溶けかけ。
2024-06-21 22:26:47
1615文字
Public ほぼ日刊
 

答え合わせは必要ない

お茶会をするヌフのお話。
始まった時と全て終わったときで雰囲気が違えばいいなぁ、と思った結果なんか良くわからないけど穏やかな話になりました。

「ヌヴィレット、お茶の時間だ。仕事の手は止めて僕のお茶会に付き合いたまえ」

 面倒な奴がきた、とヌヴィレットは眉を顰めた。この神には傍らの書類の山が見えないのだろうか。
 
「断る」

 なぜ、私が付き合わなければならないのか理解に苦しむ。

「な、な……!この僕の誘いを断る、だと……!」

 顔を真っ赤にしていることから怒っているのは分かる。たかが茶会だ、誰か他の者を誘えばいい。神の誘いを断るものなどいないのだから、自分に固執する必要もない、と思ったことをそのままフリーナに伝えた。

……キミの気持ちは理解した。無理に付き合わせて悪かったね」

 フリーナの顔が一瞬、寂しげなものに見えた。それも瞬きの間のことなので恐らく、見間違えたのだろう。

「そうして頂けると助かる。こちらは君のように暇ではないのでね」





 ぐぅという自身の腹の音で空腹を自覚する。気がつけば陽光は人工の灯りに切り替わり、人の気配も疎らになっていた。

……何か入れようか」

 空腹というのは自覚すると余計酷くなったように感じるものだ。ヌヴィレットは席を立つとゆっくりと執務室を見回す。戸棚に入っていたメリュジーヌたちから貰った菓子類は先日食べきってしまっていたのだったな。

「仕方ない、外へ出るべきか」

 考え、一歩を踏み出せば見慣れないものが応接用のテーブルに置かれているのを見つける。

「これは……

 ちょこんと机の上に乗せられたドーム状のカバー。それを取れば、水の入ったボトルと空のグラス、そして軽食用のサンドイッチ。

 そっとヌヴィレットはサンドイッチに触れた。
 いつから置かれていたのかはわからないが、表面が乾いていることからかなり長い間放置されていたのが見て取れた。手をつける気はさらさらない。対立する神の寄越した物だ。こちらを害する目的で置かれた可能性もある。

「何がしたいのか分からない神だ」



「ヌヴィレット、お茶はどうだい?って言ってもキミは断るんだろうけど――――

「参加させてもらおう」

 この神の本性を見極めるには茶会に参加するのが一番だとヌヴィレットは数日前から考えていた。
 さあ、何か仕掛けるのならやってみるがいい。

「ほ、本当かい!?」

 嬉しそうな顔に毒気が抜かれる。まるで小さな子どものような顔をする。
 ただ、一緒に茶を飲むだけで何をそんなにはしゃぐことがあるのかヌヴィレットにはわからない。けれど、この神の喜ぶ顔は見ていて飽きない。

「では、厨房に用意をするように言ってこよう」

 フリーナが小走りで部屋を後にする。机の上にはいつの間に置かれたのか分からない招待状。
 美しい便箋に入れられ、流麗な文字が躍るそれの日付は今日を示していた。

「手の込んだことだ」







「今思えば、君は私に休息を取らせようとしていたのではないか?」

 目の前のフリーナに話しかける。すっかり見慣れたショートヘアがケーキを頬張るたびにふわふわと揺れた。
 神の威厳の象徴として伸ばしていた髪は美しかったが、今の自由な彼女を象徴する髪もヌヴィレットは気に入っていた。言ったことはないが。

「うん?なんのこと?」

「お茶会のことだ」

 ああ、そのこと、とフリーナは言うとまたケーキを頬張る作業に戻った。

「君は寝食を忘れがちな私のためにあの茶会を開いたのではないかね?」

 今にして思えば、あのケーキスタンドに乗った菓子や軽食はフリーナの好みではなかったように思う。ゼリーやサンドイッチ、時には汁物まであるのだ。どちらかというとヌヴィレットの好みに寄せていた気はする。

「さあ、もう忘れてしまったよ……キミがそう思うのならそうだったのかもしれないね」

 フリーナの口元が弧を描く。
 にっ、と笑う姿は童話に出てくる悪戯好きな猫に少し似ていた。