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せつが
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伊剣ワンドロワンライ3/17ぶん。お題「卒業」
伊剣ワンドロワンライ3/17ぶん。お題「卒業」をお借りしました。
まさかの二次小説二本め書き上がった。
セイバーがすんごいおぼこい感じになってもうた。
江戸時代に卒業いう言葉があったことにして読むと大吉。
なんかあれ、長屋でちょいといいー雰囲気になっていると思いねぇ。
◇◇◇
「なぁイオリ。私は最初、君のことを弱い、前に出るな、引っ込んでいろと思っていたんだ」
幽霊長屋と言われるこの一画は、近頃は人が寄りつかない。伊織が魔術工房へと作り替え、鄭からの符を持って結界を張ったためだ。魔術の要素がない者には、意識にのぼりにくいのだろう。
日も傾き、差し込む光は茜色である。昼間はよい天気でいささか暑く、汗ばむほどであったが、暮れつつある日の光はすでにぬるい。もう少しするととばりが落ち、虫の声が聞こえてくる。
西日のさす土間には、添うように並んだ影がふたつ、伸びている。
「そうだな。よく言われていたのを覚えている。散々な言われようだったが、間違ってもいなかった。なに、今でも英霊たちには敵わんよ」
大きな影が答える。ややもすると腐したような言われようだが、応じる声は気にしていないようで穏やかだ。
「死ぬぞとなんのと、なんの感慨もなく言っていたなぁ。あのころの君は本当に弱くて、足手纏いに見えたんだ。なのにやたらと喰らいついてくる。この強情者め! と思ったものさ」
小さい影が動き離れる。過ぎた日々を振り返るかのように、影の頭が上がった。
「けれど一緒にいて言の葉を交わし、同じ釜の飯を食いともに戦い傷つくうちに、君がどんなことに笑い、喜び、怒りを覚えるのかわかってきた。そのころには力量も上がり、今ではもう、弱いなんて言えなくなった」
小さな影から聞こえる声は、はしゃいだような声音から次第に落ち着いた音になる。その声は、己に言い聞かせるようでもあった。
「おまえからそうとまで言われるとは光栄だ。儀の最中、俺だけではたちまち死んでいただろう。よき経験ができたから強くなれた。おまえの助力あってのことだ」
「うむ、それもある。だがなイオリ。君は操られそうになっていた私を、身を挺して助けてくれた。諦めずに呼び続けてくれた。命をかけるような世話をかけたんだ、文句のひとつ、対価のひとつも要求されようものなのに、君ときたら頭突きひとつで清算するんだ。お人好しにも程がある!」
小さな影はそれなりに痛かったんだとか驚いたのだとか、ひとしきり文句を言うと言の葉を止めた。
静寂が落ちる。先ほどよりも日は傾き、土間に落ちる影は伸びつつあった。
「剣の腕だけじゃない。そんなふうに言ってくれたイオリを、私は強いと思ったんだ。嬉しかったよ。私の弱いところも全部、受け入れてくれたのだからな。私の後ろで守られる君はもういない。修了? メンキョカイデン? 卒業というやつだな!」
室内は薄暗くなりはじめているというのに、セイバーの笑顔はやたらはっきりと見えた。琥珀色の大きな目は伊織を見つめ、少し偉そうな表情である。この私が認めるのだから間違いはないぞ、と言わんばかりのいつもの顔だ。
ところが言われた伊織はというと、褒められているというのに喜びの表情はない。嬉しくないわけではなさそうだが、浮かぶのは思案の顔である。
「イオリ?」
予想もしない反応に訝しむ声が出た。
考えがまとまったのか、伊織の顔がセイバーを向き視線が合う。
先ほどまでとは違い、この機会を逃す手はないというような、どこかいたずらめいた眼差しだった。
「そうか、卒業か。ここまでは習得できた、終わった、許されたということだな。では、こちらも先へ進んでよいだろうか?」
そう言の葉が紡がれると、ふいに顔を寄せられる。咄嗟のことに身を固くするも、触れたはいくぶんかさついた伊織の唇。柔らかで優しく、静かな口づけ。
セイバーは目を開けたまま時が止まってしまった。耳には伊織のものとも自分のものともわからない呼気だけが届く。
