ねもとぬん
2024-06-21 22:26:56
15468文字
Public HSR:レイチュリ
 

【レイチュリ・途中経過お焚き上げ】凡人たちのから騒ぎ 2nd Season ~花吐き病狂言誘拐編~

本編よりも偏差値が低いクソボケHSLにて、わけあって花吐き病の患者を見捨てられないブートヒルが花を吐いているアベンチュリンと遭遇し、彼をピノコニーから脱出させるためカンパニーと取引の上で狂言誘拐を図るも横から失礼してきたDr.レイシオに予備プランを破壊されまくった挙げ句なぜかピノコニーに集うほぼ全勢力の前で一騎打ちを挑む羽目になる回を予定している(あらすじ)
多分ブートヒルが天井間近になるまで来なかったのはこの話を書いてたのが原因と思われる(注釈)。

※花吐き病ですが、アベンチュリンの吐き方が常に汚いです。
※2.2メインストーリー、イベント「杯の中の逸話」、ブートヒルのストーリーネタバレあり。
※捏造要素多々(本編内で関わりがない一部キャラ同士での呼び方、ブートヒルのサイボーグ身体の機能について等……)
※レイシオがブートヒル×アベンチュリンだと誤解するシーンが度々あります。実際にはふたりの間には何もありません。

<開演>

 部屋に入ったらカンパニー高級幹部がゲロを吐いていた。
 ブートヒルはゴミ箱をハグして色とりどりの何かを吐く青年を見てしばし静止し、それから己の目的と目の前の光景を天秤にかけて、とりあえず一旦銃だけ構えることにした。

「やあ……

 紙のような顔色になりながら、エヴィキン・カティカ絶滅事件の悪名高い生き残り、アベンチュリンが片手を挙げる。

「今日は珍しいことが続くなぁ。巡海レンジャー兼指名手配犯が……

 と言いながら、ううっ、と呻いて、また何かきらきらした虹色のものを吐き出した。

……巡海レンジャー兼指名手配犯が、自ら、やってくるなんて。君、カンパニーの艦隊の前で社員を二人ころ、おえっ」

 数回に分けてゴミ箱の中に嘔吐してから、顔を上げる。ぐいと唇の端を手の甲で拭ってから、冷たい表情を作った。

……殺したろ。それがなにを意味するのか分かってるのか?」
「あー……

 ブートヒルは根性で職務を遂行しようとするアベンチュリンを見て、とりあえず彼の職業人としてのプライドを尊重し考えていたままの台詞を口にした。

「ホーリーウーウーボ、アイツらにはちょっと眠ってもらっただけだ。そんなんで脅そうったって無駄だぜ。オレが倒したカンパニーの犬の数は、アンタが今まで搾り取ってきた余剰価値より多いからな。手配書にいくつかゼロを足されたところで……

 言い終わる前にアベンチュリンが吐き始めた。
 ブートヒルはそのとき、彼が絶えず吐いているゴミ箱の中身からはみ出しているものに気が付いた。夢境では汚物は虹の七色に見えるよう加工されているのでてっきりまだ夢の中にいるのかと疑ったが、どうやら違うらしい。
 油断なく銃を向けたまま、その中身とアベンチュリンの顔を交互に見る。

……出直すか?」

 ブートヒルは聞いた。

「いやオエッ……いいよウエッ……
「そもそも今のアンタが喋ったところでまともに聞き取れそうにねえんだが」
「大丈夫ェ……そもそも君、僕のこの状態が嘘だったらどうすオェー」

 めちゃめちゃ喋りが汚くてこれ以上聞きたくないような気持ちになったブートヒルだったが、とりあえず腕を軽く振って銃をしまうに留めた。

「ダメだ。今日はもうやめる。アンタ、花吐き病だろ」
「は?」

 アベンチュリンはぽかんと口を開けた。その口からモロリモロリと花が出てきたのを、ブートヒルは嫌な顔で見つめた。

「知らねえのか? 『豊穣』に由来する奇病の一つで……ああこんのロリポップが、恋愛感情をこじらせた人間がかかる難病だ。アンタが罹ってることは黙っててやっから、さっさと医者にかかって薬をもらってこい。話はそれからだ」
「は……? ちょっと、待ってくれ、それは……

 アベンチュリンは愕然とした表情を浮かべる。
 ブートヒルは踵を返して、部屋の外に向かった。

「オスワルドの件は譲れねえし、アンタをここで蜂の巣にするのは簡単だ。ただ目の前でゲロ吐いてる病人を脅して吐かせる気には……いやもう吐いてるっちゃ吐いてるなアンタは……とにかく、どうせアンタはしばらくピノコニーにいんだろ? また後で来てやっから、首を洗って待ってな」
「いや、ちょっと待っオエエっ」
「口も洗っといた方がいいぜ……
「違うんだ聞いてくれ! ちょっとーー」

 コン、コン、コン、と上品なノック音が響いた。ドアの向こうから声が聞こえてくる。

「ギャンブラー、往診の時間だ。外でカンパニーの兵士が寝ていたが、何かあったのか? バカにつける薬はないとはよく言うが、幸いにして気付け薬なら手元に在庫がある」
「本当に医者が来やがった」

