溶けかけ。
2024-06-23 21:57:46
2012文字
Public ほぼ日刊
 

我慢比べ

フリーナを庇って大怪我をしたヌヴィレットとヌヴィレットを庇って戦うフリーナの話、の2000文字です。尻切れトンボ。

「ヌヴィレット……?」

 鮮血が舞う。ヌヴィレットの肩越しに魔像が剣を払うのが見えた。

「なんで……?なんでヌヴィレットが……?」

 振り下ろされる寸前だった鋒はヌヴィレットの背を切り裂き、辺り一面に鉄の香りが広がった。なんで、なんで、とフリーナは呆然とした表情で繰り返す。

「フリーナ殿……無事か……?」

 理解が追いつかないフリーナの耳に掠れた声が届く。ゆっくりとヌヴィレットが微笑む。――――私は大丈夫だ、とでも言うように。

「ヌヴィレット……

 いつも白い頬は生気を失ったように白を通り越して青い。それも当然だろう、彼は夥しい量の血を失っている最中なのだから。
 つん、と鼻をつく鉄の匂いが一層強くなるなか、折り重なるヌヴィレットの背後で魔像がもう一度剣を振り被るのが見えた。

「くっ……!」

 唯一、自由な左手で剣を握り攻撃を反らせる。手がじんと痺れ、頬には僅かな痛みが走った。

「ヌヴィレット、待っててくれ。すぐに助けを呼んでくるから」

 彼の下から抜け出し、頬を流れる血を乱雑に拭えばぬるりとした感触がした。
 仁王立ちをする僕の両隣にクラバレッタさんとジェントルマン・アッシャーが並び立つ。二人とも目を三角にして戦闘準備は万全だ。

……さあ、我慢比べと行こうじゃないか。――これでも我慢強さには自信があるんだ」

 静水流転を握りしめ、魔像の群れを睥睨する。目的は勝つことではない。助けを呼びに行ったシュヴァルマラン夫人が戻って来るまで持ちこたえることだ。

「指一本、お前らに触れさせてなるものか」






 2体、3体……10体目からは数えてない。一体、何体いるんだ、と呆れてしまう。隣を見れば、サロンメンバーの二人も動きが悪い。僕が疲弊しているのだから当然だろう。

……ちっ!」

 魔像がヌヴィレットに近づく。ヒールをへし折って、無理矢理、体を滑り込ませた。

「ぐっ……

 切れ味の悪い刃が左肩を切り裂く。肩に痛みが走って叫び出したくなるのを舌を噛んで抑える。口の中に鉄の味が広がった。
 鈍臭い魔像を斬りつけ、蹴り倒せばごろり、という音と共に石の塊へと姿を変えた。
 左手に持っていた剣を右手に握り直す。

「ははっ……絶対絶命……ってやつだね……

 あれだけ倒したのにも関わらず、魔像はまだまだやってくる。――――最高審判官の彼はフォンテーヌになくてはならない存在だ、守らなければ。

「キミたち、大変だろうけど付き合ってくれるかい?」

 サロンメンバーの二人が頷いた。僕らはみんな満身創痍だけれど、それでも戦意だけは残っている。

「ありがとう……流石は僕のサロンメンバーだ」








「フリーナ!」

 石像の残骸が旅人の目に映る。その真ん中でヌヴィレットの頭を膝に乗せ、ぼんやりと座り込むフリーナがこちらを振り向いた。

「旅人……ヌヴィレットが……

 フリーナの傍らには、衆の水の歌い手が静かに控えている。

「大丈夫、安心して」

 不安げに揺れる瞳には疲労の色が濃く映る。安心させるために取った手は傷だらけで、酷使されたせいか痙攣まで起こしている。

「シグウィンと公爵をパイモンが呼んでくれてるし、ナヴィアたちも合流するから」

 フリーナの目に光が宿る。彼女の顔が俄に明るくなった。

「そっか、彼女が来てくれるなら一安心だ……ヌヴィレットも信…………してる…………

「フリーナ?」

「ああ、ごめん……すこし……ねむ……くて」

 ふらりとヌヴィレットに折り重なるようにフリーナが倒れる。

「旅人!」

 援軍の声が聞こえた安心感から眠気が増した。

 体が重い。

 ああ、よかった、と思いながらフリーナは目を閉じた。





「フリーナ!!」

「フリーナ殿!」

 目を開けばヌヴィレットとパイモン、旅人の顔が至近距離にあった。

「う、うわああ!?な、何、ごと……?」

 酷い目眩がして、視界がぐにゃりと歪んだように感じてベッドへと再び沈みこむ。

「動くな。君は絶対安静だとシグウィン殿から聞いている」

 ヌヴィレットの手が目を覆う。旅人とパイモンが「シグウィンを呼んでくる!」という声とともに忙しなく去って行く気配がした。

…………ヌヴィレット、怪我の具合はどう?」

 柔らかな布団の感触、そこかしこからする消毒薬の匂いでここがあの石造りの遺跡ではないことに安堵する。

……まずまず、と言ったところだ」

「そうか、よかった……

「よかった、だと……?君はどれだけ危ない状態だったのか理解しているのか?」

 ヌヴィレットの声は低く、冷たい。
 どうやら、相当お冠のようだ。無理もない。

「僕よりキミだろ?僕よりキミの方がこの国にとって必要な存在なんだから」