せつが
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5/12伊剣ワンドロワンライお題「母」

5/12伊剣ワンドロワンライお題「母」をお借りましました。
伊織は仲を進めたい。けど、セイバーが逃げている、ちょとだけ身体接触あるふたり。
最後はちゃんと伊剣になる。
セイバーの性別は男女指定ありませんが、女性体になれる匂わせあり。
古事記を読んでから書くべき話だった。今回はできなかったので、ご母堂まわりはなんちゃってとして読みねぇ。

「母の思い出?」
 
 セイバーは伊織に突然そう聞かれ、意図が掴めず、投げられた言の葉のままを返した。
 背に乗る長い三つ編みが畳に落ち、毛先だけ色のない房が扇のように広がった。
 
 ◇◇◇
 
 伊織の幽霊長屋である。
 昨日は遠く二子まで赴き、返す足で等々力と世田谷にも立ち寄った。
 休み休み回ったものの、道中立ち回りも多くあり、セイバーはともかく生身の伊織には休みが必要だと、本日は休息と相なったのである。
 いつもならば予定がないならないならで、工房の手入れだの部屋の掃除だのをしてしまうところだが、運良くカヤが顔を出し、あれやこれやと面倒をみてくれた。
 結果、生活に関わるやらねばならぬことのすべてが終わり、雑事に追われぬ時間を得ることとなった。
 おかげさまで天気もよく、洗った衣もよく乾く。
 寒さ暑さを感じぬよい塩梅で、長屋の戸口を開け放ち、部屋に風を入れている。
 差し込む陽射しは、八つの穏やかな明るさを室内へと届けていた。
 
 せっかく時間ができたのだ。伊織はこれ幸いにと見台に向かい、師から受け継いだ書を読み返している。
 その背を見ながらセイバーは、腹這いになって畳の目を数える暇つぶしをしているところだ。
 ここで伊織は、書に目を向けたままセイバーに問うたのだ。「ご母堂との思い出はあるのか?」と。

「母の思い出?」
 
 セイバーは畳から顔を上げると、意図が掴めず、投げられた言の葉のままを返した。
 背に乗る長い三つ編みが畳に落ち、毛先だけ色のない房が扇のように広がった。
 
「脈絡のない問いかけだな。君は私の心のかたちを見たのだろう。あれに母の姿はあったか? それが答えだ」
 
 問うた伊織が目をやれば、セイバーは再び畳に顔を向け、この話は終わったとばかりに畳目をかぞえ始めている。

「どうしたいきなり。楽しい話しではないとわかっているだろうに、それを聞くとは珍しい」
「すまない」
「謝るほどではないさ。なに、やんごとなき一族には掃いて捨てるほどある話だ。気にしていない」
——書に、読んでる書に母についての記述があった。俺には馴染みの薄い話しだが、おまえはどうなのかと気になった……踏み込みすぎたな。重ねて詫びよう」 
 
 伊織が語るいきさつは、彼にしては珍しいよしだった。
 
「これは珍しいこともあるものだ。君が思いつくまま言の葉を口にするなど、そうそうないのではあるまいか?」
……そういうときもある」
「ほーん? これはなにか? 私のことに興味があると、そういうことかな?」
 
 半眼開きの揶揄からかいを、伊織は黙って見つめ返した。伊織はこの揶揄からかいが、気を遣ってのことだと知っている。
 セイバーは毒気を抜かれたのかつまらなそうな顔をして、再び畳に目を落とした。
 だが、短く揃えた爪先は数をかぞえず、いたずらにおもてを撫でるばかりで——
 
「美しい人だったよ。いつも悲しそうな顔をして、俯いていた人だった」
 
 柔らかな髪がとばりのようにおもてを隠し、その表情をうかがうことはできなかった。
 
 
「あーやめだやめだ! なにをやるにも興が乗らん! だいたいイオリよ、我らは互いに、親とのよすがが薄いのじゃああるまいか? ならばかような話しをしたところで埒があかんぞ」
「互いに薄いか」
「互いにだ。この私とお揃いだぞ喜べ」
「揃いか」
「お揃いだ」
「それはまあまあ悪くはないな」

