7flowerS
2024-06-23 06:48:58
3158文字
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姉のむかしの話② ある日、弟ができた

織田姉弟の昔話。姉視点より。三歳の信長の元にある日、弟の信勝が生まれた。姉は戸惑ったが弟は姉が好きだった。成長とともに共にいることが当たり前になっていく。連載の夫婦ごっこから抜粋。

 思えば無償の愛というものを与えてくれた家族は弟だけだった。


 弟が産まれた日の記憶は曖昧だ。信長も三歳になったばかりの頃だった。

 その頃はまだ態度が柔らかかった母が「×××、あなたの弟が産まれましたよ。こちらへいらっしゃい」と呼ばれた時のことは覚えている。その頃呼ばれていた女の幼名は思い出すことができない。数年後に信長は父に才覚を見いだされ、男の幼名となった。

……「ほら、手を握ってやりなさい」……

 信長の目の前には白い産着にくるまれた赤子がいた。生まれて一月も経っていなかったと思う。まだ目も開いておらず、動きもぎこちなく居心地が悪かった。

 触れれば傷つきそうで近寄りたくない。

……これが弟……?)

 赤子はよく泣くと聴いたが弟はあまり泣かなかった。指を一本差し出すと弱い力で握られ、少し笑った気がした。







「あねうえ?」

 いつの間にか言葉を喋るようになっている。

 数年後、弟はよたよたと歩くようになっていた。正直存在を忘れていた。信長はまだ女として育てられていたが、行動が無茶苦茶ですでに母と溝ができていた。逆に妙に目にかける父を不気味に思っていた。

「あねうえ、あねうえでしょ? ねえ、いかないで。いっしょにいて」
「馬に乗るんじゃ、赤子は連れていけん」

 無論、まだ子供の信長も馬に乗るのは許されていない。こっそり乗るのだ。赤子など連れて行けばすぐ泣いてバレる。

「やだ! いかないで、あねうえ! いかないで! あねうえ……うわああああああん!」
「ば、馬鹿者! 泣くな! バレる!」

 置いていこうと走り出したがますます弟の泣き声は大きくなる。結局その日は全てバレて、馬には乗れなかった。

「あねうえ、あねうえ」

 さんざん二人で叱られたのだが弟は姉が傍にいると分かるとずっと笑っていた。







「姉上、僕も行きます! ……あ、置いていかないでください! 姉上! 姉上!」

 さらに数年後。気がつけば弟は走るようになり、言葉もしっかりしていた。信長はすでに男として育てられ、吉法師という男の幼名をもらっていた。信勝はその頃は勘十郎という幼名で呼ばれていた。

「いかないでください! 姉上! 姉上!」
……お前はいくつになっても言うことが変わらんな」

 結局連れて行くことになり、途中で転んで泣くので手を引いて帰った。

 弟は足は遅いし、すぐ泣く。十になるまではすぐ病気になり、すぐ母を心配させた。すでに仲が最悪になっていた母は信長に弟を連れ出さないように何度も言っていた。

 余計母と仲がこじれている。多分、一緒にいない方がいいのだ。それなのにどうして弟はいつもいかないでと言うのだろう。

……それに)

