Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
せつが
Public
Clear cache
6/2伊剣ワンドロワンライお題「恋文」
お題「恋文」をお借りしました。
代筆仕事で恋文を書く伊織とセイバー。本編時空2周目あたり? 離別が待っているふたりという話し。
手紙の古文は人さまに助けてもらいました。私は現代文下書きのみです。大大大感謝!
セイバー手紙はね、知っているみたいなんですが、文字はどうだろう。
漢字は身分高いので履修してる……けど、かなは知らない、という設定で書きました。
文字、知ってる描写ありましたら教えてください。わからないまま書いた。
当時の結婚事情とか代筆とか文字とか紙とか手紙とか、そしてセイバーの識字とか、つまりほぼ全部考証はふんわりしているのでよろしく読みねぇ。
夏、麦秋至りて、道ゆく人の夏の装いも板につくころ。
宮本伊織とセイバーは、同心新井助之進の元へと浅草の町を歩いていた。
真夏のような陽射しの下を、棒手振りや商家の小僧など多くの人が行き交い、道は雑多に賑わっている。
近ごろ陽の光はすっかりと夏の暑さを乗せ、
単
ひとえ
でも汗ばむほど。
夜でも裏の障子を開け放ち、風を入れる日が増えた。そろそろ
長雨
ながめ
の時期が来る。それが終われば七夕で、いよいよお天道様が照りつける季節だ。
そんな中、伊織とセイバーは助之進の元へと急ぎ歩を進めている。すでに一件依頼をすませた。
思いのほか早く片付いたため、報告がてらにもうひとつ、仕事がないか尋ねるつもりだ。
なにゆえかように
急
せ
いて依頼をこなすのか。
はやい話が懐具合が寂しいのだ。入る禄などないままに、今では大食漢の居候を抱える身である。あごが干上がるその前に、手を打ちいくらか余裕がほしい。銭のあるなしそのことが、ことさら重要になったのだ。
原因のセイバーを盗み見れば、この暑い中、汗ひとつかかぬ涼しげな様子で歩いている。
触れれば体は
温
ぬく
く、汗をかかぬわけでもなさそうだが
……
サーヴァントとはなんとも便利な造りだと羨ましくなった。
やくたいもないことと思いつつ、伊織は手拭いで首の汗を拭い足を速めた。
はてして助之進はいつもの場所にいた。
あちこちと探し回らず助かったと目を向ければ、助之進もこちらに気づき手を上げる。
「おっとご両人、やけに早い帰りじゃねぇか。もしかしてさっきの依頼、もうこなしてきてくれたのかい?」
黒の紋付羽織に着流しの助之進は、これからの季節、見ているだけで暑苦しい。役職柄
違
たが
えるわけにもいかず、毎年のように暑い暑いと嘆いている。
伊織も手を上げ応えると、大きくひとつ息を吐いた。
「助之進すまない、先に休ませてくれ」
伊織はそう告げると隣の縁台に腰を下ろした。
縁台には野点傘が立てられおり、できた日陰に体を入ればそれだけで涼しく、伊織の汗もたちまち引いた。
この時期はまだ、日陰ひとつで充分涼しい。
長雨
ながめ
が明けた小暑になるとこうはいかない。
「いやまいった。今日は暑くて真夏のようだ。歩くだけで汗ばむとは思わなかった」
「イオリがやたらと早足で歩くからだ。もそっとゆっくり歩いてもよかろうに」
前に立つセイバーに、途中の屋台を覗きたかったとぼやかれれば、早足で戻ってよかったのだと痛感する。
「暑い中すまねぇな。で、どうだった? うまくいったかい?」
「首尾よくな。そこでだ助之進、ほかになにか仕事はないか? 今日はまだ日が高い。やれることがあるようなら、口を利いてもらいたいのだが
――
」
追加の仕事はないのかと尋ね終わるその前に、助之進から身を乗り出し詰め寄られ、伊織はなにごとかと身を引いた。
