せつが
Public
 

4/30伊剣ワンドロワンライお題「畳」

4/30伊剣ワンドロワンライお題「畳」をお借りしました。
畳の目をかぞえるセイバーと、周りから誤解を受ける伊織という話。
時代考証とか畳の設定とか布団とか香る程度とか、色々とふんわりぽわぽわなので、そこんところはよろしく読みねぇ。

 長屋の畳に寝そべり、セイバーは畳の目をかぞえていた。
 短く揃えた爪先で、丁寧にひとつずつ、よりわけるように数していく。
 かぞえ間違えては最初から。まとまった数になったなら、印をつけてその先へ。
 繰り返すうちに木屑にあたる。
 目下伊織は彫仏中。材を削るが響く。次から次へと木屑が生まれ、すると仏もできあがる。
 セイバーは屑を投げよけ、再びかぞえるのに戻る。
 進むうち、畳の色が変化する。なにかをこぼしたあとなのか、そこだけ色が濃くなった。
 畳からはいくばくかの黴臭さと埃の匂いが。
 セイバーは畳の目をかぞえる。腹ばいになりじっくりと。
 そこに一枚、ひらりと花びら落ちてきて――

 セイバーは手を止め外を見やった。



 春もたけなわ。
 凍寒終わりて玄鳥きたる季節。
 この幽霊長屋にも、春の麗らかな日射しが降り注いでいた。
 縁側へと続く戸板は開け放たれ室内は明るく、外からは春の柔らかな風が入り込む。
 その風に乗り桜の花びらが数枚、長屋に舞いこみセイバーの背に落ちた。

「一本二本三本四本……たくさん! たくさんだ! いったいいくつの草を編んで作ってあるんだ?! だいたいこの畳は草が割れすぎていて、うまくかぞえられないぞ! 箒で履くたびにぽろぽろ崩れてくるし、こうして寝そべると衣にも着くのだ!」

 暇に飽かせて数をかぞえたはよいものの、痛みきった畳の目をうまくかぞえることができず、セイバーは腹を立てている。
 つまらん、ひと言文句をもらすと、ごろりと仰向けになった。腹には崩れた井草がついている。
 入りこむ桜の花びらは数を増やし、今はその翠髪の上にも散っている。

「くたびれた畳で悪かったな。畳があるだけありがたいと思え」
「んー……なんだ? その口ぶりだと畳がないこともあるのか?」
「ある。その場合はむしろをひいて暮らす。俺は人から譲ってもらえたので運がよかった」

 言うと伊織は手を止めて、ぽんと畳を叩く。木屑と井草が小さく跳ねた。

「譲る? この畳は長屋に元からある物ではないのか?」

 どうにも話が噛み合わない。
 これはいつもの〝あれ〟ではないか? と予感があった。 

「畳は店子が持ち込むものだ。少なくともここの長屋はな」
「タナコ? タナコとはなんだ?」
「そこからか。いいかセイバー、この長屋は大家という持ち主から、俺という店子が借りてまっている。この借りているほうを店子というんだ」
「ふーむ、なるほど。タナコはわかった。それではこの畳は、タナコのイオリが持ちこんだ、イオリの物だということだな?」
「そうなるな」

 本来なら盈月により過不足なく与えられる知識だが、セイバーの場合、なぜだかそれが欠けている。
 それゆえか、セイバーの目はなにを見ても目新しいと、あらゆるものに光るのだ。
 セイバーは畳に目を落とし、毛羽立つおもてを撫でた。
 崩れた井草が指の隙間に入り込みちくと刺さる。

