せつが
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3/31伊剣ワンドロワンライ。お題「苺」

3/31伊剣ワンドロワンライ。お題「苺」お借りました。
サムレムコラボ後のカルデア時空。
書いてる途中でサントラ発売となったんですが、残夜幻想とかぶりのフレーズがあり、そこから直しようもなく……そのままいきました。
神代に近い時代にも、野苺があったと思いねぇ。

「イオリー! マスターから苺をもらったぞ。一緒に食べよう!」
 
 明るい声とともに戸口が開いた。
 ここカルデアの一室は、戸を開けると昔なからの長屋風味になっている。
 なにをどうしてそう見えるのか、理屈のほどはわからないが、職員からは〝日本の時代劇〟と言われているのが伊織の部屋だ。
 かつて住んでいた長屋そのままの光景で、伊織としてはたいへん生活がしやすい。ただ、隣との壁が抜かれ、間がつながっていることが疑問だった。
 聞けばかつて〝盈月の儀〟に関わっていた折に、魔術工房へと変えるためにやったのだとか。
 伊織自身に記憶はなく、どこか他人の話のようではあったが、特段困ることはないのでそのまま使わせてもらっている。
 彫仏を終え片付けようとしたそのとき、件のセイバーがやってきたのだ。
 
「そうか。いま片付けるからしばし待ってくれ」
「ん。手伝おう」
 
 ふたりして木屑をはらい、道具を片付け場を空ける。たいしたごみの量もなく、狭い室内は瞬く間に綺麗になった。
 框に腰掛けるセイバーの膝元を見やれば、器には赤い実がこんもりと乗っている。
 
「これが苺か? 俺が知っているものとはいささか違うようだが」
「そうだろうそうだろう。私の知っている苺とも違う。どうも当世の苺とはこういうものらしい。どうだ、ひとつ食べてみようではないか」
 
 語るセイバーの目は輝き、こぼれ落ちんばかりである。よほど楽しみであるらしい。
 
 カルデアに来てからというもの、セイバーはなにかと伊織を気にかける。
 伊織自身に記憶はなく、かつて喚び人マスターとして隣にあったことさえわからない。
 それでも、セイバーはそうあったときのように振る舞ってくれているようなのだ。

「当世の苺か。霊厳洞にいたころに、カヤとふたり探して食べたものと似ているが。これはなんとも大きな実だ」
「だなあ。艶々としてなんとも瑞々しい。香りも良いのだぞ。嗅いでみろ」
 
 鼻先に近づけられた器から、ふわりと甘い香りが漂う。がくの緑と相まって実の赤が眩しい。洗い立ての苺には水滴がつき、鮮やかな赤の瑞々しさをより引き立てている。なんとも食欲のそそる色合いで、その艶やかさは魔術で使う貴石のよう。
 一粒手に取り、実の窄まった方からぱくりと食いついてみる。
 するとさくりとした歯触りとともに、口内に柔らかな果肉と甘酸っぱさが広がる。豊かな香りが鼻に抜けるようだった。

——う、うんまーー!! なんだこれおいしい! 甘い、甘いぞイオリ!」
「これは……そうだな、たしかに想像よりもずっと甘いな」
「たまらぬな! 食べる手が止まらないぞ」 
 
 かつて伊織やセイバーが食べていた苺は、小さな粒が詰まったような見た目である。実は小さく丸みを帯び、当世の苺よりも酸味が強い。
 甘く熟するのを待てればよいが、すると鳥や獣たちに食べられてしまう。食べられなくよりは食べるほうと、酸っぱい実を食べることになるのだ。
 だが腹を空かした子どもにとって、野をかければ探せるよい甘味であった。
 
「イオリ、マスターから違う種類も入れておいたと言われた。こちらとこちら、色や香りが違うだろう。どうもいくつか種類があって、味や歯触りも違うらしい」
 
 興奮気味のセイバーは、ごくりと唾を飲み込み真顔で告げた。さらに異なる美味がある事実に、恐れ慄くとはこのことだ。
 
「それでだイオリ。それぞれ違うものを食べてみるのはどうだ。食べたあとに感想を聞かせてほしい」
 
 セイバーはどちらかを選べというように、種類の違うふたつの苺を差し出した。
 どちらも実が大きく見目形もよい。違いといえば赤の濃さが異なるようだ。
 だが、伊織にとってはどちらもさして変わりはない。腹に入り体を動かす足しになりさえすればよいからだ。
 ゆえに取り立ててどちらかを選ぶ よしなどなかったのだが、こちら、と手を出したとたん、セイバーは顔を強張らせる。
 何事かと覗き見れば、ちらりと伊織を見てくるではないか。
 
