ひるね
2024-06-22 02:02:14
4373文字
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誰そ彼に微笑(丹穹/オメガバースパロ)

星核ハンターif 丹穹
オメガバースパロ習作。愛はまだありません。

 それは個人的に受けた羅浮での依頼を終え、列車に戻る際に起こった。
 丹楓の転生者ではなく、開拓者としての丹恒を受け入れてくれる者も僅かではあるが存在していた。丹恒は車掌への土産を購入するため金人港に足を延ばしていた。携帯端末で状況報告は姫子に送っていたが、何日か留守にしたため、あの可愛らしい車掌はさぞかし心配していることだろう。近道のため活気のある通りから裏道へと入る。そろそろ日が暮れる頃合いだ。この辺りは倉庫や空き家になっている建物がまだ多い。足早に通り過ぎようとして、丹恒はある気配に気が付いた。


 建物との隙間からすっと伸びた影が、丹恒の意識を縫い留める。丹恒はまずい、と思った。撃雲を顕現しようとするが、何らかの力が作用しており叶わなかった。小さく舌打ちした。そもそもが、こんな人通りのない道を選ぶこと自体が間違っていたのだ。自身に下された追放令が解除されたことで、少なからず浮足立っていた。全くおめでたいことだ。

お前が、丹恒?」

 影から声が発せられた。首を少し傾けるような仕草をしている。声音は高くも低くもなく、どうやら若い男の様だった。手には物騒な武器が握られている。夕闇の中で鈍く光る金属バットには見覚えがあった。

星核ハンターの仲間か」

 今回の羅浮での一件では姿は現さなかったが、以前宇宙ステーションで僅かに邂逅したその姿。

「さあ?どうだろうね」

 はぐらかす様にその男は肩をすくめた。目深にフードを被っており、表情までは見えない。

「お前に用事があるんだ。大人しくついてきてくれる?」

「残念だが、俺の方には全くないな。アポは3日前までに入れてくれ」

 丹恒の靴がジリ、と音を鳴らす。目線は逸らさず武器になりそうなものがあるか周囲を探る。打ち捨てられた廃屋にいくつか鉄パイプが転がっているのを見つけるが、少し距離がある。

「へぇ、残念だな。できれば穏便に済ませたいところだけど」

「それについては、全くの同感だ」

 男は口笛を吹いて、さして面白くもなさそうに告げる。足取りは軽く、一歩、一歩と近づいてくるが驚く程戦意が感じられない。引きずられている鉄バットだけが不穏な音をたてている。

ーーどうする。

丹恒は逡巡した。何か小細工があるのか。静かに自分の呼吸と動悸の高まりを意識する。ふと、男が両手を広げた。右手に握られていた鉄バットがカラン、と転がった。


一体どういうつもりだ」

「だって、武器なんていらないから。ほら、もう何も持ってない」


 なあ、もう少し近づいてもいい?と男は歌うように囁く。ドクリ、と心臓が脈打つ。何かが、おかしい。今すぐここから立ち去らねば、と意識は警告する。しかし、抗いがたい引力が、本能がそれを阻止する。額に汗が浮かぶ。男が丹恒の前に立った。背格好は同じくらいか。おもむろにフードを取り払った男の手に、銀灰色の髪が当たる。黄昏。沈みゆく日の光に反射してきらきらと揺れている。
 その長めの前髪から覗く、憂いを湛えた琥珀色の瞳。丹恒は瞠目した。二人の視線は刃が絡まるように一度衝突したが、男の方からそれを外した。薄い赤いくちびるから、ふ、と息がもれる。丹恒は言い知れぬ高揚感に心臓を掴まれる。芳しい甘い香り。
 たんこう、と。男が言う。伏せられた睫毛。口端が歪むのが見えた。冷笑。胸倉が掴まれて引き寄せられた。

