supli12
2024-06-22 08:05:13
13157文字
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鉱石ラジオ②

16 year old

2. 16 year old bad boys

 2人でした1番悪い事は、対外的にはフットボールを撃ち抜いたあの賭けだろう。
 だけど、心情的にはその後に別件で逮捕された後の謹慎期間にしたスタンリーとの戯れだったのではないかとゼノは思っている。

 トパーズを採掘しに行ってから4年、ゼノとスタンリーは16歳になっていた。スタンリーはシニアハイスクールへ進み、ゼノは大学の研究室で専門的な研究を展開していた。
 お互い多忙ではあるが、週末は一緒に過ごした。ゼノの研究の進捗や、レールガンの試射、実験の手伝いや、お互いの学校での話や観た映画が面白かったとか、沢山のそんな話をする。
 研究資金の為に賭けをしたり、少しばかりグレーなものを作成し売り払ったりもした。
 レールガンは完成し精度を高めていった。大型化し、恐ろしい威力がある武器としての進化を遂げていた。ゼノはいくつかの論文が評価され、講師として講演することも増えていった。

 潜在的な敵も増えていったその頃に、ゼノは当局に逮捕されたのだ。


 逮捕はされたものの、発覚したレールガンの精度を理解した教授によって退学は免れた。そのうち教授の仲介で海軍のレールガン研究の技術者から聴取に呼ばれるのが落とし所だろう。拘置所に数日滞在したゼノは警官の嫌味と好奇の目を払い除けながら警察署を出た。迎えに来た母親の運転する車に乗って家に帰る。
「さあ、ベイビー。大学は一ヶ月の停学だけど、流石に我が家でも自宅謹慎を申し渡すわ」
……今回は迷惑をかけたから謹んで承るよ」
「そうねベイビー、あとスタンにも謝っときなさい、危ない事に巻き込んで」
「分かってる。大人しくしてるさ、ベイビーみたいにね」
「そうね今回やったことはまるでベイビーだってことを自覚して。やりたいことを法令を無視してやって、やりすぎて逮捕されたの。親友も巻き込みかけてね。あなたが今ここにいるのは未成年だからよ。あなたが馬鹿だと思っている愚かな大人にお目こぼしをしてもらったのよ。あなたの父親は仕事を必死で片付けて赴任先から飛んできたわ。私も各所に便宜を図るよう頭をさげたの。特殊な電磁銃の密造までで良かったわ。まだギフテッドの子どものやり過ぎた研究として見てもらえる。でも、その研究資金はどうやって集めたの?合法かしら?あなたに関わる大人たちが揃って動いたのはそれ以上調査されないうちにって思惑もあるわね。さあゼノ・ヒューストン・ウィングフィールド、分かるかしら?現時点で一番愚かなのは誰?」
………僕だね」
 実年齢よりずっと若く見えるゼノの母は、信号で停まったところで息子とそっくりの黒い瞳で助手席を見る。
「教授には話をしてあるけど、復帰したらあなたからも頭を下げる事。利害があろうとあなたの才能を惜しんで力添えをくれたのは事実よ。お父さんにも電話して謝りなさい。保釈の為に台湾から来てとんぼ返りして行ったんだから」
「分かった」
 家に帰ると、全てが無くなっていた。ゼノのラボや部屋の本棚の書類まで。おそらくレールガンの資料だけではなく武器制作に関わるもの全てが証拠として押収されたんだろう。パソコンの中身は持っていかれたようだが、本体が残されていたのは幸運である。
 ゼノは溜息をついてベットに横になった。
 レールガンは完成していたので、実はそこまで痛手ではない。設計図はゼノの頭の中にある。様々なクラフト品が押収された。全てを持っていったと思っているだろうが残念ながら一階の廊下を走っていた自動掃除機と、自動拭き掃除機は持っていかなかったようだ。気の毒なロボット達。あれらも立派なクラフト品なのだが。アームを伸ばしてなんと階段も登るのだから。
 がらんとしたラボが思い返される。あれもなくなっていた。
 母親の言う事は一理ある。確かに愚かだったかもしれない、逮捕されたことは。他にいくらでもやりようがあった。だが愚かな判断しかできない人間の対応が面倒だっただけだ。それが逮捕に繋がった。つまりはゼノの手落ちだ。
……節穴め」
 とりあえずロボット掃除機を押収しなかった警察官の誰かに呟いて、ゼノは眠ることにした。拘置所では麻薬中毒者が騒がしくて寝不足だった。枕が変わろうが眠れるが、大音量の騒音の中での安眠は難しい。
 目を瞑るとスタンリーの声が思い出された。
 怒ったような声でゼノの名前を呼んだ。だが、それを押し留めて、大学の研究室の窓から出ていかせた。帰って僕のラボから君用の銃達を撤去してくれと頼んで。レールガンだけではなく銃の自作となると研究目的とは言い張れないという事もあった。けれどそれよりも、スタンリーを巻き込みたくなかった。確かにスタンリーはゼノの協力者だが、共犯者にしたくはなかった。ゼノの行動の責任は全てゼノのものだ。今回はおそらく密告者がいた。それを招いたのもゼノだろう。
 行けと言っても動かなかったスタンリーに告げた。
「僕のお願いを聞けないのかい?僕の為に銃を処分してくれ、スタンリー・スナイダー」
 なんであんな言い方をしたのか分からない。目を見つめてそう言えばスタンリーは言うことを聞いてくれる。その確信を持って言った気がする。その通り、スタンリーは立ち上がってゼノの頬をひと撫でしてから出ていった。子供の頃からお互いにする接触に躊躇いは無かった。顔が見たければ覗きこむし、目が見たければ顔を掴まれて向けられてきた。でもそれとは少し違うような、柔らかい触れ方だった。