「わかったわかった。こちらにする」
 
 どうやらセイバーが食べたい方を選ぼうとしたらしい。
 ならばともう片方に手を伸ばせば、またもセイバーは身を固くする。
 
「ふむ……俺はよそう。どちらも貴殿が食べたらいい」
 
 どちらの苺も食べたい。
 伊織はセイバーの態度をそう解釈した。
 告げたとたん、セイバーはぷくと頬を膨らませる。
 
「確かに! 私はとても! とーってもどちらの苺も食べたい。だがな、これをイオリと食べたい気持ちも本当なんだ。だからイオリ、私の気持ちを汲んでおらずに疾く選べ」
 
 そう言うとずいと苺を差し出してくる。ふくれた顔はこれ以上、苺を見まいとあさっての方向だ。
 こうなると梃子でも動かない。仕方なしに苺を選び口に運ぶ。
 なに、先ほどまでと同様に、どちらも甘いに違いない。
 がぶり、とひと口でいった。
 
 いったが。
 
「〜〜〜っっっっ!?」
「イオリ!?」
 
 セイバーの慌てる声が聞こえる。
 だが伊織は吐き出さないようにするだけで精一杯だった。
 見た目に反して実は固く、じゃくりじゃくりと音を立てそうな歯応えだ。なによりも異様に酸味が強い。今まで食べた酸いたものなど、比べ物にならない刺激があった。
 あまりの酸味にとめどなく唾液があふれ、飲み込むのもひと苦労。手のひらで口を覆い、眉間には深く皺がよる。
 予想もしない酸っぱさに涙すら出そうだが、なんとか咀嚼し飲み込んだ。
 とたん、つんと喉元に刺激が走り、今度はごほりと咽せてしまう。
 セイバーが急ぎ湯呑みの水を差し出してくる。一気に飲み干し、ようやく息を吐き出した。
 
「ありがとう。助かった」 
「なにがあった? 苺になにか問題が?」
 
 先ほどまではただただ美味いと、それだけの苺だったというのに。この伊織の反応を見るに、なにぞありやと疑念を抱いた。
 マスターからもらった苺だ。危険なことなど、万にひとつもありますまいが……
 
「セイバー、苺を食べる貴殿に、ひとつ忠告がある」
 
 伊織はセイバーを見つめ、静かに声を発した。顔表 かおおもてに感情は見て取れない。
 いつになく深刻な伊織の声に、セイバーも居住まいを正す。
 
「わかった。心して聞こう」
「よいか、この苺はな」
「苺は」

——とても酸っぱい」
 
「そうか酸っぱい……待て、今なんと?」
 
 予想もしない忠告に、おうむ返しに聞き返す。
 先ほどの苦しげな さまとさも深刻そうな話しぶりに、何事かあると身構えていたところ、返ってきた答えはなんと〝酸っぱい〟
 張っていた気が抜け脱力。安心したところでなんとも慌てた伊織のさまが思い出された。
 
「なるほどたいそう酸味が強いと。そうかそうか。約束どおり感想をありがとう。それにしても先ほどの君ときたら!」
 
 なかなか見ない光景だったと、セイバーはゆるく肩を振るわせる。
 
「いやに楽しそうだな」
「うん、楽しいとも。よい顔で食べると思ってな」 
「よい顔か? 苦しいだけだったが」
「それでもだ。食に対して感想を持つ君を見られてよかった」
 
 ——伊織はふと、どこかでこんなやり取りを、したことがあるような気がした。
 
 かつて〝よい顔で食べる〟と言われたのはセイバーの方だった。
 言った伊織は食を楽しむことはなく、淡々と物を口に運ぶ。そんなさまを、横で見ていた江戸だった。
  
(こんな顔は盈月の儀では見られなかったな) 
 
 だが今なら、あの時あの江戸で、伊織が自分にくれたものを、一緒に味わえるのかも知れない。
 思い至ったそのことにセイバーの口角が上がる。胸の奥がなにやらそわりと湧き立った。

