれ、会いに行くって言ってるのに、あんたたちはあの人の知り合いじゃないのか?」
「実は、そうなんです。ミラベル司祭に訊きたいことがあって、彼に手紙を出したんですが返事がなくて
……
なので、直に会う機会がないかと考えていたのです」
「ふーん。まあ、あの人忙しそうだったもんな。教会に滞在していたときも、手紙を何通も出していたよ。アラン司祭や隠居の爺さん司祭とも、難しい顔で話していたっけか」
「じゃあ、ミラベルさんと話す機会はほとんどなかったのですか?」
それなら、ミラベルの人となりを知る機会はなかったのではないかと肩を落としかけたが、コーディも、そしてグレンも首を横に振った。
「いやいや、あの人は俺たちにも声をかけようとしてたよ。だけど、この前はアラン先生がそばにいたから、グレンがさ」
コーディの説明で、オデットも大体の理由を把握した。
ミラベル司祭そのものではなく、アランに対して思うところがあるグレンを慮って、コーディはミラベルと距離を置いていたらしい。彼は、自身の興味よりもグレンとの友情を優先したのだ。言葉を交わさずとも、二人の間には深い絆があるのだろう。
「アラン先生が来る前に来たときは、俺も何度か話をしたよ。あの人、俺たちに足りないものがないか、司祭様に無理な頼みをされていないか、夜はちゃんと寝られてるかって沢山尋ねててさ。あと、一緒に飯作ったり、新しい遊びも教えてくれてたっけ。魔法を使って、小さな花火も打ち上げてくれてさ」
その時の様子を思い出してか、コーディは目を細めて嬉しげに頬を染めて語る。
あまり大きな音を出すと、ドラゴン族の奇襲かと思って近所の人が驚くかもしれないからと言いつつも、空に向かって幾つかの火花を打ち上げてみせた夜のこと。結局、光と音が響いて近所の人が何事かと集まり、後で衛兵に呼び出されて皆で頭を下げる羽目になったこと。
服を繕うために手を貸してくれたものの、どうにも縫い目が揃わずに、ぎざぎざに歪んだ縫い目を子供たちに笑われていたこと。裁縫は苦手なようではあったけれど、料理の腕前は一流なようで、プリシラがレシピを教えてくれと迫っていたこと。プリシラにたじたじになっている司祭の様子が面白くて、思わず子供たち同士で笑っていたこと。
嫌な夢を見て寝られない子供たちに寄り添って、彼らが寝付くまで寝物語を語って聞かせていたこと。それが、悪い竜に閉じ込められたお姫様を助ける、勇敢な騎士の話だったせいで、寝ていた子供たちも起きて、続きを聞きたがったこと。それを聞いたからか、男の子たちの間では暫く騎士の物真似が流行ったこと。
「できれば、ずっといてほしいって思ってた奴もいたみたいだけどさ。やらなくちゃいけないことがあるからって、そんなに長くは滞在してくれなかったんだよな」
「やることというのは、やっぱり遺産の調査のことなのでしょうか
……
?」
「詳しい事情は分かんないけど、あの人はずーっと孤児院の様子を見て回ってるみたいだよ。俺たちがいる今の孤児院は、飯にも着るものにも休むための毛布にも困ってないけど、必要な物が足りないところがあるかもしれないんだってさ。今回も、次は別の領地の孤児院の様子を見てくるって話してたっけ」
コーディの話を聞いて、オデットもノエから教えてもらった情報を思い出す。
ノエがイシュガルドの司祭から聞いたところによると、ミラベルは現在は各地の孤児院を転々として、施設の実情を調べているらしい。
かつてオデットも関わった悪辣な事業のように、弱いものを虐げるような経営がされていないかを警戒してのことだろう。コーディの話と合わせて考えると、ミラベル司祭は厳しい環境下で生きる子供たちが少しでも幸せであれと祈れる人物のようだ。
(わたしも、その人に会ったことがあるのでしょうか
……
)
たとえ会ったことがなかったとしても、そこまで精力的に活動している人物なら、オデットを助けようとしてくれた『お兄ちゃん』のことを知っているかもしれない。
母親の記憶とは逆に、オデットは救貧院を出て教会の事業に携わっていたときのことを、ほとんど思い出せていない。唯一はっきりとわかるのは、断片的に夢で見た光景だけだ。
星芒祭のケーキを譲ってくれた『お兄ちゃん』。オデットの手を引いて、どこかへと逃げようとした彼が誰かを、オデットはまだ思い出せずにいる。
雪崩に巻き込まれたその人を見捨てて、オデットは逃げ出した。あの夢が現実であったとして、ミラベル司祭が『お兄ちゃん』を知っていれば、オデットはようやく自分を助けてくれた人が何者かを知ることができる。
あと、もう少し。記憶の手がかりに触れることの恐怖と不安を抱え、オデットが思わず拳を固く握った、そのとき。
ーーーーガンガンガン!!
けたたましい警鐘が、昼下がりの穏やかな空気を破る。
緊張感を強いる鐘の音に、意味が分からずともオランローもオデットも、思わず身構えたときだった。
オデットやヤルマルらよりも早く、ルーシャンとサルヒが椅子を蹴るような勢いで素早く立ち上がった。
ルーシャンはノエの方を見やると、
「ノエ、悪いが今日の話はそこで一旦終わりにしろ」
「ルーシャンさん
……
?」
「剣を抜け。他のやつらもだ、早く!」
鋭い警告の声に追従して、オデットが動揺から我に帰るより早く、ヤルマルが続ける。
「プリシラさん、子供たちを連れて階下に降りた方がいい。他の皆も、建物の外に出た方がいいだろう」
一体なぜ、二人がそんな警告を発したのか。それは、すぐに分かった。
「竜の警鐘か。どうして、こんな時に
……
!」
プリシラがつぶやいた、その刹那。
薄雲が覆った空そのものを響かせるような低い吼え声が、街そのものを包むように轟いた。
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