「はは、抵抗ぐらいしろよ」
おまえ、は」
「お前αだろ」

 男はコートで隠された首元を露にする。目を背けたくなるほど白い首筋には、黒い革製の首輪が嵌められている。

「今は抑制剤を飲んでるけど、これが切れたらどうなるんだろうな」

 男は首を竦めて丹恒を見やる。丹恒は全身に駆け巡る衝動に驚きを隠せない。Ωに遭遇するのは初めてではない。だが、ここまで自分が無抵抗に惹かれてしまうとは。ごくり、と唾液を飲みこんだ。掴まれている指先から伝わってくる熱量。丹恒には密度が濃すぎ、思わずあえいだ。男は幽かに笑った。唇が動いた。

 ――俺が欲しい?

 声は発せられなかったが、醒めた眼差しに挑発の色が混ざっている。

ッ!」

 首筋に衝撃が走った。視界の端に鈍い銀色が光った。注射器、そう丹恒が認識すると同時に視界が霞む。

―――

 男が何か呟いた。少し悲しげな表情が脳裏に焼き付いた。何故、そんな顔をするのだろう。だが、その問いは言葉にならなかった。




*




 目を覚ますと何処かの建物の中に転がされていた。
 丹恒は身を起こして辺りを確かめた。両腕が鎖で繋がれていた。ジャラ、と鈍い音が響く。思わず過去の忌まわしい記憶が蘇り、眉をひそめた。部屋の中を見回すと、木製の簡素なテーブル、天井からぶら下がる裸電球、格子窓が一つ。窓の外は窺い知れないが、どうやら既に宵闇に濡れているようだ。ちりちりと胸のうちが騒ぎ出す。弱弱しく明滅する明かりが鬱陶しい。丹恒は大きなため息をついて、神経を宥めた。無様すぎるミスを犯したくせに、あれこれ冷静に観察しようとしているのだから始末に負えない。
 おそらく睡眠薬を注入されたであろう、首筋に手を当てる。唯一の救いは持明族でありかつての龍尊の転生体である自分には血中での中和速度が異常に早く、薬物があまり効かないことだろうか。

 空気が動いてドアが開いた。視線を向けると、驚きに目を見開いた男の顔があった。

なん、で」

 本来ならば、あと数時間は眠っていただろう。丹恒は苦笑した。

「目論見が外れたようで、悪かったな」

 男は無言で近づき、丹恒の傍らに立つ。手には水の入ったボトルが二つ。
 コートは脱いでおり、ゆったりとした白いシャツに黒いパンツといったラフな出で立ちだ。微かな明かりに照らされたその表情は意外に幼く、先ほどの挑発的な印象を覆した。存在感を示す首輪を見やり、丹恒はそっと視線を外した。抑制剤で抑えているとはいえ、至近距離はまずい。湧きあがる唾液を飲み込んだ。

こっちこそ、さっきは手荒な真似をした」

 バツが悪そうな表情で、男は水のボトルを丹恒に差し出す。

「そう思うなら、この鎖を外してくれないか」

 丹恒は男に向き直り、軽口を叩く。よく見るとボトルを持っている男の指が震えていた。

「お前、」

早く受け取れよ」

短い言葉だが、一つ一つが、丹恒の耳朶を甘く掠め、背筋をくすぐる。ボトルを受け取り、水を口に含む。喉がカラカラに乾いていた。男は丹恒の上下する喉元を凝視していたが、視線が合うと慌てて目を逸らした。踵を返して部屋から出て行こうとする彼に声をかけた。


