河童の皿箱
2024-06-22 07:31:30
2799文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

龍の子

蛟龍が幼いころの話(過去捏造)

 来たか。

 闘神の骸の前に坐するは、龍帝と恐れられし、原初の闘士。対する闘士の男は、鎖でつながれた棒を、槍を、じゃらりと鳴らす。
 目と目が合う。それだけで、この世界は成り立つ。そうだ、そうして、この世界は回っている。それこそが、神の遺志なのだから。

 さあ、語って見せよ。貴様は何を望む。

 龍帝は、男は、構える。砂塵の風に、龍の白き鬣が、男の紫髪が、なびいた。





 それは、遥か遥か昔。男がまだ子供だった頃。いつものように山奥でとれた山菜を、麓の街で銭に変え、いくつかの日用品を買って帰ろうと思っていた時の事。まだ年端も行かぬ弟弟子が道中で力尽き、眠ってしまって、仕方なく背負って買いまわっていた時の事だった。今日もまた、街の無頼漢共がぎゃあぎゃあとわめきたてては、街から商品を奪い取ろうとしていた。自警団たちが急いで駆けつけ、その鎮圧にあたる様を、少年は少し離れた場所で弟弟子を背中から下ろし、じっと見ていた。
 多分、こっちには来ないと思うけど。少年はぼんやり目を覚ました弟弟子に警戒を促し、弟弟子もまた、すっと立ち上がって様子を窺う。ふと、無頼漢の手に光る青色の光を、ふたりは見た。
 それが光を放った途端、自警団たちの目の色が変わった。それと同時に、少年の意識もぐらりと揺れた。次の瞬間、自警団たちはギャングにとびかかり、無頼漢共もまたとびかかり、酷い乱闘騒ぎに発展した。家の壁に打ち付けられる屈強な男達、けれども立ち上がる男達。流血沙汰になろうと、歯が折れようと、骨が折れようと、盗んだ商品が使い物にならなかろうと、誰も闘いをやめようとはしなかった。
 ねぇ、にぃ。少年は小さく背を引かれ、ハッと正気を取り戻す。今のは、何だったのだろう。あれらに負ける気は更々ないが、まだ3つにもなっていない弟弟子が心配だ。今日はやめよう、早く帰ろう。丸く小さなその手を引いて、その日は銭だけ持って帰った。

 しばらくして、少年は師に尋ねた。そこで初めて、闘神の魂と呼ばれる鉱物の存在を知った。それは、神話の世界に言い伝えを持つ鉱石で、この世界中を支えているエネルギー源なのだと。曰く、それは自分たちの生活に根深く存在し、あらゆる分野で価値が高い。あるサイボーグの国では、それが無いと国民の動力源を確保できず、滅んでしまうのだと。それを聞いた少年は、唸る。どうにも、ピンとこなかった。それもそうだ。少年は物心ついてからというもの、自然の中で恵みを戴く暮らししかしていないのだから。少年は言った。そんなもの無くても、生活できると思います、と。師は笑う。お前たちがもっと大きくなって、世界を広く見れるようになれば、如何に複雑かわかるだろう。
 少年はもうひとつ、師に尋ねた。なぜ、街の乱闘はあれほど酷いことになったのだろう、と。師は答えた。闘神の魂は、それだけで価値がある。その奪い合いをすることも多いのだが、あれにはもうひとつ、性質がある。それは、持つ者同士を惹きあわせ、闘志を燃やさせるものだ、と。少年が眉間にしわを寄せて首を傾げれば、師は笑った。ははは、分かり辛いか。そうだな、例えば。その光を見た時、ぐらっと来なかったか? 少年は再び考える。ぐらっと、来ていた、様な気もする。なんだか、急にぼんやりしてしまって。それを口にすれば、師は頷いた。それだ、それこそが、闘神の魂の性質だ。愛弟子よ。お前は決して、あの魂の輝きに、憑りつかれてはならないぞ。年老いた師に刻まれた皴や傷跡が、その笑顔とはどうにも、不釣り合いだった。

 それからというもの、少年はその鉱物をほんの少しだけ、変なものだと思うようになった。それと同時に、変なものがなぜ変なのかを知りたくもなった。修行の折、街に降りる時があれば、図書館に行き、鉱物や神話の本を借りた。弟弟子が寝静まるその直前まで、少年はその変を解剖し続けた。
 闘神の魂に魅了されたものは、闘いに身を投じ続けるようになる。いうなれば、精神に干渉する作用があるとする文献も見受けられた。何て非現実的な、とは思ったが、そうとしか言えない光景を、その頃にはもう何度も見ていた。大怪我を負ってなお、無謀に立ち上がる人々。鉱物の輝きに駆り立てられ、ついに立ち上がれなくなった敗北者は、地に伏し、失意の末に死すのみ。闘志を吸い上げるかのようにさらに煌めきを増すその鉱物は、今日も世界を回している。
 数年をかけて知識を蓄えた少年は徐々に、その鉱物を、知らず知らずのうちに恐れるようになっていた。やんちゃ盛りの弟弟子が、今まで見てきた人々のようになってしまったら、と考えるようになった。だが、この道場で修行を積み続けている以上、格闘の道を歩むことは必然だろう。ともなれば、あの鉱物とも付き合っていかなくてはなるまい。だが、あんな結末など、歩みたくないし、歩ませたくもない。師が俗世から離れたここで修業を積ませているのは、そのせいだろうか、と。
 何か、あの輝きへの対抗策は無いか。もっとも出回っている対策法は、誰よりも強くなること。誰にも負けなければ、失意に臥すことはない。だが、少年にとっては納得ができなかった。誰にも負けないなど、ありはしない。次は、心を鍛えること。闘いへと駆り立てられる衝動を、己が精神力で抑え込み、闘えない時は身を引けるようにする、というもの。こちらは、まだ納得ができた。でも、抜本的な解決ではない気もした。
 そして、少年が最も納得した解答。それこそが、神話の世界にあった。闘神の魂を砕いた龍の姿。巨大な手でいともたやすく砕き去ったその姿に、少年は合点がいった。争いの原因を、闘いに駆り立てるそれそのものを破壊する。それは、少年が求めていた答えだった。

 少年が成長し、立派な男になる頃。師は命の終わりを迎えた。自然のままに。あるがままに。円環は、螺旋は、常に我らの周りにある。それを信条とした古武術、螺旋流の弟子はふたり。葬式を終えた後、弟弟子には何も伝えず、兄弟子は姿を消した。





 ――そうか。それが、貴様の望む力か。

 地に両足で事も無げに立ち、腕を組む龍帝。その足元、ぜえぜえと肩で息をしては、砂埃を吸って咳き込むかつての少年は、なおも槍を龍帝へと向けた。

 良かろう。望みを叶えてやる。だが、扱えるかは貴様次第だ。

 ぐ、と押さえられる頭。抵抗する間もなくぐるりと天地が逆転し、胸に深く爪が喰いこむ。流し込まれていく力の奔流と、痺れゆく手足。目をかっと開いて痛みに耐える。見下ろす龍の瞳に映るのは、悶える自分の姿。胸の奥底で焼けつく感覚が纏われば――あぁ、そうだ。これが望んだ答えだ。男は、自らの胸に宿った力に、そっと手を添える。

 男は神の力を捨て、龍の力を選んだ。例え、厄災と恐れられようと。