 あんな言い方をして、怒ってないだろうか。依頼の形をしていたけれど殆ど命令だった。
 ゼノとスタンリーはいつだって同じ位置にいた。お互いしている事を、興味があれば一緒にやる。我慢したり、やりたくないことをやった事はお互いにない。頻度は多くないが喧嘩だってしてきた。同じスリルを楽しみ、危ない事も当たり前のように誘った。当然乗ってくると思っていた、自分の頭脳とスタンリーの銃の腕なら成せない事はないと思っていた。いつも同じ目線で対等だった。でも今回は違っただろう。スタンリーは本気でゼノと一緒に警察に行くつもりで、多分折れる気は無かった。それをゼノの主張を押し通したのだ。それに後悔はないけれどスタンリーが怒っていたら嫌だなとゼノは思う。
 カタンと音がして目を開ける。窓が少し開けられて、そこにスタンリーが居た。
「よ、ゼノ。入ってもいい?」
 ベッドから上半身だけ起き上がらせてゼノは答える。
「もちろん。拘置所帰りの幼馴染でもよければ」
 ひょいと窓を乗り越えてスタンリーが中に入る。手に持った段ボール板の上に脱いだ靴を置いた。ウィングフィールド家は基本的に玄関でインナースリッパに履き替える仕様だ。
 スタンリーはデスクの椅子に座ってベッドの上のゼノを見る。
「元気そうじゃん」
「まあ少し寝不足だけどね。拘置所の住人が騒がしくて」
「ラボも覗いたけど、全部持ってかれたな」
「まあ仕方ないね。レールガンの設計図は頭に入っているから別にいいけどね。惜しいものもあったけど」
「ほら、ゼノ」
………!」
 手渡されたそれはオレンジがかった褐色のトパーズ。綺麗にゼノが研磨したその姿のまま、ころんとゼノの掌に落ちてきた。
「これも押収されたのかと思っていたよ」
「銃たちと一緒に移動させといた」
「ありがとう、嬉しいよ……
 ゼノはトパーズを握りしめながらスタンリーを見る。
「他のもんは全部持ってかれたな」
「いいよ。あれらは僕の頭の中に入っている。惜しかったのはこれだけだ」
「そんなに気に入ってたん?」
「君と僕のトパーズだからね。ブリリアントカットを学んでカッティングした自信作だよ」
「そうだったな。母さんたちに渡したんもカットで箔がついて夏の旅行の許可が下りた」
 ゼノはトパーズを見つめた。カットによって煌めきを増した宝石。
「今度は君が持っていてくれ」
「やだよ」
 スタンリーはゼノが言うことが分かっていたかのように笑って返した。
「何故」
「これはゼノに持ってて欲しい」
「君と僕とで採ったのに」
「だからだよ」
 スタンリーは笑って言う。
「持ってて」
 最近大人っぽくなったスタンリーはこうして小さく笑うと一瞬別人のように見える。
 黙ってまたトパーズを見つめる。
「指輪にでもしようかな」
「はぁ?!」
「なんだい、その声。母さんたちは指輪にしてたじゃないか。石のままでもいいけど万一同じような事が合った時、貴金属として引き出しに入っていたほうが押収されないと思うんだ」
……いやゼノ、もう押収されることは無い方向で行こうぜ
「それもそうだね。前科一犯で充分だ」
 スタンリーは側まで寄せた椅子を立ってベッドに腰かけた。
 積んだクッションに寄りかかって半身を起こしていたゼノの、トパーズを置いた掌に指先を伸ばして、宝石を隠すようにゼノの掌と重ねた。
「ゼノ、ありがとな。俺を守ってくれて」
「スタン?」
「分かってたけど、母さんにも言われた。ゼノに守られた事を自覚しろって。ゼノなら停学ですむしどうなろうが次の大学が見つかるけど、俺の腕と経歴だともう銃に触れなくなるし大会にも出れなくなる。将来の選択肢が狭まるからゼノはあんたを行かせたのよって。俺が甘かった、ごめんな」
「違うよ、スタンリー。レールガンは僕の研究だというだけだ」
「俺たちのレールガンだろ。ゼノが作って俺が撃つ。これと一緒だ」
 重なった掌の中のトパーズ。
「ゼノは頭でっかちで科学の事になると危ない橋でも渡ろうとするから、ゼノの為を思うならあんたがしっかりしろって言われた。色々バレてなくて良かった」
今胸を撫でおろしているよ。君のマムにあの賭けの件がバレてなくて本当に良かった。あと特許をとるのがグレーだった技術を売っぱらった事も、近所のうるさいヤンキーの家の電気配線をいじって深夜に全部屋電気が付いて点滅するエレクトリカルパレードみたいにしてやったことも」
 スタンリーが吹き出す。
「碌なことしてねえな、俺ら」
 重なった手の掌がじんわりと温かい。
「ゼノ」
 スタンリーがゼノの名前を呼んだ。そのまま続きを待つが言葉は落ちてこなかった。
 お互いの掌から伝わった熱で、トパーズさえ体温があるように脈打っているように感じた。
 ゼノは重なった手をみて、それからスタンリーの顔を見た。穏やかさと切なさが混じったような顔をしている。違うよ、スタンリー。君を守ったわけじゃない、君と僕を守ったんだ。君を守ることは僕自身を守る事と一緒のことなんだ。
 今まで言語化されていなかった事だった。でも理解していた。僕は僕で、君は君だけど、どこかで繋がっている。
「スタン」
 ゼノもスタンリーの名を呼んだけれど、呼びたかっただけだった。自分の、半分のような彼の名前を。
 理解したのだろう、目を細めてスタンリーがゼノを見る。成長するにつれスタンリーはこんな風にゼノを見ることがあった。大切なものをみるみたいに、やわらかい優しい目で見つめられる。少し擽ったい。
 手を重ねたまま、暫く動かずに笑い合う。
 この世界の、どこまでも一緒に行けると思っていた。
 

