いまち
2024-06-23 17:54:33
5465文字
Public
 

花と伽羅の妖女の学び

右大将殿、恋人(※まだ)のために学びを得るため宿屋さんへ行く。


 晴れて娘と恋人同士になった(※なってない)リリアは悩んでいた。娘と恋人らしいことをしたいと。かわいく言えばイチャイチャ、ふんわり言えば肌の重ね合い、破れかけたオブラートに包めばくんずほぐれつしっぽりうふふを決め込みたい、と。思春期真っ盛りのリリアは悩み、悶々とした日々を過ごしていた。
 しかし姫様に恋をし、フられて以来その手の話はさっぱり耳にしてこなかったリリアは見事に躓いていた。まず何をどうすればいいのか分からない。ついで、どう誘えばいいのか分からない。そして、何が分からないのかも分からない。
 分からない尽くしで情欲だけが先走り、ムラムラとムカムカを持て余していた。余したそれらは銀の梟どもにぶつけることで発散してはいたものの、大元の原因が解消されないことにはどうしようもない。

 そうして悩みに悩んだ末、リリアはその戸を叩くこととなった。遠征のさ中駐留しようと立ち寄った町、そのはずれにある娼館である。
 女のことは女に聞けばいい。ただの女であれば星の数ほどいるものの、なんのしがらみもなく、あと腐れなく聞ける者となれば限られる。見知った仲でそんな話を出来る相手はおらず、ならばと欲で茹だる頭で思い付いたのがここだった。
……いや、ねーだろ」
 口ではそう呟くも、欲に焼き切られた思考回路はそれで良しとし、館へと足を踏み入れた。

 淫魔の経営する娼館であるが、妖精族は特性上好いた相手に一途な者がほとんどであり、人間相手の店と比べ盛況してるとは言い難い。それでも、好き者の妖精も少ないながらにあれば、愛する相手を喜ばす手法を学びたいとその戸を叩く者は存外多い。そして、リリアは圧倒的に後者であった。
 受付へ一番の手練れをと注文を付け、申し訳程度のテーブルと無駄にでっけぇベッドしかない部屋に通されたリリアは甘ったるい匂いのするそれに胡座をかき、扉をぎろりと睨んでいた。緊張まる出しである。
 それを誤魔化すためどう教えを乞おうかぐずぐずする頭でこねくりまわしていた。
「はじめまして~リコリスでぇす♡」
「お、おう」
 そうしているうちに来た女はきゃるっとした童顔に肉付きのいい肢体を持った小柄な女であった。こんなドンピシャの奴が来るとは思わず、一瞬たじろぎそうになったリリアであるが、同時にはたと気付いた。淫魔とは餌食とせん男の好みによりその姿を変えるものである。そんな彼女らの質を思い出したのだ。
「てめ、俺の頭読んだな!?」
「職業病ですわ、右大将様。お望みとあらばお好きな体型にできましてよ」
 ぷるん、と大きな胸を揺らし、ころころ笑う女にリリアは歯噛みした。思い出しついでに余計な身体を思い描きそうになるが、それはさすがに問題である。不敬に当たるし、なにより浮気くさくて最悪である。描きかけた姿をとっとと頭から追い出し、甘ったるい笑みを浮かべる淫魔に向き合った。
「えと、今日はどういったご用向きですか? なんでもお申し付けください!」
 けれど女はリリアのしかめた面を気にするでもなく、その特性をフルに活かしヒヨコ面に愛嬌を乗せはじめた。
 女のきゃるんとした喋りに「口調まで寄せてきやがった」とリリアは肝を冷やした。このままでは素顔も知れぬ女を代用品として抱きかねない。いくら飢えているとはいえあんまりだ。愛と欲に振り回されつつあるリリアであるが、そんなこたぁ望むところではない。慌ててかぶりを振り、煩悩を追い払い、女に向き直った。
「あー、喋り方は戻してくれ。あと顔も……あいつが商売女に落ちたみてぇで気分が悪ぃ」
「承知しましたわ」
 ふ、と女の顔が揺らぎ本来のものであろう容貌に変わる。緩くウェーブした赤い髪は短く、女のしなやかな曲線をよく見せ、小ぢんまりとした顔には甘く垂れた紫がかった赤い瞳、紅を刷いたぽってりとした唇が品よく位置している。女の纏う色も、かたちも求めるそれと大きく離れ、リリアはほっと息をついた。
……でも、言葉にはお気を付けくださいましね?」
 女は笑みを貼り付けながらじぃっとリリアを見つめた。その口調も笑みも穏やかなものであった。にもかかわらず、どことない冷たさを孕んだそれにリリアはちくっとぎょっとした。かくもねっとりした怒り方をする女は初めて見たので。悲しい認知の歪みである。
「私どもはこれが生業ではありますけど、一般の女性にかような言いようは嫌われてしまいますわよ?」
「むぐ」
 これを商売とし矜持を持っているであろう者に「落ちた」は言い過ぎだったやもしれぬ。思い直し、リリアは気まずそうに顔をしかめてしまった。そんなリリアに女は艶やかに笑みながらゆったり問うた。
「ふふ。……それで、今日は何をお望みかしら?」
 リリアの言葉に思うことはないこともない、けれど、商売柄蔑まれているのは慣れているのだ。だからこそ、「悪いこと言っちゃったかも」と反省の色を見せたリリアにそれとない微笑ましさを覚えてしまったのだ。
「お……
「お?」
「女の、身体のことを、聞きてえんだ」
「まぁ」
 苦しげに顔を歪め、絞り出すような声で答えたリリアに、女は目を丸くした。竜の懐刀と名高い天下の右大将殿がわざわざこんな場末の娼館に来るとあらば、どんな恐ろしい目に遭わされるのだろう……微笑ましさを覚える傍らでパねぇ暴行を働かれるのやもしれぬと内心身構えていた女であるが、予想は大きくはずれていた。それどころかあまりにも可愛らしい依頼に面食らってしまったのだ。
 けれども、かような理由でここを訪れる者は珍しくない。少ない性生活を充実したものにしたい、そう考える妖精は存外多く、女もまた望む妖精たちへ夜の術を伝えてきた経験は充分にある。直接精を食らえないことに少々の不満はあれど、恋に愛に懊悩し煩悶する心はそれはそれで美味なもの。存外いいモノを味わえそうだと考え、女は甘ったるく笑みながらリリアの手を取った。
「お任せくださいな」
……おう」
 そうして、女はリリアをベッドへ組み伏せた。密着した肩口から花と蜜の甘ったるい匂いに混じり、女のものらしい燻した木のような香りが鼻をつき、リリアは露骨に顔をしかめた。年嵩の妖精にありがちな匂いである。
「んだよ、ババァかよ」
「右大将様、女官になるおつもりはありまして?」
「ねぇよ!」
「なら、言葉はお選びなさいな」
 ちょん、とリリアの唇をつつき、女は艶やかに笑んだ。御年八百二十六歳、歳は重ねど衰えぬリコリス姐さんはまだまだ現役なのである。