 やくたいもないやり取りに、ふたり同時に吹き出してしまう。
 笑い声に重い空気は拡散し、すっかりいつもの気の置けないやり取りだ。
 すでに八つもだいぶん進み、セイバーは棚から落雁を取り出してきた。カヤがふたりにと持ってきた落雁である。
 戸口から吹き込む風が気持ちよく、かまちに腰掛けおやつとなった。
 セイバーが茶を入れると、俺にも頼むと、伊織はひと言声をかけた。

「たしかに親とのよすがは儚いが、叔母がなにかと気にかけてくれる人でな。あの人には世話になった。君にも武蔵がいただろう。カヤはどうだ? カヤには君がいるけれど、小笠原の家ではよくしてもらっているのか?」
「養子としてはよくある待遇だろう。様子を見るかぎりは、無体を強いられているとは思えんが」
「ならばよい。たびたび君の顔を見に来るのだ、家にづらいのかと思うじゃないか」
「それはあれだ、カヤが俺のことをなにかと心配するからで……
「君、そういう自覚はあるんだな」

 言うだけ言って口に落雁を放り込めば、ざり、という歯触りとともに甘さが口に広がる。
 その甘さとともに兄ちゃんご飯は食べてるのと、心砕いて世話を焼く、カヤの姿が思い出された。
 
「カヤはよき母となりそうだな」
 
 セイバーがもらしたこのひと言に、そうだな、と相槌を返した。 
 置いた刀に目をやれば、赤い組紐でこしらえた梅結びが、ゆらゆらと風で揺れていた。

 カヤとて武家の子女である。
 婚姻とは家同士の繋がりでもあるがゆえ、好いた相手と添いとげることは難しい。
 だが、できることならよい縁を結んでほしいと、常々願ってはいる。

 霊厳洞にいた幼き頃より、兄妹として一緒に暮らした。
 血の繋がりこそないものの、カヤとともに笑いもしたし、涙を拭ったこともある。
 寒ければ同じふすまに身をくるみ、暑ければ川へ涼みにふたりで行った。
 山を駆けては野苺を摘み、ねだられては御伽草子をそらんじた。髪を結えた日もあったか。
 長じた今では、逆に細々こまごまと目をかけられて、面目立たない立場であるが……
 開け放った長屋の戸口に顔を向ければ、この瞬間にも兄ちゃんと、顔を覗かせる娘の姿が目に浮かぶ。

 笑っていてほしいのだ。
 たったひとりの妹なれば。

 宮本伊織は小笠原カヤの、まごうことなき兄である。剣に焦がれる身であれど、妹を想う気持ちに嘘偽りはない。
 そして兄であるところの伊織には、カヤの交友関係も、いささか気になるところであったのだ。
 ゆえにあの日、セイバーがとったカヤに対する振る舞いには、気ががりなこともあるわけで——

「セイバー、この際だから聞くが、おまえ、カヤのことをどうと思っているんだ?」
「ふむ、カヤか。よき媛だと思っているぞ。兄想いで気の利く、働き者の優しき媛だ。そしてなにより、カヤのこしらえた御御御付けがたいそう美味い! これにつきる」
「いや、そういうことではない。おまえは先日、カヤに櫛をやっていただろう。その、なんだ、カヤに気があるのかと聞いているんだ」

 セイバーは瞳を瞬かせ、手に持った落雁を頬ばった。口の端に落雁の屑がつく。
 素朴な甘みがなんとも美味い。しっかりと味わい、飲み込んだところでやっと口を開いた。

「いや驚いた。あの場はあっさり引き下がったゆえ、てっきり気にしていないものなのかと。そもイオリきみ、櫛を贈る意味を知っていたのか」

 実のところ、目の前の男はそこそこモテる。
 けっして二枚目ではないのだが、近所の女人にはそれなりに評判がいい。
 その立ち振る舞いや姿勢の良さに、なにより下心を感じさせないそのさまに、警戒心を解くのだろう。
 そこにくわえて独り身だ。
 やれ飯を作ってやろうかだの掃除してやろうかだの、世話したがりの女たちから声をかけられることもあった。
 ところがどうして、当の本人はまったくその気がないようで、その全てを断っている。
 あの美貌を持つアリアからの秋波にも、戸惑い困るばかりだったのだ。
 もっとも、あれを秋波と呼んでいいのかは、一考の余地あるところではあるのだが。
 さておき、要するに色だの恋だのに興味がない。そんな男であるがゆえ、櫛にまつわる意味合いを知っていたのが、いささか意外であったのだ。