 寝不足がたたって、触れた温かさがじんわりと浸透してそのまま眠ってしまった。
 目を覚ました時は窓の外は薄暗くなっていた。
 ゼノはベッドにきちんと入っていて、スタンリーは側に居なかった。帰ってしまったのかと思いながら起き上がって見渡すと部屋のドアの外から微かにスタンリーの声が聞こえた。
「今日は俺がいるから」
「ダメよ、ステラだって心配するわ」
「母さんにはさっき電話したから。OK貰ってる」
……スタン、いつもありがとう。うちのベイビーが世話をかけるわね」
ぶっは!と吹き出す笑い声が聞こえた。
「ベイビーなの?」
「謹慎期間はベイビーって呼ぶお仕置きをしようかと思って」
「可哀想だから止めてやって。反省してたしさ」
「反省するタイプだったかしら、うちの息子は」
「してたって。今後こんな事はないから。心配かけて俺も反省した。次はないよ」
……あの子と友達でいてくれてありがとね、スタン」
 これ以上幼馴染の前でベイビーを連呼される前にゼノはドアを開けてリビングに入った。
「寝てしまってすまないね、スタン。母さん、何かトラブル?」
「ご名答、仕事って嫌ね。これから行かなきゃならないの。明日の昼には帰るわ。シッターはスタンリーがしてくれるから」
「なんてことだ、同い年のシッターに見守ってもらうなんて」
 法令上シッターが必要ない年になっての言われようは、ベイビーよりも屈辱感があってゼノは溜息を付いた。
「夕飯は出来ているから温めて食べるようにね。ゼノ、ベイビーと呼ばれたくないなら大人しくしているように」
「yes,mom」
 