 面倒なことになったな、とブートヒルは考えた。おそらく扉の前にいるのはカンパニーの学術顧問、ベリタス・レイシオであろう。ここにブートヒルがいるのが分かれば二対一、アベンチュリンが本調子に戻れば勝ち目は薄い。奇襲しかないか、と銃を握りしめるブートヒルの裾をアベンチュリンが引いた。
 振り向くと、ゴミ箱に花を降らせながらアベンチュリンがひきつった笑顔を浮かべていた。媚びるような声で囁く。

「助けてくれないか?」
「は? なんで……
「一生のお願いだから!!」
「アンタの一生本当にそれでいいのか!?」

 と、言いつつもアベンチュリンがドアの方を見て顔面蒼白になっているので、ブートヒルはどうやら何か訳アリらしいと察した。

「よく分からねえけどよ、あの医者をここに入れなければいいのか?」
「ああ……うえっ、戦うのはよしてくれうえっ。彼のチョークは人間を一撃で殺せる」
「どういう医者だよそいつは!? チッ、あんまりやりたくなかったが……

 ブートヒルは喉元に手をやると、数回唸った。それからアベンチュリンの耳元に顔を近づける。

「『こんな感じか?』」
「えっ、あれっ、僕!?」
「『ったく、アンタが一生のお願いとか言うからだぞ。こいつは予備プランの中でもとっておきなんだ、使わせたからにはあとで洗いざらい吐いて……もう吐いてるなアンタ』」
「僕の声ってこんなに……なんか……軽薄で見栄っ張りで見掛け倒しなのか……おえっ」
「『いいから吐きながらでも字が書けるモンを出せ! あの医者先生を騙せそうなセリフを考えろ!』」

 アベンチュリンがタブレットを取り出して素早く入力し、ブートヒルがそれを読み上げた。

「『おはよう教授。すまない、実は先ほどブートヒルが乱入してきたんだ。どうにか撃退はしたんだけど、それで少し部屋の中が散らかってしまって……悪いんだけれど、往診はまた今度にしてもらえないか?』」
「謎の吐き気があると言って診察を希望してきたのは君の方だろう。部屋の原状回復に従事するより先に医師に診てもらうのがより賢い選択だと思うが」

 ブートヒルはなぜレイシオの訪問を前にアベンチュリンの嘔吐が悪化していたのかを察し、小声で「ホーリーウーウーボ(マジかよ)……」とだけ呟いて扉へと向き直った。

「『吐き気は大丈夫だ、もうおさまった。君の手を煩わせて悪かったよ。申し訳ないんだけれど、そろそろ十の石心だけで会議があるんだ。この埋め合わせは今度するよ』」
「会議があると分かっていたのに僕に診察を頼んだのか? 今後のカンパニーの求人募集には『ブッキングを起こしてから開き直るようなマヌケでも高級幹部になれました』と書き加えるべきだな。間違いなく内定率の向上に繋がるはずだ。何なら改善提案として人材奨励部に提出してきてもいい、無論発案者の名義は君だ」

 言い方はともかく明らかにレイシオの方が筋が通っている。
 ブートヒルはなんだか情けない気持ちになってきた。こんなめちゃくちゃなセリフを読み上げる側の気持ちを考えてほしいとも思ったが、当のアベンチュリンは吐きながらもぎりぎり共感覚ビーコンで翻訳可能な単語を入力してくれているので文句は言えなかった。

「『ごめん、会議は嘘なんだ。その、ブートヒルによって服を破かれてしまったせいで今ちょっと人前に出るのがはばからーー』何てこと言わせんだアンタは!?」
「じゃあ他になんて言えばいいんだ!」
「知らねえけどこんなん逆効果に決まってんだろうが!」
「待て、それはつまり……

 レイシオの口調から怒りが抜けた。かわりに切迫した様子で声を潜める。

「ようやっと理解できた、これは医者として真剣に忠告するが、君にまず必要なのは感染症の検査だ。僕にも腸内洗浄の心得くらいはある、君の姿がどうだろうと気にしないからまず一次処置をさせろ。まさか性感染症の検査結果にまでベットするとは言わないだろうな?」
「あーもうほら今琥珀紀最悪レベルの誤解が生まれたぞ!!」
「クソッ、レイシオがまともな医者だったせいで……!」
「今のは絶対アンタが悪いだろ!」

 アベンチュリンの評判はどうでもいいが、暴行犯という不名誉はさすがに耐え難い。ブートヒルは声を張り上げた。

「『違う違う違う違う! 君の想像するようなことにはなってないんだ、ただ本当にその、例えるなら部屋中をゲロまみれにしているようなもので、この状態で教授を部屋にあげるのはいろいろと差し障りがあって……』」
「勝手に喋らないでくれ!」
「自慢じゃねえけど今までで一番真実に近いセリフだと思うぜこれ」