「なあどうだろうイオリ、畳を新しくしてみるというのは?」
 
――畳を?」
 
 思いもよらない要求に、あっけに取られ、すぐには言の葉が出なかった。
 買い食いなどの比ではない、銭のかかる望みを告げるセイバーに、伊織は引き攣った笑いが出る。
    
「そうだな、それができたらどんなにいいかと思うがな。セイバー、うちにそんな銭がないことは、おまえもよくわかっているだろう?」

 畳は高い。火事にでもなれば、担いで逃げる家財のひとつだ。
 哀しいかな仕官先のないこの身、必ず入る禄もなく、まとまった銭を用意するのは難しい。先々を思うと幾らか手元に残したくもあった。
 いつものように〝銭がない〟、このひと言で終わる話と思いきや、セイバーの口の端が持ち上がり、ひとこと言おうと待っている。

「ふっふーん! イオリよ、私はな、知っているんだ。工房を充実したものへとするために、銭を貯めていることを。吉原の山吹に〝オダイジン〟と呼ばれつつあることを。なに、そこからちいとばかり回せばよい」

 したり顔で語るセイバーは、足りなくば買い食いを減らしてもよい、なんなら自ら働き銭を稼ぐと、驚くようなことまで言ってのけた。

「おまえ、知っていたのか」
「まあな。これでもイオリの懐具合を確かめながら買い食いを所望している。見くびるでないぞ」
「まったく、日の本の大英雄様は目が聡い。ご慧眼恐れ入る。ありがたい話しだな」

 セイバーを持ち上げるように腐しつつ、ゆかの畳に目を向ける。

「それにしてもなぜ畳を新しくしたいと? 俺にはいきなりの提案に思えたが」

 食ならともかく畳とは。いったいどこから出た願いだと、伊織には疑問に思えた。

「カヤがな、小笠原の家に新しい畳が入ったと言っていた。なんでも新しい畳というのはとても綺麗な鶯色で、それはそれはよい匂いがするらしい。それをぜひ、嗅いでみたいというわけだ」
「なるほどな」

 発端はカヤであったか。
 語るセイバーの瞳は新しきものと出会ったときのように輝き、浮き立つ気持ちに満ちている。
 まったく厄介なことになった。
 そも、畳なんぞはどこもかしこもこんなもの。新調するなど思いつきもしなかった。
 しかしよくよく見てみれば、セイバーの云うように、方々が大きく毛羽立ち、触るだけでかさかさと崩れてくる。
 伊織の元へ来る前から使っているのだ。なにかこぼすこともあったのだろう。あちらこちらに染みがあり、へこみもある。
 裏を返して使いもしたし、上げて干したりそれなりに、丁寧に扱ってきたつもりだが――
 まぁ、替えどきではあるのか……

 入れ替えたならばいかほどか、伊織は相場を試算する。
 セイバーが飯を減らしてもよいとすら云うのだ。よほど興味があるのだろう。できれば叶えてやりたいが、新たにいちから作るとなると、一介の浪人風情にはいささか荷が重い。

「セイバー、畳だがな、新たに作るのではなく、張り替えでもよいか? これなら多少は銭が浮く」
「ふむ。その張り替えとやらで、畳の匂いは楽しめるのか?」
「できる。畳の表面のみを差し替える。色も変わるし井草の匂いも楽しめよう。ただしだ、変えるのはいっとういたんでいる一枚のみだ。銭の使い先はほかにもある。ここですべては出しきれん」
「それでもよし! ありがとうイオリ! 疾く変えよう! 変えるとしよう! どうしたら変えることができる? 私はなにをすればよい?!」

 なかばだめ元で言い出したのであろうセイバーの、許しが出たあとの喜びようたらなかった。
 矢継ぎ早にあれやこれやと言い出すセイバーをなだめ、伊織ひとまず、近くの裏店に住む畳屋の手間取りのところへ相談にいくことにした。
 聞けば年の瀬ならばいざ知らず、いま時分は暇だという。抱える用事を引き受けるかわりに、いくらか費用を引いてもらうことになった。
 資材が揃い次第、取り掛かると約を交わす。
 