+++++

 かくしてリリアはリコリス姐さんの手ほどきを受けることとなった。
 女の体のつくり、触れる際の注意事項、性感帯とされる箇所とその刺激方法、性交時の体位などの物理的なものをはじめ、ベッドへの誘い方に文句、拒絶された場合の対処、前戯後戯の重要性やらなんやかんやをそれはもうみっちりこってり仕込まれてしまった。自身も相手も壊し壊されを常としていたリリアにとって、痛めつけぬようやわやわ触れるというのは実に不慣れであれば、馴染みのないもの。おかげですっかりグロッキーになってしまった。
……うへぇ」
「あらあら」
 いじられちょっかいかけられ教え込まれ、隙あらば奪われそうになる貞操を守り、すっかりくたびれた様相を見せるリリアに女はくすくす笑った。なんせこの男、肩書きのわりにそっち方面は伸びしろしかなかったのだ。遠慮もデリカシーも微塵もなければ情緒もへったくれもない。愛情はあれど、その出し方は誤りまみれ。
 あまりにもあんまりであったがここまでまっさらであれば、かえって教え甲斐があるというもの。姐さんは頑張った。手取り足取り腰を取りとにかく頑張った。つまみ食いをしながら頑張った。
 その甲斐あってか、このノンデリ男も(おそらくは)マシになっているはず。これならば恋人とやらも満足できるだろう。そう思える程度には仕上がっていた。あとは、それを頭から放り出されないことを祈るばかりである。そんなこんなでぐったり伸びるリリアの頭を撫でながら姐さんはおっとり語っていた。
「いいですこと? 女――とくに初心な娘はそれはそれは繊細ですの」
「アイツがンなタマかよ。間抜け面でイノシシ狩ってんだぞ」
……
 うんざりした様子でぼやくリリアに、姐さんは手を止め言葉を失った。
 なんということだろう。散々骨を折ってやったにもかかわらず、この男、あっという間もなく元通りの無神経スカタンノンデリ男に戻ってしまったのだ。これは徹底的に「分からせ」なければ。見知らぬ花のためと姐さんの目に炎が灯った。
「補習ですわ」
「は?」
「徹底的に分からせて差し上げましょう」
「は? え?」
 かくしてリリアはワケが分からず、急にぷんすこし始めた姐さんにビビりちらしながら、さらなる教えを叩き込まれたのであった。