 ブートヒルとアベンチュリンが言い争いをしている間に、扉の向こうのレイシオは呆れた様子で息を吐いた。

「フン、まあ君が無事ならいい。……巡海レンジャーに暴れられたんだろう。基石は無事か?」
「『基石? 何を言ってるんだい教授、あのショーを見ただろ? 僕の砂金石はもう使えない。何かと間違えてないか?』」
……君は虚無のIXに近づき、多大な影響を受けた。混沌医師の診療により多少改善されてはいるようだが、まだ予断を許さない状況だ。扉越しで構わないから、人格や記憶の面に影響が出ていないか確認させろ」
「『なるほどね。どうぞ』」
「君が僕に協力を求めた時、僕に求めてきたことはなんだ?」
「『僕を信じること』」
「君がこの仕事のためにピノコニーに持ち込んだ賭け金の総額は?」
「『チップ3枚』」
……サンデーとの交渉の際、君が僕に口頭で提示した作戦は?」
「『ないね。ノープラン』」

 これホントのホントに言ってんのか? 暗号とかじゃなく?
 ブートヒルはアベンチュリンを見たが、アベンチュリンは本気で嘔吐しながら本物のセリフを書いており、嘘をつく余裕があるようにはとても見えなかった。もしかしたら普段から嘔吐剤をキメながら仕事をしているのかもしれない。

……ふむ、異常はなさそうだな。残念だ、本当に記憶障害か何かがあるようだったら、壊れたテレビ向けの指導でも何でもしてやったというのに」
「『怖いなあ』」
「また往診に来る。それまでに少しは体調をマシにしておけ。では……ああ、最後に一つ」

 もう膝下くらいまでアベンチュリンが吐いた花に浸かっていたブートヒルは、踵で花をこっそりアベンチュリンの方へ押しのけながら返した。

「『何だい?』」
「君は……僕が渡した処方箋の内容を覚えているか?」

 アベンチュリンの嘔吐が悪化し、持っているタブレットの液晶画面に大ぶりな花がぶつかってヒビが入った。
 ブートヒルはベッドサイドのメモ帳を引っ張り出してアベンチュリンに手渡し、彼が震える手でその言葉を殴り書きするのを見届けた。

「アー……『夢の中で不可能なのは、死ぬことではなく熟睡することだ。生きろ。幸運を祈る。……合ってるだろ?』」
……。ああ、間違いない。記憶障害含め、なにもないようで結構だ。失礼する」

 ドアの前から足音が去っていった。
 ブートヒルは改めてアベンチュリンを見た。アベンチュリンは死人のような顔をして、ブートヒルに縋った。

「違うんだ、僕は」
「聞いてねえ。それよりアンタ、さっき一生のお願いって言ったよな? なら、オスワーー」
「違う、僕はレイシオのことなんてぜんぜん好きじゃないんだ」
「聞かなかったことにしてやっからオスワルドの居場所ーー」
「秘密にしておいてくれ服を脱いで靴を舐めてもいいから!!」
「アンタのプライド本当にそれでいいのか!?」
「わかった」

 アベンチュリンはけろりとした顔に戻った。件の医者がいなくなったことによりだいぶ症状がましになったのだろう。

「アスデナのホワイトオーク三本でどうだ?」
「アンタオレがここに来た目的知ってんだろ、オスワルドだよオスワルド! アンタの事情とか知らねえから情報を寄越せよ!」
「少しも交渉の余地はないのかい?」
「ねえよ、何で頼まれてる側なのに譲歩しなきゃならねえんだよ、むしろオレが要求する立場だよ! オスワルドの居場所にアスデナのホワイトオーク1ダースくらいつけても文句言えねえだろ!」

 ブートヒルとしてはアベンチュリンの個人的感情には関心がない。単に目的を果たしたいだけだった。
 だがアベンチュリンは諦めず、それどころかこちらまで泥舟に引き摺り込んでこようとする。これがカンパニー流か、いやそれにしてはあまりにも無計画すぎないか。巡海レンジャーの自分でも予備プランくらい用意するのだが。
 先ほどの話を聞く限りピノコニーでも相当な綱渡りをしてきたようだが、今回に限ってはいくらなんでもオールインするタイミングを見誤っている。百歩譲ってもこれは気の置けない友人とかカンパニーの同僚に頼むべきことだ。今出会ったばかりのブートヒルには荷が重すぎる。

……わかった、オスワルドについては前向きに検討するよ。代わりにこういうのはどうだ? ピノコニーにいる間、僕が君の隠れ場所を提供する。少なくとも僕はカンパニーに君のことを必要以上に話さないし、このピノコニーにいる間僕はこの部屋をセーフハウスとして君に提供しよう」
「話にならねえ。オレは密航者だ、アンタがいなくても星外には勝手に出られる」
「ならレートを引き上げよう。詳細は伏せるけど、ピノコニーにはこれから十の石心が増える。わかるかい? 僕が基石を失って仕事を続けられなくなったから、バックアップとしてやってくるんだ。君もさすがに基石を持った石心と争うのは避けたいだろう? そうじゃなければ今日このタイミングで基石を持ってない僕のところに来たりしないはずだ。弱みを握っている上君の一挙一動で殺されてもおかしくない僕と交渉したほうが遥かに君にとってはやりやすいんじゃないか?」
「ア……アンタもうちょっと他に交渉のしようはなかったのか? なんか……自分で言ってて悲しくならねえ……?」

