あさかわ
2024-06-23 22:46:25
2161文字
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都度のゆるし

成立している鬼水からしか取れない栄養素の探求。喧嘩の仲裁から惚気る👹

 川の近くで言い争う声がする。鬼太郎は頭上の目玉と目くばせをして、声の方に足を向けた。
「ヤダ! ヤダ! 絹豆腐じゃないとヤダ!」
「たまご豆腐だっておいしいだろ!」
 笠を被った小僧と、同じくらいの背丈の卵が向かい合っている。喧嘩している二人を無視はできない。鬼太郎は手に持っていた風呂敷を岩の上に置いて近寄った。
「豆腐小僧と卵鬼神じゃないか。何を言い争っているんだ」
 豆腐小僧がザルを掲げて見せた。
「卵鬼神が僕の絹豆腐を食べて、代わりにたまご豆腐を持ってきたんだよ!」
 卵鬼神は海の向こうの国から交換留学でやって来た妖怪である。卵に手足が生えた姿で逆立ちが得意らしい。こちらからは花子さんが行っており、ねこ娘が焼肉を楽しむ彼女の写真を見せてくれた。
「仕方ないだろ。絹豆腐はスンドゥブチゲに入れちゃったんだから。それにたまご豆腐はおいしいじゃないか」
「オラは今日絹豆腐の気分だったの!」
「たまご豆腐だって豆腐の仲間だろ。差別するなんてよくない。それにたまご豆腐はうまい!」
 卵鬼人はたまご豆腐を大層気に入ったようだ。国に持って帰るのだと白だしをダースで買ったらしい。
「二人とも自分の主張を無理やり押し付けるのは良くない。ちゃんと話し合わないと」
 なだめようとする鬼太郎に豆腐小僧が突っかかる。
「口下手の鬼太郎に言われたって説得力がないよ。目玉の親父さんと水木さんの方がずっと弁が立つ」
「儂のは年の功じゃ。水木のは減らず口と仕事柄というところかの……
 鬼太郎の頭の上から目玉が言った。豆腐小僧は両手を組んで鼻を鳴らす。
「話し合えというけれど、鬼太郎はいつも楽をしてるだろう。水木さんは色々察してくれるじゃないか」
「水木さんって誰だ?」
「鬼太郎の年上のお婿さんだよ。この前烏天狗への手土産は思いつかなくて、水木さんに選んで貰っただろう。オラ、見たぞ!」
「何だって!」
 豆腐小僧の言葉に卵鬼神が追随する。実はこの卵は先日失恋したばかり。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。円満恋愛はなおこのこと憎い。いつの間にやら喧嘩がそっちのけになる。
「年上に甘えているのか! おんぶに抱っこなのか!」
「そんなことは……ない」
 と、思いたい。鬼太郎の目が泳いだ。それを見逃す豆腐小僧と卵鬼神ではない。新しい敵を見つけたぞ、と鬼太郎を取り囲む。
「確かに僕は話すのが得意じゃない。水木さんが察してくれることも多々ある……と思う。だけど、大切なことはちゃんと言葉にして伝えたいと思うし、行き違いがあるなら向かい合って話したい」
 鬼太郎の周りで威嚇するように逆立ちし始める卵鬼神。一方、豆腐小僧は何かを察知して片手で自分の口を押えた。とっさに目玉に懇願の目を向けたが、小さな両手でバッテンを作って首を振られた。
 鬼太郎の思考から喧嘩の仲裁はすっぽり抜け落ちていた。うんうんと唸り鬼太郎は、どうにか言葉にしようと指を握ったり開いたりと忙しない。

「わだかまりを解きほぐして、違いを比べあって……これから、どうなりたいか確認して」
 連れ合いになった道筋を思い出せば、言葉だって浮かんでくる。あなたの特別な席をくださいと願い、何度も通って、言葉を交わして、少しずつ近づいて行った。
 手を繋いでもいい、口付けをしてもいい、連れ合いの席をお前にやってもいい。良いと言われることが増える度に貯金箱の小銭を溜まるような嬉しさがあった。
 枕を交わしてもいい。お前が好いと笑ってくれた時の、目元の色もえくぼも一等愛おしくて堪らない。山道を踏みしめて登り切り、山頂で朝日を拝むような達成感と道行を振り返る喜びがある。

「全部一気なんて野暮だ……一つずつ許されるのが、いいんじゃないか」
 卵鬼神がピョンテ!と声を上げ、豆腐小僧に抱き着いた。豆腐小僧が丸い卵をよしよし優しく撫でてやる。
「ごめんね、卵鬼神。鬼太郎は時々悪い癖が出るところがあって……自分が惚気ている自覚がないんだ」
「いいよぉ。ちょっとびっくりしただけ。むっつり野郎は万国共通だね。僕の方こそごめん。もう無理やりたまご豆腐を押し付けたりしないよ。商店街まで一緒に絹豆腐買いに行こう!」
 豆腐小僧と卵鬼神は握手を交わす。
「じゃ、オラたち仲直りしたから行くね!」
 そして、足早に鬼太郎から離れて行った。
「父さん。なんだか……ものすごぉく、失礼なことを言われた気がします」
 惚気とか、むっつりとか言っていた。主張の押し付けるは良くないと言い聞かせるはずが、鬼太郎が一番悪いような扱いをされた気がする。
「悪口は良くないのう。まあ、当たらずといえども遠からじ。であれば咎めるわけにいくまい」
「はあ……
 目玉の父までそう言うのなら仕方がない。どうにも締まらないなあ、と唇を尖らせて風呂敷を持ち直す。中身は干したトラフグのヒレと烏天狗が仕込んだ酒だ。水木との晩酌で、ヒレ酒にして楽しむつもりだ。
「水木さん、喜んでくれるかな」
 また一つ何か許してくれるだろうか。上機嫌な鬼太郎の綻ぶ口元の優しさと、熱が溜まる目元の剣呑さは全くつり合いが取れていない。
 指摘するほど目玉は野暮ではなかったが、今晩はどこに泊まりに行くべきか悩み始めていた。