shirajira
2024-06-22 08:22:58
6143文字
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欲せよさらば与えられん

2024.6.22ビマヨダワンドロにて。お題「力」。ヨダナの考えなし行動により大変な目に合うビマの話。

 力が欲しいか?
 そんなの、答えは決まっている。
「欲しい!」
 ドゥリーヨダナが答えた途端、ワニだかカバだかわからないけったいな像の目が、ピカリと光った。
 瞬間、ドゥリーヨダナは賢く華麗な第六感――ロクデナシの危機察知能力とも言う――により、あ、なんかヤバそうだな、と思い。
 咄嗟に、隣で呆れた顔をしていたビーマの影に隠れた。
「あ?」
 ビーマが怪訝な顔をしたのと、像から放たれたいかにも体に悪そうなドピンクの光がビーマに直撃したのはほとんど同時で。
 あー、これは。ドゥリーヨダナは確信した。
 ビーマのやつ、死んだな。
 別行動中のマスターと合流したら、どう伝えようか考える。ビーマの馬鹿が何も考えずに進んで勝手に罠にかかって死んだ。わし様は止めようとしたんだが……よし、これで行こう。
「おお、ビーマよ、死んでしまうとは情けない……骨くらいは拾ってやる……
 ドゥリーヨダナがビーマの骨を拾うことはなかった。嘘泣きをしようとするより先に、拳が飛んできたので。


 解せぬ。まったく解せぬ。
「いや何で高貴な王子であるわし様が、お前の面倒見なきゃならんのだ?」
「誰のせいでこうなったと思ってんだよ!」
 ビーマが怒鳴ったが、ドゥリーヨダナはちっとも怖くなかった。なんせビーマは手を万歳の状態にしており、大層間抜けな様子だったので。ライブラリで見たレッサーパンダの威嚇みたいだ。
 力が欲しいか? 欲しい。ドゥリーヨダナが答えた通りに、謎の像は力を授けた。
 結論から言うと、ただでさえ馬鹿力のビーマが大馬鹿力になった。
 光線が止んだ途端にビーマに殴られ、まずドゥリーヨダナは顎が砕けた。
 殴られたドゥリーヨダナより、殴ったビーマの方がショックを受けたような顔をしたので、ドゥリーヨダナは却って冷静になったほどだ。マスターが駆けつけて礼装で回復してくれるまで、グロ画像注意みたいな顔面になっていたけども。
 どうも光線は強化扱いのようで、ヴァースキの霊薬では治すことができず、よほど強力なのか、強化解除持ちのサーヴァントも匙を投げた。特異点自体は解消したが、ビーマはもはや呪いに近い強化を引っ提げたまま、カルデアに帰還する羽目になってしまった。
 強化は恐らく時間経過で解ける、というのが技術顧問の見解だったが、いつかというのがわからない。明日か。五分後か。それとも一年後か。
 もはやビーマは触れるもの全てを破壊する悲しきモンスターと化していた。椅子に座れば椅子を破壊し、厨房に入ればまな板を木っ端微塵にし、金属製のドアを吹っ飛ばした。
 さすがのビーマも落ち込んで、見かねた首脳陣らによりしばらくの休暇という名の隔離を行われることになった。ドゥリーヨダナというお世話役付きで。
 ドゥリーヨダナがお世話役につけられたのは、事情を知って激怒しているアルジュナからマスターが庇ったことによるものなのだが、ドゥリーヨダナはそんなことは知ったこっちゃないので、「ずっとビーマのやつを見てなきゃならんのは面倒だが、まあしばらく周回に行かなくていいのはいいか」くらいにしか思っていなかった。マスターの心サーヴァント知らずである。
「というかお前、ずっと手を上げてて疲れんのか? あと座ったらどうだ」
 勝手にビーマのベッドに寝そべって寛いでいるドゥリーヨダナに向かって、ビーマが怒鳴る。