 平然とカンパニーの裏事情まで暴露してテーブルに載せてくるアベンチュリンにブートヒルは恐れを抱いた。
 そもそも花吐き病のことを知らない時点でおかしい。花吐き病ほど、罹患者と周囲への配慮が必要な疾病はそうそう存在しない。花を吐いている人間を見たら吐瀉物を処分し、しかるべき医療機関へ連れて行くべきだというのは星海を渡る者たちにとって常識である。
 ブートヒルは尋ねた。

「吐き気があったっつったよな? じゃああの医者先生はアンタが花吐いてることは知らねえのか?」
「ああ。夢から帰ってきてから、虚無の症状とは別で吐き気があって……それで診察を頼んだんだよ。ただ、彼がこれから来ると思うと、まあ……こ、これは説明しなくてもいいだろう?」
「大丈夫だそもそも聞きたくもねえから……吐き気は潜伏期間によくある症状だ。で、自覚したとたんに今まで出せなかった分の花を吐き始めるってのが多い。ったく……面倒なことになっちまった」

 ブートヒルはため息をついて今度こそ銃をしまい、帽子を目深にかぶった。
 ブートヒルが悩んでいるのは、そして目の前のアベンチュリンを無碍にできないのには理由がある。そのうちの一つが、巡海レンジャーの慣習……『花吐き病の人間を助けることは正義であり、名誉ある行いである』という思想だ。
 無論、道ならぬ恋を応援するというわけではない。しかし、横恋慕をする悪役、名家のいがみ合いやくだらない階級制度なんかが恋路を阻み、それがうら若き娘の心を病魔として蝕んでいるというのなら、それらを打ち倒すために全力を振るう。そして若く善良な青年と娘が夕陽の下で抱き合うのを背に、クールにその場を立ち去る……そんな物語を巡海レンジャーは好み、己の巡狩の道の理想として据えた。
 そういう意味では、巡海レンジャーはこの上なくブートヒル向きの肩書きだったともいえるのだが――

「ブートヒルちょっといいかな? 気のせいじゃなければ、今君の考えていることが全部口から出ていたような気がするんだけど」
「チッ……悪かった」

 共感覚ビーコンか声帯チップのバグだろう。声をいじるとたまにこういうことになる。
 ブートヒルは声帯のネジを締め直してから、アベンチュリンを見た。

……治療に協力しろ、とか言うんなら協力できねえよ」
「治療?」
「本当になにも知らねえんだな」

 だめになったタブレットの代わりにスマートフォンで検索するよう促しつつ、大量に散った花をゴミ箱にまとめ始めた。
 ブートヒルはほぼ生身の部分がないため直に触っても平気だが、恋愛感情をこじらせた者が花びらに触れると二次感染する。口を縛ったゴミ袋が二つできあがったあたりでアベンチュリンが苦笑いした。

「ええ、死亡例もあるのかい? 嘔吐で食事ができなくて衰弱、花を喉に詰まらせて窒息死……ありそうだね。治療するのには相手と両思いにならないといけないのか」
「専用の病院なら緩和療法もとれるだろうが、この状況でファミリーがアンタに設備を提供するとは思えねえ。さっさとカンパニーに連絡を取ってアスデナを離れるのが正解だ」

 Dr.レイシオへの告白を避けるのはわからないでもない。同性愛そのものへの受容は文化によってまちまちだが、いざ自分が同性と恋愛をするとなるとまた違った意見を持つ人間も数多い。
 具合が悪そうに、アベンチュリンは笑った。

「心配は無用だよ。僕はこの件について賭けはしない。僕は今の状態に満足しているし、彼との関係を悪化させたくもないんだ」
「そうか。つまり、アンタがオレに頼みたいことってのは……
「レイシオの性格から考えると、明日も僕が出てこなかったらおそらく鍵を壊しての強制往診に踏み切るだろう。だからその時の僕の逃亡幇助をしてほしい」
「イヤだ」

 ブートヒルは拒否した。治療への協力を頼まれた方がマシだと思った。

「困ったな、これ以上僕から君に提示できそうなものとなると身体とか命くらいしかないんだけど」
「いらねえから。アンタ、カンパニーの他の石心がいつ来るのか言ってねえだろ。オレを引き留めて罠にハメねえっつう確証が持てない」
「君の実力からしたら、逃げるだけならそう難しくないと思うけれど……花吐き病を助けるのは光栄なことじゃないのかな?」
「正直同情はしてるんだが……これマジで言いたかねえんだけどよ、巡海レンジャー的にここで花吐き病にかかってる想定なのは薄幸のヒロインとかなんだよ。少なくともゲロ吐きながら酒で人間を買おうとする企業上役のダーリンじゃねえんだよ」
「うぅん、困った。わりと反論できない……