+++++

 そうして姐さんより徹底的にわからせられたリリアは翌朝ようやく解放された。
 女とは恐ろしいものである。最中の姐さんの暴威たるや、怒鳴り声と雷を落とす女王や姫の方がまだ易しいまである。――と後にリリアは回顧したほどだ。とはいえ、これで娘にいらぬ無体を働かずに済んだのはリリアにとっても僥倖であった。知らず知らずに娘を傷付けるのは本意でないし、それで嫌われようものならいい歳ぶっこいて泣いちゃうので。
……ときに、右大将様」
「あ?」
「ひとつ、頼みましてもよろしいかしら」
「んだよ」
 ほっとしながらの帰り支度のさ中、姐さんはそれまで見せたことのないしおらしい目をしていた。百戦錬磨の蝶とて緊張することはあるらしい、胸の上で組まれた指に力が篭っているのが見てとれた。
「姉を、探してほしいのです。いえ、見つけましたら教えていただけるだけで良いのですが」
「姉だぁ?」
「えぇ。人間に追われる中ではぐれてしまって」
……そいつぁ」
 穏やかじゃない。言いかけたリリアであるが、それとて元を辿れば民を守るべき兵の力不足ゆえである。兵の数が足りず、手が及んでいないといってしまえばそれまでだが、言ったところで当事者からすれば知ったことではない。
 きっと、リリアたちの知らぬところで行方知れずになっている妖精は少なくないのだろう。普段より気に留めていなかったわけではないけれど、こうもまざまざと突きつけられてしまえば意識してしまうというもの。喉にちくりとしたものを感じるものの、何を言っても言い訳にしかならない。リリアは言葉を飲み込み、どうにかかったるそうな面を作って姐さんに向けた。
「俺だって仕事があんだ。……たまたま、見かけでもすりゃ教えてやんよ」
「まぁ、ありがとうございます。えぇ、えぇ、それで構いません。お願いいたしますわ!」
 リリアが頷くと、姐さんは過剰なまでに予想外に喜んでみせた。八百歳超えとは思えぬ無邪気な顔にリリアはちょっとばかりたじろいだ。とはいえ、揺らぐ様を見せるわけにもいかず、関心のないふうを装い詳しく話を聞くことにした。
「んで、その姉とやらはどんなヤツなんだ?」
「えぇ、名をリコリスと申しまして、波のようにうねる、燃えるような緋色の髪をしております」
 ぽ、とリコリス姐さんは頬をうす赤く染めながら語る。けども、語られた特徴にリリアははてと首を捻った。
「お前じゃねぇか」
「いえ、私はラジアータ、と申します」
 ほら、とリコリス姐さんことラジアータ姐さんは小さく指を鳴らした。すると、波のようにうねる燃えるような緋色の髪はうねりひとつない銀色の髪に変わり、朝日を受けて輝き姐さんの滑らかな肢体にとろりと沿った。瞳は澄んだ翠色を湛えており、先までの官能的な姿から一転、百合の精のような清廉な姿に変わる。魔法で姿かたちを変えていたらしい。
 とはいえ、セクシー姉ちゃんも清楚姉ちゃんもリリアには微塵も刺さっていなかった。最凶の姫様に初恋を掻っ攫われ、現状無垢で物騒なヒヨコちゃん(※成人)への恋に脳を焼かれているので。残念ではあるが一途な男である。
……そうかよ」
 くすぐったそうに笑う姐さんを気にするでもなく、先までの姿……曰く姐さんの姉さんを思い出した。きっと、姐さんはこうやって相手に姿を見せることにより姉探しをしていたのだろう。当人への風評被害になりそうではあるが、赤の他人が深追いすることでもなかろう。
 リリアは姐さんの依頼を頭の隅に置き、用は済んだとばかりに代金を姐さんに支払った。
「じゃあな、世話ンなった」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしておりますわ」
「もう来ねぇよ! ……多分」
「あらあら」
 くすくす笑う姐さんに毒気を抜かれた思いになりつつ、リリアは足早に娼館を後にした。知りたいことはおおむね知れた。あとは来るであろう娘とのしっぽりうふふを行う日を待つだけである。
 やわらかな朝日が差す中、隊員たちと娘が休んでいる宿に戻るためリリアは眠り始めた街を歩いた。浮かれた気分と疲労感とでふわふわした心地で姐さんの教えを反芻し、つい娘のあられもない姿を脳裏に描いてしまった。
「んンッ!!」
 誰が見ているわけでないけれど、リリアは慌てて煩悩を遥か彼方へブン投げた。遅れて娘のためとはいえ、よその女と床を共にしてしまった後ろめたさに横っ面をブン殴られた気に陥った。