なにが起こっているのか判断できず、目の前の伊織を見つめるばかり。目を閉じた伊織の濃いまつ毛。穏やかな眉。こんなにも近くにいるのに、どこまでも自然体に見えた。
唇を合わせるだけの口づけが繰り返されたと思うと、ふいに伊織の目が開きぱちりと目があう。先ほどまでとは別の、セイバーの中までを見通すような眼差し。
その目がすうと細められると、ぺろりと唇のおもてを舌が撫で、ちゅう、と口唇を吸い喰まれる。
セイバーは弾けるように身を離した。
「ちょ、ちょっと待て、待てイオリ! なぜそうなる⁉︎ なぜその、なんだ 、なんだ⁉︎ 今そんな話をしていたか⁉︎」
なにが起きたのかをようやく理解し、どっと汗が吹き出す。顔には熱が上がり動悸が止まらない。先ほどまで繋がっていた唇を、拳の甲で隠してしまう。
いつもより艶めいた口づけに心の臓が跳ね、どくどくと流れる血潮の音まで聞こえてくるようだった。
「なぜもなにも。いつものように貴殿のはぐらかしが始まったと思いきや、卒業の言がでた。ならばこちらもどうかと思ってな?」
このところはとんと聞かなくなっていた貴殿呼びをされ、セイバーはぐぅと言の葉に詰まる。
触れ合いの程度の口づけまではするものの、ふたりはいつもそこまでだ。どこか甘い空気が漂うと、セイバーがはぐらかしたりなんだりで、そこから先へは進まない。そこを伊織につつかれたのだ。
「それは、その
……
君の期待に応えられていないことは、大変申し訳ないと思っているのだが、いるのだが!」
思い当たる節があるセイバーは苦い顔である。伊織が一歩、互いの仲を踏み込みたがっているのに気づいてはいるが、どうにも気恥ずかしさが先に立ちはぐらかしてしまうのだ。
ほてりかいた汗は瞬く間に引き、今は冷たい汗となるばかり。
すでに日は落ち室内は暗い。伊織は立ち上がり行燈に火を灯す。
弱い明かりに浮かび上がるセイバーの姿は、いつもより小さく不安気に揺れた。
「ふむ。セイバー、この際ひとつ尋ねるが、俺とこの先の〝こと〟に及ぶ気はあるか?」
「ある! あるに決まっている!」
即座に答えがあった。
「また君は! なにを言わせるんだ⁉︎」
前のめりの強い語気と、自分がなにを言ったかに気がつき再び顔を赤くする。先ほどから伊織の言の葉に振り回されて、セイバーの気持ちはちっとも落ち着かない。
「いやすまない。だがまぁ、俺としてはその言の葉があるだけでも充分だ」
そうかそうか、その気はあるのかと頷く伊織は、セイバーの隣に腰を下ろして言の葉を噛み締める。
「俺は存外気が長くてな。おまえにその気があるのなら待てる、と、思う」
自信のない語尾に反して声音は明るく晴れやかだ。胡座をかき身をかがめ、ついた頬杖の上にはにんまりとしたにやけ顔が乗った。
ここでセイバーはしてやられたことに気がついた。伊織との仲を進めると、言質を取られたのである。
セイバーとてこのままで良いとは思ってはおらず、なんとかしたい気持ちはあるのだが
……
「むうー。イオリばかり余裕があるではないか。なんだかずるいぞ」
(そんなことはないんだがなぁ)
頬を染め、むくれるセイバーは愛らしく、先ほどから見せる百面相は、伊織の男を刺激する。
少し困ったセイバーの、眉を落とした様などは、もう少しだけ困らせてみたいといたずら心が芽生えてしまう。行燈の薄明かりのなか羞恥に揺れる瞳、三つ編みからこぼれる後れ毛と、桃色に染まるうなじなどはとくに
——
伊織はここで考えることをやめた。
己がこんな想いを抱くとは、ついぞ思ってもいなかった。余裕なんぞはどこにもなく、あるのは待つと誓った決意だけ。
(さて、どこまで持つだろうか
——
)
冷や汗をかく伊織の心、セイバーは知らず。
当の本人は先ほどからずるいだの、今度はイオリを照れさせてみせるだの、ぶうと文句を言っている。いつもと変わりのない気安いやり取りだ。
幽霊長屋の一画からは、ほのかな灯りと賑やかなふたりの声が、今日も今日とて夜空へ溶けていくのであった。
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