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せつが
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4/14伊剣ワンドロワンライ。お題「橙色」
4/14伊剣ワンドロワンライ。お題「橙色」をお借りしました。
カルデア時空。
ふたりは再び友から始めるのだという話し。知っている人に手繋ぎ見られるのは照れくさい。
友というには距離感がおかしい。辞書で言葉の意味を引いてこいというレベルなのでよろしく読みねぇ。
特異点の遠征同行者に選ばれた伊織とセイバーはふたり、湖のほとりで景色を眺めていた。
案件はすでに解決しており、あとは退去を待つばかりである。
藤丸立香は世話になった現地の民に、一言ばかり感謝をと、ほか同行サーヴァントと挨拶に行っている。今はその待ち時間だ。
時は夕暮れ。
日は傾き、なにもかもが橙色に染まりつつある。
湖は大きく対岸は遠い。岸辺には
蒲
がま
や葦の深い茂みが、どこまでも広がっていた。
開けた場所には小舟が泊まり、小屋もある。生活の場として日ごろから使われているのが見て取れた。
夕空には風がそよぎ茜雲が流れ、さわりと葦のさざめきが届く。
今宵の寝床と決めたのか、湖面には白い
鵠
くぐい
の群れが。一羽がこぅ、と一声高く鳴いた。
「なんとも美しい眺めだな。似たような景色は幾度か見ているが、これはなかなかに見事だ」
セイバーのぴんと立った前髪がふわりとそよいでいる。伊織はその
様
さま
を眺め、そうだなと相槌を返した。
「なあイオリ、少し歩かないか。動いても立香なら、我らの居場所に気づくだろう」
セイバーは笑ってそう言うと、返答を待たずに歩き始めた。
蒲
がま
を一本手に持って、くるりくるりと振り回す。歩く姿はなかなか機嫌が良さそうで、見た目よりも少しばかり幼く見える。その背に垂らした三つ編みが、右へ左へと振れている。
伊織は黙ってうしろについた。
橙色を映す湖の水面は風で波たち、ぴかりとぴかりと、暮れ方ゆえの優しい煌めきを放っている。
そのうち興が乗ったのか、小さく鼻歌が流れてきた。鼻歌にはやがて、言の葉が乗ってゆく。
珍しくセイバーが
唄
うた
っている。いささか調子の外れたその唄は、伊織も知った唄だった。
「その唄は?」
「ん? ああ、これか。どこかの誰かが、友と眺める夕日を謳ったものだと聞いた。なに、私も人から教えてもらったんだ。拍子はなにぶん朧げだ。まぁ聞き流せ」
はにかむようにそう言うと、この景色を見たら思い出してなと、遠くに目をやりぽつりともらした。
かつて盈月の儀により江戸にあったころ、光って見えるその場所を、あれはなんだと、これはどんなと教えを乞うた。
セイバーが生きていた時代と異なるそれは、なにもかもが新しく、心が湧き立ち輝いて見えたのだ。
あれは確か、護持院ヶ原より河川を眺めたときであったか。あの時分もかような色の夕暮れで、すすきが橙色に染めあがり、揺れそよいでいたと思い出す。
見事な景色で伊織に問うと、変わらず丁寧に教えてくれた。
伊織にとってはさして目新しくもない光景だが、ふたりして好んだ時と場所だった。
唄
うた
はあの日、伊織から教えてもらったものだ。
宮本伊織に儀の記憶はない。
宮本伊織は教えたことを覚えていない。
セイバーは橙色の空を仰ぐ。
彩雲は薄く広がり、悠々とたなびいている。色は次第に濃くなり、赤と紺を増しつつあった。じきに日は落ち夜が来よう。
「俺もその唄を知っている。もしや貴殿には、俺が?」
「
――
さぁ、どうだったか」
伊織を見ずに答えると、己のはぐらかしがなんとも未練がましく思えた。セイバーは先ほどから、伊織に向き合うことができずにいる。
たとえ覚えておらずとも、再び友誼を結べばよいと、腹を括ったはずだった。
そのはずであるのに、記憶がないことを目の当たりにすると、やるせなさを感じてしまうていたらくだ。どうにもならないその想いは、澱のように沈んでいく。
いつになく気が塞ぐ。この日暮れの空の橙色が、かつて並び立ち見たあの橙と、ようくようく似ているからか
――
「この色はいささか
堪
こた
える」
セイバーは両目をすがめ、茜の空から目を逸らした。
