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ひるね
2024-06-22 03:12:19
9836文字
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LOVE/HATE (アベ穹/高校生パロ)
アベ穹の高校生パロです。
食えない保健室の先生・アベンチュリンと、健康優良不良少年?な穹君のお話。
※丹恒←穹な描写がありますが、片想いです。
※穹君の口が少し悪いかもです。
白球を金属バットが弾き返す。
カキーン、と高らかに鳴り響き、次いで野球部員達の声援がこだまする。
穹は目を開け、ぼんやりとした視線を窓に向ける。白いカーテンがゆっくりとはためいている。保健室は一階にあって、目の前には広々としたグラウンドだ。こんな体調の日に練習試合なんてはた迷惑過ぎる。どうしようもない悪態を吐いて、痛む頭を誤魔化すように布団を被る。目を閉じて何とかやり過ごそうとするが、徒労に終わりそうだ。ため息をこぼして、這うように身を起こした。
「ッ
…
」
ズキリ、とまたこめかみが痛む。突然の偏頭痛だった。慣れない痛みにじわりと涙が浮かんでしまう。穹は目を擦った。
カタカタとキーボードを打つ音が止んだ。リノリウムの床がキュッと鳴り、足音が近付いてくる。すらりとした人影がカーテン越しに現れた。
「まだ痛むのかい?」
ベッドとの仕切りのカーテンが開き、その人物が現れる。顔の造作は華や過ぎるほど。艶のある蜂蜜色の髪。長めのそれは後ろで一つに束ねられている。
「もう少し強めの頭痛薬の方が良かったかな」
ふむ、と彼は一人ごちて顎に手を当てる。アーモンド型の目元を長い睫毛が縁取る。瞬きをすると、虹彩が文字通り虹色にきらきらと輝く。
「
…
先生、眼鏡は」
「おっと、そうだったね」
先生ーーアベンチュリンは、白衣の胸元のポケットに無造作に挿してあった眼鏡を手に取った。
「まあ、君だし。掛けないでいいか」
涼しげに笑ってから、それを再び元の位置に戻す。他人への配慮から普段は眼鏡を掛けているのだと、前にアベンチュリンが(聞いてもないのに)教えてくれたのを思い出す。壁時計を見ると16時50分だった。うずくこめかみの痛みを散らすように、穹は口を開いた。
「
…
もう保健室、閉める時間?」
「そうだねぇ、17時半から職員会議があるから、そろそろだね」
でも、とアベンチュリンはベッドの穹に視線を落とす。
「顔色が本当に良くないね。入り浸りの常習犯の穹君。
…
いつもは仮病なのに、今日に限って何でだろうね?」
「
…
うっさい」
「君、単位とか大丈夫なの?保健室登校の申請しようか?」
「
…
いらない」
「遅刻に早退、無断欠席。君、内申は最低だけど成績だけはそこそこ良いよね?」
「
……
」
「このままだと志望大学行けなくなるかもよ?僕が担任に掛け合ってあげても良いけどね」
「しつこいって。ほっとけよ」
クスリと笑うアベンチュリンに、穹は不機嫌そうに視線を逸らした。
アベンチュリンは養護教諭だ。通称保健室の先生。麗しの保健室の君、もしくは王子様。呼び方も様々だ。主に女子生徒から絶大な人気があるようだったが、穹は興味がないので詳しくは知らない。穹にとって重要なのはもっと別にあったからだ。
アベンチュリンは根掘り葉掘り無駄な詮索はしない。保健室で休みたいと言えば、二つ返事で場所を提供してくれる。今日も「頭が痛いから」と申し出れば、彼はにっこり笑って薬棚から頭痛薬を取り出し、ウォーターサーバーから水を汲み差し出してくれた。お優しい、保健室のイケメン先生。
だが偶然、その仮面の裏側を垣間見たことがある。それは穹が授業をサボって保健室に居座っている時だった。アベンチュリンが保健室登校をしている女子生徒の相談に乗っている場面に遭遇したのだ。さすがに盗み聞きは悪いと思い、立ち去ろうとカーテンに手をかけた所で、女子生徒が泣きながら話し始めてしまった。出ていくタイミングを完全に失ってしまった穹は、その場に立ち尽くした。