「いや、いいところに戻ってきてくれた。伊織さんによ、ひとつお願いしたい仕事があるんだよ」
いつになく前のめりな助之進の様子に、つと嫌な予感がちらつくも、同時に銭もちらついて、伊織はひとまず、話を聞いてみることにした。
◇◇◇
「代筆? どういう話しだ? なぜ俺に回ってくる?」
伝えられた内容は、いつものような荒事ではなく代筆で。
書や文が達者な者が適任と思えるが、なぜ伊織なのかがわからない。
「いやぁ生憎とどいつもこいつも悪筆でよ。そこで伊織さんよ。あんたのお手前はぁそりゃあ達筆だったと思い出したってぇわけだ。ここはひとつ、人助けと思って引き受けてはくれねぇか」
ほかに頼める人もいないのだと手を合わせて拝みこむ助之進と、受けるを迷う伊織を見て、セイバーはあごに指あて首を傾げた。
「スケノシン、伊織の字はとくだん綺麗な文字ではないぞ? 読むのに支障はないという程度だから、代筆に向いているとは思えんが」
「なにやら馬鹿にされている気がするが
……
いや助之進、たしかに俺の字は綺麗ではないと思う。セイバーの云うように、なにか行き違いがあるのでは?」
助之進は伊織の文字を達筆だったと訴えるが、云われた伊織本人は、己の字が達者だとは考えたこともないようだ。未だかつて、人から字を褒められたことなどないという。
てんで駄目とは思わぬものの、誇れるような字でもない。
「そんなこたぁねぇだろう。このまえもらった書き付けは、流麗な見事なモンだったじゃねえか。ええとほら、失せ物を届けてもらったときの
……
」
「あれか。あれはカヤが書いたんだ。ほかのことで手が空かずのところ、カヤがいたので代わりに書いてもらった。文面は俺が口述してな」
詳しい話しを聞いてみればなんのことはない、助之進が云う綺麗な文字の持ち主とはカヤである。
養女として引き取られてからというもの、武家の子女として必要な教育は施されているようで、なかでも書についての上達は目を見張るものがあった。
「ええ!? するってぇとあれかい、あの流麗な字はカヤちゃんの字なのかい?! いやぁ若いのに見事なもんだ。どこに出しても恥ずかしくない美麗な文字だよ。いやでも、だからってカヤちゃんに頼むわけにもいかねぇなぁ
……
伊織さん、やっぱあんたにお願いするわ。書のほうもそんなに悪くはねぇだろ?」
「普通だと思うが
……
」
美麗な文字の持ち主が、カヤとわかってなお言い募る助之進に、伊織は腰から矢立を取り出し一筆書いた。
そこにあるのはまあまあ悪くはないものの、どこから見ても男の字である。
「どう見ても男の書く字だ
……
まぁ、いけるか?」
「おい」
「いや睨むなよ伊織さん。これにはわけがあるんだよわけが」
「わけ?」
もったいつけて語る助之進を見上げれば、眉は切なげに寄せられて、頬はうっすらと赤く染まっているではないか。まるで恥じらう乙女の
様
さま
に、セイバーと伊織はふたり、見合わせては眉を顰めた。
なんだこれは。
「いやなぁ、代筆の内容は付け文ってわけでさ。こうなると汚ねぇ字より綺麗な字ってもんだろ?」
「「付け文?!」」
晴れた夏の浅草の空に、ひときわ大きな、ふたりの驚愕の声が上がるのだった。
◇◇◇
「助之進、ひとつ尋ねるが、この場合の付け文は恋文、ということでいいんだろうな?」
「あってるあってる。それがなぁ、頼んできたのは女人でな。女人から先んじて付け文を送るたぁ、どうも事情があるらしいんだよ。でもまぁ、女からの付け文もらうなんざぁ一度はもらってみてぇもんだねぇ」
助之進はあごに手をやり、しみじみと感じ入るかのように頭を振った。
おそらくこれは、己が文をもらう場面を想像しているに違いない。
「スケノシン、当世では女人から先に付け文を出すのは、
憚