 言いながら、アベンチュリンはスマートフォンの通話アプリを起動した。

「よしわかった、トパーズとジェイドに連絡を取って全部ゲロってくるよ」
「これ以上吐いたらこの部屋は花で埋まっちまうぞ」
「カンパニーの総監が病気だと外部に漏れるのは避けたいだろうから、僕がピノコニーを出るまでの間は見逃してもらえるように交渉しよう」
「できんのか?」
「だめなら仕方ない。君と僕とのここでの会話はなかったことになる。オスワルドの件も含めてだ」
「そうなったらオレがアンタの頭に銃弾をぶち込んで終わりなんだがいいのか?」

 ふたりはすぐにアベンチュリンの呼び出しに応じた。

「やあ、ジェイド、トパーズ。突然なんだけど花吐き病って病気にかかってしまったようなんだ。カンパニー内でこの病気がどういった扱いになるのかはよく分かっていないんだけれど、検査入院のためにすぐアスデナを出る手配がしたい」
『へえ。Dr.レイシオ?』
『教授でしょ?』
「違う」

 バレバレじゃねえか。
 アベンチュリンは「違う。僕はレイシオのことなんてぜんぜん好きじゃないから」とぶつぶつ言った。
 仕方ねえ、オレが一肌脱ぐか。ブートヒルは端末の近くに行き、カメラをのぞき込んだ。

「よう、カンパニーのキューティーちゃんたち。オレはブートヒルだ。巡海レンジャーって言えばわかるか?」
『あら、珍しいお客さんね』
『あなたは……彼、カンパニーから指名手配されてるはずだよね、アベンチュリン。どういうこと?』
「おえっぷ」
『ほ、本当に花吐き病なんだ……

 ブートヒルはにんまり笑って肩をすくめ、大げさな笑い声を上げてやった。

「おいおい、そんな態度でいいのか? 今ピノコニーでこいつが花吐き病だって知ってんのはオレだけなんだぜ? ついでに言うと例の医者先生が来たのをうまく誤魔化して追い返したのもオレだ」
『そういうことね……何が欲しいの?』
「まぁ聞いてくれ。こいつをあの医者先生の近くに置いとくのが得策じゃねえってことくらい分かるだろ? かといってカンパニーの他の犬ッコロに知らせるのも問題外だ。好きな相手のことを考えた瞬間吐いて動けなくなる病気なんて弱味でしかねえからな。アンタら、それなりに恨みを買ってる自覚はあるんだろ?」
「ちがっ、だかっ、僕が好きなのはレイシオじゃな……おげえっ」
『アベンチュリン、お願いだからもう喋らないで。カブが怖がってる』
『そうね、カンパニー内部も一枚岩じゃないのは事実。あなたの言うことは間違ってない』
「こういうのはどうだ? オレがアベンチュリンを誘拐したという体にしてピノコニーを脱出する」
『えっ』
「えっ」
『おもしろいじゃない』

 トパーズと隣のアベンチュリンは驚いている様子だったが、ジェイドだけは愉快そうな声を出した。

「オレがカンパニーにアベンチュリンを引き渡してその場を去るまではアンタらはオレに手を出さない。どうだ?」
……ブートヒル、君の全面的な協力が得られたとしても、その作戦は不確定要素が多すぎる。少なくともカンパニーから表立って支援することはできないし、何よりDr.レイシオの実力は折り紙付き。何が起こっても不思議じゃない』
『そうかしら? 巡海レンジャーは、花吐き病の患者を可能な限り援助し、彼らの秘密を頑なに守る……これはよく知られている事実。この件に関しては、カンパニーの人員より彼の方が信用できると思うわ』
『うーん、アベンチュリンはどう思ってるの?』