ガタン、と大きな物音がして女子生徒が啜り泣く。ほんの興味本位だった。悪趣味だとは思ったが、穹はあのアベンチュリンが一体どんな顔で『相談』を受けているのか、どうしても知りたくなってしまった。そろり、とカーテンを僅かに開けた。
そこにはーー。
アベンチュリンの胸元で嗚咽する少女と、優しい声音で慰める彼がいた。ただ、その親身な身振り手振りとは裏腹に、眼鏡の奥の瞳は凍てついていた。ふと、顔を上げたアベンチュリンと視線が合う。彼は口角を上げ、聖人のような微笑みをたたえた。まるで初めからそうであったかのように。人差し指を唇に当てて『内緒だよ』と声なく穹に言った。穹は固唾を飲んだ。
「
…
アンタ、他人に一切興味ないだろ?何で保健室の先生なんてしてんの?」
「嫌だなぁ。こんなに愛に溢れている人間なんてそうそう居ないよ?」
「胡散臭過ぎ」
「君は誰のお陰で保健室に入り浸れているのか、もっと自覚した方が良さそうだね」
「
…
それは、
…
ッ」
穹は反論しようとするが、ずきりと再び痛みを感じて耐えるように目を閉じた。掛け布団を思わず握りしめてしまう。
ふと、気配が揺れた。ベッドが軋んで、ひんやりとした感覚が穹の額に当てられる。
ーー気持ち、いい。
その冷たさにあれほど強固だった痛みが、すっと引いて行くような不思議な感覚がして、穹は目を開けた。触れているのはアベンチュリンの手だった。彼の整った顔が間近にあった。
「あ、」
穹は何かを言おうとして、出来ずに息を呑んだ。アベンチュリンの冷ややかな右手が、するりと穹の首筋を這う。ビクリ、と穹の体が条件反射で震える。その手は襟足を撫で、耳朶を引っ掻いた。一瞬の出来事に穹は戸惑った。虹色の瞳と目が合う。悪戯に彼の形の良い唇が吊り上がる。何かが押し寄せるような感覚に、今度は目眩を覚えてしまう。穹は唇を噛み締めた。
「
…
素行不良の割にはピアスもタトゥーもなし、ね。ちょっと首元が緩過ぎるくらい?」
クツクツと楽しそうに笑い、アベンチュリンは穹のシャツの第一ボタンを留める。穹はその手を払い除けて、アベンチュリンを睨みつけた。
「
…
さわるな、」
「どうしたの?ああ、何か期待でもした?」
「
…
うるさいッ」
「手当ってね、文字通り触れることで患部の痛みを和らげることが出来るんだよ。不思議だよね。ふふ、もう一回してあげようか」
またしても手を伸ばそうとしてくるアベンチュリンを、穹は赤面しながら全力で阻止する。
「もう、いいから
…
!」
「これはこれは。それなりに遊んでそうだと思ったのに、あまりに
初心
ウブ
過ぎる反応だね」
「
…
ッ!!
…
からかうにしても悪趣味過ぎるだろ」
「僕はちょっと君に興味が湧いてきちゃったなぁ」
「
…
黙れ変態!」
「ははは、傷つくなぁ。僕だって無闇に生徒に手を出して職を失いたくはないさ」
のらりくらりと、どこまで本気なのか分からない笑みを浮かべるアベンチュリンに、穹は枕を投げつける。乱暴に内履に足を突っ込み、ベッドから降りた。鞄を掴んでカーテンを開けると、背後から声がかかる。
「頭痛はもう大丈夫なのかい?」
「うっさい、話しかけんな」
「ああ、それだけ元気があれば良さそうだ。僕もやっと面倒な生徒のお守りから解放される」
ひらひらと手を振って「じゃあね〜穹君」と、食えない笑顔で送り出すアベンチュリン。穹は苦々しい思いで保健室の扉を閉めた。まんまとアベンチュリンに煽られてしまった。
「
…
明日から、保健室には来れないな」
はぁ、と穹はため息をつく。首元までしっかり留められてしまったシャツに触れる。
ーー気にするな、ちょっとからかわれただけだ。深い意味なんてない。
そう分かってはいるのに。心臓が静まってくれない。これ以上考えたら、出来事以上の意味を持ってしまいそうだった。穹は振り払うようにかぶりを振って、日が落ちて暗くなった廊下を早足に進んだ。
/////
ーー最悪だ。