 ◇◇◇
 
 作業は伊織の長屋の前で行われた。
 幸い天気もよく晴れて、陽気のよさと物珍しさに誘われてか、裏店の住人がちらほらと覗きに来ては、世間話をして帰っていく。
 長屋の松には玄鳥がとまり、遠くへ跳ねた井草を狙ってこちらの様子をうかがっている。

 驚くことに畳の張り替え作業のあいだ、セイバーは茶を出す気遣いを見せた。
 どうしたことだと問いただせば、働くといった、と返ってくる。
 そして手間取りの作業を見ては、これはどうする、あれはどうなると問いかけていた。
 目を輝かせて熱心に聞き入る様子に、聞かれる方も満更ではないようで、張り替えは始終和やかに進んでいく。
 途中、手間取りからは「奥方でない? ははぁ、畳を新調たぁ心を決めなすったか」やら、「お武家さま、しっぽりやるのはいいが程々にだよぉ」など、大きな染みを見ながら忠告された。
 セイバーはわかっていない様子だが、伊織は頭を抱えるはめになった。


 畳は二日ほどして完成し、いざ長屋のゆかに入れる段になった。
 すると大方の予想どおり、そこだけ色が変わりなんとも違和感がある。
 だが、調和はなくとも新しい物というのはよいもので、部屋まで一段、明るく見えるようだった。

「いい香りがする……これが新しい畳の匂いというやつか! これはなんとも清々しい!」

 セイバーは部屋に上がるとしきりに鼻をひくつかせ、大きく息を吸いこむと、新しい畳の香りを胸一杯に入れた。
 張り替えた畳は明るい萌葱色で、触ればつるりとした手触りがする。高い品ではないものの、そこそこに目は揃い毛羽立ちもない。張り替えついでにへこみも軽く直してもらい、新畳とまではいかなくとも満足できる仕上がりだった。
 なによりもやはり、井草のよい香りがするのが大きい。
 気持ちのよい朝を思わせる爽やかな香気は清々しく、心持ちさえ穏やかになるようだ。
 しかし、そんな畳のよい香りは次第にわからなくなってゆく。

「もう匂いがわからなくなってしまった」
「ああ、匂いはそうなるな。鼻が慣れるとわからなくなる」
「残念だ」

 セイバーの前髪がへなりとくたった。
 
 ◇◇◇

 その晩、どうせならばと、新しい畳の上に布団をひいた。
 春とはいえ陽が落ちれば肌寒い。ふすまをかぶり、さらに衣を上に掛ける。どこからか隙間風が入るのか、行燈の明かりがゆらりと動いた。
 夜分、セイバーは伊織の枕元に座して過ごす。サーヴァントに眠りは必要ないものだが、セイバーは目をつむり、伊織と同じ夜を過ごすのを良しとした。
 夜も四つを過ぎつつあり、布団に潜り横になった伊織はふと、あることに気がついた。

「セイバー、どうだろう、今日はここで横になってみないか」

 伊織はそう言い、横に寝そべる己の脇をぽんと叩いた。
 
「なんだーイオリぃ。今日に限って寂しいとでもいうのか?」
「違う。まぁいいから横に来てくれ」

 セイバーの半眼開きの揶揄からかいに、渋い顔を伊織は返す。
 だが、今夜はいささか押しが強い。せんべい布団をぽんぽんと、おいでおいでと呼び続けている。
 なにやらおかしな感じがしたが、セイバーは素直に従うことにした。

「ん? これは……また畳の匂いがするぞ!」

 するとどうだろう、先ほどまではわからなくなっていた、井草の香りが鼻孔をくすぐるではないか。
 伏せて香りを楽めば、萎れた前髪が少しばかり、勢いを取り戻したように見える。
 セイバーの嬉しそうなそのさまに、伊織の頬もふわりと緩む。
 その片手はセイバーの背に、慈しむように乗せられている。