はばか
りのあることなのか?」
「当世? セイバーさんは不可思議なことを言うねぇ。まぁ普通は男から先に文を出して、そこから恋が始まるってぇのが定石だなぁ」
「ほーん?」
説明を聞いたセイバーは、ちらりと伊織の顔を見る。
なにを隠そうこの男、今しがた助之進が羨ましがった女人からの付け文を、幾度かもらったことがある。
その時は女人からの付け文が、どういうことであるのかわからずにいたのだが、なるほど。女人から先んじての文とは滅多なことであるらしい。
そこそこおモテになるようでと、セイバーは呆れてしまった。
まったく世の女たちは、この男のどこがそんなにいいものか。
(やめておけ、甲斐性なしだし、腹に一物抱えた男だぞ)
考えごとが顔に出たのか、伊織のほうも訝しげな視線をよこした。
「
……
さっきからなんだ? 言いたいことがあるなら言え」
「いや別に。そうさな、なんだか穴子の握りが食べたくなってきたなー。そうしないと口がむずむすして、思ったことをすべてしゃべってしまいそうだー。例えば誰かがもらった文の話とか。ああ食べたい、食べたいなー」
「
……
今度な」
伊織はここで、セイバーがなにを云いたいのかに気づいてしまった。
文の話しだ。
伊織にとっては意味のあるもではなかったし、よこした相手には丁重に断りもした。
だが、ここで話を持ち出されては、助之進になんと云われるかわかったものではない。
交換条件はあるものの、
強請
ゆす
りに近いお願いに、渋い顔で首を縦に振るしかなかった。
とにかく一度、依頼人と会って話を聞きたい。
なにしろどうやっても男の字なのだ。ましてやこちらは女文字への知識も薄い。
荒事ならばふたつ返事で引き受けるところだが、女人から送る付け文の代筆が男の字とあっては、慎重にならざるを得ず。
受ける受けないはそれからだと助之進へ告げて、今日は帰宅とあいなった。
なるべく早く、返事を持ってくるという。
ちなみに、依頼の報酬はとてもよかった
――
◇◇◇
助之進の仕事は早く、さっそく依頼人との渡りをつけてきた。
セイバーを連れ浅草の茶屋にて待ち合わせをすると、現れたのは侍女連れの、年のころ十七、八の娘である。
髪を
総髪
そうがみ
に結った凛とした佇まいの持ち主で、娘というより若衆のようであった。これは町の娘たちにも人気が出よう。
話を聞けば、とにかく字の癖が強いという。
周りは
慮
おもんばか
って口を濁すが、自分の書く字は読めぬときすらあるらしい。
このとおり、と出された紙を見ればなるほどどうして、相当のかな釘文字である。
ひととおりの手習いはすませたつもりだが、書はどうにも苦手なままでと、娘は力なく肩を落とした。
名は槙野といった。
幼いころから剣が好きで、ひたすらに竹刀を振ってきたという。
女の身であるものの、末っ子ゆえか父が甘く、好きにさせてくれていたからここまでこれた。
しかしもう年も十七。父も最後に縁談をと、自分を嫁に出したら兄に家督を譲るという。
ここまで好きにやらせてくれたのだ、持ち込まれた縁談は、なにも言わずに受ける気でいる。
だが最後に、叶うならば心残りをなくして嫁ぎたいと、文を出す由をそう告げた。
相手は道場の師範代。指導を受けるそのうちに、想うようになったのだと、はにかむような笑顔を見せた。
直接本人に伝えられればよいのだが、この気持ちをとなると、どうにもこうにも勇気がでない。そこで文をと思い立つが、このとおりの悪筆である。
一世一代の大勝負、読めぬわからぬでは意味がない。
男の字でもかまわない。女文字に明るくないというのなら、いま言う言の葉を書いてくれればそれでよい。だからどうか、引き受けていただきたいと、丁寧にお願いされた。