シャッターの下りた居酒屋の軒先で、雨宿りをしていた穹は途方に暮れた。
今日も今日とて、午後からの授業を自主休校とした穹だったが、下校途中で土砂降りの雨に遭遇してしまった。朝は快晴だったので、うっかり傘を持って来るのを忘れてしまっていた。最も、降り始めたかと思うとバケツをひっくり返したかのような雨量だったので、傘の有無は問題ではなかったのかもしれない。
ため息をつき、早々に判断を下す。遅れれば遅れるほど状況は不利になるだろう。気休め程度に、鞄を頭の上に乗せる。穹は数百メートル先のファミレス目掛けて走り出した。
◇
三杯目のグラスが空になった。
図書館から借りていたミステリ小説は、あとがきまで読み終えてしまった。丹恒から面白いと勧められたものだが、穹にはストーリーも落ちも少し抽象的で難解だった。
「
…
あいつが好きそうな内容だったな」
うーん、と背伸びをしてテーブルに突っ伏した。溶けた氷が残るグラス越しに、窓の外を見る。雨足はだいぶ弱まったが、穹の憂鬱を写すように花壇の植木の葉が揺れている。この後どうしようかと思案する。全力疾走でファミレスに避難したおかげで、幸いにも自身の被害はそれほど酷くなかった。鞄の中の教科書類も何とか無事だった。店の配慮で借りたタオルはじっとりと濡れそぼっている。穹は伏せたまま手を伸ばして制服のズボンの裾に触れた。まだ湿ってはいるが、さほど不快ではない。
スマホのアプリで天気予報を見ると、もう一時間ほどすれば一時曇りとなっていた。だが、これ以上留まるには手持ち無沙汰過ぎた。不本意だが期末テストも近いし少し教科書でも開こうか
…
。
そう思った矢先、コツンと窓が叩かれる。穹は反射的に体を起こしてた。そして、「げ、」と小さく洩らす。
「
…
先生」
窓の外には、フリルのような花弁を瑞々しく揺らす紫陽花。しっとりとした黄緑、水色がかった青と薄紫、宝石のようなグラデーション。その中央で傘をさして佇むアベンチュリンの姿はとても涼しげで、まるでそこだけ切り取られた一枚の絵画の様だった。
◇
「こーら、健康優良不良少年!」
アベンチュリンはニコニコと機嫌良く笑ってから、穹の向かいのソファにどかっと腰をおろした。人好きのする笑顔だが、アベンチュリンの正体を知っている穹からすると胡散臭さ極まりない。
「
…
勝手に座らないでくれますか?」
「へぇ?午前中でフケて、呑気にファミレスで雨宿りしてるの担任に言っても良いけど〜」
「
…
どうぞご自由に」
「ああ、お腹空いたなぁ。僕も何か食べてもいいかい?」
「先生こそこんな時間にサボりですか?」
「失礼だなぁ。僕は午後から代休だよ。この間の土曜日、半日美術部の引率で出勤したからね」
「
…
アンタ、そういうの大嫌いそうなのに。先生って大変だな」
「あはは、まあ仕事だからね。確かに嫌いは嫌いだけど」
『仕事については手抜きしない僕をもっと敬いたまえ』とアベンチュリンは冗談めかして言った。ランチメニューをパラパラとめくり、タッチパネルを操作する。注文カゴには〈大人のお子様ランチプレート〉とドリンクバーが入れられていた。
「
…
ふ、」
「何だい?何か言いたげだね?」
「
…
何でもない」
「へぇ?」
アベンチュリンが注文カゴを再び操作して、〈大人のお子様ランチプレート〉を二人前に変更する。
「君も同じもので良いかな?まさか僕だけ一人で食事させないよね?」
「ちょ、何勝手に言ってんだ。俺はいらなッ
…
」
穹が慌てて否定しようとするが、不運なことにタイミングよく腹の虫がぐぅと鳴った。
「ッ
…
!!」
「ほーら、一緒に食べようね」
思わず赤面して視線を逸らす穹に、アベンチュリンは天使のようににっこり微笑んだ。
「俺、今あんまり持ち合わせが」
「大丈夫、ここはお兄さんに任せなさい。ふふ、ハンバーグにエビフライにグラタン。こういう子どもっぽい王道メニューってだいたい外れないだろう?」
「
…
アンタの食の好みを把握したくない」
そんなつれない事を言った後、ぶっきらぼうに「
…
