山王工業では寮で自主性を培う為に自分で出来る事は自分でする。風呂掃除は当番制で、自分の洗濯物は自分でやる。ただ食事は寮母さん作ってくれてたから、お腹が空いた時に夜食ぐらいしか作ったことがない。親も食堂のおばちゃんも3分で作る料理番組でもいとも容易く完成させるから、コツさえ掴めば難しくはないと思っていた。プロって凄いんだな。
まあ、言い訳を並べてみても現実は変わらない。
目の前のフライパンには表面が黒く焦げ露出させた内部が赤い、大小様々な塊が並んでいる。換気扇を付けていても尚焦げ臭いキッチンに立ち尽くし、生焼けハンバーグを持て余している。
ただいま腹減ったという声とともに騒がしい男が帰っててくる。近いからという理由でこのアパートに入り浸り、諸経費を折半させ最近正式に同居人となった三井だ。荷物を置くなりフライパンを覗き込む。
「なんだそれ、炭?」
「おかえり、炭じゃない。ハンバーグを作りたかったんだが、焦がしてしまって」
「おー。いつもの冷食とかパウチのはどうしたんだ?あの簡単なのでいいのによ」
冷蔵庫なんもないし言ってくれれば買い物もしてきたのにと言う三井だが、今回作りたかったのには理由がある。
「いや、実家に帰った時母親が作ってくれたハンバーグが思いの外美味しく感じたんだ。あれを自分で作れたらと思ってやってみたんだが、ちょっとな…」
「ふーん。これそのまま食うのか?」
「捨てるのは忍びないし、食べられるなら食べたいとは思ってる」
慣れないことををした為に悲惨な事態になっているのは否定できない。ただ食べ物を粗末にはしたくはない。
すると三井が事もなさげに言う。
「ならよ、煮込めばいいだろ。そうすれば火も通るし崩れても気になんねーだろ」
思わぬ提案に驚くも、相手は思いついた事をそのまま口に出して何言ったか忘れる奴だ。人をおちょくってる可能性もある。
「…嘘じゃないだろうな」
「失礼な奴だな。小さい頃からお袋に手伝わされてンだよ」
こーゆーのは欲張っても急ごうとしてもダメなんだよとコップに水を汲み、火力を調整しケチャップと横に用意していた千切りキャベツを軽くちぎりフライパンに投入し待機する。三井は言葉通り手慣れた様子で調理を引き継ぐ。
少し苦味が強いものの、三井のお陰でそれなりに美味しいまろやか煮込みハンバーグが完成した。その後俺がした事といえば、三井の独り言に耳を傾けながら食器を出したぐらいだ。
雑だと思っていた男の意外な一面に、正直心底驚いた。
俺と三井は専攻が違う為、教養科目が被らなければ一緒の講義にならない。休憩時間に見かける三井は特段仲の良さそうないつものメンバーの他、色んな人声をかけられていてあいつの周りは人の輪が絶えない。なのに三井は他の友人との誘いを断り、わざわざ俺と一緒に昼食をとる。大学で再会してから避けていたというのに、懲りる気配がなくこちらが根負けしてしまった。情報収集は幅広く必要だからとは言うが、喋っているのは8割方三井だ。
でもその三井が時たま、とても不思議な顔をしてる事に気付いた。喜怒哀楽を真っ直ぐに表現する男らしからぬもので、以前怪我でバスケができなかった際バスケが恋しかったと言っていた表情に近いと思う。その表情を見るたび、どうしようもなく胸をかき乱される。
部活は当然同じバスケットで、仲良く基礎練やラントレをする。得意の3Pもだが、段々とスタミナが付いてきているのがわかる。少なくとも去年のインターハイの様な青くフラフラと死にそうな姿はない。
正直必死なあの姿も好きだったんだけどなと思い浮かぶも、好きってなんだと否定する。あの姿が可笑しいだけでこれが普通じゃねぇか。
ハロウィンが終わり11月に入った途端、街はクリスマスムード一色になる。スーパーの一角では早くも新年を迎える準備がなされており、鏡餅やしめ縄に謹賀新年や寿の文字が躍る。
目下の悩みはこれだ。
「この寿って字よォひさしと読んで一瞬ドキッとすんだよな、俺の事じゃねーかって。こんなの落とした覚えも名乗った覚えもないのによ。それでそういやめでたい方のことぶきかって思い出すんだよな。紛らわしくて仕方ねぇんだよなー」
寿<ことぶき>の文字を寿<ひさし>と勘違いし驚くという出来事を逐一教えてくれる、隣を歩く人一倍賑やかな男の感想だ。自身が勘違いするとの宣言通り、この文字を認識する度に同様の言葉を発する為、既に耳にタコができそうなぐらい聞いている。お陰で三井の下の名前がひさしと言い、この漢字を書くのも十二分に知った。
それでも勝手に生活拠点にされてた時とは違い、同居人としてルール作りをしたからか、左程険悪になる事はなかった。まあ後でやる忘れてたと言う奴に、やるべきことを伝えて注意して忘れるなと口煩く言う事は何度もあったが。
2人とも毎度料理を作る事に慣れてない為、気力共に余裕のある時に作り置きをしそうでない時は既成のものを買って帰るようにしている。自分では安定して料理を作れるようになったとは思うが、時折三井の料理がとてつもなく美味しいのには悔しく思う。作り方を聞いても感覚としか言わない上作る度美味しさにムラがある為、自分でも再現は難しいらしい。
最初は食事の際お店の人に挨拶をするし、脱いだものを整える礼儀正しさに驚いた。
初めて行った場所でも、そこを出る頃にはすっかり馴染んでいる。人の懐に入るのが上手くてどこにいても輪の中心にいる様なあいつが、夜になればこのアパートに戻ってくる。