依頼に関わる気がかりは消え、伊織は請け負うことにした。
紙と矢立を取り出して、さらりさらりと文の内容を書き留めてゆく。
「
……
これ恋文か? 果たし状の間違いでは?」
「セイバー」
書き留め綴った内容は、恋文としてはいささか変わったものであり
――
伊織とセイバーは額を寄せ合い相談するも、依頼人はこの内容でよいという。
代筆でもなんででも、とにかく気持ちを伝えたい。うまくいかなくともそれでいい。気持ちに区切りをつけてから、先へ行きたいのだという強い希望がそこにはあった。
清書ののちお渡しすると約を交わした。
◇◇◇
長屋に戻り戸口をくぐれば、室内からは九つ刻のむわりとした暑さが流れ出る。
今日も今日とてよい天気で結構なことではあるのだが、
長雨
ながめ
の前にこの暑さでは、この先が思いやられるというもの。
戸口と裏庭の障子を開け放ち、風を入れることにした。
麦茶を淹れつつしばらく待てば、ようやく人心地ついた。
文机の彫仏道具を片付けて、筆と硯を用意する。筆も硯も書を嗜む者なら凝るところだが、生憎伊織は、書ければよいという
性質
たち
だ。
墨を摩りつつ裏庭から外を見れば、青空に白い綿雲が浮かんでいる。
さて清書と紙を取り出したところで、セイバーがひょこりと手元を覗き込んでくる。
「文はその紙に書くのか?」
取り出した紙は杉原紙だ。
二本差しにはよく使われる、丈夫で質のよい紙である。
付け文に使うのだ、さすがに漉き返しの紙ではまずかろうと、こちらを選んでみたのだが
……
「せっかくの恋文なのだろう。紙にも色気がほしくはないか? あるだろう、色のついた綺麗な紙が」
なにやらセイバーから物言いがついた。
聞けば紙にも
拘
こだわ
れという。
「おまえの時代にはかようなものはなかったと思うが、よく思いつくな」
そういうものであるのかと、思いつきもしなかった発想に、伊織は素直に感心してしまった。
「カヤやアリアが持ってくる、菓子や小間物の包み紙を見とらんのか。あれは女人が喜ぶ仕掛けだが、そういったもので文を送れば色気も出よう。これでも妻帯者だ。媛からもらって嬉しいものなどお見通しよ」
朴念仁のイオリには思いつかない手ではあるがなと、語るセイバーの前髪はふふんと得意気に揺れた。
「それにしてもよく引き受けたな。恋文などイオリのもっとも苦手な分野であろうよ」
「そうだな。いつもなら断っていたかもしれんが、報酬がよかったのが大きい。それに文面は依頼人が考えると云ったからな。そこは俺ではどうにもならん」
苦笑混じりでそう言うと、作戦会議とあいなった。
まずはセイバーを連れ紙屋へ赴き、これといった紙を求める。このあたりの費用はあとから請求したいところだ。
紙を決めたらその次は、伊織が懇切丁寧に文字を書く。墨継ぎにも気を配り、あまり黒々とは仕上げない。
仕損じればそのぶん費用もかさむので、集中して取り掛かることにする。
今日はまだまだ日も高い。善は急げと紙屋へ向かうこととした。
◇◇◇
先達
せんだつて
文差上候事 はしたなく
存
ぞんじ
まいらせ
候
そうら
えども 一筆申上まいらせ
候
そうろう
恋しきにせきあえず御伝申上まいらせ候
何卒御覧下されたく存まいらせ候
此身と雖も 兼てより剣の道に邁進
致
いたし
居
おり
候
先生の稽古にて 上達致まいらせ候事 実に嬉しき事なり
先生の太刀筋の鋭利なるは 練達なり 剣を持つ姿美しく
毎々
まいまい
見惚居候
一度剣を下さば
穏
おだやか
なる笑顔
其
それ
も
又
また
素敵に存まいらせ候
いつの頃よりか
御慕
おしたい
申上まいらせ候
御教授願申上まいらせ候へども 止むを得ず道場を
罷退
まかりのき
候事に
相成
あいなる
べく候
然らば最期にて 真剣の
手合
