7flowerS
2024-06-23 07:05:49
2791文字
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ちょっと前のカルデアの話 紅茶とスコーン

少し前のカルデアの話、あの頃弟は儚い幻霊だった。信長は信勝に「なぜ死ぬ前に一言相談してくれなかったのか」と聞こうとしていた。連載の夫婦ごっこから過去話のみ抜粋。

 それは帝都の事件を解決してもう数ヶ月経つ頃の記憶。
 まだ幻霊にすぎない信勝と信長は色とりどりの薔薇が美しいイングリッシュガーデンにいた。

 信勝は青空と花々に見惚れており、信長は自慢げに笑う。

「うわあ、すごい。これが南蛮の庭なんですね。えげれす、でしたっけ?」
「信勝は英霊の座に登録されてないのにどこからそんな知識湧いてくるんじゃ。まあ、あっとる。イングリシュガーデンというやつじゃ」

 信長は手招きした。赤と白のボーダーのパラソルの下にアルミ製の丸テーブルと椅子があってそこに座っている。どうやらアミューズメントパークの一部のイングリッシュガーデンらしい。

 信長はまるで現代という時代で遊園地に弟と遊びにきたようだと連想した。

「ほら、座れ。お前だって異国の春を愛でるくらいできるじゃろ」
「あ、あああ、姉上の隣に座れるなんて! いいんですか!? 夢じゃないですか!?」
「腹も減ったから気が向いただけじゃ。もう信勝の分も注文はしたし、わしの気が変わらんうちにさっさと座れ」

 視界の端に屋台を出しているタマモキャットがいる。他にも料理好きなサーヴァントが手作りのスコーンを焼いてきたらしい。いくらか払ったからもうすぐ紅茶とスコーンが二人分来るはずだ。

 今回はもう特異点を解決している。数日で消える場所だが、消えるまでは遊ぶのがカルデア流儀だ。頬を撫でる春風は確かに心地いい。

 意外にも信勝は恐る恐る信長の向かいに座った。いつも図々しいし好き勝手言っているのにビクビクしている。傍若無人な弟なのに妙な反応だ。

 まるで人見知りの小さい頃のようだ。まるで……また嫌われたようだ。

(だって言ったじゃないか、死んだのは……わしの為だったって。わしを憎んでいるのではないだろう?)

 ずっと憎まれているのだと思ってきた。それが覆されたのは明治の特異点の話だ。正直、天地がひっくり返った。

「い、いいのかな……姉上、僕がいていやじゃないですか?」
「?」

 言っている意味が分からず、信長は珍しく外見年齢相応に首を傾げてしまった。

「わしは好きなことしかせん。なんじゃ、何が言いたい?」
「い、いえ、その僕でいいのかなって……ほら、いつも顔色の悪い女とつるんでるじゃないですか。マスターって人も気に入ってるみたいだし……話すのが僕じゃ、退屈じゃないですか?」
「春の花を愛でて退屈などないさ」
「そ、そっか、花が綺麗だから……そっかぁ!」

 突然、信勝が子供の頃のような春の花のような笑顔で笑うので信長は黙ってしまった。

「あ、あの、姉上! ……え、えっと、花が綺麗ですね!」
「見れば分かる」
……ううっ、せっかくのチャンスなのに何も思いつかないなんて」
「今更、信勝に気の利いた会話なんぞ求めておらん」
「ううー!」

 謎の会話だ。そこでちょうどタマモキャットが銀のトレイを持って近づいてくる。

「お待たせニャー♫」

 紅茶が青いティーカップで二つテーブルに並べられる。サービスなのかレモンがついていた。そして同じ青の皿で大きめのスコーンが一つずつ乗って苺のジャムを添えられている。

 信長が皿の上を何度も見たのでタマモキャットは猫口を開いた。

「すまぬがクロテッドクリームはさっきなくなってしまったのだ」
「ええー、マジで。あれ、わし好きなのに……こうスコーンにデロデロっとつけるのが楽しくてな」
「おい! 給仕、いや猫……? とにかく、姉上のお気に入りを出さないとは何事だ!」
「信勝うるさい。キャット、カルデアに戻ったら何かサービスしてくれるだろうな」
「カレーのおかわり無料一回で手をうとう」
「うむ、忘れるなよ」

 信長はさっさと紅茶にレモンを入れて口をつけた。信勝は口をつけないまま、まだキャットを睨んでいる。

「いいんですか、姉上。あの給仕、いや猫? 姉上を軽んじていませんか?」
「昔は正一位のわしも今はボイラー室の横暮らしよ、品切れくらい諦めるさ。それより、信勝、早く食べろ。冷めた紅茶はまずいぞ」
「は、はい」
……

 信勝は猫舌だ。だからふうふうと紅茶を吹いている。それを横目で見ながら信長は脳裏にいくつも言葉を用意した。

……どう切り出したものか)

 帝都で信勝に再会してもう数ヶ月だ。明治維新の時はまさか再会できるとは思わなかった。幻霊のくせにまだカルデアにいる。きっとまだしばらくいるだろう。

 だから、信勝に聞きたいことがある。帝都では信勝の霊基に入って、信勝の心をいくらか覗く事ができた。だから、信勝に本当に殺された憎しみも恨みもかけらもない事は知っている。

(少しは恨めっつーの、死んだんじゃぞ)

 気にしているのは信長ばかりで腹立たしい。けれど、だから聞ける事がある。ここまで数ヶ月迷ったが……風景は尾張と似ても似つかぬ異国の風景。食べるものも遠い異国のもの。信勝が腹を切った時のものを連想させるものはない。

(どうして何も言わなかった?)

 どうして死ぬ前に一言も言ってくれなかったのか。
 姉になんでも話していた弟だったのに、なぜ最後だけは何も言わなかったのか。
 明治の時はそこまで考えが回らなかったが、また幻霊として再会できたなら聞きたかった。なぜかまだ現界しているが次があるとは限らない。

「てか、まだ食べてないんかい」
「す、すみません、猫舌で……それに食べたら消えちゃうなあって」
「そりゃ食べれば消えるじゃろ」
「もったいないなあ」

 ようやく信勝は紅茶のカップを手にした。それを飲んだら話そうと信長はその手元をじっと見つめた。

「姉上、いただきます」

 ガシャンと陶器の割れる音がした。信勝のティーカップが地面で砕け散る。

……信勝?」

 信勝は紅茶に口をつける直前に金色の粒子になって青空に消えた。帝都から数ヶ月英霊でもないのに平然とカルデアに存在していた。そのくせ信勝はたった今目の前で消えてしまった。

……
「む? どうした? 賊か?」

 砕けた音を聞きつけたタマモキャットが戻ってきた。信長はじっと砕け散ったティーカップを見た。さっきまで信勝の足があった場所にレモンのスライスがある。青い破片に手を伸ばすと手袋が切れ、信長の指先に小さな血の球ができた。

「むむ? 弟はどうした? やはり賊なのか?」
「いや……もう、信勝は帰っただけじゃ」

 これでよかったのかもしれない。
 どうして死んでしまったなんて、今更聞いてなんになる。

 信長はその日、日が暮れるまでじっとその席に座っていた。二つの皿をスコーンは誰にも食べられず冷たくなっていった。固くなってしまったので信長は翌日スコーンをゴミ箱に捨てた。