ありがとうございます」と呟く穹に、アベンチュリンは「はい素直でよろしい」と頷いた。
それはそうと、と眼鏡を外してクロスで拭きながらアベンチュリンが穹に問う。
「君、保健室来なくなったね?どうしてだい?それなりに学校には来てるみたいだけど」
「
…
何でって、それは
…
」
じっと虹色の瞳がこちらを見つめる。その視線に居心地の悪さを感じながら、穹は約一週間前の顛末を思い出した。
ーーそんなの、アンタが悪いんだろ。
そう言いかけて穹ははた、と気づく。まるで自分がアベンチュリンの事を意識して避けているみたいではないか。保健室に行けなくなった穹は、避難先を変更せざるを得なかった。旧校舎の屋上か、図書室か。どちらも長時間過ごすにはハード面で苦しかった。旧校舎は人気はないが如何せん古いが故に不衛生だ。誰が持ち込んだか分からない年代物の固いベンチに散乱するタバコの吸い殻やゴミ。雨が降ればもちろん滞在出来ない。図書館は図書館で授業中は生徒は居ないが、休み時間の図書委員の目がうるさい。保健室のベッドが心底恋しい
…
。穹は少しため息をついた。逡巡した後、別の事を理由として挙げた。
「期末が近いから、図書室で勉強教えてもらってて」
「ああ、三年の丹恒君だね?生徒会副会長で容姿端麗の秀才君。君たち幼馴染なんだっけ?それで君は今、丹恒君の家に住んでるって」
「
…
何でそこまで知ってるんだよ」
穹は目を丸くして驚いた。アベンチュリンはクロスをしまい、眼鏡を掛け直した。人肌に冷めたコーヒーを一口含む。
「だって君たち有名人だろう?」
「
…
?そうなのか?」
「え、全然気づいてなかったの?すごく目立つんだよ」
アベンチュリンが呆れたと言う様に肩を竦めた。穹は目を瞬かせた。確かに丹恒は顔が良い。やたらと周りが騒いでいるのは知っていた。ちょっとしたファンクラブもあるようだが、まさか自分も頭数に入っていたとは
…
。
丹恒は顔はもちろんだが、頭も良くて面倒見も良い。穹には自慢の幼馴染であり兄だ。親同士が仲が良く、幼いころから実の兄弟のように育った。それは穹が中学に上がった頃に、母親の不倫から両親が離婚して父親と二人で暮らすようになっても変わらなかった。
丹恒の母ーーおばさん(丹恒に似てとても綺麗な人だ)は穹を我が子の様に気にかけ良くしてくれた。そんな折、穹にとってまた新たな事件が起きた。父親に新しい恋人が出来たのだ。中二の頃だった。穹は自分の家に帰りたがらなくなった。帰れないのだ。思春期特有の嫌悪感と反抗。自分でも潔癖さに心底驚いてしまった。父親の再出発を素直に喜びたい。けれど、たった一年足らずでの心変わりを許すことが出来なかった。行くあてがなく深夜のコンビニや公園で彷徨っている最中、丹恒とおばさんが見つけてくれたのだ。心底ホッとした表情の後、おばさんは穹に今すぐ自宅に戻って必要な荷物を持って来るように指示した。
『穹君、うちに来なさい。一緒に帰りましょう』
そう言って、行き場のない穹を温かく受け入れてくれたのだ。穹は小さな子どもの様にわんわん泣いた。帰り道、丹恒とおばさんはずっと手を繋いでいてくれた。その言葉と行動に、どれだけ救われただろうか。それから穹は家族として、弟として丹恒の家で世話になっている。
穹は夕方から毎日コンビニでバイトをしていた。給料をおばさんに渡そうとしても『自分のために貯めておきなさい』と決して受け取ってくれなかった。父親とおばさんの間で定期的に連絡を取り合い、生活費の管理もきちんされているようだ。そちらは父親が土下座の勢いで頼み込んだ為、穹が困らない様にと渋々受け取ってくれているようだった。高校に入ってからは父親と和解し、父の恋人とも良好な関係を築けていると思う。月に何度かは家に帰る様になった。だが、やはり一人で自宅にいると気分が塞いでしまい、結局丹恒一家に甘えてしまっている自分がいた。