てあわせ
御願申上まいらせ候
何卒々々
此志
こころざし
御含置
おふくみおき
下されたく存まいらせ候
御返事御待申上まいらせ候べく候
めでたくかしく
「こんなものか」
墨を乾かしながら、綴った用紙に目を落とした。
セイバーが紙屋で求めたのは色鮮やかな紙だ。
浅縹の紙に透かしの入ったそれは、よく晴れた青空のようであった。曰く、依頼人の印象らしい。
ちっともわからず、伊織には綺麗だという感想しかない。
ともあれ、これを使って文をしたためたのだ。幾らかは色気もあろうに違いない。
書き上がった内容に間違いはないものかと確認のため、下書きと照らし合わせて読み上げてゆく。
清書作業を見守っていたセイバーも、隣に座して黙って聞いた。
読み上げに耳を傾ければ、落ち着いた声音が届く。
伊織の声だ。
高すぎもせず低すぎもせず、セイバーはこの響きが心地よい。
普段は穏やかで、年にそぐわぬ落ち着きすら覚える声であるのだが、ひとたび剣を抜き斬り合いになると、腹から轟くような声が出る。勇ましい男の声だ。
その声に、こうして聴くことだけに意識を向けるなど、なかなかない機会であった。
読み上げは淡々と進むかと思いきや、読んでる本人、どこか文面に引き摺られていくようで。
幼子に昔話を聞かせるように、声音に気持ちが乗ってゆく。それはそれで結構なことだが、文は恋文であったのだ。
これを情感込めて読み上げるものだから、聞いているセイバーはまるで、己に語りかけられるかのような心持ちになった。
伊織は普段、かような言の葉は使わない。けれど、聞こえる声は伊織なのである。
思慕を語るその言の葉に、セイバーはひとり大いに照れてしまい、読み上げる伊織を見ておれず俯いてしまった。
しかして読み終えた伊織はセイバーに、是非を問おうと顔を向ければ、俯き視線を合わせない、頬を染めたセイバーがいたのであった。
◇◇◇
その夜、セイバーは縁側の障子を一枚開け放ち涼んでいた。
昼の暑さがまだ残り、戸を開けていても寒くはない。
サーヴァントゆえ、暑さ寒さで体を壊すはないものだが、生身の伊織も寒くはないと云ってくれ、こうして甘えて戸を開けている。
ときおり入る涼やかな夜風が心地よい。
見上げれば昼間の雲はどこぞへ消えて月は薄く、
数多
あまた
の星が
瞬
またた
いていた。
セイバーが生きていた時代からだいぶ時は流れた。
おかげで見ることなすこと目新しいものばかりだが、空は変わらず天にある。
(離別のまえにひとつ願いを叶えたい、か。わからぬ想いではないな。私もまた
――
)
また、人を想う心の
様
さま
も変わらぬのだと、星空を仰ぎ思いを馳せた。
伊織はふと、彫仏の手を止め
面
おもて
を上げた。
見ればセイバーが先ほどの文の一文を、口ずさみ夜空を見上げている。
風が吹くたびセイバーの前髪がそよりと揺れては、こめかみの髪を撫でてゆく。
聞こえるは呟くような小さな声で、自身が気づかぬまま口に乗せているのだろう。
見上げ遠くを見るその姿は、行燈の明かりに淡く浮かび上がっている。風で明かりが
瞬
またた
けば、山吹色の瞳もまた、水面のようにさざめき揺れた。
伊織は絵姿のようなセイバーを、ぼんやり見つめて動きを止める。
呟くその一文に伊織もまた、思うところがあったのだ。
依頼を受けたのはたしかに報酬がよかったからだが、もうひとつ、別の由があった。
〝御教授願申上まいらせ候へども、止むを得ず道場を
罷退
まかりのき
候事に
相成
あいなる
べく候
然らば最期にて 真剣の
手合
てあわせ
御願申上まいらせ候〟
だったか。
ともにありたいのにそうあれない。離別を覚悟し最後にひとつ、どうか願いを叶えたい。
儀が終わればセイバーは座へと還る。