「お前、名前は」
……
「俺の名を知っていたな?お前の目的は一体何だ」

 丹恒が身動きする度に鎖が重々しい音を立てる。扉の前で足を止め、男は押し黙っている。

「何も教える気はない、か。そう警戒するな。この通り、今の俺は無様な捕虜だ」

 丹恒は投げやりに両手を挙げ降参のポーズをする。いささか芝居がかっているとは思うが、他に打つ手があるわけでもない。視線は男から離さないまま、軽くため息をついた。

きゅう、」
何?」
「俺の名前だ。穹と言う」
穹、か」

 丹恒が確かめる様に男の名前を呼んだ刹那。

「ッ!!」

 男ーー穹が、突然その場に崩れ落ちた。苦痛を堪えるように顔を歪める。いや、違う。それは痛みではなく。丹恒自身も背筋に痺れる様な激しい衝撃を感じ、息を呑んだ。

ん、ッ」

 顔を上気させ、穹は押し寄せる快楽に堪えるように震えた。丹恒は溢れ出る唾液を飲み込んだ。手を伸ばそうとして、金属の擦れる音が響く。舌打ちが出る。自分を戒める鎖が煩わしい。呼吸が荒くなるのを感じる。咽せ返るような甘い香りが思考を鈍らせていく。

く、そッ!」

 悪態をついた穹は、震える手でポケットに入っていた鍵を取り出し、太ももに思い切り突き刺した。

「ッ!!!」
「お前、何を
仕方ないだろ、こうでもしないと、このクソ体、言うこと聞かないんだよ」

 吐き捨てる様にわななくその唇すら、扇状的だった。穹がよろめきながら立ち上がり、丹恒に一歩近づいた。ヒートを起こした穹にあてられて、丹恒は自分が獣の様に発情していることを感じていた。燃え滾る血。目の前のΩを手に入れたい。組み敷いて孕ませたい。本能が理性を凌駕していく。目眩がする。


「丹恒」

 穹が呼ぶ。
 鈍器で殴られたような強い衝撃を受けた。視界が白む。穹が丹恒の前に立つ。太ももから滲む血の赤さが。匂い立つそこに噛みついて喰いちぎってやろうか、と丹恒は呑まれそうな意識の中で嗤った。丹恒の顎を穹の弱々しい指が捉え、上を向かせる。

「丹恒、俺を抱けよ」

ーー欲しいんだろ?

 穹が丹恒の瞳を覗き込む。ヒート中の茹だるような爛れた熱さの中に、冷めた残酷な衝動が見え隠れする。

「何、だと」

 丹恒の声が掠れる。

「エリオが言うには、俺とお前の子が、この先の星の運命を変えるんだとさ」

 くすくすと穹は笑った。

「だったら、俺とお前で、いっそのこと全部壊さないか?こんなクソな世界。Ωとして虐げられるのも、駒として利用されるのも、もううんざりだ」


 なあ、丹恒?
 ことりと、穹は首を傾げて丹恒を見やる。誘うように。自分のパンツのベルトを緩める。ジッパーが緩々と下される。穹の靴先が丹恒の股間を押し上げる。思わず丹恒は呻いた。

「取引しようぜ、俺の『運命の番』。それとも、この世界に何か未練でもある?」


 故郷を追放され、寄る辺のない丹恒には守りたいものなど無かった。強いて言えば、身を寄せていた星穹列車くらいなものだ。だが、この目の前で悪魔のように綺麗に微笑む男は。ただ「丹恒」を欲していた。
 恥辱や後悔ならたくさん味わってきた。過去の亡霊を振り払うだけの己の人生など、取るに足らないものだった。今この提案ほど甘く、抗いがたい引力で丹恒を魅了する物が他にあるだろうか。深く息を吸い込んだ。聞こえるのは自分の鼓動だけだった。

 穹が血のついた鍵を差し出した。丹恒は躊躇わずそれを口に含んで舐めた。


「犬みたいだな」
「ぬかせ。今から吠え面をかくのはお前の方だ」


 外された首輪が静かに落ちた。血は熱くなるばかりだ。丹恒は穹を抱き寄せた。そのぬくもり、肉の柔らかさ、吐息の甘さ。全てに目眩がしそうだ。まるで恋人のように指を絡ませる。穹は泣きそうな顔で笑った。丹恒はその首筋に容赦なく噛みついた。