 ゼノの母親を見送ってからリビングに戻る。
 散々な言われようだったがキッチンに用意されていた夕食はゼノが好きなブイヤベースだった。温めなおしながら冷蔵庫の中身を見たゼノはコブサラダを作り始めた。その横でスタンリーが冷凍フォカッチャをオーブンに放り込む。
「ゼノ、食いながら映画見ようぜ」
「いいね。じゃあソファの前にローテーブルを出してくれないかい?」
「了解」
 映画はパニック映画とSF映画をチョイスする。
 フォカッチャが焼き上がったころにはローテーブルに夕食の用意が整っていた。サイダーを入れたコップを運んで、行儀のよろしくない夕食兼映画鑑賞が始まる。

 相変わらずゼノの母のブイヤベースは美味しくて、食事は早々に終わった。コブサラダもペッパーの効いたゼノ作のドレッシングがスタンリー好みで量があったのに食べ切った。
 サイダーとポップコーンを食べながら映画を観る。画面の中で主人公の一人のラブシーンが始まった。
「パニックムービーに恋愛要素いると思うかい?」
「どうだかね。危険の中に助けに行かないといけねえからその理由付けなんじゃね?」
「なるほど。しかしラブシーンが入ると話の展開を遅くなるのがマイナスだね。この女優のスタイルが悪かったら別の映画にするところだ」
………こういうの好みだったん?」
「いや別に。でもあれだけ胸と臀部が大きいのにバランスが悪く見えないのはスタイルがいいんだろう。拘置所帰りだからね、あそこの言葉を借りるなら「締りも良さそうだ」だよ」
………おい、ベイビー、たった二日間で何学んできた?」
「君までベイビー呼ばわりしないでくれ」
「OKゼノ、拘置所で何があった?」
「近いよスタン」
 真横に座っていたが少し空いていた距離を一気に詰めてスタンリーがゼノを凝視する。
 ゼノは出たばかりの拘置所を思い返した。想像していた通りの喧噪で二度と行きたくはないが人間観察の場としては観察対象が多かった。
「中々面白い体験だったよ。数時間でうんざりしたけどね。話そうかい?」
「詳細にな」
「拘置所は物置みたいな狭い部屋に鉄格子がついた横並びの部屋でね。備え付けのトイレ以外簡易ベッドもない。廊下を挟んで向かい側も同じ造りだった。警官の会話を聞いた限り、僕の居たエリアは薬物中毒者が二人、傷害が二人、強盗が三人だった。まあ強盗とヤク中の一人はあっという間に別の場所に移動していったから印象に残ったのは二人だね。その他にもいたけどそそちらは房が離れていたな。ヤク中は僕の居た房の正面の房で、薬が抜けてないらしく始終卑猥な言葉を叫んでいた。本当にずっと大声で性行為の話をしているんだよ。暇だし五月蠅いしでどうやったら黙るかと観察してたら僕に気付いてそれらの蘊蓄を教えようとしたらしくてオーラルセックス、主にblowjobの良さから女性器の締まりやら感触やらを伝えてくれてね。余りにうるさかったから知識の疲労への礼を言って終了させようとしたら次はblowjobについての長い蘊蓄が始まったのさ。男はみんな熟練したblowjob(フェラチオ)の前だと奴隷だと言っていたな。おかげで今それの知識はあるよ。語彙は貧困だが表現力はあった。言及したら麻薬で脳が溶ける前は放送作家だったらしい。最終的には鉄格子の向こうで何故か全裸になっていた」
………ゼノ、今後警察に捕まるような実験は根回ししてからにしようぜ。止めなくて悪かった……。いや、止めても無駄だったな………、ゼノだもんな……
「失礼だね」
 もはや殆ど観てはいないテレビの画面では場面が変わり主人公たちは草原を走っている。
「エロスをどう表現するかがコツなんだ、やり過ぎてはいけないが全ての人間にとってエロスは重大なものだと言っていたよ。まあ完全に脳が溶ける前に更生を祈るところだね」
 ゼノはサイダーを飲みながらスタンリーを見た。幼馴染は眉間に皺寄せてゼノをみている。
「そんなに重大なものかな?僕の中でそこまでリソースを割いてこなかったことだから不可解でね」
……まあ、重大なんじゃね?」
「君にもかい?」
「あー、そのエロスの定義がどこかによるんじゃねーの?ガッコだと周りはイイなって子と付き合ってエロいことしたいってうるせぇけど、エロスって言われたら違うような気がすんな。性的なもんに特化した感じか?」
「おお、そうだね。彼の言っていたエロスは『性的な情熱』でまさしくギリシャ神話だ」
「その定義だとあんま重大じゃねえな。クラスの科学部のやつがオナホ作りにハマって完成度上がったとかで売ってっけどあれが『性的な情熱』ってやつか」
「君の学校の科学部何やってるんだ。素材は何だったんだい?」
「興味持ってんじゃねえよ。見に来る?」
「いいね。謹慎期間でも学校になら行ってもいいだろうしね」
「じゃあ話通しとくわ。俺の授業あんま無い日でいい?」
「もちろん。エスコートしてくれるのかい?」
「してやんよ。アホなもん作ってる科学部だけどな、去年はISEF(国際学生科学技術フェア)の代表選出まで残ってんぜ」
「ほう!それは楽しみだ」
 こうしてゼノの外出できる予定が一つ決まり笑い合った。まあ必要とあればいつでも外に出るが家庭内の平穏の為に大人しくしておくのも悪くない。なんせゼノの母親はゼノを正しく16歳の子供として扱うと決めている。人格と頭脳をいつでも尊重された上での説教に逆らったとて波風が立つだけだし、しかも負ける。

