Momosei808
2024-06-23 17:37:04
4354文字
Public SD(リョ花)
 

微かな香り

ワンライ:リョ花×お布団×香り

桜木花道にとって、一人暮らしをしてからの期間は結構長い。
長く父一人子一人の生活を送っていたし、中学の頃父が帰らぬ人になってからは、一人きりの生活になった。
別に、それまでも親子の生活はすれ違いが続いていて、中学時代も大まかな家事は花道自身が担っていたので、一人暮らしをするのに困ることは無かった。
とは言え、家に帰っても他に誰も居ないという事実は、時折言いようのない寂しさを、花道という少年に齎した。

中学時代の半ばから出来た、洋平・野間・大楠・高宮という悪友一同は、そんな花道の境遇を知ってか知らずか、彼の一人きりのアパートにちょくちょく顔を出すようになった。
学校の終わりには、花道のアパートが半ばたまり場のように、一同が集まるのが慣例になった。
彼らは、家の夕飯の残りや貰い物などを、積極的に花道の家に持ちよるようにした。
パチンコの景品も、日用品などに換えては花道のアパートに置いて行くようになった。
そんな彼らは中学時代から高校のほんの始めの頃まで、よく花道のアパートに寝泊りした。
彼の部屋には、自分が寝る用の特大サイズの布団と、一般的な客用のもう一組しか置いていない。
知らぬ間に桜木軍団という通称を得た悪友は、そんなもう一組の布団の周りに身を寄せ合うようにして雑魚寝することが間々あった。

……これで準備、いーよな?」
そして今、花道は、自分のアパートをいつもより念入りに掃除していた。
アパートの大家の老女から譲り受けた掃除機を部屋の隅々までかけて、浴室もトイレも常より遥かに綺麗に磨き上げた。
晴天を見計らって布団も干したし、シーツも洗濯し直した。
綺麗に整えたアパートを見回して、花道は額に滲んだ汗を拭った。
途端にふさり、とリーゼントで整えた髪が揺れる。

何故彼がこうしてアパートを念入りに掃除するようになったかと言うと。

『花道、今度、お前んち泊まっても良い?』

同じバスケ部の一年先輩で友人の、宮城リョータがこのように言ってきたためだ。
見た目も性格も何もかも違うこのリョータという男はその実、花道にとって極めて近しいところにいる親近感を抱かせた。
それは、異性に対して片思いをしてはフラれまくるという共通項以外の──、非常にデリケートな部分が、繋がっている、と花道は薄々感じていた。
二人きりの部室で、花道が何の気なしにリョータに一人暮らしであることを告げると、リョータは一瞬の間の後、「ふーん」とだけ宣った。
花道はそのリョータの態度に、少なからず安心した。
誰にも、そう簡単に踏み込んで欲しくない部分はある。
人の機微に敏いリョータは、花道のその部分を自然と察して、軽く流してくれた。
それが、花道にとっては嬉しかったのだ。


そして、リョータと仲良くなってから数週間経った週末の今日。
梅雨の只中の貴重な晴れ間に、花道は布団を干し、リョータがいつでも泊まりに来て良いように体裁を整えた。
(人、泊めるの久々なせいか、緊張してきた……
花道は心で呟いた。
高校入学当初の頃は、バスケ部に入らず以前と同様に悪友仲間とだらりとした気楽な日々を送っていたが。
晴子と出会ってからバスケ部に顔を出すようになり、遂には正式に入部届を出した。
花道はバスケットマンとして、朝は早くから練習、夜は遅くまで練習という日々に突入した。
自然と、悪友たちは花道の部活の邪魔をしないように、家に泊まることは無くなっていったのだ。

ピンポーン。

聴き慣れたインターホンが鳴った。
花道がドタドタと足音を立てながら慌てて玄関口に行く。
鍵のかかっていないドアを開けると、予想通りにそこには、リョータが立っていた。
「おっす、こんばんは~。お邪魔します」
リョータは律儀にそう言うと、花道のアパートの中に入った。
今日は土曜日で、バスケ部の練習もいつもより早く終わった。
リョータは一度家に帰宅して着替えてから花道のアパートに来たらしい。
軽装の黒いTシャツとハーフパンツという出で立ちは、常日頃制服姿とトレーニングウェア姿しか見ていない花道にとっては新鮮だった。
リョータは、手に持っていた紙袋の中から、何かを取り出した。
「はい、コレ」
そう言って手渡してきたそれを、花道は受け取った。
「どーした、コレ」
手に持ったタッパーの中身をしげしげと見ていると、リョータが言葉を続けた。
「うちのかーちゃんが、お世話になるならコレ渡して、って。かーちゃんお手製の、おかずとか色々」
「おー! リョーちんのお母さまの手作りか!」
「メシ、食ってねーだろ? 早くそれ食おうぜ」
「待て待てリョーちん、オレもメシ作ってたからよ。それも出して食おうぜ」
「マジ!? ……いや、なんか近所で良い匂いしてるから、どっかでメシ作ってんのかな、って思ってたら……。お前、作ったの? マジで???」
「おう。人に食わせるメシ作るの久々だけどな」
花道が自炊出来るという事実に目を白黒させたリョータを後目に、花道は手早く台所に向かい、夕食の準備を整え始めた。
掃除を終えた後、それほど時間をかけずお手軽なものだけでも用意していたのだ。
醤油とみりんの匂いが辺りに漂う中、花道は作った料理を大皿に盛りつけた。
彼の心は、リョータが泊まりに来てくれたという事実に浮かれ、弾んでいた。