「てめえ、他人事だと思って! これ以上何か壊したくねえんだよ!」
 なるほど。手を上げているのはうっかり何か、或いは誰かに触らないためで。立っているのは座って椅子なりベッドなりを破壊したくないからで。
「ほーん」
 ドゥリーヨダナはおもむろに、ビーマの枕を手に取った。最初から備え付けの安物の枕だ。ビーマに向かって投げつけたそれは、遮るものもなくビーマの顔面にぶつかると、ぽとりと足元に落ちた。ビーマの眉間にできた谷間が深くなり、目付きが鋭くなる。
「てめえ、覚えてろよ……元に戻ったら後ろだけでイく体にしてやる……もう魔羅を使えなくしてやるよ……下拵えに三時間かけてやるからな……
「おい怖いこと言うな!? 脅すのか、仮にもお前の恋人のわし様を!?」
「その恋人を脅すより酷いことしたのはどこのどいつだよ!」
 そう、こんなでもドゥリーヨダナはビーマとお付き合いをしていた。とは言えお互いにいい歳をした大人なので、胸ときめくようなロマンスとかそういうのは一切ない。あるのはただの妥協である。
 なんか人肌恋しくなった時に共寝ができて、何かあっても後腐れなく別れられて、できればまあ文化なり考え方なりが近いやつがいいな。その結果がこれだった。
 互いに性欲は強く、元々お世辞にも仲がいいわけではないので、何かあれば清々した気持ちで別れることができ、生まれ育った時代も国も同じ。ついでに顔も体もまあ、悪くない。
 妥協するにはちょうどよかった。当然、付き合っていることは誰にも話していない。用が済んだらおしまい、それだけの関係なので。
 ドゥリーヨダナは怒り狂っている様子の恋人を見つめ、わざとらしくやれやれと身を起こした。
「まったく、これだから野蛮人は短気で困る。はー仕方がない。わし様はハイパーお金持ちで頼れる王族ゆえ、一肌脱いでやろう」
 立ち上がり、ドアに向かう。ビーマが怪訝な顔をした。
「おい、逃げるのかよ」
「はあ? なーんでわし様が暴力レッサーパンダから逃げなきゃならんのだ。とにかくそこで万歳して待っておれ。きっとわし様が戻ってきたら、ドゥリーヨダナ様万歳! って言いたくなるからな。それとも何だ、寂しいのか?」
 挑発のつもりで発した言葉に返ってきたのが無言だったので、ドゥリーヨダナは笑うのに失敗した。馬鹿言うなとか、そんな言葉が返ってくると思っていたのだ。
 こちらをじっと見つめるビーマの瞳に、ありし日の少年の面影を見る。いじけるような、恐れるような、そんな瞳。
 そう言えば、マスターたちは力加減のできないビーマを知らないのか。それはきっと、大層驚いたことだろう。そしてその驚きのまま、ビーマに目を向けたに違いなかった。
 かつての自分たちのように。
「マスターからの心証が悪くなっては叶わんからな! すぐに帰ってくるから、とにかく大人しく待ってろよ! くれぐれも誰かにチクったりするんじゃないぞ!」
 ドゥリーヨダナは慌てて部屋から飛び出した。とにかく気まずさを帳消しにするために、早いところ何かしなくてはならなかった。


「戻ったぞ~」
 ドゥリーヨダナが山ほどクッションを抱え、それ以外にも色々と小脇に挟んで戻ると、ビーマはドゥリーヨダナが部屋を出ていった時と変わらず同じ場所に立ち、万歳をしていた。
「そうしてるとお前、変なポーズで石にされた人みたいだな。ウケるぞ」
 思わずしげしげとビーマを見つめる。唸り声が返ってきた。
「本当に、誰のせいだと思って……!」
「幸運ステータスの低いお前のせいだろ。つまり百パーセントお前のせい。いや、わし様の幸運の高さのせい、か……? ふふっ、悪かったなあ、わし様の幸運が高くて! わはは!」
 上機嫌に笑ってみせた途端、突風が吹いた。思わずたたらを踏む。どうもそっちの制御も危うくなっているらしい。