 翌日の夕方、スタンリーが学校帰りにゼノの家に立ち寄った。
「ゼノ、明後日になったぜ」
 自室で本を読んでいたゼノは顔を上げて笑った。
「ありがとう。積んでいた本も読み終わりそうだったから嬉しいよ。ああ、君の学校の科学部が代表選出まで残って激励賞をとった研究論文を読んだよ。明後日が楽しみだ」
「それなんだけど、今日科学部に寄ったら部室にあんたのが出た講演会やら前に優勝したモデルロケット大会のポスターが貼ってあってさ、他校の友達がオナホ製造見たいんだけどって言っただけだから驚かれるかもしれねえよ」
「おお、では講演で会ってるかもしれないね。オナホ製造現場で再会するとは感慨深い」
「深くねえよ。あんたホント暇なんだな」
 ゼノが楽しそうにスタンリーを見る。
「楽しみだよ」
 
 かくしてゼノの学校見学の予定はあっさり決まったのだ。

 
 約束の日の昼過ぎ、バイクでゼノを迎えに来たスタンリーは絶句した。
「一応大学も停学中だからね。どこかからバレても面倒だから変装してみたよ」
………やんじゃん」
 ゼノはTシャツに薄手のスタジャンを羽織って、黒のチノパンを履いていた。おろした髪が顔に掛かっている。
 いつもは黒のスニーカーなのに、赤いスニーカーがアクセントになり洒落ていた。
「あんたのスタジャン初めてみんな」
「服一式はネットのモデルのをそのまま買ったから問題ないだろうけど、似合うか分からなかったんだ。変じゃないかい?」
……似合ってんよ」
 渡されたヘルメットを被ると、スタンリーが顎のベルトを締めてくれる。
 勝手知ったるバイクの後ろに乗って、腹に手を回して密着する。この席がゼノは好きだった。
「とばしてくれ!」
「とばさねえよ!」
 バイクはエンジン音を響かせて出発した。