*******

「こないだの試合、お前、また簡単にファウル貰いすぎ」
「ぬ~~~!! わかってンだよ、チクショー!!」
「まあでも、だんだん退場までかかる時間長くなってきたからな。その調子で行けよ。あんま、自慢のパワーに頼ろうとすんなよ?」
数日前の平日に行われた地区予選の試合を振り返りながら、二人は布団の上に寝そべっていた。
先ほど、花道の手作りの料理とリョータが持って来た母の手料理をおかずに、たらふく夕食を食べた二人は、それぞれ順番に風呂に入った。
整髪料で常日頃整えた髪型が、二人揃って下りている。
整髪料の着いていないお互いの髪型に僅かに面食らいながらも、布団を敷いて横になり、あとはリラックスして土曜の夜を過ごしていた。

ふと会話が途切れた頃、花道はふあ、と欠伸をした。
それを見てリョータは、「そろそろ寝るか」と言い出した。
「まだ寝たくねー」
ぐずった子供のように花道が言うと、すぐ隣に布団に横たわったまま、リョータが花道の下りた赤い髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「明日、日曜だけど練習あんだろ? それに朝から1on1してー、つったの、どこのどいつだよ」
兄のように言い聞かせるリョータの言い分に、花道は滅法弱い。
ぐぬぬ、と唸った後、仕方ねーと呟いて立ち上がった。
「仕方ねーから寝てやる。電気消すぞ」
一言断って、花道は自室の蛍光灯の紐を引いた。
途端に暗くなった部屋で、改めて二人揃って布団に横になる。
別々の布団で寝ているというのに、今まで味わったことのない緊張を感じて、花道はなかなかすぐには眠れなかった。
身体は眠いと感じている筈なのに、意識は冴えている。
そんな不思議な状態を味わっていた。


暗闇に目が慣れた頃、密やかな声が響いた。
「花道、起きてるか?」
「ぐーーーー」
咄嗟に出したわざとらしい寝息に、リョータは声を押し殺して笑った。
「起きてんじゃん。……なあ花道、今日、泊めてくれて、ありがとな」
「どーいたしまして! 天才は心が広いからな」
「お前、メシ自分で作れるし掃除出来るし、すげーよホント。オレ、そんなん出来ねーもん」
「リョーちんだって、いつかは出来るようになるぞ、きっと」
「そーだと良いけどな。あとさ、布団」
「布団?」
「布団、ふかふかキモチイイわ。ありがと」
リョータなりに、普段自分の狭い部屋に畳んだまま放置して、ここ最近干していなかった布団の感触と比較して、感じ入ったところがあるようだった。
時折リョータはそうやって、花道を純粋に褒めてくれるところがある。
そのたびに、花道は、心の奥底をリョータに覗き込まれ、優しく撫でてもらうような感じがして、落ち着かなくなるのだ。

そして。


「布団、お前の匂いがするな」

リョータが言い放った爆弾発言に、花道はとうとう暗闇の中で目を見開いた。
「く、クセーって言いてえのかよ」
思わず狼狽えた声が出る。
ちゃんと布団本体は干したし、シーツもタオルケットも洗った筈なのに──。
そんなことを思った花道に、リョータは言葉を続けた。
「くせーとかじゃなくてさ、お前の匂い、……イヤじゃねーよ」
言い出したリョータも、今更のように照れが走ったのか、ぶっきらぼうに言い捨てた。
そんなリョータの様子を暗闇ながらも悟った花道は、にやりと笑みを刻んだ。
「そのフトンな、前は洋平たちが当たり前に使ってたんだぞ」
「え……、マジで?」
「だからオレの匂いだけじゃなくて、あいつらの匂いも混ざってるかもしれねー」
「うーーーわ、お前、言うなよそんなん……
リョータのげんなりした声が聞こえて来て、花道は笑った。

そうこうしているうちに、暗闇の中で他愛の無い時間が過ぎていき。
いつしか二人は、眠りに落ちて行った。


*******


翌日、日曜日の夕方に、花道はアパートに帰宅した。
リョータは本日の部活に、この部屋から一緒に向かったが、部活の後はそのまま宮城家に帰った。
一人きりのアパートはいつも通りなのに、酷く寂しいと感じてしまう。
……仕方ねーよな」
独り言ちて、花道はリョータが寝ていた布団を片付けるために、近づいた。
シーツとタオルケットと枕カバーは洗っておいて、布団はまた押し入れにしまえば良い。
そう思って、花道はリョータが部屋の隅に畳んでいた布団の傍に膝をついた。
シーツを布団から剥がそうと布団を広げた途端に、不意に。

花道の鼻腔に、嗅ぎ慣れたその匂いが飛び込んできた。

優しく、爽やかで、少しばかり背伸びしたような、洒落た香り。

リョータの服に沁みついたであろう、微かな整髪料や香水や洗剤の香りがそのまま、リョータが使ったシーツに移っていた。

くん、と匂いを嗅ぐ。
すると、たちまちに花道の胸に、疼くような切なさが巻き起こる。
もっと嗅いでいたいような、もっと、この香りの持ち主に、傍に居て欲しいような──。


(いかんいかん、何を考えてるんだオレは! ハルコさんという者がありながら!!)

久々にアパートに人を泊めて、その反動で寂しさをより強く感じているだけだと、自分に強く言い聞かせながら。

花道は暫くの間、布団に漂う彼の残り香を抱き締めていた。


<終>