先ほどまでは楽しげだったその
様
さま
は、いつの間にやら痛々しく、まるでなにかに
堪
た
えるかのよう。
飴色に染め上げられた姿は、ともすれば儚く消えてしまいそうで
――
伊織は咄嗟に、セイバーの手首を掴んだ。
「どうした?」
「いや、ああ
……
すまない。驚かせた」
突然のことにセイバーの瞳は
瞬
またた
く。
伊織から謝罪の言の葉は出るも、その手はいっこうにほどかれない。思いのほか強く握られている。
「貴殿がいなくなる気がした。その、鳥にでもなって飛んでいってしまうのかと」
「なんだそれは。どういう了見だ? いくらなんでも鳥にはならんぞ」
伊織の言い分にセイバーは眉をひそめ、よくわからんと掴まれた手を振り払う。
強く握られていたせいでそこそこ痛い。撫でさするうちふと、己の逸話を思い出した。死後、
鵠
くぐい
になって飛び立ったというあの逸話だ。
なるほどこれか。
伊織の懸念に思いが至り、にやりと口の端があがる。
「ははーん? さては私の逸話を思い出したな? 心配せずともよい。たとえ飛び立とうとも必ず戻る。私の帰るところは、伊織の隣と決めてるからな!」
伊織の胸を握った拳でとんと突き、にかりと笑った。先ほどまでの儚さとは無縁の、こぼれんばかりの笑みだった。
その小さな衝撃は、同時に伊織の胸を打つ。
生前
縁
よすが
のあった気配だが、その覚えはとんとなく、セイバーの顔を曇らせることも多い。芯が抜け落ち
空虚
うつろ
な
様
さま
に、なぜなのかともどかしさを覚えることもあるだろう。
だが、それが今の自分なのだ。
かつての姿を求められようと、応えることも叶わない。
だのに、目の前の麗しきこの人は、それでも隣にありたいと、笑顔で望んでくれるのだ。
ゆると手が持ち上がり、胸にある拳を握る。比べて小さきその拳は、伊織の手により易く
包
くる
み込まれてしまう。
「セイバー、貴殿にひとつ、申し出たいことがある」
深藍
ふかあい
の目に情愛を浮かべ、琥珀の瞳を見つめたまま問うた。
「な、なんだ?」
「俺と
――
友となってほしい」
「
……
なに?」
「だから俺と、友に
――
」
「待て、待てイオリ。なぜ今になって友となると? 我らはすでに、親しくなりつつあるではないか」
「そう、ありがたいことにな。貴殿は
ここ
カルデア
で、なにかと俺を気にかけてくれている。記憶がないのにもかかわらず、だ」
「ならばなぜ
――
」
セイバーの言の葉を聞き終わる前に、伊織は手中の手をひときわ強く握りこみ、
己
おの
が口元へとたぐり寄せる。
小さな手への口づけに似たそれは、続くセイバーの言の葉を縫い止め、続くことを許さなかった。
「俺からも言の葉にして願いたくなった」
この記憶はきっと、友と隣にあるために
――
ざあとひときわ強い風が吹き抜け、葦と
蒲
がま
が激しく揺れる。
潮騒のような葉ずれの音に、言の葉は攫われ誰にも届くことはなかった。
蒲の穂が爆ぜ、茜色に色づく穂綿が雪花の如く舞い散り、視界を覆い尽くしてゆく。
先ほどから伊織の顔は、目にかかった前髪でよく見えない。
ただ、その
間
あわい
から覗く双眸は、ひたり、とセイバーを見据え逸らされることはなく
――
希
こいねが
う。
その
瞳
め
はまるで、神へと祈るようだった。
伊織との親交を、いちから結ぶと決めていた。伊織が
厭
いと
いさえしなければ、己が添えばよいのだと。
だが違う。伊織も同じ気持ちでいてくれたのだ。想いを返され心が震える。
そのことがなによりも嬉しい、嬉しい、嬉しい
――
顔
かんばせ
はふわりとほどけ柔くなり、頬は桜色に染まる。見開いた瞳には星彩が散り、その琥珀はきらきらと光を放つ。体の内が歓喜で満たされ、とくと鼓動が高鳴った。
たったひとつの言の葉に、こうまで心を揺さぶられるなど。
喉奥がぐうと鳴り、鼻の奥がつんとなった。喜びで熱いものが込み上げ、次第に視界がぼやけてくる。溢れる雫を
堪
こら
えるために、天を仰ぎ目を
瞑
つむ
るより
他
ほか
はなかった。
いっそ泣いてしまえば楽なのだ。
だが、セイバーとて意地がある。
(君の前でなぞ、泣いてなんてやるものか! いつもいつも、心の奥の柔こいところに、優しく触れてきおってからに!)