「どれ、イオリの忠告をふまえ、心して食べるとするか!」
 
 残る苺にぱくりと喰らいつく。
 悶絶する伊織を見ていたにしては、ずいぶんと思い切りのよい食いつきだ。
 
「どうだ?」 
「んんー! 甘い! いっとう甘い苺だぞ! 酸味はなくて、噛むと、甘い、汁が……蜜のように……
 
 どうやらこちらは、甘く汁気が多いらしい。美味くてなにより。
 もごもごと咀嚼するセイバーの頬はふくれ、まるで木の実を頬張るりすだ。
 
 ふと、伊織はセイバーの口元に苺がついていることに気がついた。
 汁気の多い苺ゆえ、なにかの拍子についたのだろう。拭おうと手が動く。
 口元に指を寄せると自然、唇が目に入る。苺を食べる桃色の膨らみは艶と濡れ、甘い匂いをのせていた。
 吸い寄せられるようにつうと撫ぜると、セイバーの喉がこくりと動いた。
 薄く開いた唇の、そのあわいから僅かにのぞく舌と歯。漏れる果実のような呼気に、昏い欲が湧きあがる。
 ここになにかをねじ込みたいと——

 なぜだがひどく、指を離すのが惜しくなってしまった。
 

「なるほど確かに。これは甘いな」
 
 伊織の声が耳朶 じだに届きやっと、セイバーは我に返る。
 されるがままであった事実と、唇に残る伊織の指の感触に、どくと鼓動が跳ね上がる。
 この男はいったいなにを?
 断りもなく口元に触れ、果汁がついた指先を、物欲しそうに舐め上げただと?
 それだけではない。伊織の指は、確かに おのが唇を嬲ったのだ。
 
「君はまた! 断りもなく体にさわるなど! あまつさえ、く、唇に触れるとはどういう了見だ?!」
 
 顔を赤くしむくれられ、伊織は己のしたことにはたと気づいた。
 
「これは……いや、相すまぬ。貴殿の言うおとり、むやみに触るものではなかった。魔が差した……いや違うな……許されると思った」

 どうにも歯切れが悪い。
 言った本人がどこか思案顔で、納得いかないていである。
 
「なぜ許されると?」
「わからん。だが軽率な行為ではあった。謝罪する」 
……そうか」
 
 伊織が抱く疑問の答えを、セイバーは告げるすべを持ち合わせていなかった。
 
 〝触れるを許す〟
 
 かつてはそれを、許した間であったのに。

 サーヴァント宮本伊織は、儀の記憶を持たない。
 だがたまに、記憶や熱の残滓が顔を出す。はたしてそれが燃え尽き残った かすであるのか、燻り眠る おきであるのかはわからない。
 思い出さない方がよい、そう思う反面、こうして垣間見えると堪らなくなるのだ。
 セイバー自身、はたしてどちらを望むのか、判断つかず持て余していた。

 そも、なにゆえにこの おりこの形なのかと思わなくもない。
 こんな場面で記憶のかけらを見せることもなかろうにと、文句のひとつも言いたくなった。
 だがそう、元よりそんな男であったのだ。
 おまえを名前で呼びたいと、懇願された日を思い出す。
 
(まったくしようのないやつだ)
 
 セイバーの頬が緩む。
 溶けて消えてしまいそうな淡い笑みは、どうにもならないその情を、温め続けたかおだった。

 月の明るいあの夜に、一世一代の我儘を、貫く男を受け止めた。
 それは未だに血が滲む、癒えることなき傷になった。この傷は、霊基に刻まれ消えない傷だ。
 そこでしまいと思っていた。もう二度と、出会うことなどあるまいと。
 なのに、あの夜を越えてふたり、ここカルデアへ。
 再びまみえる奇跡を得てなお、かつての伊織を探し求めてしまうなど——
 つまるところ、伊織をかたどる刃をも含め、全てを受け入れてしまったのだ。
 
(しようのないのは私の方か)
 
 セイバーはふうと息を吐いた。吐いた息は くうへと溶ける。
 目の前の男に囚われていることを、自覚するしかなくなった。
 自覚をしたら、なにやら迷いもすとんと落ちた。
 抜け落ちているならそれまでよ。
 ならばまた、最初から始めればよい。いちから友誼を結べばよい。この奇跡をとことん利用してやろうではないか。
 
 ゆえに此度は告げる。
 
「なあイオリ。次はまた、別の果実を食べ比べてみようではないか。苺をもらったくりやでな、端の部分が窄まった、黄色く楕円のものを見かけたのだ。あれはきっと、たいそう美味いに違いない——
 
 カルデアのセイバー、伊織とのよしみを結ぶに邁進す。