「俺も横になって初めて気づいた。こうして畳と顔とが近くなるとよく香る」
「考えれば道理だな。ん……やはりこの香りはよいな。ありがとうイオリ。これを教えるために横に来いといったのだろう?」
「おまえが〝飯を減らしてもいい〟というくらい、楽しみにしていたようだからな。少しでも長く、香りを楽しめたのならなによりだ」

 互いを見つめて笑い合い、睦まじくも穏やかな夜が更けていく。
 今日あったこと明日のこと、たわいもない会話を続けていたが、気づけば背中にある手の動きがどうにもやらしい。
 最初のうちはぽんぽんと、子をあやすように優しく叩かれていただけなのだ。それゆえ、セイバーも安心をしてされるがままに身を任せていた。
 ところがだ、手は次第に下へとさがっていき、次は腰を撫でられた。幾度か甲で撫でられたかと思うと、くるりと手を返され、セイバーの細い腰は伊織の大きなてのひらで覆われてしまう。
 そのままする、とてのひらはあがり、今度は脇腹をくすぐるように撫でられる。
 ふるり、と体が震えた。
 ここまでくるといくらなんでも気がつくというもの。セイバーは頬は桃色に染まり、唇を尖らせ伊織を睨んだ。

「きみ、〝そういうつもり〟で私をここに呼んだのか?」
「誤解をするな。そうではない、そうではないが、いや、うん……

 伊織は言い淀むと言の葉を止めた。
 そこにあったはいつもの思案顔。
 どう口にしたものか考えでもしているのだと、セイバーはあたりをつけていたのだが――

「そうだな、最初はそのつもりはなかった。だが隣におまえが来たところ、なにやらおまえの匂いがしてな。衣ごしに触れたらぬくみも伝わり抱きたくなった、というところだ」
――なに!?」

 なんともあけすけな言いぶんに、セイバーの瞳は見開き、頬どころか耳まで朱に染め上がる。
 よもやここまで率直に、おまえのことを抱きたいと言われるとは、思ってもいなかった。
 伊織はまれに、思いのほか素直に気持ちを口にする。今もいつもの涼しい顔で、普段となにも変わらぬよう。
 悪びれもしないそのさまに、二の句が告げず口をはくはくしていると、ふいに腰を引き寄せられる。
 ぴたりと寄り添い、伊織の胸に抱きとめられるかたちになった。
 幾ばくか早い鼓動が耳に届き、衣ごしに温もりが伝わる。伊織の匂いにくるまれると、く、と胸の奥が切なく鳴った。
 行燈の鈍い灯りは重なるふたりの影を引き、ちろりと瞬いては揺れる。

「だめか?」

 こんなとき伊織は必ず、セイバーに伺いを立てる。
 気がのらぬのなら身を引こうと、セイバーの気持ちを優先する。
 セイバーはそのたび、己に向けられる情愛の念にくすぐったくも嬉しい心持ちになるのだが――

 ずるいのだ。

 宮本伊織はたいそうずるい。

 だめか、と問うとき深藍しんらんのその瞳は深い色をたたえ、セイバーを見据え瞬きもしない。
 射抜くように向けられる視線の奥には、灯された情欲と小さな不安がひとつ。
 こんな目で見つめられるとセイバーは、だく、という手札しか返せなくなってしまう。

「むうー!」

 ただ許すというのも気恥ずかしく、代わりに伊織の胸に頭を押し付ける。
 伊織からはセイバーの、真っ赤に色づく耳朶が見え、胸の内は翠髪の匂いに満たされてゆく。
 伊織は深く息を吸った。
 骨ばった長い指が柔らかな髪をかきあげると、耳横に一本、はらりと後れ毛が落ちた。

「セイバー……

 掠れた声とともに唇が降りてゆき、熟れた耳朶を喰まれると――

「あ……
 
 行燈の火色が揺らめきふうっと消えた。


 幽霊長屋に住む浪人が、御新造さんを迎えるらしい。
 畳を新調してたのは、きっとそのために違いない――