 バイクから降りてスタンリーの横を歩く。
 職員室に寄ってセキュリティカードを受け取って校舎内を進んだ。
「君の教室はどこだい?」
「あー、この上の階。でも今日はもう授業終わってっから用ないぜ」
 もう科学部の部室にも人いんじゃね?とスタンリーが言った時、高くて澄んだ声が響いた。
「スタンリー!」
 ゼノが振り返ると、数日前に服を購入するために見たファッションサイトのモデルのような女の子が腰に手を当てて立っていた。
「今日のバスケの試合来るの?」
「行かねえよ」
「ショーン達が言ってたのマジだったの?やだ、負けるじゃん」
「あいつらがなんとかすんよ」
 ダークブロンドの長い巻き毛を払って歩いてきて、彼女はスタンリーの横のゼノに目を向けた。
「ハイ、あなたがゼノ?」
 白いシャツを前で結んで、ピンクのプリーツスカートから形の良い足が伸びている。
「やあ、君は?」
「ケイト、用はそんだけ?今日は用事あんだよ」
 遮る様に間に入ったスタンリーには目もくれずケイトはゼノに笑いかけた。
 綺麗な脚線美に猫のような大きな目の魅力的な女の子に、ゼノは視線を合わせる。大学にも派手な女性はいるが、あどけなさと華やかさが可愛らしい。
「私、スタンリーと同じクラスのケイトよ。あなたがスタンリーの幼馴染ね?」
「そうだよ。僕がゼノ」
「スタンリーから時々聞いてるわ!大学で研究してるんでしょ、凄いわね」
「ありがとう。恥ずかしいな、スタンリーは僕の事なんて言ってるのかな?」
「すごい奴だって。昨日もあなたが来るからショーン達に謝って出る予定だったバスケの試合キャンセルしたのよ。あのスタンリーが頭下げたから相当なことだって言ってたから、実は私あなたに会いに来たの。スタンリーがデレデレだって噂本当みたいね!じゃあ楽しんで、ゼノ。邪魔してごめんね!」
「ケイト!」
 強い声で彼女の名前を呼ぶスタンリーに小さく舌を出したケイトはゼノに囁いた。
「バスケ部のキャプテンは私の彼氏なの。スタンリーと仲良くてね、スタンリーが頭を下げたんだからキャンセルも仕方ないって責めないで夜まで作戦組みなおしてたの。ドタキャンじゃんってちょっと腹立っちゃって。スタンリーをからかいに来ちゃった。あなたは悪くないのにごめんね、楽しんで」
 にこっと笑ってゼノから離れたケイトは、スタンリーににやりと笑った。
「可愛いじゃない。じゃ、私はバスケの試合の応援に行くから!」
 カツカツとローファーのヒールを鳴らしながら歩いていくケイトのダークブロンドが揺れる。
 スタンリーが眉をしかめて額を抑えている横で、ピンクの嵐のようだった美少女の後ろ姿にゼノは呟いた。
「スタン、ごめんね、ドタキャンさせちゃって」
「わりぃゼノ、ショーンの彼女なんだけど強烈でさ」
「いや僕の方こそ。試合、今からでも行かなくていいのかい?」
 スタンリーは髪をかき上げた。
「いかねえよ。ゼノがいんのになんで行かなきゃなんねえの」
予想はしていたけど、君は人気者だね。……僕にデレデレなのかい?」
「あんたまで揶揄うなよ。デレデレに大事にしてんだろ、いつだって。幼馴染なんだから」
「そうだね。僕もデレデレだよ」
「だから揶揄うなって……
 スタンリーはちらりとゼノを見る。ゼノが首を傾げて見返すと、セットしてない髪が顔に落ちて邪魔で耳に掛けた。
 苦虫を嚙み潰したような顔をしてスタンリーは言った。
……ほら、科学部行くぞ」