 トパーズが水を向けると、アベンチュリンは三つ目のゴミ袋に嘔吐しながらどうにか返事をした。

「おえっぷ……じ、実は花吐き病のことはついさっき知ったんだ。だから、正直言ってメリットとデメリットの判断がつかない。君たち二人の意見の方が聞いてみたおえーっ」
『ブートヒル、あなたの目から見て、今のアベンチュリンの症状はどのくらい? ごく少量の花しか吐いていないのか、吐きながらでも身の回りのことくらいはできそうなのか』
「心配無用、超絶元気だ。どのくらい元気かっつうと今朝発症して今ゴミ袋が三つ満杯になるくらいにな」
『アベンチュリン、あなたはもう手放しで信頼できる人物以外には顔を見せないようにしてちょうだい。カンパニーの部下に関してはこちらで指示して、あなたの部屋に近づかないようにしておくわ』
「僕、そんなにひどいのかい?」
……待って。ブートヒル、君って体を機械に置き換えてるんだよね? もしかして君は花吐き病には罹らないの?』
「ああ、間違いねえな。今までも数回花吐き病の人間と関わったことはあるが、何ともなかった」
『じゃあ、アベンチュリンの花を見せて』
 ブートヒルはゴミ袋を持ってきて開けると、いくつかスマートフォンのカメラの前に出した。トパーズが苦い声で言う。
『ダチュラ、ジギタリス……毒がある花ね。多分、花吐き病だけじゃなくてその花の中毒作用もあって体調を崩してるんじゃないかな。この状態じゃ、レイシオ教授と対面したり好意を悟られたら花を大量に吐いて先に中毒死しかねない。こんな状態なら、ピアポイントで一度専門医に診察と処方をもらって、花の量や吐くときの苦痛を抑えた方がいいかも』
「つまり?」
『ブートヒル、君の提案に賛成する。私はカンパニーの人員が手を出さないようにしておくから、限界まで暴れてちょうだい』
「ハハッ、そりゃあ思い切りのいい提案だな! ああそうだ、事前に聞いときたいんだが他の勢力の手を一時的に借りるのはアリなのか?」
『現場の判断に任せるわ。ブートヒルだけでは手が足りなくなるタイミングもあるでしょう』
『個人的には列車がオススメ』
「だな。列車かワンチャンメモキーパーしかねえ」
『そうね、列車にブートヒルを追いかけさせるのはどう? 彼らなら手加減もできるでしょうし、トパーズとしてもカンパニーの人員に避難指示を出す名目が作れるはずよ』
「へえ、悪くねえな。撮ってフィルムランドで上映したら、えらい興行収入が見込めそうだ」
「トパーズ、迷惑をかけて悪いね……今度信用ポイントで返すから……
『なんでいつもお金で返そうとするの……
『最悪の場合、三日間だけ耐えてちょうだい。そのころには私が着くから、入れ替わりでピアポイントに戻れるよう調整しておくわ。私の直属の部下たちしかそのシャトルにしかいないから、情報漏洩のリスクも低い』
「ありがとうジェイド。でも多分三日間も教授が往診も細かい連絡もなしで耐えられるかというと絶対無理だと思う」
『私も無理だと思う』
『あなたの計略が露見しないことを祈ってるわ』
「こんな時だけ勝ちを祈られても……
『では、アベンチュリンの花吐き病の隠匿に協力する限り、ブートヒルには手出ししないという方向にしましょう。あと、行動するなら今日中、何なら今すぐの方がいいわ。Dr.レイシオのことだから、明日の往診は確実にドアを壊して押し入ってくるでしょう。もしかしたらもうドアの前にいたりして』
「頭歩離人かよ」
『でも善人よ』
『そうね、善人なのは間違いないわ』
「そうなのか……

 それから、今後とピノコニー脱出後の段取りに関していくつかの打ち合わせをしてから通話を切った。
 アベンチュリンは同僚と会話したからか少し気が楽になったらしく、口の端から花をこぼしつつもまた新しいゴミ袋を開けていた。

「ううっ……なんだかんだで巻き込んでしまって申し訳ない。オスワルドの件に関しては僕個人としても思うところがあるし、最低でもアスデナのホワイトオーク1ダースに関しては琥珀の王に誓って確約するよ……ウエエッ」
「ああ、えげつない貰い事故だったと思っといてやる。全部終わって調子がよくなったらまたシメに行くから覚悟しろよ」

 現実世界で直接ホテル・レバリーを脱出する場合、人が多いVIP用のバーとエレベーターを経由する必要がある。ブートヒルの戦闘スタイルでは被害が大きくなりがちだし、何よりアベンチュリンが大勢の前で花を嘔吐するリスクがある。花吐き病の感染拡大や無関係の他者への被害に繋がるような行動は控える、という点において合意できたのは幸いだった。

「その医者先生は列車に入れるのか?」
「乗客名簿には登録されてたと思うから、自由に入れるはずだよ」
「つまり列車を避難先にすることはできねえと。最終確認だが、列車に花吐き病だとばれるのは覚悟の上でいいんだな?」
「ああ、そこはまあ、仕方ない。彼らは完全中立の勢力だし、口は堅い方だと思うからね」

 この作戦の大前提は、花吐き病に絶対感染しないブートヒルがアベンチュリンを護送することだ。一人しか使えないドリームプールを用いることはできない。
 アベンチュリンをホテル・レバリーのロビーまで誘導する。そしてそこで星穹列車対ブートヒルの大盗り物を演じ、ブートヒルはアベンチュリンを連れて逃亡・列車には非はない旨をトパーズが証言する……
 Dr.レイシオもさすがに途中で騒ぎに気づくだろうが、さすがにアベンチュリンを人質に取っている状態で攻撃はしてこないだろう。いざとなればそこはジェイドとトパーズが協力して、手を出さないよう申告してくれるとのことだった。

「十の石心ふたりが全力で妨害しなきゃいけない医者先生ってなんだよ。どんだけスウィートな授業をしてくれるんだ? なんか一周して興味出てきたな……
「げほっ、げほっ……たのむからっ、無駄な戦闘は避けてくれよ」
「そうかあ? カンパニーからも一目置かれてる学者先生の殺人チョークだろ? なんか一回くらい記念で拝んでおかなきゃいけないような気にもなってきた」
「別に殺人チョークで売ってる人じゃないはずなんだけど」
「じゃあ殺人できないチョークなのか?」
「それは間違いなくできるけれども」