早く自立をしたいと思う一方で、未成年という壁が重くのしかかる。高校を辞めて働こうかとも思ったが、父親やおばさん、丹恒にすら反対されて今のこの現状だ。父親からは大学に行って欲しいと懇願されているが、内申点が足りていないのも事実で。少し容姿が派手なせいで、不良と勘違いされてしまい、口うるさい教師から目をつけられているのも煩わしい。母親譲りの色素の薄い髪と肌。鍛えても筋肉が付きにくい体。鏡を見る度に穹の心は雁字搦めになってしまう。
そして、丹恒との距離も。あまりにも近く、長く一緒に過ごしたせいで自分は勘違いしているのだ。俺に構わないで。優しくないで。でも、ずっとそばにいて欲しい。俺だけを見てほしい。いつしか芽生えてしまった感情。これは可愛らしい片思いではない。これから先、ずっと秘めていかなければならない感情だ。これ以上丹恒のそばにいると、いつか自分は取り返しのつかないことを仕出かしてしまうのではないか。穹はそれを恐れている。
じゅうじゅうと鉄板が焼ける音と良い匂いがして、料理が運ばれて来た。アベンチュリンがカトラリーケースからナイフとフォークを二組用意して並べた。「どうぞ、召し上がれ」と穹に言う。ハンバーグを切り分けて口に運ぶ様は優雅だ。まるで高級フレンチでも食べているかのようだ。目の前の980円のランチセットは、穹にちぐはぐな印象を与える。
「
…
先生は変な人だ」
「何だい、藪から棒に」
「どうして俺に構う?」
アベンチュリンは食事する手を止め、穹を見た。何かを品定めするように、すっと目を眇めた。長めの前髪を掻き上げて、足を組み替える。その仕草に、穹は思わずドキリとしてしまう。
「言っただろう?君に興味があるって」
「
…
何で。今までアンタと大して接点なかったし、俺みたいな不良もどき取り立てて珍しくもないだろ」
「心外だな。僕達は毎日保健室で逢瀬を交わしてたじゃないか」
「茶化すのはもういい」
「ふふ、誰かを好きになることにそんなに理由が必要かい?」
「ちょ、好きって
…
」
頬杖をついてアベンチュリンが穹を見やる。鈴が転がるように首を傾けた。その仕草は蠱惑的だが芝居がかっている。誰もが騙される、その整った笑顔。
「ああ、でも強いて言えば、」
アベンチュリンは綺麗な白い歯を見せて口を開いた。穹はざわざわとした居心地の悪さを感じてフォークを口に運ぶのをやめた。
「甘ったれた世間知らずのクソガキが、底辺でじたばた
踠
もが
いている姿が面白いかな」
乾いていて、冷たい声音だった。
アベンチュリンは身を少し乗り出し、穹の顔に手を差し伸べた。親指で口の端に付いているソースを拭う。不意のことに、穹は心臓が大きく爆ぜるのを感じた。そのままアベンチュリンは親指をぺろりと舐める。
「ッ、やっぱ性悪
…
。最低」
「まあまあ。図星過ぎてぐうの音も出ないだろう?君の家庭環境は、教師の間でも何かと話題になってるし」
「プライバシー完全無視」
「じゃあ、少しは大人しくして、目立たないような生徒を演じたらどうだい?」
「うるさいな。俺はこれでもひっそりやってるつもりだったんだ」
「
…
それ、本気で言ってるのかい?」
アベンチュリンがあっけらかんと笑った。楽しそうに肩を震わせている。これは彼の素の様だった。思わず毒気を抜かれた穹は少し肩の力を抜いた。だが、アベンチュリンの手が自分の手に重なっていることに気づいた。
「先生、手
…
」
「ああ、これ?」
アベンチュリンが長い指で一度穹の手の甲をトンと叩く。そうしてから、形の良い爪が悪戯に下へ滑ってゆく。弄ぶように指先を絡め取られてしまい、所謂恋人繋ぎになった。一瞬のことで、今度は穹が呆気に取られた。一体これは何の真似だろうか。幸い店内はガラガラで、誰も男同士で手を握りあっている姿に注目する者はいなかった。
「
…
離して」
「だーめ」
穹は大きなため息をついた。
「何なんですか、アンタ。上げたり下げたり、ほんと訳がわからない」
「あ。それ実は僕も同意見」
「ふざけるのもいい加減にしろ」
馬耳東風。何を言っても無駄な様なので、穹は諦めて項垂れた。気を良くしたアベンチュリンはにこやかに続ける。
「
…
