せつが
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6/9伊剣ワンドロワンライお題「歌」

4/14伊剣ワンドロワンライお題「橙色」https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22004758 で書いた、伊織に歌を教えてもらったことがあるセイバーの前日譚。
前のお話は知らなくても読めます。
また友というには距離感がおかしいのでよろしく読みねぇ。

 護持院ヶ原を通りかかったセイバーは、一面にすすきがなびく河原に息を呑んだ。
 セイバーが足を止めれば伊織もまた立ち止まり、セイバーの視線の先へと目を向ける。

 夕暮れ時の茜色に染まる空に、すじ雲がたなびいている。
 堀の水面はさざなみ揺れて、きらきらと陽の光が瞬いていた。
 鮮やかな落暉の光を浴びてすすきは黄金こがねに色づき、風が吹けばさわりと音を鳴らして波のようにうねっている。

「なんと見事な。夕陽に照らされ一面が橙色だ。水面はまるで水晶のように光っているではないか。イオリ、ここはどういうところだ?」

 江戸に住まう伊織にとってはさして目新しい景色ではなかったが、魅入るセイバーは目を輝かせている。
 伊織は乞われるままに答えを返すと、なるほどなるほどと、噛み締めるように頷きかえした。
 セイバーはそのまま黙って眺めている。伊織も連られ、改めてこの光景に目をやった。
 いつもは通り過ぎるばかりでしかと眺めたことはなかったが、なるほどどうして、たしかに見事な情景である。

「そうだな、いい景色だ」

 ススキは子供の背ほども伸びて、かくれんぼをしている童たちが目に入る。
 橙色に染まりし一面はどこか、懐かしさを覚える色合いだった。

「イオリもそう思うか? うん、いいものだな。景色もよいが、同じものを見て、同じ気持ちを抱けるというものは」

 セイバーは景色を見たままこう告げた。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。 
 伊織と並び、同じ気持ちでなにかを眺めるこのひと時が、なんともかけがえのないもののように感じたのだ。
 
 近ごろ伊織の隣は心地よい。
 互いの呼吸がわかってきたと思えるし、喋れば打てば響くように応えがある。斬り合いの最中も、危なげなところはなくなった。
 思いもしなかったのだ。己以外の誰かと並び、半身を預け戦える日が来ようとは。
 初めてできた、大切な、大切な人。
 そしてまた、伊織自身もそう感じていてくれたらいいのだがと、少しの希望を募らせている。
 
 すると隣からなにやら声が耳に届いた。
 なにごとかと目を向ければ、伊織が鼻歌混じりの歌を唄っている。
 長歌短歌ではない、拍子をつけて歌うそれだ。
 こんな歌声だったのかと驚いたのも束の間、届く歌の内容に惹かれていく。
 その歌は、陽の暮れゆく様を友と見て、ともに過ごすこの一日が、終わりゆくのが惜しいと嘆く歌だった。
 
 まだまだ聞いていたかったが長い歌ではないようで、伊織の声はすぐにやんだ。
 
——おまえとこれを眺めていたら、浮かんでしまってだな……
 
 そう言う伊織は首に手をかけ俯いてしまう。
 それだけで前髪の長い伊織の顔はよく見えない。少し調子に乗りすぎたとばかりに照れているのだ。
 
 それを見たセイバーは言葉に詰まってしまった。
 伊織がいつもはやらないようなことをやってまで、自分に伝えようとしてくれた心が、そこにはあるように思えたからだ。
 早くなにかを言わないとと思うものの、うまく言の葉が出てこない。そうしないともう二度と、歌ってくれないのでないか、そんな予感がしたからだ。
 
……うん、うん! とてもいい! とても、とても今のっ……そのっ」
 
 心がいっぱいになって、あふあふて、言の葉がこぼれて声にならない。
 気持ちばかりが先へと行って、伝えたいことが形にならない。
 心に体が追いつかず、何度も同じ言の葉を繰り返してしまう。
 言いたいことはたくさん、たくさんあるのだ。いくつもの大切なことを、この歌を、教えてくれた伊織には。
 それを言の葉にするために口を開くのだが、出てくるのは〝あの〟とか〝その〟ばかりでもどかしい。
 
 しきりになにか言おうとするセイバーを、伊織は黙って見つめ返した。
 上気した頬は柔らかに桃色に染まり、開かれた瞳は、瞬きのたびに星影が散りぴかぴかと光っている。
 言の葉は出なくとも、喜んでいることはよくわかった。
 なにかを伝えようと必死な姿に伊織もまた、セイバーの心に触れたように思えたのだ。
 きっと今、自分はしたことのない顔をしているに違いない。
 なんとも面映くはあるのだが、目の前の歓喜溢れるセイバーを見れば、やって悪くはなかったかと、少しばかり満ち足りた気分になるのだ。
 
「イオリ! その歌を教えてくれ!」
 
 ようやく出た言の葉は、なんとも素朴なひと言で。
 気持ちは種種雑多にあろうとも、一番最初に心に湧いたものはこれだった。
 この歌を分かち合いたいという気持ち。
 伊織が知るこの歌を、自分の中にもしまっておきたいと思ったのだ。
 ただそのためにはもう幾度かは歌い上げ、教えてもらわねばならないわけで。それはなかなかに難しいことではあるまいかと、そういう予感はあったから。
 恐る恐る伊織を見れば破顔一笑。目を細め柔らかい笑顔を浮かべる伊織がいた。
 
「いいぞ。では教えながら帰るとするか」
「ありがとう! まずはな、歌の文句を知りたい。それから節だ! この歌は節もよかった。最後に向かって盛り上がるから、歌うこちらも情を込めてしまいそうだ。この歌を作った者は、人の気持ちがよくわかっている!」
「わかった、わかった。わかったから落ち着けセイバー。どこかへ飛んでいきそうな勢いだぞ。それでは教えるものも教えられん」
 
 あまりにもセイバーが跳ねるものだから、伊織は思わず、セイバーの手を握った。
 童にやる仕草だったかとすぐに手を離そうとしたところ、
 
「飛び立つつもりが、イオリにつかまってしまったな」
 
と、逆にぎゅう、と握り返される。
 くしゃりと笑うその顔はさらに赤く、それは暮れ方の陽の光のせいだけではなさそうだった。
 なんだかひどくこそばゆい。だが、互いに手を離そうとはしなかった。
 繋いだ手から伝わるぬくみを感じたまま、ふたり並んで歩き出す。
 
 日没前の茜色は赤みに変わり、空高くは紺色を広げている。とりの空には一番星が光って見えた。
 うんと傾いた陽の光で、ふたりのうしろの影は伸びている。
 そのの距離は、今までよりもずうっと近くに寄っていた。