 トパーズを経由して星穹列車に連絡を取り、作戦の概要を伝えて合意を取る。列車からは協力に応じる旨の合意が届いた。ブートヒルとの接触がある丹恒、アベンチュリンとレイシオ双方と交流があり万一のとき仲介できる穹、夢境でも折り紙付きの戦闘力を持つヴェルトがブートヒルの追い立て役に回るとのことだった。

『話は聞いた』

 ブートヒルの端末に連絡してきたのは丹恒だった。

『穹と話をしたが、ブートヒル、レイシオ教授とは戦わない方がいい』
「マジかよ」

 ブートヒルは文字を書くことができない。ボイスメッセージで返答する。

「カンパニー側からも同じ事言われてんだけどよ、その医者先生そんなに強いのか?」
『言語レベルを超えたディベートが得意と自称していたそうだ』
「オレと同じか」
『それは少し違うと思う……

 丹恒といくつか情報交換をしながら、ちらとアベンチュリンの様子を伺う。アベンチュリンは一応申し訳ない気持ちがあるらしく、ゴミ袋を抱えつつも細かい作戦内容についてトパーズと個別で協議していた。
 丹恒とまたいくつかの情報共有を終えて通話を切り、リボルバーの残弾数を数えていると、アベンチュリンはようやっと交渉を終えたようだった。だいぶ体力を消耗しているらしく、疲れ切った様子でソファの上で花を吐いている。

「ったく……もう少ししたら作戦開始だ。どうせなら今のうちにゲロっといてくれ。オレが抱えてる間にその辺に吐き散らかされたら困るからな」

 ブートヒルはスマホをしまってアベンチュリンの隣に座り、えづいている背中をさすってやった。

「なんか喋りたいことがあったら聞いててやるよ。ゲロの一種だとでも思っといてやる」
「ハハハ、いいね、そういう考え方は好きだよ。気楽だ……ううっ」

 正直いろいろと予定外だったが、この際腹をくくるしかない。十の石心の中でもっともオスワルドに敵対する可能性が高いのは彼だ。好機を逃すことにはなるが、ここで恩を売っておくのも悪くないだろう。
 アベンチュリンはなんとか笑おうとしたが、しがらみのないブートヒルを前にして少しずつ感情がこぼれてきたらしく、花にまじって言葉を吐きだし始めた。

「正直さ、別に好かれたいわけじゃないんだ。彼にとって僕は取引先程度で、友人ですらないだろうし」
「そうか」
「そもそも、僕には仕事と関係のない友人はいないんだ。だから勘違いしちゃったんだろうね。僕を含む誰もが僕の失敗を望んでるはずなのに、あんな処方箋をくれて、生きろなんて言われて。それを、嬉しいと思ってしまったんだ。誰にでもそういうことができるからこそ、彼はDr.レイシオなのに」

 ブートヒルはしばし虚空を睨み、これはもしかしたら不用意に聞いてはならない話だったのではないかと考えたが、アベンチュリンは構わず続けた。

「恋愛なんてしたことがなかったから、最初はわからなかったんだ。わからないままにしておくべきだと思った。親愛かもしれないし、執着かもしれないし……。でも、彼のそばにいて、少しでも彼の助けになれたり、何か愚痴を聞けるような相手になれたら、それはきっと誇らしいことだと思ってね。大切な人の役に立てるっていうのは、きっと誇らしいことだろう?」
「そうだな、程度さえわかってりゃ悪いことじゃねえな」
「レイシオにはさ、幸せになって欲しいんだ。彼、ちょっと偏屈だけれどいい人だから、そんな人にふさわしい、教養があってきれいな人と付き合って、素敵な家庭を築いて欲しいんだ。本気でそう思ってるんだよ。でも、じゃあ何で僕は今花を吐いてるんだろう」
「さあ。そういうこともあるだろ、生きてるんなら」
「どうしてこうなるんだろうね。申し訳ないよ、せっかく往診に来てくれた彼にも、ジェイドたちにも……

 いろいろな星を渡り歩いてきたブートヒルとしては、なんか正しかろうとそうでなかろうといろいろあったりするし、それが正解かどうかなんて部外者にも星神にも判断できないようなモンもあるから気にするな、なんてことを言ってやりたくもなるのだが、まさにそれこそ言ってよいのか判断に迷う言葉だったので口を閉じたままにしておいた。
 もしここにいたのがかの医者先生であれば、的確な診断を与えられたのかもしれない。アベンチュリンが想いのたけを吐き出しながら殴り書きした、あの処方箋の言葉のように。
 アベンチュリンが少し落ち着いた様子を見せてから、脱出の準備を整える。まず誘拐という体裁なので、アベンチュリンを抱えて動けるかどうか試してみる。
 ブートヒルは試しにアベンチュリンを背負ってみた。蹴り技は体勢が不安定になるので避けた方がよさそうだが、銃は撃てそうだ。