 どうして信長はなんだかんだと弟を一緒に連れて行ってしまうのだろう。







……姉上」

 寺から自室に帰るとそんな寝言が聞こえた。

 信長が十を少しすぎたことだろうか。帰ると弟が部屋の中で寝ていた。いつものように姉を待っていたのだろう。

「人の部屋でよく寝る奴だな」

 信長は珍しく弟に自分から近づいた。眠っている弟の頭を膝に乗せ、その頭をなでた。顔をじっと見るとそっくりで確かに自分たちは姉弟なのだと思った。

……姉上?」
「ん、起こしたか?」
「いいえ、今目が覚めました。おかえりなさい、姉上」
「ああ、ただいま」

 にっこりと笑う。その柔らかい笑顔は姉弟でも信長にはないものだ。……どうしてだろう。どうして弟はこんなに自分を慕うのだろう。

 弟は自分とは違う人種だ。もっと同じ種類の人間と話した方が楽しいのではないだろうか。普通とか、人間とか言われるものたちと付き合う方が弟だって楽しいのでは。

「なあ、どうしてお前はわしにそんなに懐くのだ?」

 自分は慕われるような姉ではない。優しくもないし、気質も違う。嫌われる理由もないが慕われる理由も分からなかった。

 弟はびっくりしたように目を丸くする。そしてすぐ微笑んだ。春の花のように温かい笑顔だった。

「そんなの、姉上が大好きだからに決まってます」

 その日から信長は信勝をあまり追い払わなくなった。





 けれどある日。

 信長と信勝は男たちに誘拐された。二人で河原でどこへ遊びに行こうか話していた時、気がつけば囲まれていた。

 人数は十人以上。武器を複数持ち、身なりは悪い。おそらく野盗の類だった。

「おい、ガキどもを逃さないようにしろ。せっかくの金づるだ」

 姉弟はそう言われ、森の奥深くの洞窟に捕らえられた。見張りは二人。両方とも槍と小刀を持っている。

 おそらく金を貰ったら殺す気だろうと信長は推測した。

「あ、姉上……

 そういって信勝は信長の着物の袖を離そうとしない。弟の目に涙が滲み、ガタガタと震えていた。温室育ちの弟はこんな恐ろしいこととは無縁だった。

 信長とて温室育ちには違いない。男として育てられているとはいえ大名家の子息だ。しかし……

……姉上?」
「そう泣くな」

 そう言って姉は弟の頭を撫でた。信長は捕まってから一度も怖いと感じていなかった。涙も震えもなかった。

 そしてじっと見張りの男たちを観察した。

 数刻後、片方の男が軽く欠伸をした。その隙をついて信勝を振り払った信長は男の小刀を奪い、素早く喉を切り裂いた。もう一人の男が声を上げる前に心臓を突き刺した。

 姉弟の前にはあっという間に二つの死体が転がった。

「信勝はここにおれ」

 そこから先は一方的な殺戮だった。信長は死んだ男たちから武器を奪い、残った男たちの背後をつき、一人一人殺した。最初は少しでも集団から外れたものから殺し、減ってきたら正面から心臓や喉を切り裂いた。

 なんの迷いもない。高揚も恐怖もない。信勝に風車を作ってやる時に竹を削るのと同じだ。淡々と全員を殺した。

「ん? 信勝か、終わったぞ」
……

 死体に囲まれて信長は血まみれでケロリとしていた。十二になったばかりの少女にふさわしく明るく笑った。そんな信長だったからこそ父は彼女を男として育てたのだ。

 信長が念の為、もう一度男たちの死体の心臓を刺している時に信勝はふらりと現れた。まだ怖いのだろうか。顔が真っ青だ。

「どうした? まだ泣いているのか、全くお前は怖がりだな」
…………あね、うえ……

 手を伸ばすと弟はビクッと身体を震わせた。……弟は怯えていた。襲ってきた男たちではなく助けてくれた姉に。

 信勝は必死に口元を押さえていた。

「ご……ごめん、なさい……た、たすけてくれたのに……ぼく……うっ、うう!」

 そうして弟は吐いた。たくさんの涙と一緒に黄色い液体をぶち撒けた。座り込み泣き続けた。

「信勝……?」

 血だらけの刃を持った姉は弟がなぜ泣くのか理解できなかった。




 そして無事帰った信勝は数日寝込んだ。

 泣くばかりで食事もせず、三日は眠れなかったらしい。一週間は寝所から出られなかった。眠れるようになっても悪夢ばかり見たらしい。

 どうしてかさっぱり分からなかった。
 信長は帰った日からよく食べたしよく寝た。特に悪夢も見なかった。

 誘拐事件ということで信長も数日屋敷から出してもらえなかった。だから一人の部屋で信勝のことを考えた。

(あいつ、わしが怖かったのか?)

 そして理解した。信長と信勝は決して分かり合えない。全く違う生き物なのだ。例え大好きと言われてもその壁は決して越えられないのだ。

 やはり一緒にいない方がいいのだ。