 このままイライラさせ続けてもろくなことにはならないだろう。ドゥリーヨダナはため息をついた。
「あーやだやだ、何で気が立った熊みたいなやつの世話をわし様がせにゃあならんのだ。飼育員じゃないぞ、わし様は」
 文句を溢せば、ビーマに睨まれる。睨まれたところで痛くも痒くもないので、どこ吹く風でドゥリーヨダナは部屋の一角に持ってきたラグを敷き、クッションを積んだ。
「ほら、来い。こっち来て座れ」
 ぽんぽんと、クッションの山を叩く。ビーマが怯むように唇を噛んだので、ドゥリーヨダナは言ってやった。
「別にクッションくらい、駄目にしてもいくらでも新しいの買ってやるわ。あ、片付けはお前がやれよ。とにかく座れ。見てるだけで疲れる」
 ドゥリーヨダナが手招きをすると、両腕を上げたまま、恐る恐るといった様子でビーマが近づいてきた。そのまま、ギクシャクとした動きで腰を下ろす。
……クッション、どうなってる?」
「見たところ、別に普通だな」
 露骨にほっとした顔をして、ビーマが「そうか」と言った。途端、緊張の糸が切れたのか、表情に疲れが滲む。相当参っているようだった。
「手も下ろせ。それからほれ、クッションにもたれてみろ。なに、これでクッションを貫通して壁が壊れたら、わし様がどうにかしてやるわい。恋人のピンチだからな。金に糸目はつけんとも」
「誰のせいでピンチになったと思ってんだよ……
 ぼやきながらも、ビーマが手を下ろし、クッションに背を預ける。特に壁に異変は起きていないことを確認して、ドゥリーヨダナはビーマの隣に腰かけた。ビーマがびくりと肩を揺らす。
「おい、離れろ。あんま近寄るな」
「はあ? それが恋人に言うことかあ?」
 ドゥリーヨダナが更に距離を縮めてやろうとすると、くしゃりとビーマの顔が歪んだ。
「本当に、やめろって。……また傷つけたくない」
 何を今更。いつも拳が出るような喧嘩をしょっちゅうしてるだろうが。ドゥリーヨダナはそう思ったが、口にはしなかった。そういうことではないのだろうなと、さすがに察しがついていたので。
 ドゥリーヨダナの顎を粉砕した時のビーマは、本当に酷い顔をしていた。よほどショックだったのだと、そんなつもりはなかったのだと、ドゥリーヨダナにもわかるくらいに。
 なんだかなあ、と思う。お互い妥協による恋人関係で、必要であれば互いにあっさり関係を捨てて命を狙える、そんな間柄だとドゥリーヨダナは思っていた。けれどもビーマは、ドゥリーヨダナを意図せず傷つけたことに、深くショックを受けたようだった。まるで愛する人を傷つけてしまったみたいに。
 お前そんなんで、またわし様を殺さなきゃいけなくなったらどうするんだ? まあ同陣営で同じマスターを戴いている以上、いらん杞憂なんだろうが。
 まあ、お前がわし様のことで動揺してるのは気分がいいからな。わし様も、少しは恋人らしく、お前のために頑張ってやろうとも。ドゥリーヨダナは肩にかけていたショールを外した。かちこちになっているビーマに目をやる。
「おい、手を出せ」
 ドゥリーヨダナが言うと、ビーマが警戒した様子を見せながらも、右手を差し出してきた。手のひらに乗せるようにして、ショールをかけてやる。その上にドゥリーヨダナが手を乗せると、ビーマが「おい!」と焦った声を上げた。
「何してんだ、早く離れろ!」
「まあ待て。ほら、何ともなってないではないか」
 突然バキバキに指が折れるだとかいうこともなく、変わらずショール一枚を隔ててビーマの手のひらの上に乗っているドゥリーヨダナの手に、ビーマが「ほんとだ」と呟いた。
「でも何で」