「楽しかったよ。ありがとうスタン!お土産も貰ってしまったね」
 科学部からの帰り道、ゼノはスタンリーの顔を見て笑った。
 科学部で自分が出た講演のチラシを見たゼノはミドルネーム以外の名前は伏せていたし、服装も髪型も普段と印象が違い過ぎた。ゼノがヒューストンと名乗ったので、スタンリーも終始ヒューストンと呼んでいたが、ISEFに研究結果をだした部長は気付いたようだった。ゼノが幾つかした研究についての質問に頬を紅潮させて細かく答えていた。その後に、それでオナホの素材はエラストマーかい?と笑顔でゼノが言った時の愕然とした顔にゼノが畳みかけた。それで何故オナホを作成しようと思ったんだい?やはり自分で使う為?それとも資金集めが目的かな?形成は金型かい?金型の製作は3Dプリンター?屈託のない笑顔で降ろした髪を揺らして首を傾げて言うゼノに部長が真っ赤になっていたので、スタンリーはゼノの真横に腕組みして立っていた。もう連れてこないと思いながら。エキセントリックな幼馴染だが、その頭脳の価値が分かる人間に稀に執着されて面倒なことになる。この部長がそうならないよう芽は摘まなければ。単に不愉快という事実もあった。
「ねえスタン」
 駐車場でヘルメットを渡す。被ったらベルトを締めてやろうと待っていると、ゼノが言った。
「帰りに薬局に寄ってくれないかい?ローションを買いたいんだ」
……は?」
 クリームを混ぜたみたいな甘い色のブロンドがさらりと流れて、柔らかそうな丸みの残る頬に落ちる。黒い目が楽しそうに細められた。
「折角貰ったんだし、このオナホふたりで試してみないかい?さっき実物を触ったけど良い出来だったから」
 そう言って笑って、スタンリー・スナイダーの長年の片思いの相手はヘルメットを被った。
 

 待て。待て待て待て。
 スタンリー・スナイダー、お前は冷静になれ。
 今からバイクにゼノを乗せて帰る。万が一にも事故ってはならない。冷静に、安全に運転して帰る。勿論お前なら出来るだろう?当然だ、そう思った途端ゼノの言葉が蘇る。そうだった、薬局に寄るんだった。ローションを買いに。
 待て、ゼノは何て言った。
 ふたりで試してみないかい?幻聴じゃなかったのか?そう思ってゼノを見ると土産にと貰った紙袋を抱えてヘルメットを被って少し上を向いて、スタンリーがベルトを締めるのを待っている。条件反射のように手を伸ばしてベルトを締めてやる。手が震えてもいなかったのが自分でも不思議だった。
 バイクに跨る。紙袋をリュックにしまったゼノも後ろに乗って、スタンリーの腹に手を回した。それに体温が上がる。心臓の音が跳ね上がって、それがゼノに聞こえてしまわないか手に汗が滲んだ。
 言われた通りに薬局に寄ると、ゼノが何の躊躇いもなくローションをもってレジに向かっていた。
 カラカラに乾いた喉をどうにかしようと先に店を出てバイクの横でペットボトルの水を飲む。ゼノが戻ったのを見つめていると、スタンリーを見てゼノが驚いたような顔をした。その顔が徐々に困惑の色に染まるのをスタンリーは呆然と見ていた。目が離せなかった。何でゼノは驚いたんだろう。自分はどんな顔をしているのか。
 無言でヘルメットを渡すと、ゼノも黙って受け取った。黙ったまま、ゼノは自分でベルトを締めた。そのまままたバイクに乗る。
 スタンリーはエンジンをかけた。夕方の街をゼノの家まで進む。信号で停まってもいつもは飛んでくる後ろからの声は聞こえない。
 腹に回った腕にずっと心臓は早鐘を打っている。ゼノの家に着くまでに、止まってしまわないかとスタンリーは思った。