「おまえは俺をなんだと思っているんだ。伴侶として添いとげたいと、そういうことだろう。そのくらいは知っている」

 セイバーに揶揄からかわられ面白くなさげなおもてを浮かべるものの、伊織はセイバーの頬の屑を拭ってやる。
 そのかけらは、伊織の口の中へと消えてゆく。

「で、どうなんだ。カヤに櫛をやったのは、そういうつもりなのか?」
 
 いつもと違う、探るような声音を聞いて、セイバーは外に目をやり一口茶を啜る。
 
「そういうつもりだったらどうとする?」

 手を握り、肩を寄せ合うあいだであるのに、かような問いをかけるのかと、少しだけ意地が悪くなった。
 戸口から風が入り込み、見台の書がぱらりとめくれる音がする。
 
……どうともすまい。カヤにもおまえにも選ぶ自由はある。だがカヤは武家の娘だ。婚姻とは家同士の繋がりでもある。容易なことではないことは、おまえもよくわかっていよう」
 
 行儀の良い言いぶんに、横目でじろりと目をやれば、彼は至って真面目な顔で続く言の葉を待っていた。
 
「ずいぶんと物わかりのよい返事だな。その言い草も気に入らん。あの時は〝おまえにこれほど思われていたと知ればー〟とかなんとか、容認とも聞こえることを云っていたではないか」
 
 セイバーはひとつ大きく嘆息する。
 わかっているのだ。伊織がなにも、己の気持ちを疑ってなぞいないということは。
 だが相手がカヤでは、ここを問いたださねば立ち行かぬと、そういうことであるのだろう。なんとも律儀な男であるし、なんとも妹思いでもある。
 まぁそこも、好ましいところではあるのだが……
 もし、セイバーがカヤをとると返答したとするならば、どうとするつもりであったのか。
 イオリ自身の心がおざなりで、想像するだに面白くない。むしろそちらを問いただしたくなった。
   
「前にも言ったがな、カヤには日ごろ世話になっているから櫛を贈ったのだ。それ以上の気持ちはないぞ。それにあの——

 あの櫛は。
 
 セイバーの唇はそこで閉ざされ、長屋にはふいにしじまが降りた。

「あの? なんだ?」
——いや、なんでもない」
「なんだ、気になるな」
「食い下がるな? べつにいいだろう、秘密事のひとつやふたつあっても。その方が〝すぱいす〟とやらになってよいと、武蔵が云っていだぞ」

 異国の言の葉を持ち出せば、案の定、伊織はそちらに乗ってくる。
 
「なんだその言の葉は、どういう意味だ?」
「実は私にもよくわからん。武蔵はたしか、刺激……と云っていたかな?」
「ふむ、刺激と。すぱいすなる言の葉、意味を聞けどもどのあたりがよいものなのか、さっぱりわからん」
「だなあー」

 誤魔化すために出した異国の言の葉なれど、意味や響きは面妖で、口に乗せるとなにやら楽しくすらあった。
 伊織のほうもこれ以上、話しを追う気はないのだろう。話題は変わり、武蔵はわからぬ言の葉を使う、されども不思議と似合いである、高尾は聞いてどうしているのかなど、ふたりしてやいのやいのと笑い合った。

 やがて口数少なくなっていき、いつの間にやら静かになった。
 すでに湯呑みは空である。
 差し込む陽射しもだいぶ傾き、長屋の奥まで陽が届いた。暮れ方の色を乗せつつある陽射しは、セイバーの色妙を薄い茜色へと染めている。

「なあイオリ、もし、もしもだ、私が君とのややこがほしいと言ったら……どうする? 君とのややの、母になりたいと」

 セイバーは静かな声でぽつりともらした。

 前振りもなくもたらされたその言の葉は、伊織の思考を止めてしまう。
 傾いた陽はセイバーの顔には届かず影が落ち、琥珀に輝く双眸だけが静謐をたたえ伊織を見ている。 
 伊織はなにを云われたのか、理解をするのに間を要した。