部活こそ一緒なものの話題も性格も共通するとは思わない、俺のところへ帰ってくる。
そのことに、優越感を抱く自分がいる。
想像以上に俺は、あいつにたらしこまれているのかもしれない。
ーーーーーー
夕食後、テレビをBGMにしながら当番の皿洗いをする。
洗濯物を回していた松本がテレビを消したのか、賑やかな音が消え水音だけが響く。部屋に戻らずイスにも座らず、何故かテーブルの所で突っ立ってる気配がする。
なんかあったっけなと濡れた手を拭きながら振り返ると、松本の掌の上には赤く彩られた寿の文字。
「どうした俺宛か?」
いつもの様に揶揄えば、纏う雰囲気以上に緊張した声が返ってくる。
「ひさし、お前に贈りたいものがある」
「な、なんだよ」
何故かたどたどしい名前呼びで、妙に真剣な表情の松本に動揺しながら掌の寿を受け取る。寿は熨斗で細長い四角の箱を包んであり、外すと黒色の小箱が現れる。
コレアレじゃねーか?まだ付き合ってもないし形が違う気するけど本物は贈った事も貰った事もねぇし。でもクソ真面目なこいつがわざわざ畏まって言うって事はもしかして、指輪とか…と思いながら開くと、中には高そうな時計が柔らかなクッションに寝かされている。
「ひ…寿、俺と付き合ってほしい」
なんだよと指輪じゃねーのかと思ってしまった自分が恥ずかしくなって、思いもよらなかった風を装う。
「お前と俺が?」
「お前のバスケのセンスは勿論、直感的で馬鹿みたいに明るくて諦めやすい割に意地汚くて、そのくせ意外と礼儀正しい一面もある」
「あ?喧嘩売ってんのか」
オイ、付き合って欲しいって伝える相手に言う言葉じゃねーだろ。物凄くバカにされた気はするが、当の本人は茹でタコみたいに真っ赤で元々大きい瞳を潤ませながら必死に言葉を紡いでいる。
「ガラが悪いくせに裏表がないからすぐ顔に出るし、真っ直ぐな笑顔が癪だけどか、可愛いと思う。そんなお前が、心底愛おしいと思う。だから、俺と、付き合ってほしい。」
「お前…こーゆーのって結婚の時のじゃねーの?」
思い詰めたら一直線、こいつの不器用で可愛いところではあるが気が早いんじゃないか。気恥ずかしさから松本を直視できず、顔を逸らし頭を掻きながらツッコミを入れる。
「そ、れはたぶん、そうだと思う…。でも、区切りとして何かしたいと思ったんだ。男同士だし、まだ結婚とか婚約って感じじゃないから、普段使いし易い腕時計にした。」
三井の指摘は図星だったのか、若干早口で言い訳がましく並べる。その内に決意が戻ってきたのか、口調に強さが戻り改めて三井に向き直る。
「三井寿、お前の事が好きだ。どうか、俺と付き合ってほしい」
「お、おう。…よろしく」
ありがとう三井!と言葉と共に松本の腕が俺の背中に回る。喜びからか腕に込められる力が強くちょっと痛いが気にしない。俺からも力いっぱい抱き締めてやる。
身長は殆ど変わらないんだ、至近距離で互いの心臓が必死に脈打ってるのが感じられる。重ならない鼓動が二人分の緊張度合いを伝えている。
「よかった…ありがとう、嬉しい…! 」
松本は嬉しさをそのまま行動に、文字通り目と鼻の先にある俺の顔に好きという言葉とキスの雨を降らせる。こいつ、意外とこういうこと恥ずかしがらないんだな。
「お前先にこんなの用意して、断られるとか思わなかったのか?」
松本はちょっと考えるように思案するも、意志の強い瞳に口元に自信あり気な弧を描く。この表情にただの堅物じゃなくてあの山王でエースやってただけあるよなと思う。
「それはちょっと不安だったけど、粘ってやろうかと思った。お前がたまに寂しそうな顔するのが実家の犬みたいで、守ってやりたいって思ってた」
「は?!」
恋心が漏れ出てたかと予想してたら心外だ、誰が寂しそうな犬だ。でもそれよりも男として聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「守ってやるのはこっちセリフだ!お堅くてガードも固いかと思ったら人の言う事すぐ間に受けるしあからさまにお前狙いのヤツにも律儀に返すしよ!」
「は!?何言ってんだ!人に言い寄られてヘラヘラしてるのはお前の方だろうが!それがお前の魅力だとは思ってはいるが、たらしこむにも人を選んでくれ!」
「いーや!心配なのはお前の方だね!坊主の時ならまだしも髪伸ばして色気付きやがって!自分がエロいの自覚してねーのか?!ゼッテー離れてやんねーからな!」
「エロっ…!?誰の話だ!」
売り言葉に買い言葉。互いに大声でとても恥ずかしい宣言をしている事に気付いた時にはもう馬鹿らしくて。込み上げる羞恥と笑いで真っ赤になりながら、手を繋ぎ密着してソファに並ぶ。いつもの横並びよりもっと恋人らしく寄り添った座り方だ。
「三井、ずっと一緒にいてくれるんだろ?」
「おう、松本が心配だからな」
「大声で宣言したもんな」
「お前よりも大声でな。嫌って言っても離してやんねーぞ」
「ああ、臨むところだ」
次の月曜日。仲良く大学へ向かう2人の腕には、真新しい高級感溢れる時計が光っている。
互いに選んだ指輪でもお揃いでもないそれは、2人だけの誓いの証だ。
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