 ゼノの家について、スタンリーは車が無いのを確認して、深呼吸した。
 この前からゼノと性的な話をよくしている。ヤク中の性的情熱やらオナホやら色気が無い事柄だが、今までリソースを割いてこなかったそちら方面にゼノの好奇心が向いてるだけだ。そして好奇心が向いているという事は取り合えず着手しようとするのがゼノだ。だからいきなり試してみようなんて言い出したわけだ。自分に言い聞かせるように考えながら、ウィングフィールド家のリビングに入る。
「ゼノ、おばさんは?」
「今日は出張で遠出するから深夜になるって言ってたね」
 時間が充分ある事にスタンリーは目を瞑った。ダメだ、帰ろう。ゼノのどんな実験にも付き合ってきたけれどこれはダメだ。
「じゃあな、ゼノ。明日も学校だし今日は帰んぜ。また明日寄るわ」
 軽く聞こえるように、いつもの声で言う。
 そのままリビングを出ようとした時、ゼノの声が聞こえた。
「スタン」
 名前を呼ぶ声。それだけで、動きは止まる。スタンリーはゼノの声を無視することはできない。
「試さないのかい?」
 何を、と聞くことはできなかった。でもその声を振り切ることも出来ない。そういうんはひとりでやるもんだろ、感想きかせろよ。そんな風に言って笑えばいいのは分かってる。
 それでもその言葉をいう事は出来ない。本当は、触りたいから。
 幼馴染で、親友で、好きな相手だ。スタンリーの中ではもう混じり合って切り離すことができない。自分がゼノを性的に見ていると気付いた時は衝撃だった。それでも離れる事は考えられなった。その他の比重が大きすぎた。誰よりも大切な相手から離れることは選択肢に無かったから、ゼノにそれを気付かれないように注意を払ってきた。そんな相手に、今、言われていることに目眩がする。世界が揺れるみたいに。
「スタン」
 近付いてきたゼノが後ろで振り向くことを促すようにスタンリーの名前を呼ぶ。
 ゆっくりと振り向くとゼノと目が合った。セットしていない流れる髪にいつもと違う服装。初めに見た時からずっと、可愛いと思っていた。いつもの方が、しっくりくるけれど。
「君と試したいんだ」
 黒い目が、スタンリーを飲み込むように見つめてくる。
「先日も言ったけれど、僕は今までこの手のことにリソースを割いてこなかった。だからこの謹慎期間の間それに取り組もうと思ってるんだ。このグッズも良いけどね、1人で探求したいわけじゃなくて人との触れ合いも試してみたいんだ。そうなると誰でもいいというわけじゃない。今までも僕個人の研究は君とやってきた。だからこれもできれば君の協力を仰ぎたい。まあどうしてもNOなら仕方ないけれど」
「NOだったら諦めんのかよ?」
「いや?とりあえず一人で取り組んでみる。まず自分で欲への理解を深めてから次のステップへ進むよ」
 ゼノが実験のプランを読み上げるように言うのに、スタンリーは歯を噛みしめた。こうなっているゼノはダメだ、プランを進めようとする。好奇心と探求心に煽られると歯止めが効かない生き物だ。次のステップで人との触れ合いとやらを試そうとするだろう。スタンリー以外の誰かと。
「OK」
 苦虫を嚙み潰したように言ったスタンリーを見てゼノが笑った。
「君も経験がないんだろう?いいじゃないか、共に探求しよう」
「普通しねえかんね。あんたも俺以外と絶対やんなよ」
「勿論だよ!君がいるなら必要ないさ!」
 ゼノが髪を揺らしながら言う。スタジャンを脱いで、いつもは着ないようなデザインのTシャツは意外と似合っている。ラフな服装は柔らかさの残る輪郭も相俟って可愛らしく見えて、スタンリーは溜息を付いた。
「で、ゼノ。どうすりゃいい?」
 ゼノは楽しそうに笑った。何度も見た、実験する前のゼノの顔だ。
「やはりここは実験のきっかけに立ち返って、長々拝聴させられたblowjobから取り掛かりたい。でも君にはハードルが高いかな?」
 スタンリー・スナイダーは射撃大会で何度も優勝した経歴を持つ銃の名手である。優秀でスポーツ万能でリーダーシップに富み、望む望まないに係りなく人の中心にいてその上に立ってきた。だが今のこの状況がラッキーなのかアンラッキーなのか見当がつかない。
 それでも。他の誰かにゼノを触らせるわけにはいかない。
「できんね」
 満足そうな顔でゼノは笑う。悪巧みをする時のゼノはいつも楽しそうで可愛い。
「では早速シャワーを浴びて身体を清潔にしよう!時間短縮の為に一緒にどうだい?」


 窓の外は陽が落ちて夕闇が濃くなっている。
 夜は、始まったばかりだ。