「あ……おまえ、子を産めるのか? おのこ、ではないのか……

 一拍の間ののち、伊織からでたひどく戸惑う反応に、セイバーはたまらず吹き出してしまう。

「予想どおりの反応をありがとうイオリ! しかしまぁ前々から思っていたが、君は自分自身の話になるとどうにもいつもの気が利かぬ。この私が君とのややこを望んでいるのだぞ? もっとこう、あるだろう違った反応が」
「そうと云われてもな。俺はおまえをおのこと思っていたゆえ、いきなり子を産みたいと云われても、まずはできるのか? という疑問にしかならん」
「ふぅむ……まぁそうか。ならこれならどうだ? 私は神に寄れるゆえ、おのが望みによって体を変えられると。これならば男と女、どうとでもなるだろう?」
 
 語るセイバーの目はゆるく細められ口角は上がっている。伊織の反応がおかしくてたまらないといった風体で、ぴんと立った前髪が弾むようにふわんと揺れた。
 先ほどまでの、なにかをただすような様子はもはやない。

「なるほどな。そういうこともあるのか」
「はははは! 君はすぐそう、なんでも受け入れてしまうなあ! なに、ちょっとした冗句だ。いくらなんでもそう簡単には——

 セイバーが言い終わろうとしたその時、ふっとおもてに影がさした。
 気づけば伊織がじりと身を寄せ、上から覗き込むよう見つめている。
 比べて大きい伊織によって、閉じ込めるかのように覆い被され詰め寄られては逃げ場がない。セイバーはのけぞるしかなかった。

「な、なんだ急に」
「セイバー、この話しだがな、おまえが男と女のどちらにせよだ、もし、俺との子がほしいというなら……

 伊織の骨ばった人差し指が持ち上がり、セイバーの下腹をとん、と叩く。

「ここに、俺の精を注ぎ、受け止めてもらわねばならないのだが——

 セイバーの耳元に唇を寄せ、焦がれるように囁いた。
 その口元は薄く弧を描き、深藍しんらんの瞳はひたりとセイバーを見つめたまま。
 人差し指がつう、と腹を撫でたかと思うと、大きなてのひらが薄い腹を覆い、ゆっくりと撫でさすられてゆく。
 衣越しに伊織のぬくみがじわりと伝わり、耳元で伊織の吐息を感じたとたん——
 腰がずくりと、重くなった気がした——

「いかがだろうか?」

 伊織は愉快そうに喉奥を鳴らし目を細めた。
 
 
 こんなはずではなかったのだ。
 つまらぬ問いをされたから、少しばかり揶揄からかって、慌てる伊織を見てみたいとただそれだけだったのだ。
 ところがどうだ、揶揄からかったつもりがやり返されて、汗は吹き出し体は熱く、首筋まで真っ赤になった。
 触れられた腹も向けられている眼差しも、逃げ出したいくらい恥ずかしい。
 だのに、目を離したいのに離せない。腹に触れる伊織の手から、目を逸らすことができなくなってしまった。

「ひゃい……ど、努力する……
「ぜひそうしてくれ」

 望んだ答えが与えられ、伊織は満足気に微笑むと、ちぅ、と桃色の唇をついばみ顔を離した。
 息を詰め、おもてに出るほど驚いたのだ。このくらいの駄賃はもらってよかろう。
 対するセイバーは手の甲で唇を隠し、頬どころか耳や首筋までが茹だっている。
 柳眉を逆立て、潤んで揺れる瞳でめ付けられれば、
 
「やりすぎだぞ、ばか」
 
 と小さな声が聞こえた。

 
 伊織はてのひらで目を覆い、長屋の天井を仰ぎ見る。 
 セイバーの乙女のようなそのさまに、己が唇を噛み締めて、巻き起こる内なる衝動をじっとやり過ごすほかなかった。
 
((こんなはずではなかったのだ——))
  

 宮本伊織はふたりの仲を進めたい。ヤマトタケルは逃げ出したい。
 幽霊長屋の攻防戦はまだまだ続く。