丹恒君だって三年生の夏だろ。要領のいい子だから上手くやってるだろうけど、君の面倒まで見る余裕があるのかな?」
「
…
そんなの、分かってる」
「そんなに普通登校が嫌なら、僕が君の勉強見てあげようか?」
「は?」
「だから、前にも言っただろう?平日は保健室登校して、土日も僕が空いてる時間、見てあげてもいいよ」
「いや、ちょっと何言ってるか、」
「確か親御さんは大学進学希望されてたね?僕が責任を持って君を卒業させて、第一志望受からせてあげるよ」
穹の答えを待たず、アベンチュリンは言う。
「
…
君、丹恒君のこと好きなんだろう?」
「ッ
…
!な、に
…
」
穹は息を呑んだ。アベンチュリンは笑うの止めていた。虹色の瞳が穹を覗き込んでいる。とんでもないことを問われている。本当に、一体何を言っているんだこの人は。核心を突かれてしまい指先どころか、全身が熱くなるのを感じて、穹はウロウロと視線を彷徨わせた。
「あ、鎌かけてみたけど、やっぱり図星だったようだね」
くすくすと、アベンチュリンは意地の悪い笑みを浮かべた。
「〜〜ッ!!ほんとに、アンタって奴は!」
穹の怒りが爆発しそうになるのを、繋がれた指先がぎゅっと握り込まれて阻止される。
「ごめんごめん。
…
でもちょっと妬けちゃうなぁ。さっき君、すごい可愛い顔してたよ」
「うるさい!黙れ!!死んでくれ、今すぐに!!!」
「ははは。実はさ、僕の住んでる家結構広くて。一部屋余ってるんだよね。君、丹恒君のお家から荷物纏めて、僕の所へおいで」
ねえ、穹君?とアベンチュリンは悠然とウインクしてみせた。
「穹君、僕と取引しようじゃないか。僕は君に住む場所と勉強を教えてあげる。君はーー、」
「
…
ッ、やめろ、聞きたくないっ」
耳を塞ごうとする穹の手を、これまた素早い動作でアベンチュリンが止めてしまう。なす術もなく、絡め取られた腕が引き寄せられる。これからキスするような至近距離で、優しく囁かれた。
「君は僕の恋人になって。
…
成人するまで待ってあげるから。卒業式の夜、僕に抱かれろ」
「ーーッ!?はぁー!!!????」
ーー身も心も、全部僕の物になってね?
そう、心底楽しそうに美しい悪魔は囁く。
穹の受難は始まったばかりだ。
つづく?
⭐︎⭐︎⭐︎
おまけ
〜某日学校にて〜
アベンチュリン(以下あべ)
「ねえ、君たち二年の穹君と同じ中学校卒だったよね?」
女子生徒A(以下A)
「あっ!アベンチュリンせんせ!おはよ。そうそう、同中だよぉ」
女子生徒B(以下B)
「穹君、中学上がった頃はめっちゃ元気良くて、小学校からスポ少入っててさ。確かギャラクシー何とかって言う野球チーム」
あべ「ふんふん(メモ取りつつ)それで?」
A「中二の夏休み前くらいから学校来なくなっちゃって、何かお父さんとお母さんリコンしちゃったみたいでぇ」
B「結構深夜徘徊とかして、悪いグループとつるんでんじゃない?ってウワサあったよね」
A「そうそう、んで、その後たまたま穹君見かけたら、何か髪も伸びてるしあんなに日焼けしてたのに肌も毛穴ドコー!?な感じで、羨ましいくらい真っ白になってるし
…
」
B「うん、やばかったよね。元々線も細めだったしさ。何かアンニュイな感じが
…
」
あべ「え?何だい?」
A B「マジでどエロくて!!」
あべ「ファッ!?」
A B「あ、ちょっと見て、こないだの丹恒先輩と図書室でいちゃついてる穹君。思わず待ち受けにした!」
「ちょ、天才すぎるんだが!!」
「目が合って真っ赤になってはにかんでるの至高」
「推しカプまじ助かる。顔良すぎだろ!」
「てか、丹恒先輩の穹君の耳元で囁くやつあざとすぎない?距離感バグりすぎて草生える。好き!!愛してる!!!」
「わたしは断然穹君のツンデレ猫系美少女小悪魔年下攻×丹恒先輩の一途で包容力溢れる年上美人系おにいさん受ェ
…
」
「ちょっと待て情報量多過ぎる
…
!!」
あべ「!!!????」
おしまい
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