セイバーはぐうと歯を食いしばり、それから大きく息を吐く。それはもう長く、長く吐いた。息が切れて倒れてしまうのではないかというそれは、心の熱をも冷ましてくれる。
「だめ、だろうか?」
「そうではない、そうではないよ。だが少し待ってくれ。まだ私の顔を見ないでほしい」
見るなよと、釘を刺されたはよいものの、そこには難しい問題がひとつ。
「セイバー、残念だがそれは無理だ。どうやっても貴殿の顔が見える」
なぜなら俺の方が背が高いから。そう言い終わるやいなや、天を仰ぐセイバーの目がかっと開いた。
見えたは嬉しそうに覗きこむ伊織の笑顔。かような笑顔をなかなか見せない男だが、この時ばかりは屈託のないよい顔をした。喜色満面とはこのことである。
一瞬見惚れてしまったが、
己
おの
が立場を思い出し、みるみるうちに耳まで熱が
上
のぼ
る。
「見るなと! 言っただろうが!」
セイバーがいくらがなり立てようとも、伊織の笑みはいっこうに崩れない。
やればやるほどにこにこと、その喜色は深まるばかり。
「すまんすまん。だがな、見えてしまうものは致しかたなし。これは俺が悪いのではないと思うぞ」
「うっ、うるさい! いいからいいかげん手を離せ!」
「手か。手な? 俺はこのまま繋いでいたいが」
そのとき遠くから、ふたりを探す立香の声が聞こえた。
どうやら用事がすんだらしい。こちらへと向かう立香とアルトリア・キャスターの姿が見える。
「おーい! ここだ!」
手を振り上げ応えを返すと、伊織は繋いだ手をそのままに歩き出した。
セイバーはたたらを踏みつつ引きずられていく。
「イオリ! 手! 手を離せ! このままだと立香になんと言われるか!」
「見られてなにか問題があるのか?」
「ある! 見られるとその
……
は、恥ずかしい
……
!」
振り返れば、夕陽の
朱
あけ
を纏うセイバーがいた。果たしてそれは、陽の光のせいだけであったのか。
繋ぐ手を見られるだけでも
堪
こた
えると、口元に手をあて目を逸らすおぼこい姿に、伊織は己が、初々しいその
様
さま
にめっぽう弱いことを自覚するしかなかった。
セイバーの可愛らしい願いを叶えるのは、惜しくはあるが嫌ではないのだ。
「ならばまた、次の機会に」
「うう
……
すまない」
ほどかれた手にセイバーは、ほっと安堵をするのだが
……
此度は伊織が、譲ってくれたのを知っている。己の望みを通すこともできただろうに、こちらを立ててくれたのだ。
手を繋ぐ、それを人に見られるなんぞ、大したことでもないはずで。他の者とは気負いなくできもしよう。
ところがどうして、こと伊織が相手となると、どうにもこそばゆく、そわそわして逃げ出したくなるのだ。不甲斐なしと己を叱咤するものの
……
伊織、だけなのだ。かような無様を晒すのは。
せめて、と袖を掴む。
くん、と引っ張られる袖の感触に、伊織は目を丸くする。
「ええと、今はこれが精一杯ゆえ
……
許せ」
上目遣いに照れながら、譲歩を請われてしまっては、降参するしか道はなく。
「イオリ、さきほどの返事だがな、よい。私からも願おう。友と、なってほしい」
「そうか。これからもよろしく頼む。それでだセイバー、こうして友となったにからには、貴殿のことを真名で呼ぼうと思うのだが」
「それはまだ許さん!」
間髪入れずに拒絶され、伊織は珍しく声をあげて笑った。
声は暮れ方の空へと散っていく。
ほとりに茂る葦の原を、さわりと風が吹き抜ける。
橙に、紺を増やした空の下、伊織の袖もち歩くセイバーと伊織。
夕映え色に彩られ、これからふたり、
主人
あるじ
の元へと帰るのだ。
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