……待て、どの道これだとオレに背負われたままゲロを吐き散らかすんじゃねえのか?」
「あ、そうか。感染を広めるのはよくない。なにか袋でも被った方がいいかな?」
「被るか」

 アベンチュリンは小さい空気穴を開けた黒いゴミ袋を被り、それをうまいこと窒息しないよう体に結びつけた。こうしてアベンチュリンはゴミ袋を被った不審者と化した。その見た目は誘拐の被害者というよりこれから銃殺刑に処される人間といった方がよほど適当だった。

「ヒュウ」

 ブートヒルは部屋の鏡を見て、口笛を吹いた。

「最高に似合ってるぜ。ラブリー中のラブリーだ」
「どういう格好に見えるんだ?」
「仮面被ってるタイプの殺人鬼と記憶域ミームがメイクラブした後って感じだな」
「もうちょっと体裁のいい格好で誘拐されたかったな」
「ワガママ言うんじゃねえこのベイビー(クソ野郎)が。ラブユーする(ぶち殺す)ぞ」
「ごめん……

 リボルバーの残弾数が十分なことを確認し、作戦開始を関係各所に連絡する。トパーズが裏でブートヒルがアベンチュリンの部屋に侵入した旨の通達を出し始めたことを確認し、そしていかにも誘拐犯! という体で大きな音を立てて扉を開けると、今まさに目の前でチョークを振りかぶっているDr.レイシオと顔を見合わせた。
 ブートヒルは扉を一度引いてから勢いよくレイシオの鼻っ柱にぶち当て、走り出した。

「アベンチュリン、こいつはやべえぞ。早速予備プランだ」
「えっ教授いたの?」
「ドアを破ろうとしてたぜ。ロックンロールすぎんだろあの先生」
『ごめんアベンチュリン、他のカンパニー社員は巻き込まれないよう一般客の避難に回したんだけど教授が一人で勝手に……!』
「アンタとジェイドで止めるんじゃなかったのかよ!!」
『止めたけど止まらなかったの!』
「暴走機関車かよ」
「オエッッ!」
「あっやべえ教授がそばにいるって気づいて吐き始めた」
「横から失礼、ブートヒル“さん”」

 鼻を押さえながらも見事なフォームで走ってくるレイシオが全く息を乱さずに声をかけてくる。

「そのいかにもこれから銃殺刑に処されるだろう哀れな受刑者っぽい見た目のアホだが、僕の患者でね。返していただけると助かるんだが」
「ぎゃははは、残念だがそうはいかねえ! 十の石心には裏じゃとんでもない高値がついてるんだ、こんないい土産手放せねえよ、どうしてもっつうんなら換えになるピノコニー名物でも持ってくるんだな!!」
「では僕が交換で人質になろう、代わりに一度そのアホを診察させろ! どう考えても体調に異常をきたしている!」
「お断りだ! アンタは善行が多すぎて懸賞金がついてねえからな!」
「なんだと……

 厳密にはDr.レイシオを暗殺してもらいたいという依頼は存在するのだが、石紋病の治療で家族や友人が助かった巡海レンジャーは数多いため「あのレイシオ教授になんてことしようとしてくれてんだオメー」と依頼主が先にボコられているだけである。
 正直、ブートヒルとしては関係各位から殺人チョークの話しか出てこなかったのであいつホントにDr.レイシオなのか? 仙舟に聞く歳陽とかじゃなく? と疑っていたのだが、迷わず捕虜交換を申し出たあたりで考えを改めた。こいつ善人だ。一番厄介なタイプの善人だ。

「ギャンブラー聞こえているか? 聞こえているなら合図してくれ」
……ギュウウ」

 ブートヒルの背のアベンチュリンはぐうの値も出ないようだった。単に嘔吐しているせいで答える余裕がないのかもしれない。

……意識レベルの低下が見られる。そうだな、いくら君がマヌケでも意識が明瞭な状態でそんなバカな格好を自らするわけがない」
「すげえな」

 ブートヒルは思わず本音を漏らしてしまった。

「アンタ天才か?」
「凡人だが」

 教授がアベンチュリンを注視している隙に裏拳の要領でリボルバーをつきつけるが、平然と本で銃弾をはじかれた。

「なんだよその本の強度は!?」
「本ではない、書文板(ディプディク)だ。バカの教育にも筋トレにも使える。重さもあって言語レベルを超越したディベートでは最高の頼りだ」
「クソッ、こういうのは得意じゃねえんだが……!」

 ブートヒルは口から銃弾を一つ吐き出して装填し、自身の顎下に押し当てると躊躇なく引き金を引いた。派手な炸裂音とともに、その場からブートヒルとアベンチュリンの姿が消え失せる。レイシオが目を見開いた。

「これは……迷彩ペンキ!? ペイント弾か!」

 ペンキの味はあんまりおいしくないからイヤなんだよなあ――なんてことを思いながら、ブートヒルはレイシオを置いて廊下を走り抜けた。

<つづく>