その刻限は近づいており、離別の日は遠くはない。場合によっては次の瞬間、訪れるものかもしれなかった。
凪いだ日々に突如として現れた、水を操る白妙の剣士。
ひとたび剣を取れば月のように冴え、曇りひとつない澄みわたる絶技を振るう。
己の持つ剣技とはまるで次元が違っていた。ただ振るう、それだけでなにをかもをも打ち倒す極限の剣。
求め、焦がれつづけたその剣が目の前にあったのだ。
だが、剣を下ろせば童のような、溌剌とした笑顔を見せる。
あれはなんだ、これを食すと乞われては、その笑顔に押されて願いを聞いた。ずいぶんと
揶揄
からか
われた覚えはあるし、逆に揶揄い、ふんすとへそを曲げられたこともある。
同じ釜の飯を食うてはともに動き、笑い合い、傷つき倒れては互いを助けて危機を抜けた。
友なのだ。
背中を預けて戦える、かけがえのない友なのだ。
ここまで己に踏み込ませた相手は、未だかつていなかった。
息苦しさを覚える墨色の凪いだ日々は、セイバーが現れてからは少しだけ
彩
あや
が乗った。
(寂しいのか。セイバーとともに戦いぬく、儀と凪の日々が終わるのが)
そんな彼と別れることを、
否
いや
が応でも突きつけられて、伊織自身、初めて覚える〝寂しい〟という感傷だった。
同時にひとつ、別の思いもある。
叶うならば
――
叶うならば命を賭けた、修羅羅刹の勝負にて
――
(◼️ち◼️かし、◼️る)
伊織は浮かんだ思考を最後まで見届けずに目を瞑り、深々と息を吸った。
己を
象
かたど
る剣への衝動は日を追うごとに増してゆき、抜き差しならぬところまであとわずかと予感がある。
だがまだ、まだ直視してはならない。
昂りをこのまま見つめて開花させてしまえばきっと、ここへは二度と戻れない。
行燈の火に釣られた羽虫が炎に炙られ、じり、と焼け落ちる音がした
――
◇◇◇
依頼の手紙を納めてしばらくののち、その末は助之新からもたらされた。
「そういや伊織さん、この前やってもらった代筆だけどよ、どうやらうまくいったみたいだぜ。なんでも結局、縁談の相手はお互いだったという、本草子みたいなオチがついてよ。今度お礼に行きたいって云ってたぜ」
「ほう、それはよかった。なに、代金はすでにいただいている。礼は不要と伝えてくれ。叶った恋路に、仕事とはいえ男の姿はいらんだろうからな」
なにやら変わった依頼であったが、ともあれうまく
纏
まとま
ったらしい。この先ふたりに幸あれと、喜ぶ伊織と助之進をよそに、セイバーだけは怪訝な顔で聞いていた。
「あの文でなんとかなったのか
……
あれで
……
これは相手の男もなかなかの変わり者だな?」
「そうか? 相手も憎からず想っていたのなら、うまくいくこともあるんじゃないのか?」
「おお? どうした? イオリが恋路を語るとは、明日は雪か槍でも降るかもしれん」
「ぬかせ」
「しかしまぁ、仕事とはいえ恋の文とは、奇妙な縁もあるものだ。きみ、色だの恋だのには興味がないだろう?」
セイバーは片方の眉をつッと上げ、
揶揄
からか
うように問うてくる。
いいががりだと言いたいところであるのだが、これがどうして、まったくもってそのとおりでぐうの音も出ない。
苦虫を噛み潰したような顔をしたのだろう、顔を見たセイバーは、答えはわかったと吹き出していた。
「なあイオリ、私の生きた時ではな、恋は
孤悲
こい
と書いたんだ。愛しい恋しいだけではない、求めるものがいなくて寂しい、
孤
ひと
りは悲しい、だ」
これならどうだとそう云うと、へらりと笑顔を伊織へ向けた。
ともすればそれは、ともにあれないことを哀しみ惜しむ、泣き出しそうな顔だった
――
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内