「なぁに、わし様はお前と違って賢いゆえに、ちゃんと考えておったのだ。お前に枕をぶつけた時、枕は無事だっただろ? つまり、布みたいな柔らかいものなら大丈夫か、もしくはお前から触れなければその馬鹿力は発揮されないか、そういうことだ。クッションを挟んだ壁が無事ということは、少なくとも布さえ挟めば問題ないのだろうな」
 ドゥリーヨダナは一回ビーマから手を離し、ショールを回収した。「動くなよ?」と告げてから、再びビーマの手のひらに手を乗せる。そっと握るとビーマの肩が跳ねたが、懸命にも握り返しては来なかった。
「ほれ、わし様の推理通りだ!」
 変化のない手で、ビーマの手を一方的ににぎにぎと握ると、ビーマが深く息を吐いた。
……お前なあ。どうするつもりだったんだよ、うまくいかなかったら」
 まだ緊張の滲む声を、ドゥリーヨダナは笑い飛ばす。
「ふふん、わし様は準備も怠らぬ男。キャスターの娘っ子に頼んで、回復の術とかなんやかんや、色々かけてもらってきたからな。しばらくは怪我をしてもすぐに回復するのだ」
「お前ってそういうとこだけはしっかりしてるよな」
「は~? わし様は偉大なる長兄ゆえ、常にしっかりした頼れるお兄さんだが?」
「寝言は寝てから言えよ。ったく、トンチキがよ」
 言葉のきつさとは裏腹に、ビーマが柔らかく笑みを溢した。ようやくいつもの調子が戻ってきた様子の恋人に、ドゥリーヨダナは内心ほっとする。
 落ち込んでいるビーマなんて、気持ち悪いだけだ。見たくもない。
 ちょっと呪いだか強化だかをかけられたくらい、何だというのだ。お前がお前であることに変わりはないのだから、堂々としていろ。
「あ、そうだ。……おいビーマ、動くなよ」
 ドゥリーヨダナはビーマに顔を寄せた。そのまま、唇と唇を重ねる。
 触れあうだけの、微量な魔力と術式を送るだけのそれに、ビーマの目が見開かれて、睫毛が震えるのが見えた。生娘じゃあるまいし、今更何を動揺してるんだこいつ、と思う。
 ああ、そういや閨以外で口付けをしたのは初めてだっけ。
 思いながら、唇を離す。ぽかんとした顔をしているビーマの顔を覗き込んだ。
「どうだ?」
「は? どう? あ? 何が?」
 ビーマはすっかり混乱しているらしい。言語能力がお猿さんになってしまった。思わず笑いを溢しながら、ドゥリーヨダナは戯れにビーマの髪を触る。
「いや何、呪いを解くには王子様のキスが一番だと、そう子供らが言っておってな。わし様、百人中百人が認める王子の中の王子であるし。ならわし様には呪いを解く力があるはずだろ? で、どうだ? 効いたか?」
 そもそも呪いではなく強化だし、相手もお姫様じゃなくて王子様だから、効くんだかどうか怪しいところだが。一応一通りの術式はかけてもらったけども。
 思いながらドゥリーヨダナが尋ねると、ビーマは頬をうっすら赤く染めて、ドゥリーヨダナの顔を見つめてきた。無意識なのか、ぺろりと舌で唇を舐めている。興奮を抑えるようにクッションをぎゅっと握っているのが、どこかいとけない。
……よく、わからなかったから、もう一回」
「はあ~? 仕方のないやつだなあ。わし様のような高貴な王子をこんなに働かせて、少しは申し訳ないと思わんのか?」
 文句を言いながら、もう一度、ドゥリーヨダナはビーマに唇を寄せた。特に根拠はないが、多分呪いは解けたのだろうと思うから、動くなよと忠告することはしなかった。
 この男に力が与えられたのなら、当然自分にもそれを相手取る力が与えられて然るべきだし。自分たちはそういう風にできているのだし。
 まあ最悪、呪いが解けてなくてグロ画像注意になっても、マスターに回復してもらえばいいだけだし、部屋の片付けはビーマがやればいいし。
 思いながら、ドゥリーヨダナはビーマの唇に舌を割りいれた。舌はビーマの口の中で爆発四散するようなことなく、喜んで絡みついてきた相手のそれを、しっかりと受け止めた。